プロローグ
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スタンリーは友人からその話を聞いた時には朗らかに笑い飛ばした。
「やめてくれよ。僕のパティがそんなことするわけないだろう?」
「でもな、確かに第三王子殿下とご一緒だったと噂になっているんだ」
「噂は噂だろう? 誰かの見間違いとか、勘違いとか。そんなもんだよ」
「そうだといいんだけどな・・・。まあ、お前も学園に行けばわかることだしな」
年上の友人は気まずげにスタンリーの肩をポンと叩いた。
スタンリーには同い年の婚約者がいる。
パトリシア・オーデンとは父親が友人の縁の幼馴染で幼い頃に婚約した。彼女の両親が三年前に事故で亡くなって、スタンリーの家で引き取った。
今年から王都の貴族学園に一緒に入学するはずだったが、スタンリーが王都へ出発する直前に脚を骨折してしまった。一カ月は脚を固定されて動けなくなり、入学式に間に合わなかった。
パトリシアは一緒に学園に行けなくてがっかりしていたが、スタンリーに付き合わせて入学を遅らせるわけにはいかない。しぶしぶと一人で王都へ出発した。スタンリーは完治するまで領地暮らしだ。
「スタン、具合はどう?」
ひょっこりと次姉のシャーリーが顔をだした。
三歳上のシャーリーは弟と入れ違いで学園を卒業して、今は領地で治療院のお手伝いをしている。シャーリーには弱い治癒能力があり、聖女見習いだった。見習いは自己再生能力を高めたり、体力増強で治癒の効果を促す補佐役だ。
完全治癒は重病人や重症者が対象だった。完全治癒をかけられるのは正規の聖女だけで、そう簡単にかけられるものではないのだ。
「そろそろ、ギブスを外してもいいそうよ。一週間くらいはリハビリにかかるかしら?」
シャーリーは治癒魔法を軽くかけてからカルテに目を通した。
「姉上のおかげで予定より早く治りそうだ。ありがとう」
「ふふっ、いいのよ。あなたが実験台になってくれたから、力の使い方のいい練習になったし」
「実験台って・・・。ひどいなあ、シャーリー」
次姉に苦情を申し出たのは見舞い客のヒューゴーだ。
王都の商談から戻ったところで王都土産を持ってきてくれた。王都で流行っている果物で、運搬中に熟して食べ頃になったらしい。皮を剥いて食べやすい大きさにカットしたのを皿ごと差しだす。
「シャーリーもどうだい? 甘くて美味しいよ」
「まあ、美味しそうねえ、いただくわ」
スタンリーへのお見舞いなのだが、二人で仲良く頬張っている。ヒューゴーが幼馴染のシャーリーに気があるのはよくわかっていたから、スタンリーはそれよりも王都の様子を知りたがった。
「ヒューゴーはセリ姉様の店に行ってみたんだろ。姉様は元気にしてた?」
「ああ、元気だったよ。旦那さんが相変わらずで忙しそうだったけど」
「姉様は愛されてるものねえ」
シャーリーが苦笑する。
長姉のセリーナは特級薬師の資格をとって、王都で個人の店を出していた。セリーナの夫は一流の冒険者で愛妻のために希少植物や貴重な材料を採取しては貢いでいるのだ。夫のおかげでセリーナの店は高価で貴重な薬を求める固定客がついていた。
「パティは体調を崩したりしてなかった? まあ、姉様がついてるから大丈夫と思うけど」
スタンリーが婚約者の様子を尋ねると、ヒューゴーの視線が泳いだ。
「あ、ああ、まあ、元気だと思う。セリーナさんは何も言ってなかったし・・・」
「ヒューゴーってば、なんだかよそよそしいわね。パティには会わなかったの?」
シャーリーが首を傾げた。
パトリシアは未熟児で生まれたせいか、身体が弱かった。
スタンリーのシトリン男爵家では薬草が特産品で、パトリシアの父に頼まれて昔から色々な薬を融通していた。そのおかげでパトリシアの体調は安定して普通の生活をおくれるくらいに回復したが、手放しで丈夫になったとは言えない。時折、特級品の薬が必要だった。
「いや、直接は顔を合わせてないけど・・・」
