表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄屑達の生き方  作者: ヤスナー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/31

泥沼の勝者

俺たちは街の近くの森へ足を踏み入れた。 狙うは、かつてシリルが「徒労だ」と吐き捨てた雑魚の代名詞、野良ゴブリンの小集団。

「……いたぞ。三匹だ」

茂みの陰から、緑色の小鬼たちが現れる。 錆びたナイフを持った、どこにでもいる下級魔物。 以前の俺たちなら、あくびをしながらでも狩れた相手だ。

「……行くわよ!」

リズが気合と共に、新しい重装歩兵槍を突き出した。 だが。

ブンッ!

「え……?」

穂先はゴブリンの頭を掠め、虚しく空を切った。 重い。 東方の特注槍とは重心も重さもまるで違う。半年間のブランクと、家具運びでついた「違う筋肉」が、精密なコントロールを狂わせたのだ。

「ギャッ!」 ゴブリンが嘲笑うように飛び退き、隙だらけになったリズの足元へ切り込んでくる。

「チッ、援護する!」

ニルスが長弓を引き絞る。 だが、彼もまた顔を歪めた。 「硬ぇ……!」 弦を引く指が、弦の食い込みに悲鳴を上げる。リリースが一瞬遅れた。 放たれた矢は、ゴブリンの足元の土を跳ね飛ばしただけだった。

「嘘だろ……こんな距離で外すかよ!?」

俺も同じだった。 飛びかかってくるゴブリンの動きが、目では見えている。 (右だ。受け流せる) 脳はそう判断した。 だが、体が一瞬遅れる。ドブさらいで酷使した腰が、戦闘用のステップに対応できない。

「ガッ……!」

盾で受け損ねた棍棒が、俺の肩を直撃する。 激痛。 だが、骨までは届かない。作業で鍛えられた筋肉と、安物だが分厚い鎧が衝撃を殺した。

「……ハァ、ハァ……鈍ってるな、俺たち」

俺は痛みに顔をしかめながら、バックステップで距離を取った。 息が上がるのが早い。心臓が早鐘を打っている。 たかがゴブリン三匹に、冷や汗をかいている。 これが現実だ。俺たちの戦闘技術は、完全に錆びついていた。

「ギャッギャッ!」 ゴブリンたちが調子づく。 「こいつら弱いぞ」「エサだ」と認識したのか、森の奥から仲間を呼ぶ声がする。 わらわらと、五匹、六匹と増えていく。

「……レン! 囲まれるわ!」 リズが焦燥に駆られた声を上げる。

だが。 不思議と、俺の中に恐怖はなかった。

(……いや)

俺は、腰の『青緑シリル』の柄を強く握りしめた。 掌に伝わる、ドクンという鼓動。

(……見える)

ゴブリンのナイフの軌道。 奴らが飛びかかる前の予備動作。 群れの連携の呼吸。

技術は錆びついたかもしれない。 フォームはバラバラかもしれない。 だが、俺たちの魂に刻み込まれた「経験」は、嘘をつかなかった。 ガインと共に死線をくぐり、シリルと共に修羅場を駆け抜け、変異種という絶望を見た俺たちの目は、こんな雑魚の動きを「遅い」と感じていたのだ。

「……体が、覚えてる」

俺は低く呟いた。 脳で考えるな。 この半年、泥と汗にまみれて働き続けた、この体を信じろ。

ゴブリンが飛びかかってくる。 俺は避けなかった。 パリィもしなかった。 ただ、前に出た。

ドォンッ!!

俺は盾ごと体当たりをかました。 家具運びで鍛え上げた足腰の踏み込み。 ゴブリンごときの体重など、巨大なタンスに比べれば羽毛のようなものだ。

「ギッ!?」 ゴブリンが吹き飛ぶ。 俺はそこへ、ショートソードを――切るのではなく、杭を打つように突き立てた。

ズブッ!!

