命の剣
街の表通りにある鍛冶屋の反応は、予想通りだった。 俺がポケットから布に包まれた「青い石」を取り出した瞬間、親父の顔色は真っ青になり、次は真っ赤になって怒鳴り散らした。
「出ていけ! なんてモン持ち込みやがる!」 「人間の成れの果てだぞ! そんな呪われた素材、炉に入れたら火が腐っちまう!」
塩を撒かれ、追い出される。当然だ。 人の命が凝縮したマナ結晶。 それを加工することは、倫理的にも、技術的にもタブーとされている。普通の職人では扱い切れないし、扱おうともしない。
「……やっぱり、ダメか」
夕暮れの路地裏。俺は布包みを懐にしまい込み、溜息をついた。 ニルスたちが心配そうに見ているが、俺は首を横に振った。
「表の店じゃ無理だ。……あそこに行くしかない」
俺の脳裏に、かつてシリルが囁いた言葉が蘇る。
『ねえ、レン。もしヤバイ武器の手入れが必要になったら……裏街の三番通りにある、看板のない店に行くといいよ』 『あそこの爺さんは口が堅い。金さえ払えば、悪魔の角だって加工してくれる』
あいつは、自分が「違法な身体強化」を繰り返していることを隠すために、そういう裏のルートに通じていた。 まさか、その知識を自分の死体加工に使うことになるとは、あいつも思わなかっただろうが。
都市の最下層。汚水と硫黄の臭いが立ち込める「黒鉄街」。 その奥まった場所に、その店はあった。 看板はない。ただ、分厚い鉄の扉の隙間から、熱気と赤い光が漏れているだけだ。
ガン、ガン、ガン……。
重苦しい槌の音が響いている。 俺は躊躇なく扉を叩いた。
現れたのは、右腕が義手の、隻腕の老鍛冶師だった。 顔半分が火傷で爛れている。言葉を発することなく、濁った目で俺たちを睨みつけた。
「……客か」 「仕事だ。……これを使ってくれ」
俺は店に入り、作業台の上に「石」を置いた。 布を開く。 薄暗い工房の中で、青緑色の結晶が妖しく、そして悲しく輝く。 骨と肉を巻き込み、不規則に尖った、シリルの欠片。
老鍛冶師は、眉一つ動かさずにそれを手に取った。 義手の指先から、微弱なマナが流れるのが見えた。
「……『英雄病』の末期か。随分と純度が高いな」 「……ああ。最高の素材だ」 「何にする」 「ショートソードだ。……俺の手に馴染む、実戦用のやつだ。飾りはいらない」
老鍛冶師は、俺の顔と、ボロボロの手を見た。 そして、ニヤリと嗤った。
「普通の鉄とは混ぜられん。繋ぎにはミスリルを使う。……高くつくぞ」 「いくらだ」 「金貨五枚」
ニルスが「ぼったくりだろ!」と叫びかけたが、俺は制した。 俺たちの全財産の半分以上だ。 だが、迷いはなかった。
「払う」 俺は革袋を叩きつけた。
「……契約成立だ」
老鍛冶師は、すぐに炉の火力を上げた。 ゴオォォォッ!! 猛烈な熱風が吹き荒れる。 俺はその熱を浴びながら、作業を見守った。
シリルが炉に入れられる。 炎に包まれる。 悲鳴は聞こえない。だが、青い炎が爆ぜるたびに、あいつの「熱かった夜」が思い出される。
カン! カン! カン!
老鍛冶師が槌を振るう。 その一撃一撃が、シリルの骨を砕き、結晶を溶かし、鋼鉄と融合させていく。 俺は瞬きもせずに見続けた。 これが弔いだ。 土に埋めて祈るなんてガラじゃない。 叩いて、焼いて、研いで……敵を殺す道具に生まれ変わらせる。それが、俺たち『鉄屑』の流儀だ。
数時間後。 一本の剣が、作業台の上に置かれた。
「……持ってみろ」
老鍛冶師が顎でしゃくった。
俺は、震える手でその柄を握った。
ドクン。
心臓が跳ねたかと思った。 違う。 剣だ。 剣が、脈打ったのだ。
「……シリル」
それは、ただのショートソードではなかった。 刀身は、黒に近い鈍色の鋼鉄。 だが、その中心を貫くように、鮮烈な青緑のラインが走っていた。 まるで血管だ。 そのラインは、微かに明滅し、掌に熱を伝えてくる。
長さは、俺が一番使い慣れたサイズ。 重心は完璧。 振れば風を切り、止めればピタリと止まる。
何より、この「握り心地」。 あの夜、屋根裏部屋で繋いだ手と同じ温度。 冷たいのに、芯が熱い。
「……マナ伝導率は最高だ。持ち主のマナを吸って、刀身に熱を帯びる」 老鍛冶師が淡々と説明する。 「斬れば傷口を焼き、止血すらさせない。……悪辣な剣だ」
「ああ……最高だ」
俺は剣を掲げた。 薄暗い工房の中で、青緑の軌跡が尾を引く。 あいつの髪の色だ。 あいつの瞳の色だ。
「名前はあるのか?」 老鍛冶師が尋ねた。
俺は、青く輝く刀身に映る自分の顔を見つめ、答えた。
「『青緑シリル』」
そのままだった。 道具に人の名前をつけるなんて狂気だ。 だが、こいつはもう道具じゃない。俺の半身だ。
「あいつだったか……大事にしてやりな……」
「言われなくても。……使い潰してやるさ」
俺は剣を鞘に納めた。 カチリ、という音が、俺の心にスイッチを入れた。
店を出ると、夜風が涼しかった。 だが、腰にある剣の熱が、俺の体温と同化していた。
「……レン」 リズが心配そうに声をかけてくる。 「大丈夫? ……変な声、聞こえたりしない?」
「聞こえないさ」
俺は嘘をついた。 聞こえるわけがない。死んでいるんだから。 でも、腰から伝わる鼓動が、俺に囁いている気はした。
『さあ、行こうよ、ボス』 『次は何を殺す? 誰の血を吸わせてくれる?』
そんな、あの無邪気で残酷な声が。
「……行くぞ」
俺は仲間たちに背を向け、歩き出した。 足取りは軽い。 もう、重い荷物は背負っていない。 あるのは、この一本の剣と、果たすべき復讐、そして這い上がるべき未来だけだ。
「まずは装備を整える。……そして、ゴブリンからやり直しだ」
俺の手が、柄に触れる。 熱い。 この熱が冷めるまで、俺たちの戦争は終わらない。




