・聖剣に続き、妹まで強奪されました。
東魔法育成女子高等学校。魔法少女育成学園島のレベル9の一人がそこにいた。
白銀のポニーテールを揺らし、燃え盛るような瞳を宿した美少女は東魔法育成女子高等学校の屋上にて、待ち合わせしていた人物を待つ。
だが、彼女にとってそれは待ち合わせではない。命令と言った方がいいのだろう。
宇宙のような黒く艶のある髪を揺らした美少女が現れる。彼女は右手に身の丈以上もある途轍もないほどの魔力を漏らす剣を握っていた。
この魔法学園島に寮暮らしをしている生徒ならば、誰でも知っている伝説の剣。聖剣エクスカリバーだ。持つ者の魔力を無制限に上げ、所有者の魔法の威力すらもあげる、いわば最強のブースターアイテム。さらに剣自身の機能も申し分はない。
「御苦労様です、昴生徒会長」
「いえ……。ですが、本当に実行されるんですか?」
「もちろん。私もレベル9として桜子ちゃんよりも順列が劣っているのは嫌ですから」
「ですが、そのエクスカリバーは……」
「わかっていますよ。桜子ちゃんの兄さんの物でしょう? ――――ならば、余計使いたくなります」
何を考えているのか分からない銀髪ポニーテールの少女。エクスカリバーを持ちながら不気味に「ふふっ……」と呟いていた。
◇
「生徒会室にもいないかぁ……。だとすると、会長が行きそうな所に心当たりある?」
「いえ。私は生徒会長とそこまで親しくないので、プライベートについて詳しく知らないです」
「だよなぁ……」
でも、早く僕は勲章を取り戻さないと完全な女の子になっちゃうし……。
「スリーサイズは知ってるんですが」
「いらない情報だよね」
「妄想するのには繊細な部分の情報も必要なのですよ」
「それは桜子が会長さんで妄想をしているという新手のカミングアウトか?」
「いえ、お兄さんの今夜のオカズにと思って調べておきました。あ、私をオカズでもいいですよ。というか推薦します」
「勘弁してくれ」
まったく、桜子のボケにもツッコミ疲れた。いや、正確に言うと桜子が実家に住んでた頃はもう一人ツッコミを入れる人がいたから、その人に仕事を押し付けてた。だから良かったものの、コレ結構疲れる。
その人に僕は今までツッコミという名の仕事をしてくれた事に感謝した。
そういうわけで昼下がりの生徒会室前にいるのだが、中にいた生徒会の人に『今日は昴会長は来ていない』と突き返されてしまった。
その為、次にどこへ行くかを桜子と相談していた。通常の生徒会長ならば恐らく寮に戻っている筈だ。いや、昴さんを普通とか言ったら普通の人に申し訳ない気がする。
「そうなると次は会長の住んでいる寮に……って何で僕の事見るんだい?」
「お兄さんは外で待っててもらいたいです」
キッと睨まれる。僕は女の子の部屋に入って一生分の呼吸をするんだとか言わないから安心してほしいんだが。
それにいくら魔法少女として認められている桜子だって女の子だ。兄としては、刃物を持っている人のいるところに行ってもらうのは怖い。
「確かに桜子は、魔法少女としては優秀かもしれない」
「ええ、かもしれないじゃなくて優秀です」
「でも、一人の女の子だし、僕の妹だろ? そんな桜子を危険な目に遭わすのは兄として失格だ。だから、僕も桜子についていくよ」
「お兄さん……」
桜子は踵を返して、僕から視線を逸らして表情を見えなくする。
「そんな事言って本当は会長の部屋で『一生分の呼吸をここでするんだ!』とか言うんじゃないんですか?」
「言わないし、やるならだいぶ前に桜子や紅葉姉の部屋で済ましてるよ」
「む、私は姉さんと同類ですか?」
「本質は変わらないと思うけど」
「もういいです。お兄さん次に行きますよ!」
「あ、何で怒ってるんだよ!」
肩を上げ、足音を無駄に響かせる桜子の後を僕は追いかける。
階段を降りようとしたところで、僕は何者かの視線に気付いた。いや、この場合は悪寒的な何か?
振り返っても誰もいない。気にすることなく、僕は急いで桜子の後を追った。
「あれ……?」
僕は気が付けば、階段をずっと降り続けている。いや、桜子の姿が遠くにあるのは分かっている。
しかし、どんなに降りても降りても階段は続く。どうなってるのかと思い、今度は階段を登る。すると、先ほどの生徒会室のあったフロア。
非現実的現象。僕は混乱しながらも、携帯を取り出す。この現象は魔法かもしれないと思い、早速桜子に伝えようとした。
しかし、電話の先では『現在お客様の携帯電話は電波の届かないところにあるか、電源を切られています』と返ってきた。
とりあえず、この状況は何なのかを確認しなきゃと思った僕は、手当たり次第の壁に触れてみる。だが至って普通だ。
そんな混乱している僕の耳に声が届く。
「どうも」
振り返ると、そこには濃紺の腰までの綺麗な髪を揺らす少女。昴 優奈生徒会長が立っていた。その右手には、姿をエクスカリバーという巨大な剣に変えた勲章の姿。
とりあえず、僕は目的の人物に会えた。
「あ、探しましたよ。それ返してください。じゃなきゃ、僕は完全な女の子になっちゃうんで、困るんです」
「……すまない、興味本位でやってしまったんだ。コレを返す変わりにちょっと屋上まで来てくれないか?」
「屋上? 何でですか?」
「君の羞恥プレイを防ぐ為だ。最初は痛いそうだが……」
なるほど、やはり会長は悪気があって僕の勲章を奪ったわけではなさそうだ。さらに元に戻してくれるっていうのは喜ぶべきか、どうなのかは微妙だ。恥ずかしいところを見られるのは確実だけど、桜子がいない今、早く男に戻りたい。
それに今日中には帰る予定だったし。
「その……物凄く恥ずかしいですけど、お願いします」
「わかった。私も優しくするように心掛ける」
「今から脅さないでください」
桜子の事が気になるけど、僕一人で解決できるのならしておいた方が良いに越したことはない。
僕は昴会長の後を追った。
外に出ると夕焼けが屋上を照らしていた。その茜色に見入りながら、前方にいる昴会長を見つめる。
すると、聖剣エクスカリバーを僕に向けてくる。
「あのーすぐに始めるんですか?」
「ああ、君にはすぐに処置が必要だからな。その前に……」
茜色の光が僕の勲章に当てられる。いや、これだけ見るとそうとう卑猥だけど、エクスカリバーの事ね!
