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文才無くても小説を書くスレ参加作品

氷の滝

 文才なくても小説を書くスレで、お題を貰って書きました。 お題:滝の氷

 飲み屋は賑わっていた。

 飲み屋といってもバーの雰囲気も混ざった妙ちきりんな店ではあるが、それこそが妙ちきりんな奴等にとっては相応しかった。

 乾杯のビールが似合うビア樽腹の髭男に、薄汚れたスーツとバーボンが似合う痩せ細った目の鋭い壮年に、がっしりとしたガタイの豪放磊落な声で音頭をとる中年。そして、まだまだスーツに着られている感のある若手青年の四人が、その飲み屋のテーブルに集っていた。

「イヤー、めでたい」

 と喚きながら、バンバンと若造の背中を叩く中年の笑い声をBGMに、壮年の男は氷の入ったグラスを傾ける。

 それを見て髭面は

「似合ってるのは分るんですが、こういう時は最初くらいはビール飲みましょうよ」

 と、もう一つのジョッキを突き出して言った。

「全く、お前はこの氷みたいなヤツだな」

 そうグラスを傾けて壮年の男は言う。「丸いのはいいが、方々に気を遣いすぎて次第次第に磨り減って溶けていく」と。

 折りよくカランと音を立てて氷が崩れると

「祝い方くらい人それぞれでいいだろう」と閉めた。

 尤も、それを聞いていた二人にとっては、髭面が気をつかったというよりは、むしろ壮年に気をつかえといった風にしか見えなかったのだが。

 それでも何か思い当たるところがあるのか、髭面は照れ笑いを浮かべて

「参りましたねぇ。じゃ、じゃあ、一応四人分で注文した残りのこれ、このビールも飲んじゃっていいです?」

 と聞いていた。

 うんと咽の奥を壮年が鳴らすと、髭面は喜色満面にビールを自分の手元に招き寄せた。

 しばし中年と若手は顔を見合わせて沈黙していたが、中年はいきなり爆笑し出すと、また若手をバシバシ叩きながら

「お前も思う存分に好きに振舞えよ」

 と言った。

「は、はい」

 と若手は何とか答えることはできたが、黙ったままおつまみやビールを飲むわけにも行かず、やがておずおずと切り出した。

「あ、あの」

「ん?」

 壮年は若手の呼びかけに視線を向けると、「仕事で分らなかったところでもあったか?」と聞いた。

「いえ、そうじゃなくて。その、先ほど先輩を氷で例えていましたが……」

 若手は必死に話題を頭の中で整理しつつ、なんとか

「じゃあ、ボクとかはどんな氷なんでしょうか?」

 とまで言い終えた。

「そりゃあいい。主任! 俺はどんな感じの氷なんですか?」

 それに乗っかって中年も声を張り上げる。

 眉を寄せて「んん?」っとしばらく考えると、壮年はにやりと笑って若手を見た。

「できたばかりの癖に、こわごわと危ないところに近づく、お前はさしずめカキ氷だな」

 少し楽しげに意地悪に笑いつつも「役に立ってないように見えてたが、熱くなってた所を冷ましてくれたのはお前だ」とまで評した。

 それは低コストかつ多機能な世界市場に向けた低所得者用の洗濯機。この飲み会で完成を祝われたそれの、開発時の話も含まれていた。

 どうせ水を使うのだから、熱くならないように考えるより、熱くなったところを循環冷却で冷やせばいい。取り込む水の一部を利用してまた選択槽に放り込むことにより、低コスト部品では無理だと思われていた効率的な放熱が容易となった。

「俺は、俺はなんですか?」

 という中年の問いに壮年は

「お前は見たまんま、流氷だ」

 と返した。

「ガッチガチに硬過ぎて他の部分とぶつかったら他の部分がやられちまう」というのは、安定性よりもタフさを重視しすぎた性で、かなりの重りがゆれるという危険を孕んだことを皮肉っていた。

 けれど皮肉だけには終わらずに「その硬さが、コイツの冷却機構を救った」と〆た。

 思わぬ褒め言葉に、中年はガタイに似合わずエヘヘと笑って

「いやいや、他は全部先輩方に任せていいって思ったから、思いっきりやれたんすよ!」

 と若手の背中をテレ叩きした。

「あんなもん……」

 ボソリ。という感じで壮年の口からこぼれ出たその声に、他三人はそれぞれビックリした表情を向けた。

 壮年はそれに気付くとゴホンと咳払いして

「いや、すまん」

 と訂正した。

 それから一口だけバーボンを傾けると、ふうと一息ついてから言った。

「ワシは枯れた技術しか使えないもんでな。まあ、今まで通りの技術ならどうとでもなる」

 と詫びる様に言った。

「いやいやいや。そんなそんな」

 と髭面が勢いだけで否定して

「あんなに見事な出来でしたのに、枯れたなんてそんな!」

 と中年が声をあげた。

 若手も

「そうですよ。ボクでは到底及ばない凄い腕じゃないですか」

 そう褒め称えた。

 けれど壮年は、低い声音で一言

「氷の滝だ」

 と呟くと、周りが黙ったのを確認してから

「流れている風を装って、躍動感はあるものの、もう動いてない……動けない滝のようだろ」

 と自嘲した。

 その壮年の様にしばし沈黙が流れて、ややもって若手が声を絞り出した。

「……それでも」

 壮年がジロリと視線を向ける前で、しっかりと若手は見返しつつ言った。

「普通の氷なら滝の氷になりたいと憧れるくらいに綺麗です。きっと……」

 それがどういう意図で壮年の胸に届いたのか。正確なところは壮年自身にも分らない。

 ただ

「ま、今は夏だしな。少し涼しけりゃ、なんだってよく見える」

 と語った壮年の顔が真っ赤なのは、夏の熱気で頭が茹だっているせいだろう。

 壮年は顔が熱い理由をそうしたし、三人もそういうことにしておくことにした。

 氷が恋しい夏の夜に、酒が回った赤ら顔をもっと赤くして、四人とも幸せそうに笑っていた。





 以前に、滝の水と勘違いしていたお題に、ようやく再挑戦してみました。


 色々な文体に挑戦して、時には文体と物語の方向性が真っ向から食い違ってたりもしましたが、今回は……面白いかは兎も角として……文体とストーリーが一体となった気がしました。


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142 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/26(金) 21:27:06.56 ID:QxVWVSlk0

何かお題を下さい

143 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/26(金) 21:31:01.60 ID:7YMJj5n4o

>>142

滝の氷

144 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2013/07/26(金) 21:34:18.18 ID:QxVWVSlk0

把握しました


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