婚約者に裏切られた公爵令嬢、貴方を愛していたけれども心がぽっきりと折れてしまいましたわ。婚約破棄を致します。
王立学園の木陰で、男女がキスを交わしている。
「愛しているよ。ああ、君と結婚出来たらどんなによかったか」
「わたくしもですわ。アフェル様」
金の髪の青い瞳のそれはもう美しいアフェル・カイリス公爵令息。
それに対になるように。銀の髪に青い瞳のベリティア・クリント伯爵令嬢。
まるで、絵画のような美しい二人のキスシーン。見知らぬ人が見たら、うっとりと見とれてしまうだろう。
しかしだ。ディフェリーヌ・アルト公爵令嬢は違った。
アフェルは自分の婚約者である。
それなのに、ベリティアとキスをしているのだ。
二人は抱き締め合いながら、
「君が対抗派閥のルデルト公爵派閥の令嬢でなければ、私は君に婚約を申し込んでいた」
ベリティアは涙を流しながら、
「でも、貴方の婚約者のディフェリーヌ様だって、完璧で美しくて、貴方の派閥のトップの令嬢ですわ」
「まぁディフェリーヌのアルト公爵家と我がカイリス公爵家は共に同じ派閥のトップの家。だから私とディフェリーヌの婚約はなりたったのだが。私は嫌だ。ディフェリーヌなんて大嫌いだ。機嫌を取って来た。だって、アルト公爵家に婿入り出来るのだから。アルト公爵家は名門だ。だから、私は機嫌を取って来た。ディフェリーヌは確かに美しい。美しいが。私の好みではない。あのような冷たい顔をした銀の髪の令嬢なんて大嫌いだ。同じ銀の髪でも君は、なんて可愛らしく美しいんだ」
「でも、ディフェリーヌ様は勉強も出来ますわ。それに比べてわたくしは」
「完璧な令嬢なんて、私の良さが目立たないではないか。ただでさえ、婿入りなんだぞ。たまにアルト公爵家に行くけれども、肩身が狭くて狭くて。私は機嫌を取るのが大変なのだ。
だから、家の為に我慢をしてきた。ディフェリーヌの機嫌を取って来た。だが、もう限界だ。真に愛する君と結婚したい。君とどこか遠くで暮らしたい」
「でも、わたくし、貴族ですの。ですから、家を捨てるなんて出来ませんわ。あああ、貴方はディフェリーヌ様と結婚して下さいませ。密かにわたくしは貴方との関係を続けたいと思いますの」
「君だって婚約者はいるだろう?君の派閥のトップのルデルト公爵家のレイド・ルデルトが」
「ええ、わたくし、ルデルト公爵家の持っている伯爵の爵位を貰うレイド様に嫁ぐ事になっておりますのよ、でも、貴方との関係を諦めきれない。貴方もレイド様も同じ金髪に青い目。貴方の子をうんでもバレませんわ。ですから、貴方との関係を続けたいと。わたくし、貴方を愛しております」
「ああ、なんて嬉しいんだ。私はディフェリーヌとの結婚を耐え忍ぶよ。君との逢瀬を楽しみにして」
「嬉しいですわ。愛しております。アフェル様」
「私も愛しているよ。愛しい愛しいベリティア」
この二人の様子を隠れて見ていたディフェリーヌ。
許せないと思った。
耐え忍んでいたですって?わたくしこそ耐え忍んでいたのよ。
貴方は出来が悪いのですもの。ですから、どれ程、貴方の事を助けてきたか。
勉強だって、教えて差し上げたわ。将来、我がアルト公爵家に婿に来るのですもの。
女性では公爵位を継げないから、貴方が公爵になるから、わたくしは真剣に教えましたわ。
貴方は助かると喜んでいましたわね。
でも、そんな気持ちでいただなんて。
ディフェリーヌは涙が流れた。
出来の悪いアフェルは、顔だけは美しい。
だから愛していた。ものすごく今だって愛している。
彼の顔を見ているだけで幸せを感じた。
だから、出来の悪い彼の面倒を見るのだって、大変だったけれども我慢したのだ。
先行き、公爵に彼がなったら自分がしっかりと支えればいいと。
ベリティアもベリティアよ。ルデルト公爵家のレイドと結婚して、アフェルの子を産むですって?なんてずうずうしい女。
