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魔法少女は僕のエクスカリバーを求めない。  作者: 大岸 みのる
第一章:僕の股間は聖剣のようです。
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・桜子のお兄さんが拉致られたそうです。

 桜子は昼過ぎの学校を走る。普段は生徒会や風紀委員などの規制によって校舎を走る事を禁止されているのだが、今回ばかりは仕方ない。現在、兄の股間(聖剣エクスカリバー)を探す上で、本人が目を離した隙にいなくなってしまったのだ。

 桜子にとって兄は心の器が広く、いつでも桜子の味方になってくれている大切な存在だ。彼はこの魔法科高校の恐るべき実態を知らない。

 この学校では訓練中の戦死及び殺害は法律では罰せられない。未だこの魔法学園島である旧八丈島では殺害が起きていないものの、男子魔法科高校のある旧伊豆諸島では既に、日本本国では犯罪扱いされる事件のケースも揉み消されている事案がある。

 このままでは桜子の兄――海斗は殺される危険性がある。

 元々、魔法科高校では歴史の授業において、『アーサー王』の伝説は世界史で習う。桜子が先に兄に説明した伝説が真実であり、また聖剣エクスカリバーを宿した人間が再びこの地に現れたとなると、崇拝の対象である伝説の剣を皆欲しがるのは容易に想像できる。

 さらに言うのなら、一度強奪した時点で兄が殺されなかったのが桜子にとっては不思議であった。


 ――――何故、兄さんのエクスカリバーを引っこ抜いただけで殺しはしなかったのか。

 

 桜子は兄がいない事に気付いたのは学校の昇降口を出る前。つまり、兄とは生徒会室を出てから昇降口の間で逸れている。

 急いで各フロアを探すが、どこにも女顔をした可愛い系の兄の姿はない。

 いや、もしかしたら、可愛い兄は女子生徒に拉致られて女装させられている可能性もある。いや、今の兄は女性だから女装とは言わない。

 どのフロアを見ても兄の姿はない。となれば、後は屋上である。

 息が上がる桜子は、急いで屋上の扉を開いた。


「お兄さんッ!」


 押しだした扉の先には、横たわって眠っている兄。そして、その先には生徒会長の昴 優奈の姿があった。彼女はエクスカリバーを担ぎながら、慌てて飛び出してきた桜子に微笑んだ。


「お兄さんに何をしたんですか!?」

「何って、軽い夢を見てもらってるだけだ」

「夢? もしかして、幻魔術?」


 現代における魔法は三タイプある。

 主に炎や氷などを現象として起こす魔法を属魔術。

 人間の身体の能力を飛躍的に上げる魔法を体魔術。

 そして、睡眠などをかけたり体調に悪影響を及ぼす魔法を幻魔術としている。

 その中でもレベル8の昴 優奈はどちらかというと属魔術を得意としている人間の筈だった。いや、そもそも体魔術も得意であるし、幻魔術が秀でている生徒はこの中央魔法女子大付属高等学校には数少ない筈だ。

 桜子は昴 優奈が何者かに操られている可能性を示唆した。


「あなた……もしかして、昴さんじゃない?」

「いいえ。私は昴 優奈。本人よ」

「……だけど、一般人を眠りにつかせるような高等な幻魔術を扱う生徒はこの高校には少ない。さらに言うのなら、昴会長は幻魔術が苦手な筈です」

 

 推測論を詭弁に述べた桜子だが、昴は動じずにクスクスと片手を口元に当てて笑っているだけだった。上品にも見えるし怪しいとも取れる含み笑い。桜子は自分の記憶にそういう笑い方をしている人物に心当たりがあった。

