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鉄屑達の生き方  作者: ヤスナー


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13/31

初陣

灰色の空の下、僕たち『鉄屑』は再び森の中にいた。 場所は、あの惨劇があった渓谷とは違う、西の街道沿いの密林だ。 だが、僕の心臓は、まるで昨日と同じ場所を歩いているかのように悲鳴を上げていた。

泥の感触。濡れた腐葉土の臭い。 そして、前衛の背中。

「……ボス。右前方、茂みの揺れ方が不自然だ」

先頭を歩くシリルが、足を止めずに涼やかな声で言った。 斥候のニルスが気づくよりも早い。 彼の青緑色のロングコートは、泥道を歩いているはずなのに、不思議なほど汚れていない。まるで彼だけ、地面から数センチ浮いているかのような異様さだ。

「……ゴブリンか」 「足音の軽さからしてね。数は……8匹くらいかな」

8匹。 僕の背筋に氷柱が走った。 ガインを殺したのと、ほぼ同数だ。 あの時の絶望的な包囲陣。食い千切られた顔。噴き出す血。 フラッシュバックする記憶に、呼吸が浅くなる。

「レン! 陣形を……!」 リズが焦燥に駆られた声で叫び、槍を構える。 エマが短く悲鳴を上げ、僕の背後に隠れる。

全員が怯えている。 「8匹」という数字が、今の僕たちにとっては「死刑宣告」に聞こえるのだ。

僕は震える喉を開いた。命令しなきゃいけない。 引くか? それとも囲まれる前に散開か? いや、前衛に止めてもらわなきゃ、僕たちは逃げることすらできない。

「シリルッ! 敵を引きつけろ! 僕たちが援護するまで耐え――」

「『殲滅』でいいかい?」

シリルは、僕の悲痛な叫びを、天気の話でもするかのような軽さで遮った。

「え……?」

「援護はいらない。射線が塞がるから、そこで見ていて」

彼は振り返り、美しく整った顔で微笑んだ。 そして、巨大な戦斧を片手で軽く回し、茂みへと一歩踏み出した。

「さあ、仕事の時間だ」

次の瞬間、茂みから一斉にゴブリンたちが飛び出した。 「ギャギャギャッ!!」 飢えた捕食者の群れ。錆びたナイフ、石斧。 かつてガインを飲み込んだ、緑色の暴力の波。

それが、シリルに殺到する。

「シリルッ! 馬鹿、囲まれるぞ!」 ニルスが叫ぶ。

だが、シリルは動じなかった。 防御姿勢を取ることすらしなかった。 彼は、ただ優雅に、ダンスのパートナーの手を取るように、戦斧の柄を長く持った。

ヒュンッ!!

風切り音ではない。空気が「断裂」する音がした。

先頭で飛びかかった二匹のゴブリンの首が、同時に宙を舞った。 血飛沫が上がるよりも早く、シリルの体は回転していた。

「――円舞(ロンド)

遠心力。 彼はそう言っていた。 身長ほどもある巨大な斧が、彼の細い体を軸にして、高速で旋回する。 それは防御壁であり、触れるもの全てを断ち切る処刑の輪だ。

「ギッ……!?」

三匹目、四匹目が、なす術もなく両断される。 ゴブリンの錆びたナイフが斧の刃に触れた瞬間、ナイフごと腕が飛び、胴体が上下に分かれる。 ガインの大剣のような「ドゴォッ」という破壊音はない。 「スパァン」という、濡れた布を裂くような軽快な音だけが響く。

速い。 そして、正確無比だ。 彼は泥の上を滑るようにステップを踏み、囲もうとするゴブリンの死角へと回り込む。 敵を常に「一列」に並ばせ、自分の攻撃範囲に誘い込んでいる。

「残り、四」

シリルが数字を呟く。 生き残ったゴブリンたちが、本能的な恐怖で足を止めた。 こいつは獲物じゃない。捕食者だ。 逃げようと背を向けたゴブリンの背中に、戦斧の石突きが正確に突き刺さる。