まだ駆け落ちして市井で暮らしたいだなんていう方が可愛げがあるわ。
本当に贅沢好きで、伯爵令嬢だというのに、わたくしに対しては挨拶すらしない。
対抗派閥のルデルト公爵家と親しい令嬢だから、こちらからも注意も出来ない。
大嫌いな女。
アフェルの事を愛していたけれども、
二人の逢瀬を見ていたら、心がぽっきり折れた。
背後から声をかけられた。
ベリティアの婚約者、レイド・ルデルト公爵令息だ。
彼の事は良く知っている。彼は王立学園の生徒会長。ディフェリーヌは副会長で、よく仕事を一緒にしてきた。
ただ、対抗派閥のトップの公爵家。そういう関係である。
ディフェリーヌはレイドの事を凄い男だと思っていた。
生徒会長としても、何をしてもやり手なのである。
効率よく、人を動かし、先行きルデルト公爵家の次男なのがもったいないと言われる位の人材だ。ルデルト公爵家はレイドの兄が継ぐのだから彼はルデルト公爵家を継げない。
生徒会役員は、6人。生徒会長、副会長、後は補佐をする役員4人である。
金髪碧眼のレイドは、ディフェリーヌに、
「やはり、あの女は屑だな。どう始末してくれようか」
「相変わらず過激ですのね。レイド」
「そうでなくては、先行き、ルデルト公爵になれない」
「ルデルド伯爵の間違いでは?貴方にはお兄様がいるでしょう?」
「あんな無能。私が蹴落として公爵位を継ぐ。しかし、あの女ひどいな。違う種の子を産むとは。今のうちに芽を摘んでおかないと」
レイドは過激だ。
平民の特待生達が、貴族の令息達に絡まれているのを見て、ひとりでそいつらを倒した事がある。そして、教師に報告して厳罰にしてもらった。
ディフェリーヌはそんなレイドの事を頼もしく思っていた。
対抗派閥のルデルド公爵令息。先行き、ディフェリーヌのアルト公爵家とライバル派閥として、何かとぶつかるだろう。学生のうちである。彼と仕事が出来るのは。
そう思ったらちょっと寂しくなった。
好きと言う感情ではない。好きなのはアフェルだ。アフェルはとても美しくて愚かだから。
彼の面倒を見るのは大変だけれども、好きだから我慢出来た。
でも、このままアフェルを許しておくわけにはいかない。
レイドはにんまりと笑って、
「あの二人を始末するか?私達を馬鹿にした報いは受けさせなければならない」
「始末ですの?」
「ああ、始末といったら」
指先で首をちょんと斬る仕草をして。
レイドは、
「盗賊に見せかけるか?」
「それは、見つかった時のリスクが高すぎますわ」
「それでは、正攻法の婚約破棄か?それとも、あんな屑に未練があるのか?」
「未練はありません。婚約破棄を致しますわ。それで、慰謝料を貰えば、わたくしの気が済みます」
そう思った。殺したいとまでは思わない。殺したらアルト公爵家の仕業だとバレるだろう。相手はカイリス公爵家の息子だ。
同じ派閥のトップ同士、いさかいを起こしたくはない。
レイドはディフェリーヌに、
「こちらも婚約破棄をするしかないか。ああいう屑達は始末するに限るんだがな」
「貴方の正義感は好ましいと思いますわ。でも、あまり過激な事はなさらない方がよろしくてよ」
「そうだな。肝に銘じておこう」
数日後、婚約破棄の話し合いが行われた。
カイリス公爵は夫人とアフェルと共に現れた。
カイリス公爵は、アルト公爵夫妻とディフェリーヌに、
「若いうちに多少の遊びは、結婚したら落ち着くと思いますので、何も婚約破棄なんて。私の家と貴方の家の仲ではありませんか」
父、アルト公爵は、
「確かにそうかもしれませんが、浮気ですぞ。浮気。それも対抗派閥の令嬢と。そもそも、アフェルは優秀ではありませんな。我が公爵位を継ぐのに不安しかない。それが今回の騒動」
「ディフェリーヌ殿が優秀だから、支えてくれるでしょう?ですから、なにとぞ目を瞑って下さいよ」
アフェルもディフェリーヌに、
