弔い。そして...
灰色の雨は、あの日から止むことを忘れてしまったかのようだった。 城塞都市の外れ。汚水処理場のさらに裏手にある、草も生えない荒地。 そこは「無縁墓地」と呼ばれる、金のない冒険者や身元不明の浮浪者が眠る場所だ。墓石なんて上等なものはない。ただの木の棒切れが突き刺さっているだけの、泥の丘が延々と続いている。
僕たちは、その一番端に穴を掘った。 土は冷たく、粘土質で重かった。 ガインは体が大きかったから、僕とニルス、そしてリズの三人掛かりで掘っても、なかなか彼が収まる深さにならなかった。
「……くそ、ガインの奴……デカすぎんだよ……」
ニルスがつぶやく。その声は震えていて、スコップを握る手は白く変色していた。 誰も答えなかった。ただ黙々と、泥を掻き出し続けた。
ようやく穴が掘り上がり、僕たちは安物の麻布で包んだガインの遺体を、そこへ転がした。 ドサリ、という重い音。 先日の酒盛りで「肉が溶ける!」と笑っていたあの巨体が、今はただの生ゴミのように穴の底に横たわっている。
墓標の代わりに、僕たちは彼の愛剣――『廃材の大剣』を突き立てた。 あまりにも重く、僕とニルスの二人掛かりでようやく引きずってきた鉄塊だ。 それをガインの頭があった位置に突き刺す。
錆びた鉄の塊が、雨に濡れて鈍く光る。 文字も名前もない。ただの暴力の残骸。 それが、親友が生きた証のすべてだった。
宿に戻ったのは、日が暮れてからだった。 いつもの安宿の一室。 灯りをつけ忘れた部屋は薄暗く、カビと湿気の臭いが充満している。
そこに、昨日までの「家族」のような団欒はなかった。 あるのは、壊れた玩具が散らばったような、寒々しい沈黙だけだった。
「……あははっ。何よこれ、消毒液の味がする」
静寂を破ったのは、リズの声だった。 彼女はテーブルに突っ伏し、安酒の瓶を抱えていた。 琥珀色のエールじゃない。労働者が痛みを麻痺させるために飲む、芋を腐らせて蒸留しただけの粗悪な酒だ。 普段のリズなら、「こんな馬の小便、飲むくらいなら泥水をすするわ」と毒づいていただろう。
「飲みなさいよ、レン。……効くわよ。頭の中がグワングワンして……あの時の音が、聞こえなくなるの」
リズは震える手で、欠けた木製カップに酒を並々と注ぎ、一気に煽った。 喉が焼ける音が聞こえるようだった。 彼女はむせ返り、涙目になりながら、それでも次を注ぐ。
「私が……私が右側面をもっと早く突破していれば……」
「よせ、リズ」
「違う! 私のせいよ! 私の槍が、あと一秒早ければ……あの薄汚い手を突き刺せていれば……ガインの目は……!」
ゴンッ! リズがボトルをテーブルに叩きつける。 彼女の高貴なプライドは、アルコールと後悔でドロドロに溶かされていた。 騎士の誇り? そんなものでは仲間一人守れなかった。 彼女は今、ただの無力な少女として、酩酊の中に逃げ込もうとしていた。
部屋の隅では、ニルスが壁に向かって座り込んでいた。 彼は、自分が回収してきた矢の手入れをしていた。 だが、その様子がおかしい。
「……一本、二本、三本……あれ? 計算が合わねえな」
ニルスは、矢羽の千切れた使い物にならない矢を、何度も何度も数え直している。
「あの時、俺が放った矢は四本。ゴブリンの数は十匹。ガインの時給が銀貨二枚として、あそこで死んだことによる損失は……矢の補充費と相殺して……あれ? 安上がりか? いや、装備の新調費が……」
「ニルス、やめろ」
「なあレン。人間の目玉って、市場で売れるのか? ガインの目玉、一個残ってたっけ? あれを売れば、今回の赤字は……はは、冗談だよ。冗談だって。俺はただ、計算してるだけだ。数字は裏切らねえからな。数字は死なねえからな……」
ニルスの目は笑っていなかった。 焦点が合わず、ブツブツと意味不明な算術を繰り返している。 彼は壊れかけていた。 冷徹な斥候としての仮面が剥がれ落ち、理不尽な死を受け入れられない心が、論理の迷路へと逃避しているのだ。
エマは、ベッドの上で膝を抱えて動かなかった。 彼女の視線は、自分の手に釘付けになっている。 何度も何度も、衣服で手を擦っている。 もう血なんて付いていないのに。 「落ちない……」と、蚊の鳴くような声が聞こえた。
そして、僕。 僕は椅子に深く腰掛け、自分の左手を見つめていた。 中指と薬指が、不自然な方向に曲がっている。 ホブゴブリンの口の中で砕かれた指だ。 エマに治してもらうこともせず、添え木もしていない。
ズキズキと脈打つ痛みが、心地よかった。 この痛みが、唯一の罰のように思えたからだ。
『ガイン! 前だ! 突っ込め!!』
僕の声が、脳内で無限に再生される。 あの命令が、あいつを殺した。 剣で刺したのはゴブリンだが、あいつを断頭台に押し付け、刃を落とさせたのは僕だ。
僕が「指揮官」を気取っていたから。 金貨三枚で浮かれて、「いける」と過信したから。 僕の浅はかな判断が、あいつの未来を、あいつの笑顔を、あいつが食うはずだった何千回の食事を、すべて奪った。
『へへ、レンがいれば大丈夫だろ!』
やめろ。 その声で僕を呼ぶな。
僕はテーブルの上のナイフを手に取りたい衝動に駆られた。 この舌を切り落とせば、もう二度と間違った命令をせずに済むだろうか。 それとも、この喉を突き刺せば、ガインに詫びることができるだろうか。
「……レン」
リズが、虚ろな目で僕を見た。 酒で赤くなった顔が、蝋人形のように生気がない。
「ねえ……私たち、これからどうするの?」
その問いは、部屋の空気をさらに重くした。 前衛がいない。 最大火力がいない。 僕たち『鉄屑』の戦術の要が消滅した。 このままでは、次の依頼で全滅するのは確実だ。
解散か? それとも、また誰か新しい「肉の壁」を雇うのか? ガインの代わりを? あいつの死体がまだ冷たいうちに?
「……分からない」
僕の口から出たのは、指揮官にあるまじき言葉だった。
「分からないんだ、リズ。何も……考えられない」
僕は逃げた。 判断することから。責任から。 指揮官の笛が、焼きごてのように胸元で熱く感じられた。
外では、まだ雨が降り続いている。 その雨音は、泥の中に埋めた親友が、土の下で窒息しながら「苦しい」と掻きむしる音のように聞こえてならなかった。
僕たちはその夜、誰一人として眠ることができなかった。 ただ、それぞれの地獄の中で、朝が来ないことを祈り続けていた。




