表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Short Short Circuit

ひどい話

作者: 境康隆

「きゃー! 可愛い!」

 女は己の膝の上によじ登ってきた子犬に、思わず喚声を上げた。

 エサの匂いにつられたのか、生後間もないと思しき子犬がバタバタと登ってくる。

「ええ。エサが欲しいの?」

 女はカフェのテーブルで、己の足を登ってくる子犬を抱き上げた。見れば周りの客も似たようなものだ。カフェの席で、思い思いに子犬とたわむれている。

 そう、ここは子犬カフェ。子犬を愛でながら、カフェを楽しめる趣向のお店だった。

「はい。どうぞ」

 女は自分用とは別に買った、子犬の為のビスケットを差し出す。子犬はおいしそうにビスケットに食らいついた。

「あはは。がっついちゃって」

 女が子犬の様子に喜んでいると、後ろから声をかけられた。

「気に入っていただけてますか?」

 女が振り返ると、店員がにこやかに立っていた。カフェの店員という割には、どこかあか抜けないようにも見える。カフェテーブルよりは、事務机が似合いそうな生真面目な顔をしている。

「ええ。いいところですね。私、犬大好きなんですよ」

「それはよかった」

「でも、ここって公営なんですか?」

 女は男の腕に巻かれた、市職員の腕章に目をやる。見れば店員は全員が腕章をしていた。

「ええ、そうですよ。私達は公務員なんです」

「へぇ? 公営の子犬カフェって訳ですか」

 女は子犬を撫でてやりながら、感心したように辺りを見回す。何処から見ても普通のカフェにしか見えない。店員が腕章をしている以外は、他店と比べてもおしゃれですらある。

「こちらは初めてですか? 表の看板とかは、見てらっしゃらない?」

「ええ。子犬の姿を見たら、飛び込んじゃいました」

「そうですか」

 店員の顔が一瞬曇った。

「でも何で公務員さんが、仕事でこんなカフェをしてらっしゃるんですか?」

「それは……」

「あっ? ひょっとして捨て犬対策ですか? そう言えば子犬しかいませんものね。里親を探してるんですね」

「そうです。それがこの子犬カフェの趣旨です」

「へぇ、凄い! いい話ですね! こんなに可愛いんですもん。直ぐに見つかりますよ! 里親!」

「それが、そうだといいんですが……」

「どうしました?」

 女はその店員のためらいがちな様子に不審を感じる。己の腕の中で暴れる子犬を抱き締め直し、不思議そうに店員を見上げた。

「ひどい話なので、本当は入店前に確認と言いますか、ご了承と言いますか、その知っていてもらうものなんですが……」

「はい? どこがひどい話なんですか? 捨て犬の里親を探す。いい話じゃないですか?」

「いや、ひどい話です。ですんで、ここでお帰りになった方がいいかもしれません」

「え? 何ですか? 今、聞きたいです」

「後悔しますよ。ひどい話ですから」

「大丈夫です」

「落ちも何もありません。ただそういう話だというだけですよ」

「構いません」

「そうですか。それでは――」

 と、店員は子犬に優しい視線を落として話し出す。

 子犬は確かに里親を探す為にここにいること。里親さえ見つかれば直ぐにでも引き取ってもらうこと。ここにくれば子犬がいると、犬好きの市民には好評であること。

 そしてここの子犬は公営の施設に捨てられた――つまり処分待ちの子犬であること。本来なら三日と経たずに処分されてしまうこと。ここには特別に猶予されていること。それでも最大でもひと月しか居れないこと。

 店員はそこで口を閉ざす。

「ひと月で里親が見つからなかったら、どうなるんですか?」

 女は手の中の子犬を抱き締める。子犬は無邪気に女の手を舐めた。

「処分です」

「……処分」

「処分です」

「……ひどい話ですね」

「そうですね」

「でも私…… この子、飼えません…… 私の家、マンションだから。ごめんなさい……」

「いいんです。飼えないなら飼えない。それは誰も責められません」

 店員は女の手の中で手足をばたつかせる子犬を見た。似たような子犬が、店のあちこちで可愛がられている。ひと月前にも見た光景であり、ひと月後にも見る光景だ。

「何よりひどい話なのは、僅かばかり里親に出しても、何百匹を処分しても、このカフェから子犬が居なくなることがないことですね」

 子犬ははやり無邪気に、女の手を舐めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 続きが浮かんだ。カフェで使われる肉が仔犬……怖ッ!
2010/11/29 08:57 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