 だが、そうなのだとすれば、何故兄がエクスカリバーを所持しているのかを知っているのも、エクスカリバーを抜いて兄を殺さなかったのも頷けた。

 桜子の視線を直に受けた昴会長は、瞳孔を見開き、エクスカリバーを構えた。


「うふふ……。さすが桜子ちゃん(・・・・・)。私の計画を台無しにするのは相変わらずのようね」


 昴会長は、まるで幽霊が乗り移ったかのような雰囲気を纏う。いや、化けの皮を剥がしたとでもいうべきか。桜子は現在昴会長を操っている黒幕の正体に気付いていた。


「相変わらず? そちらもお兄さんがいると害虫に生まれ変わるみたいですけどね」

「あら? これでも色々と我慢してたのよ? だって海君に嫌われたくなかったんだもの。だけど、私はあなたの事も考えてあげたのよ?」

「へぇ、私の事も。それは御光栄ですわ」

「ええ、あなたをただ殺すんじゃなくて、どうせなら海君の力で葬ってあげようと思っていたの。そうすれば幸せでしょ? ねぇ、ブラコン姉妹の真ん中さん」

「あなたって人は変わりませんね。そんなんだから、お兄さんには振り向いてもらえないんですよ。幼馴染の四月朔日(わたぬき) 美花(みはな)さん」


 幼馴染の四月朔日 美花。それは小石川家の隣に住む幼馴染の一人。その美貌と言ったらモデル顔まけのスタイルに美白・童顔・巨乳と全てを持って生まれてきた女。更に言うのなら、料理は上手だし勉強もできる。当時はその美花が何故魔法科学校に入学するのだろうと思っていた。

 小石川家の兄・海斗をとても慕う美花が、まさか高校生になると同時に実家を離れて、魔法少女になるとは誰も思わなかった筈だ。

 強いて言うのなら、目的はきっと美花の事だから『海君を守れるような強いお嫁さんになる!』とかだろうが、まさか直接桜子を殺しに来るとは思わなかった。

 だが、こうして桜子を殺しに来る美花もまた、兄に恋をしている一人なのだろう。

 桜子は自分の心の奥底から沸いてくる感情に気付きながらも、それが何なのかをわざと知らないフリをした。

 だが、沸き上がる感情は次第に膨れ上がっていき、自動的に桜子自身の魔力へと変換していく。


「とりあえず、桜子ちゃん。あなたから消えてもらうわ」

「一体いつになったら、姿を現すのかしら? 私は単身で乗り込んでいるというのに」

「あら、私ならすぐそこにいるわよ」


 そう告げる昴会長。人差し指を向けたその先には、桜子の背後――――つまり、校舎へと繋がっている扉にいた。

 白銀のポニーテール。燃え盛るような炎の色をした瞳。大理石でできた陶器のような細く張り艶のある四肢。バレーボールのように膨れた胸。全てが桜子にはないものだった。

 しかし、その身に纏う雰囲気が昔とは多少なりとも違いが生じているようにも見えた。だが、桜子にとって四月朔日 美花という人物は生涯敵である人物なので、その違和感を気にする余裕はなかった。

 美花は最後に見た時となんら変わりはないように見えるけれど、胸の辺りは未だに成長しているようだ。

 

 ――――巨乳は敵。


 桜子の視線は冷めていた。


「ま、桜子ちゃんなら、私の能力知ってるわよね?」

「あなたの姿を見るのは嫌でしたけど、能力なら嫌というほど噂を聞きましたからね」

「私もよ、桜子ちゃんは有名だものね、レベル9の第三位の能力者として」

「四月朔日さんも、どうやらレベル9らしいですね。第四位の」


 桜子はレベル9の最強魔法少女。

 四月朔日 美花はレベル9の最強魔法少女。

 しかし、これはあくまで魔法当局が定めた学科・実技による試験を実施したスーパーコンピューターグラフィックスでの計算結果に過ぎない。つまり、実際に二人が戦闘した場合の勝敗は二人にしか分からないのだ。