ヒューゴーは躊躇いがちに口を開いた。
街でパトリシアに似た少女を見かけたが、高貴なお方らしきお相手の連れだった。恋人のように腕を組んでいたから見間違いだと思った。・・・思ったのだが気になって学園の後輩に尋ねると、パトリシアはクラスメイトの第三王子に気に入られて非常に親しくしている、らしい。
第三王子のクリフォードには婚約者がいない。兄である王太子に子供が二人生まれたら、臣籍降下する予定だから、それまでに婚約者を見つければいいと言われていた。
国内は安定しているし、第二王子の妃は隣国の公爵家の出だ。友好国との関係はすでに結ばれているから末王子は好きにして構わないと甘やかされていた。噂では在学中にお相手を見つけるつもりだと囁かれている。
「王子殿下に侍る女子生徒は多いそうだ。その中でもパトリシアはお気に入りだって噂で・・・」
「まさか、パティに限ってそれはないよ」
「そうよ。あの子、モノ好きにもスタンにベタ惚れですもの。いくら眉目秀麗な王子様だからって惹かれないでしょ」
スタンリーがないないと首を横に振ればシャーリーも大きく頷いて同意する。
スタンリーは茶髪茶目とごくありふれた色合いで平凡な見目だ。それでも、パトリシアにとっては最愛の人だった。幼い頃から寝台の住人だったパトリシアには何かと気遣ってくれて面倒見の良いスタンリーが大好きで、婚約は彼女の強い希望によるものだ。
スタンリーが父に連れられて遊びにいくと、パトリシアはいつも寝台で横になっていた。お見舞いには花束がいいと教えられて持っていくと、パトリシアは花冠を欲しがった。絵本で花冠を被ったお姫様を見てからずっと欲しかったらしい。
スタンリーが四苦八苦しながら不恰好な花冠を編むと、パトリシアはとても喜んだ。スタンリーが花冠を被せてあげると、彼女は水色の瞳をキラキラとさせて頬を紅潮させた。
「ありがとう、スタン。わたし、優しいスタンが大好き!
ねえ、大きくなったら、スタンのお嫁さんにしてくれる? わたし、苦いお薬もがんばって飲んで丈夫になるから」
上目遣いで強請ってくるパトリシアがとても可愛くて、スタンリーは速攻で頷いた。
父たちがなんだかとても生温かい目をして、婚約届とやらを用意してくれた。スタンリーとパトリシアは教わったばかりの文字で自分の名前を慎重にサインしたものだ。
婚約が成立すると、パトリシアは宣言通りにがんばった。
苦い薬も涙目になってもきちんと飲み、食欲がなくてもできるだけ口に運んで栄養をとって、体調がよい時には室内の散歩から始めて外へ散策できるように体力をつけて、と少しずつ健康になっていった。
「僕のパティは可愛くて綺麗で健気で努力家だからなあ、殿下の目にとまっても仕方ないけど。パティは僕ともう婚約してるから」
スタンリーが余裕の微笑みを浮かべる。
パトリシアは赤みがかった金髪でピンク色に見える、綺麗で珍しい髪色をしている。大きな水色の瞳をキラキラとさせた貴族としては表情豊かな美少女だ。オーデン家は子爵家で下位貴族のマナーはしっかりと学んだが、他人行儀な淑女の笑みだけは取得できなかった。
シトリン家は薬草栽培のため領地暮らしで、社交界にはあまり参加しない。貴族よりも平民を相手にすることが多いので、表情を取り繕うのは重要視されていない。将来の男爵夫人としては十分だった。
スタンリーもシャーリーもパトリシアの心変わりなど心配していないし、王子が婚約済みの相手を望むとか恥知らずな真似をするとも思わない。
第一、パトリシアは名ばかりの子爵令嬢だ。オーデン家は領地を持たない貴族だったから、文官の父が亡くなったからには爵位返上するしかない状態だ。シトリン家嫡男のスタンリーと婚約しているから、温情で爵位を残されているにすぎない。第三王子に嫁ぐには身分が足りなかった。
姉弟揃ってあり得ないと断言されて、ヒューゴーも考えすぎかと思い直した。
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