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鉄屑達の生き方  作者: ヤスナー


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3/31

生きるための準備

灰色の雲が垂れ込める空の下、僕たち『鉄屑』の五人は、城塞都市の北門をくぐり抜けた。

巨大な鉄格子が軋んだ音を立てて背後で閉ざされる。その重苦しい金属音は、まるで「ここから先は人間の世界ではない」と宣告する断頭台の音のようだった。 城壁の内側には、まだ腐りきっていない文明と、かろうじて保たれた治安がある。だが、一歩外に出ればそこは魔王の庭だ。法も慈悲もなく、あるのは「食うか食われるか」という単純で残酷なルールだけ。

「うへぇ……やっぱり外の空気はマズいな。鉄錆とカビの味がしやがる」

先頭を歩くニルスが、顔をしかめて唾を吐いた。 彼の言う通りだ。勇者が敗北して以来、世界のマナは澱み、大気そのものが微弱な毒を含んでいる。呼吸するたびに、肺の奥に鉛が溜まっていくような錯覚を覚える。

「文句を言わないの、ニルス。私たちが稼がないと、街の子供たちはパンの耳すら買えないんだから」

最後尾を歩くエマが、気丈に振る舞いながらも、不安そうに周囲の森を見渡した。彼女の抱える鞄が、歩くたびにカチャカチャと薬瓶の音を立てる。それが妙に耳障りに響くほど、外の世界は静まり返っていた。

「へへっ、俺はこの空気、嫌いじゃねえけどな! なんかこう、体の奥が熱くなるっていうかよ!」

僕の隣で、相棒のガインが巨大な鉄塊――『廃材の大剣』をぶんぶんと振り回した。 風切り音が凄い。こいつの馬鹿力だけは、マナの濁りすらエネルギーに変えているんじゃないかと疑いたくなる。

「ガイン、無駄に体力を消耗するな。それと声を落とせ。……この辺りはまだ『ランクG』の領域だが、何が迷い込んでくるか分かったもんじゃない」

僕がたしなめると、左翼を歩いていたリズが、鼻で笑った。

「心配性ね、レン。『ランクG』……ゴブリンやスライム程度でしょう? 騎士学校の教本には『農具を持った農民でも撃退可能』って書いてあったわよ」

リズは槍の石突きでぬかるんだ地面を叩き、苛立ちを隠そうともしない。 没落したとはいえ、腐っても元貴族。彼女の中にはまだ、「かつての世界の常識」がこびりついている。僕は歩調を緩めず、彼女の方を見ずに言った。

「その教本は、何年前に書かれたものだ?」

「え? ……たしか、十五年前だけど」

「勇者が負ける前だな。なら、その本はもう焚き火の種にしかならない」

僕は深く息を吸い込み、少し冷えた空気を肺に入れた。

「いいか、リズ。おさらいだ。この世界の魔物のランク分けは、強さの順じゃない。『死ぬ確率』の順だ」

退屈な道中だ。緊張感を高めるためにも、認識のすり合わせをしておくのは悪くない。僕は指を折りながら話し始めた。

「まず、今回のターゲットであるゴブリン。ギルドでの分類は【ランクG:入門】だ。リズの言う通り、かつては最弱だった。だが今は違う」

「……どう違うって言うのよ。ただの緑色の小人でしょ?」

「『殺意』が違うんだ。奴らは以前より筋力が1.2倍ほど上がっているが、一番の問題はそこじゃない。奴らは武器を使うようになった。錆びたナイフ、汚れた石斧。そして何より、傷口に泥や糞を塗りつけてくる」

「げっ……汚ったな……」

リズが顔をしかめる。

「そう、汚い。だが致命的だ。エマ、先週死んだ新人の死因は?」

話を振られたエマが、びくりと肩を震わせて、消え入りそうな声で答える。

「……は、破傷風。ゴブリンに腕を噛まれて、傷は浅かったんだけど……三日後に高熱が出て、そのまま……」

「そういうことだ。今のゴブリンは、一撃必殺の力こそないが、僕たちを『病気』という名の死神に引き渡す。だから僕たちは、決して噛まれてはいけないし、傷を負ってはいけない。1対1で戦えば、泥仕合になって感染症のリスクが跳ね上がる。だから5人で囲んで、何もさせずに殺すんだ」

僕の説明に、ガインが「なるほどなぁ」と頷く。こいつは絶対に分かっていない顔だ。

「じゃあレン、その上の【ランクE】ってのは? ほら、この前俺たちが死にかけたデカイやつ!」

「ああ、ホブゴブリンだな。あれは【ランクE:戦士の壁】だ」

僕は無意識に、自分の左肩をさすった。先月の討伐で、危うく砕かれそうになった古傷が疼く。

「ゴブリンが成長し、人間並みの知能と、オーク並みの腕力を手に入れた個体だ。こいつらは『群れ』を指揮する。ゴブリン十匹を統率するホブゴブリン一匹……この構成に出くわしたら、今の僕たちの戦力じゃ『撤退』が正解だ」

「逃げるのか? 俺なら勝てるぜ?」 ガインが不満そうに言うが、ニルスが横から口を挟んだ。

「お前は勝てるかもな、筋肉ダルマ。だが、お前がホブゴブリンと殴り合ってる間に、俺とエマは残りのゴブリン十匹にミンチにされてるよ。そしたら誰がお前の傷を治す? 誰が罠を張る? 結局、最後はお前も囲まれて終わりだ」