手応え。 硬い。でも、通る。 魔剣『青緑シリル』の熱と、俺の腕力が、錆びた技術を補って余りある破壊力を生む。

「……リズ! 狙うな! 叩き潰せ! その槍は鈍器だ!」

「……そうね! 重さなら負けない!」

リズが覚悟を決める。 彼女は切っ先で狙うのをやめた。 槍を短く持ち、石突きで殴り、柄で弾き、そして体重を乗せて穂先を押し込む。

グシャッ!

「捕らえた……!」 リズの槍が、ゴブリンの鎖骨を鎧ごと粉砕した。 綺麗な剣術じゃない。工事現場の杭打ちのような、暴力的な一撃。

「ニルス! 近づけ! ゼロ距離なら外さない!」

「おうよ! 矢なら売るほどあるんだ!」

ニルスが前に出る。 弓兵の動きじゃない。 ゴブリンの目の前まで走り込み、腹に矢尻を押し当てて弦を離す。

ドスッ!

「ギャアアッ!」 「次だ! 次!」 ニルスは矢をつがえる暇さえ惜しみ、腰の鉈を抜いて逆手に持った。 「邪魔だぁッ!」 ガキンッ! 鉈がゴブリンの頭蓋骨に食い込む。薪割りの要領だ。

体が、思い出していく。 錆が落ちていく感覚ではない。 錆びた鉄の上に、新しい鋼が焼き付けられていくような感覚。

一匹。また一匹。 最初は空振りしていた攻撃が、次第に吸い込まれるように当たり始める。 俺たちの体は、過去の記憶と現在の筋力を統合し、新たな「殺し方」を学習していた。

「エマ! 下がらないで殴れ! その布鎧は牙を通さない!」 「は、はいっ! えいっ!」

エマが目を瞑りながらメイスを振るう。 ボコッ。 ゴブリンの頭が凹む。

数が増えていく。 最初は三匹だった死体が、八匹になり、十匹になる。 増援に来たゴブリンたちが、逆に恐怖して足を止める。

「……ハァッ、ハァッ……!」

俺の剣が唸る。 『青緑シリル』の軌跡が、森の薄暗闇に焼き付く。 斬るたびに、傷口が焼ける臭いがする。 シリルが、俺の手の中で暴れている。 『そうだ、ボス。もっとだ。もっと血をくれ』とねだるように。

俺たちは止まらなかった。 息が上がり、腕が鉛のように重くなっても、体は勝手に動いた。 「殺す」という単純な作業に没頭する。 それは、下水道の掃除や荷運びと同じだ。目の前の障害を、ただ淡々と排除する作業。

そして俺は。 最後の一匹――逃げようと背を向けたゴブリンの首を、背後から無慈悲に跳ね飛ばした。

スパァンッ。

青い残光と共に、首が舞う。 傷口は瞬時に炭化し、血も出ない。

静寂が戻った。

俺たちは、死体の山の真ん中で立ち尽くしていた。 全員、肩で息をしている。 ツナギは泥と血でぐちゃぐちゃだ。 安物の装備は傷だらけだ。

だが、誰も倒れていなかった。

「……十三匹……」

ニルスが、掠れた声で死体を数えた。 「……すげえ。シリルがいた時以来の数だ。……しかも、誰も大怪我してねえ」

リズが、重たい槍を地面に突き刺し、体を支えた。 「……腕がパンパン。……でも、不思議。まだ動けるわ」

体が思い出したのだ。 俺たちは「鉄屑」だ。 綺麗な戦い方なんて最初から出来なかった。 泥にまみれ、傷を負いながら、それでも相手の喉元に噛みつく。 それが俺たちの本来の姿だったんだ。

俺は、鞘に剣を納めた。 カチン、と硬い音が響く。 掌に残る熱さが、心地よかった。

「……帰るぞ」

俺は言った。 足元のゴブリンの耳を切り取る。 手慣れた作業だ。死体処理のバイトで散々やった。

「換金して、飯だ。……今日は肉を食うぞ」

俺たちは歩き出した。 その背中は、以前よりも大きく、分厚く見えた。 錆びついたまま研ぎ直された刃は、かつてよりも凶悪な切れ味を秘めて、夕闇の中へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