「君は私の顔が好きだって言ってくれたじゃないか?確かに私は出来が悪いかもしれないが、毎日私の顔が見られるんだよ。最高の幸せでは?若いうちの過ちは許してくれないか?」
ディフェリーヌはイラついた。
「貴方は、あの女との関係を続けると言っておりましたわ。わたくし、結婚前の浮気も結婚後の浮気も許せませんの。確かに政略の面もあるかもしれません。でも、貴方を支える心労の他に浮気の心労を増やされるのは我慢出来ませんわ。婚約破棄します。よろしいですわね。慰謝料も貴族院で決まっている規定の額を頂きますわ」
アフェルは足に縋って来た。
「どうか、許して欲しい。二度と、あの女には会わないから」
「これは決定事項ですわ。それでは話は終わりましたわね。お帰り下さいませ」
アフェルを婚約破棄した。それでもう、ディフェリーヌの気は済んだ。
新たな婚約者を探さねばならない。
そこへレイドが花束を持って現れた。
ディフェリーヌも驚いた。
そして、驚いたのが両親、アルト公爵夫妻である。
対抗派閥の令息が、花束を手にやってきて。
「ディフェリーヌ嬢と婚約したい。私は彼女と結婚したい。私もベリティア・クリント伯爵令嬢と婚約破棄をした。だから今は誰も婚約者はいない。どうか花を受け取ってくれ」
アルト公爵は、
「君はルデルト公爵家の息子だ。どういうつもりだ?ルデルト公爵から伯爵位を貰って継ぐと聞いていたのだが」
「こちらに婿に入る事は可能だ」
「「それって対抗派閥の我が家の乗っ取り???」」
ディフェリーヌはレイドに向かって、
「対抗派閥のルデルト公爵家の人間を我が家が受け入れるはずはないと、貴方は解っているはず。どうして婚約を申し込みに来たのかしら?」
レイドはディフェリーヌに薔薇の花束を差し出した。
「君に気持ちを伝えたかった。ずっと君の事を好きだった。共に仕事をし、色々な話をしたね。君の気持ちはアフェルにあったけれども、私はずっと君を見ていたよ。私にも婚約者はいたから、告白すら出来なかった。君の事が好きだ。ただ、この気持ちを伝えたかった」
薔薇の花を押し付けられた。
レイドはアルト公爵夫妻に、
「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。私はディフェリーヌ嬢と生徒会で、交流しておりました。とても努力家で、共に仕事をしていくうちに惹かれてしまいました。結婚するのは無理だと解っております。でも。この気持ちを伝えたかった」
アルト公爵は笑い出した。
「ああ、私の若い頃を思い出すよ。私と妻の家も似たようなものでね。同じ派閥内だったが、両親達が折り合いが悪くて、結婚するのに苦労したんだ」
母の公爵夫人も、
「そうね。貴方。そういう事があったわね。あの頃は大変だったわ」
アルト公爵は、
「ディフェリーヌ。お前はどうしたい?」
ディフェリーヌは、レイドを見つめた。
対抗派閥の令息である。そして、正義感が強くてとても過激な男だ。
元婚約者は無能で顔だけの男だった。
この男は怜悧な刃物のような、そんな男。
ディフェリーヌはにこやかに微笑んで、
「レイド。貴方の求婚受け入れます。我が公爵家に婿に来るのよね。いずれはアルト公爵になるのよね。いいわ。ただ、貴方がアルト公爵家を我が派閥を裏切るのなら、わたくしだって容赦はしない。それでよろしければ」
「ああ、構わない。君との結婚は楽しくなりそうだ。アルト公爵家の為に私は尽くすよ」
幸せに思った。
そんな中、公爵家にアフェルと、ベリティアが揃って訪ねてきた。
仕方がないから客間で応対したら、二人は。
「行くところがないんだ。家を追い出された」
「わたくしもよ。家を追い出されたの。そもそも貴方が誘惑したんでしょ?レイド様をっ。だからわたくしはっ。貴方のせいよ」
「そうだ。お前のせいだ。私達は悪くない」
ディフェリーヌは二人に向かって、