「う……そりゃ困る」

「ランクEからは、『個人の武勇』じゃなくて『部隊の戦術』が試される。僕が盾で受け、リズが突き、ガインが砕く。この連携が数秒でも狂えば、誰かが死ぬラインだ」

そこまで話して、僕は前方の森を指差した。 鬱蒼と茂る木々の奥は、昼間だというのに薄暗い。

「そして、その奥にいるのが、僕たちにとっての事実上の限界点。【ランクD:熟練殺し】……オークだ」

その名を聞いた瞬間、場の空気が一段重くなった気がした。 オーク。かつてのファンタジー物語では、豚のような顔をした雑魚として描かれることもあった魔物。けれど、この世界では違う。

「筋肉の鎧、痛覚の麻痺、そして異常なまでのタフネス。オーク一匹を倒すには、熟練の剣士が三人がかりで、十分な時間をかけて出血多量を狙うしかない。僕たちの剣じゃ、皮膚を切り裂くのがやっとだ」

「……私の槍でも?」 リズが愛用している長槍を強く握りしめる。

「リズの突きなら、目玉か喉を正確に貫けば通るかもしれない。だが、外したら? 槍が筋肉に挟まって抜けなくなったら? その瞬間に丸太のような腕で頭を潰されて終わりだ」

ランクD。それは「技術」だけでは超えられない「生物としてのスペック差」の壁だ。ここから先は、命を削る「身体強化」や「攻撃魔法」を使えるベテランだけの領域になる。

「ねえ、レンくん……。その上は? この前、ギルドで鐘が鳴ってたけど……」

エマが怯えたように空を見上げる。

「【ランクC:災害指定】……オーガやトロールのことだな」

僕はため息をついた。 それはもう、僕たちが話題にするのもおこがましい存在だ。

「奴らは『生物』というより『現象』だ。トロールの再生能力は、今のマナ環境でさらにバグってる。腕を落としても数秒で生えてくるなんて、悪夢以外の何物でもない。ギルド総出の討伐戦で、何十人も犠牲を出してやっと追い払えるかどうか……」

「追い払う、なの? 倒すんじゃなくて?」 リズが驚愕の表情を浮かべる。

「倒すには、身を焦がすほどの高火力魔法が必要だ。今のギルドに、それを使える魔導師が何人残ってると思う? だから『追い払う』んだよ。生贄を差し出して、満腹にさせて帰ってもらうこともあるらしい」

屈辱的な話だ。人類はもう、この星の支配者ではない。 強大な捕食者に対して、隅っこで震えながら、食べ残しを漁って生きているネズミのようなものだ。

「さらにその上……【ランクB:城塞破壊者】のミノタウロスや、【ランクA:天災】のワイバーンに至っては、遭遇したら『祈る』しかない。戦うなんて選択肢は存在しない。逃げ隠れて、嵐が過ぎ去るのを待つだけだ」

「……昔は、違ったのにな」 ニルスがぽつりと呟いた。

「じいちゃんが言ってたぜ。昔の勇者は、ワイバーンを空から叩き落として、その肉で宴会をしたんだってよ。信じらんねえよな。空を飛ぶトカゲを食うなんて」

とガインが言うと、

「勇者様、か……」

リズが寂しげに笑う。 僕たちの世代にとって、勇者とは歴史上の偉人というより、おとぎ話の登場人物に近い。 「かつて人類は強かった」という、信じがたい伝説。

「まあ、上を見てもキリがないさ」 僕は雰囲気を変えるように、パンと手を叩いた。

「僕たちの仕事は、世界を救うことじゃない。今日生き残って、明日のスープ代を稼ぐことだ。まずは目の前のランクG、ゴブリン退治に集中しろ。……ニルス、痕跡は?」

ニルスが瞬時に仕事人の顔に戻る。彼はぬかるんだ地面に膝をつき、泥の跳ね方を指先でなぞった。

「……新しいな。一時間以内だ。足跡の深さからして、数は三匹。……いや、待て」

ニルスが目を細め、茂みの枝が不自然に折れている箇所を見つけた。

「一匹、足を引きずってる奴がいるな。しかも……何か重い物を引きずってるやつが居るな……重い物?こりゃ食料……たぶん、鹿か何かだ。だとすれば、食事に夢中になってる可能性が高い。奇襲(サプライズ)のチャンスだぜ」

「よし」 僕は首から下げたホイッスルを口元に寄せた。ここからは、世間話の時間は終わりだ。

「陣形を組むぞ。ニルスは先行して位置を特定。絶対に気付かれるな。ガインは僕の右後ろ、リズは左側面から回り込め。エマは……」

僕は振り返り、小柄な少女の目を見た。

「何があっても、僕の指示があるまで茂みから出るな。君が死んだら、僕たちは傷一つ治せずに全滅する。……いいな?」

「う、うん! 分かってる、レンくんも……無茶しないでね」

「無茶はしないさ。僕は臆病だからな」

僕は腰のショートソードを抜き、左手の小盾を構えた。 革のベルトがきしむ音。 雨に混じって、獣臭い風が鼻を掠めた。

ランクG。

最弱の敵。 けれど、油断すれば一瞬で僕たちの命を刈り取る、この世界の「現実」。

「行くぞ、鉄屑ども。稼ぎ時だ」

僕の合図と共に、五つの影が森の闇へと溶け込んでいった。

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