 それに今は、美花によって操られているレベル8の昴会長とも相手をしなければならない。実際にエクスカリバーを手にした昴会長も、レベル9として実力に遜色はない。

 渇いた喉を生唾で濡らした桜子は、感情を膨大な魔力に変換していた。その力を一気に解放しようと、瞳を閉じる。


「レベル9とか、関係ない。私の兄のエクスカリバーを返してもらう為に――――私は全力を出します!」


 コンクリートの地面に、桜子を中心に亀裂が走る。まるで地割れにも似たその亀裂は昴会長にも、美花の元にも入る。雷鳴の如く迸る亀裂に、回避をした昴会長と美花。その同時行動に、桜子は驚いた。

 

 ――――これが、高度幻魔術の同時行動(シンクロ)ってわけですか。


 桜子の眼光に、目もくれない美花。その先には身体を横に倒して眠っている海斗の姿がある。

 このシンクロという幻魔術には、才能や資質により同時にかけられる個体数が決まっている。

 その中でも高難易度に入る幻魔術は大体一人にかけるだけで精一杯だったりする。まず今美花が放っている幻魔術は二つ。昴会長にかけている睡眠式同調行動。いわゆるシンクロである。術者と同じ行動を取る事ができる。さらに高度に術を設定することで、眠らせている相手の力を使う事も可能だ。

 もう一つ目は桜子の兄である海斗にかけている夢想式睡眠である。簡単に言うと思い通りの夢を見させて眠らせているというだけの結構簡単な幻魔術である。

 しかし、その両方を使用するとなると、魔力も尋常じゃない量を消費する筈だ。だが、美花は涼しい顔をしている。これが年齢の差なんだろうかと桜子は感じていた。


「あら? 今ので終わり? あんまり派手にやっても海君を傷つけちゃうからね」

「お兄さんは多分気にしませんよ。だって、私が過去にどんなにダークな料理を作っても食べてくれましたから。それにお気に入りのクマさんのぬいぐるみを間違えて洗濯しても怒りませんでしたし」

「桜子ちゃん。あなた一回海君に怒られた方がいいわよ?」

「……ですが、そんな優しい兄の股間――――もといエクスカリバーを悪戯に使うあなたは許せません」

「悪戯……。そう、そう思ってるのなら、それで構わないわ」


 美花は桜子の事を睨みつけ、手を昴会長に向ける。すると、昴会長はいきなり倒れ、エクスカリバーが地面に転がる。


「ッかはぁ!?」


 桜子は一瞬何をされたのか分からなかった。

 気が付けば、桜子はフェンスに背中を預けている。次に激しい腹痛が桜子を襲い、口から吐息が詰まった声だけが発せられる。


「ふふ。どう? 驚いたかしら?」


 桜子の視線の先では拳を突きだしている美花の姿。

 移動速度が極限にまで上昇した美花は、幻魔術の能力同調(ステータス・シンクロ)を行っていた。この能力同調は睡眠をかけた相手の能力を自分の身体能力に上乗せする事で実現できる。例え女子同士の身体能力でも、合わせれば絶大な力になり得る。

 よって、昴会長は今、もぬけの殻である。

 少々驚いた桜子だったが、すぐに立ち上がり深呼吸をする。勝手に頭に血を昇らせて短気になってくれたのは救いだった。昴会長は桜子にとっては傷つけにくい相手だった為、力をまだセーブしていた。だが、相手が四月朔日 美花という幼馴染であり、尚且つ兄を眠らせた相手だとするのなら、全力を出しても良い相手だと感じた。


「ようやく本気を出すのね、桜子ちゃん」

「ええ、あなたがやっと真面目に戦う気になってくれたので、私も本気を出したいと思います」


 桜子の全身を強い風が包み込む。

 レベル9第三位の実力者である桜子は、一つの魔法だけで、その地位まで辿り着いた。

 その名も――――『風神』。

 先刻のコンクリートに入れた亀裂も、風の力だけでコンクリートを砕いたのだ。風の強度・温度を自在に操れる桜子は、最強と言っても過言ではなかった。

 そんな桜子は微笑みながら、美花を見据えた。

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