「わたくしは浮気等致してはおりませんわ。生徒会の仕事でレイドとは関わっていただけです。最初に浮気をしたのはどなた?貴方でしょ?アフェル。そして、そこの確か名前は」
「ベリティアよ。ベリティア。お金を頂戴。貴方がいけないのだから」
「あげる必要はないわ。よかったじゃない?愛する二人が一緒になれるのですもの。苦労も愛する二人なら大丈夫でしょう?堂々とアフェルの子が産めてよかったわね」
ベリティアは叫んだ。
「わたくしはレイドと結婚して贅沢がしたかったのよ。そして愛するアフェルの子を産んで育てたかったの。何がいけないの?」
背後からレイドが現れて二人を睨みつけて、
「托卵なんてされたらたまらないからな。いくら同じ金髪碧眼とはいえ、私は私の子が欲しい。よその男の子などいらん。まだ色々と言ってくるのなら、命はないと思え」
ベリティアはレイドに縋って来た。
「わたくしの事を大事にしてくれたじゃない?色々と買ってくれたじゃない?だから縒りを戻しましょう。アフェルなんて捨てるから。わたくし、市井でなんて生きていけないわ」
アフェルがベリティアに掴みかかる。
「私を捨てる気か?私の事を愛しているんじゃなかったのか?」
「貴方の顔は愛しているわ。でも、わたくし、苦労したくはないの。贅沢をしたいのよ」
レイドはベリティアに向かって、
「婚約者だから大事にしていたまでだ。愛していたか?政略だろ?さっさとこの男と出ていけ。二度と顔を見せるな。でないと…」
二人は慌てて出て行った。
レイドはため息をついてディフェリーヌに、
「辺境騎士団に連絡しておくか?屑の美男だろ?男の方は。連れて行ってくれるぞ」
首を振って、
「本当はベリティアを愛していたのではないの?貴方達が仲良さげに食事をしている光景を何度も見ているわ」
「過去の話だ。だがな。あんな女でもよい所はあった。話題が豊富で、私を楽しませてくれた。あんな女でも‥‥‥殺しておけばよかったか」
「わたくしを好きだったって話は嘘なのね」
「確かに、ベリティアを愛していた。だが、君の事を好ましく思っていたのは事実だ。ベリティアがあの男の子を産みたいと聞いた時に、愛は砕け散ったよ。そして君と結婚したいと思った。君となら先行き楽しそうだ。これから、愛を育んでいこう」
この人も心に傷を負ったのね。わたくしはアフェルの顔だけが好きだったけれども、きっとこの人はもっと、ベリティアに惹かれていたんだわ。
レイドをぎゅっと抱き締めた。
彼が心の中で泣いているような気がした。
三か月後、ディフェリーヌがレイドから聞いた話では、
ベリティアは、強かに大金持ちの商人の後妻になって、贅沢三昧しているらしい。
アフェルは‥‥‥屑の美男を更生させるという例の辺境騎士団へさらわれたと聞いた。市井では生きていけないので、良かったのだと思いたい。
後に、ディフェリーヌはレイドと結婚した。
両親は優秀な婿を気に入って、さっさと引退してしまった。
ディフェリーヌは両親に、
「いいの?対抗派閥のっ??お父様。お母様」
「彼の人となりは理解した」
「大丈夫よ。安心して任せられるわ」
二人は全国を見て回るんだと、旅に出てしまった。
レイドはアルト公爵となった。
そして、数年後、対抗派閥であった自分の実家であるルデルト公爵を継いでいた兄を出し抜いて、失脚させ、ルデルト公爵派閥を吸収してしまった。
ルデルト公爵家は兄の息子が継いでいるが、レイドの言いなりである。
ディフェリーヌは思った。
やり手で恐ろしい夫だが、でも同時に愛しい夫‥‥‥
可愛い息子や娘に恵まれて、子供やディフェリーヌには甘々である。
「ディフェリーヌ。子供達は眠ったかい?」
「ええ。眠りましたわ」
「ゆっくりとお茶でも飲んで、今日の話をしようか」
「そうですわね」
ディフェリーヌは愛しい夫とお茶を飲む。
夫婦の静かな時間はゆっくりと過ぎていくのであった。