もうそろそろ夕方とは早いなぁ……。しかし疑問が僕の脳裏を過る。まだ夕方には早すぎる。夏場だし時間的にも三四時前後だろう。
僕は昴会長を睨みつける。
「気づいたか。所有者を殺せば、次は私が所有者になる。さぁ、私の為に死ぬのだ」
威圧的ともとれる昴会長の眼差しと言葉。その眼光には僕を剣で斬りつけるビジョンしか見えてないのだろう。
さて、肝心な僕だけど。
当然、怖いに決まっている。例えモデルやアイドル級に可愛くとも、相手は刃物を持っている。さらにいえば、包丁などのような刃渡りが短いものではなく、聖剣エクスカリバー。刃の長さは昴会長の背丈と同じくらいある。そんなものを防ぎようもないし、僕は昴会長に斬り裂かれるビジョンが容易に浮かぶ。
だが、逃げるわけにはいかない。昴会長の握っているのは聖剣エクスカリバーの形をした僕の勲章だ。早く取り返さないと、僕は完全な女の子になり、そのまま生きていかなくちゃならない。
ならば、ここは正攻法の一つである説得を試みるしかないだろう。
「と、とりあえずさ、僕を殺したら警察に捕まるよ?」
「――――それがどうした。警察が怖くて魔法少女をやってられるか!」
「いや、知らないけどさ。とにかく落ち着こうよ。それに僕を殺したら聖剣も消えちゃうかもしれないよ?」
そう言うと、昴会長はハッと我に帰り、聖剣をじっと見つめた。
「……確かに、そういう可能性もあるな」
「だからさ、『僕を殺しました。でも聖剣は手に入らなかった』じゃあ意味ないでしょ? ね、その剣を降ろそうよ」
「……わかった」
どうやら僕の必殺、説得は通用したようだ。危うく喜びそうになる。生と死の境目を経験した僕は安堵の溜息を吐いた。
しかし、問題はまだある。あの剣をどうやって返してもらうかだ。つまり、このままでは僕の剣は昴会長の仮所有物となり、僕の命がある限り、離しはしないだろう。それでは結局僕の目的は果たせない。
困惑した僕は顔に出さないようにしながら、昴会長に近づく。
「……それよりも、それ僕から奪ったものだよね? ちょっとだけ貸して貰ってもいいかな?」
借りパク作戦。かなり乱暴かつ安直な考えではある。
かなり恥ずかしいけど、取り返したら一瞬で僕は剣を股に挟めばいい。痛いのは嫌だけど、なんとかしなくちゃいけない。
決心した僕は生唾を飲み込みながら、昴会長に笑顔を作る。
「……まぁ、いいだろう」
「え、本当!?」
「コイツがどうなってもいいのならな!」
昴会長が叫び、片手を空に向ける。そこには空中で動けなくなり、苦しそうに首を抑えている桜子。息ができないのか、必死にもがいている。
すぐに僕は目を見開き、桜子に視線が釘付けになる。
「桜子っ!?」
「お、おに……い、さ……ぁん……ッ!」
「これでどうだ? 君の妹は、君が聖剣を手にした途端。私の手によって死ぬだろう。それでも、君は聖剣エクスカリバーに触れたいか?」
昴会長は狂ったように笑い、桜子の苦しそうな姿を目に入れて酔いしれる。
僕は両手拳を握り締めて、昴会長を睨みつける。
桜子は僕の妹だ。そりゃあ料理が殺人的だったり、家事をすれば物を壊すし、僕の部屋をやたら散策するし、勉強は全くできないし、下ネタばっかり連呼するような妹だ。
だけど……だけど、僕にとっては、大切な存在だ。
右足の膝を折って完全に太ももの裏側と脹ら脛が接触する。右足の脛はコンクリートに触れて少し痛い。左足も同じようにする。僕は視線を外し、頭を地面に叩きつけた。
そう、日本人の必殺技。DO・GE・ZAだ。
「それだけは、それだけは勘弁してください。 桜子は僕の、僕の大切な妹なんです!」
「…………そうか」
短く言った昴会長は、踵を返し、聖剣を掲げる。両手で握られたエクスカリバーが黄色く光だし、まるで何かの魔法を乗せたようにも見える。
桜子に向けられたエクスカリバーが、悲惨にも光を徐々に増していく。
昴会長は桜子を殺そうとしていた。
「ま、待ってくれぇぇぇぇぇぇッ!」
僕の必死な叫びも届かず、桜子に昴会長の剣が走る。
「……私の為に散りとなれ、小石川桜子」
「か、かいちょ…………う」
走り出しても、剣の速度には追いつけない。
僕はいつの間にか泣いていた。
そして、僕の叫びは虚しく、剣は振り下ろされた。