「逃げる許可は出ていないよ」

シリルは槍のように斧を突き出し、引き戻すと同時に刃で別のゴブリンの足を払う。 転んだゴブリンの首へ、重力に従って刃を落とす。

残酷なまでの効率性。 そこには、怒りも、悲しみも、必死さもない。 ただの「作業」だ。

数秒だった。 本当に、瞬きするほどの時間だった。

8匹のゴブリンが、肉片となって沈黙した。

シリルは、最後のゴブリンの死体から斧を引き抜き、懐から白い布を取り出した。 刃に付いた血を、丁寧に拭き取る。

「……ふぅ。刃こぼれなし」

彼は血のついた布をポイと捨て、僕たちの方を向いた。 そのロングコートには、返り血一滴ついていない。 息一つ乱れていない。

「オーダー完了。……次は?」

森に静寂が戻った。

僕たちは、誰一人として言葉を発することができなかった。 リズが、構えていた槍を力なく下ろす。 ニルスが、弓につがえた矢を呆然と見つめる。 エマが、治療の準備をしていた手を止める。

圧倒的だった。 僕たちが命を賭け、泥を啜り、親友を犠牲にしてようやく倒せる数を、彼は鼻歌交じりで処理してしまった。

(……なんだ、これは)

僕の胸に去来したのは、安堵ではなかった。 どす黒い、吐き気を催すような「虚無感」だった。

ガインなら、どうだっただろう。 8匹に囲まれたら、全身傷だらけになって吠えていただろう。 『レン! 痛ぇよ! 早く援護しろ!』と叫んでいただろう。 僕が盾で割り込み、リズが横から突き、ニルスが牽制し、エマが必死で回復して……そうやって、全員で泥だらけになって、やっと勝てる相手だった。

それが、どうだ。 僕たちは一歩も動いていない。 泥も付いていない。 怪我一つない。

「……おい、どうしたのさ。みんな幽霊でも見たような顔をして」

シリルが不思議そうに首を傾げた。 その無垢で残酷な美貌が、僕たちの心臓をえぐる。

「……すげぇな」 ニルスが、乾いた笑いを漏らした。 「ハハッ……黒字だ。矢の一本も使ってねえ。修理費ゼロ、治療費ゼロ。……最高の効率だぜ、畜生」

リズは、唇を血が出るほど噛み締めて、シリルの足元に転がるゴブリンの死体を睨んでいた。 その目は「ありがとう」とは程遠い。 『なんであんたが生きているの』 『なんであんたほどの強さが、あの時ガインじゃなかったの』 そんな理不尽な嫉妬と憎悪が渦巻いていた。

「……レンさん」 エマが僕の袖を引く。彼女の手は冷たかった。 「私……やること、ないね」

そうだ。 この「完璧な前衛」の前では、僕たちの拙い連携など邪魔なだけだ。 僕の指揮も、リズの槍も、エマの治癒もいらない。 ただ彼に「やれ」と命じれば、全てが終わる。

これが、本物の強さ。 僕たちが憧れ、ガインが目指した場所。

なのに、ちっとも嬉しくなかった。 目の前の光景が、ガインの死を「無駄死に」だと嘲笑っているように思えたからだ。 『実力不足の雑魚が、分不相応に戦ったから死んだんだ』 シリルの涼しい顔が、そう言っている気がした。

「……回収だ」

僕は声を絞り出した。

「耳を切れ。……行くぞ」

「了解」 シリルは優雅に一礼し、死体の山へ向かった。

僕は拳を握りしめる。 折れた指が痛む。だが、胸の痛みの方が遥かに強かった。 僕たちは新しい武器を手に入れた。 最強の武器だ。 けれど、その代償に、僕たちは「自分たちの価値」を完全に失ってしまったのかもしれない。




シリルの美しいコートが、少し白い煙を発しているように見えた。



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