穹に飛べない鳥にもう一度を
ーー本部裏門前ーー
ケイトは裏門の池の近くへつく、そこには耳を生し、足や腕がオオカミのものを無理やりくっつけ毛を覆わせたような、アンバランスな印象を受ける怪人がいた
怪人は爪で隊員を切り裂き、牙で噛み切り、尾で人を何人も張り倒してした
またその爪が人一人を手にかけようとする
金属音が鳴り響き怪人は動きを一度止めた
「あぁ?んだてめぇ?ワタクシ様の狩場に自分から入ってくるなんて、いい度胸じゃねぇか?てめぇから噛みちぎれば満足かヨ?」
口汚くケイトを罵り牙を鳴らす
「ごめん蒙りてぇとこところだな、お前ら何が目的だよ?」
「あぁ?ワタクシ様達の目的?知ったこっちゃあるかよ?ワタクシ様はただジジイに、好きに暴れていいから着いてこいって言われて着いてきただげでネ!」
そういい、噛み付いてくる怪人をナイフでいなしながら、会話を続ける
「ジジイ?他にも仲間がいるってことか?」
「仲間ァ?んだ?そりゃぁ?ワタクシ様には必要ねぇもんの話されてどうしろってんダ?」
「はぁ……理解した、散々あってきたってのにようやくだよ、お前ら怪人は人間の心なんざ理解できねぇんだな、ただ自分の尽きない欲求の為にしか動けない、怪物だ」
【惑溺の怪人】は己の知識欲に溺れ、ストッパーをぶち壊した怪物だ
【雲峰の怪人】は成熟しない未熟な精神に振り回される愚か者だ
ケイトの推論はこの上なく、正解をなぞっていた
ケイトは【惑溺の怪人】との経験でそれを本質的に理解したのだ
「あ?なんだ貶してんのか?んじゃぁ?ちっと本気出してやんよ?ワタクシ様は!【牙狼の怪人】ロウアン!冥土の土産は渡したぜぇ?大人しく食い殺されなア!?」
地をけると地面がヒビ割れ、圧倒的スピードでケイトを牙を剥く
それに対応しきれず胸から腹にかけて、ジャンバーが破け、鮮血を晒す
「!んぐっ……」
痛みに耐え、倒れぬよう持ちこたえる
煙幕、最初の敗北後、常に持ち歩いていた発煙筒を投げ、相手の視界を塞ぎ、距離をとって、傷口を塞ごうとする
「わかってんだよ!布の擦る音モ!鮮血の滴る匂いモ!」
そういい迷いなくケイトに飛びかかり、更なるダメージをつける
なるほど狼症候群とは文字どうり、オオカミの身体能力や聴力鼻の良さまで完全コピーしてしまえるわけだ
なら目隠しはこちらの視界を塞ぐだけだ
「血が流れでちまってんじゃねぇか?そんなにのんびりしてていいのかァ?早くしねぇと意識がぶっ飛ぶぜェ?」
ロウアンは挑発し、ケイトが飛び込んで来るのを誘った、しかし想像とは打って変わって、投げられたのはナイフだけだった
「馬鹿め、武器の無い雑魚はただの雑魚なんだよォ!」
ロウアンはそのまま飛びかかり爪を立てようとする、しかしロウアンの腹には先程投げたハズのナイフが刺さっていた
「?てめぇさっき投げテ」
「なんつったけ?奇具、複製刃」
これはカレラがケイトに正式に譲渡したものである、意外かもしれないが、カレラは戦闘要員ではなく、普段は異能を生かし医療用の道具や、武器の制作をしている、そんな中カレラはたまに奇病の特性を使った少し変わった道具を作ることがあり、それを奇具と呼ばれていた
今回ケイトに渡されたのはドッペルゲンガー病と呼ばれる奇病の複製作用を使って、作られた、いくらでも複製できるナイフ、というものらしい
「チッ小細工かヨ」
ロウアンは再び距離を取り隙を伺う
しかしケイトはすかさずナイフを何本も投げ、逃げ場を失わせていく
「ちまちまちまちま……うっとおしいいんじゃァァァァ!!!!!」
絶叫し地を蹴り距離を詰める、しかしそれすらケイトの思惑通りであった
ケイトとロウアンとの間にあった気がナイフが何本も刺されたことにより切り倒された木がロウアンに倒れ込む
そして地面にそのまま激突した
「よし……できた…」
ミズキに係っきりで稽古をしてもらっていることで、ケイトには常に数手先を考えるくせが着いた
そしてその成果が出たことに安堵の吐息を漏らした
「なんだ、野暮用が終わったから来てみれば、手助けは必要ないようだな」
背後から男の声が響く
「アサヒ…さん……」
「協力感謝する」
「いやまだ終わってねぇよ、せめてあいつの生存確認してから……」
そうやってケイトは立ち上がり倒れた木の方に向かって歩きロウアンの生存確認をする
「ガァルルガァルル!!!!!!」
「少年!!!!!」
アサヒの必死の声も虚しく、低い唸り声と共に木を押上る程の力でロウアンが立ち上がったのだ、しかしよく見ればロウアンはもう限界で意識を飛ばしていることがわかるだろう、それでもロウアンが立つのは奇病としていや彼女自身に刻まれた生存本能だった
ロウアンはケイトに噛みつき、方から大量の血が溢れ出し、肩の骨が折れる音がする
ケイトの視界は暗転し、なおもやまない爪の攻撃がケイトを逃がさない
彼の指先、足先に力が宿ら無くなる
しかし
「……しつっ……こい!!!!!」
痛みを堪え、もう一度顔を上げ怪人の顎にアッパーを決め、怪人を吹き飛ばす
血だらけのボロボロになってもケイトは立ち上がった
「オッサン……なんで俺が灯籠院に入るかって聞いたな、理由見つけたぜ、俺はもう灯籠院の連中を知っちまったんだ」
鮮血を撒き散らしながらケイトは空高く腕を上げる
「俺は俺が知っているやつに消えて欲しくないだから……俺は折れてもまた立つ」
「ーーーーーーー折れても折れてもか」
一瞬の出来事だった、けれどもアサヒの思考には数時間にも伸ばされたその光景が染み付き重ねさせた
あの日羽ばたいた鳥の姿と
あれは何年前だったか
友人……友人だった少年少女と翼の折れた小鳥を見つけた
友人たちは口を揃え、もうこの鳥は穹を抱くことは出来ないのかと、純粋な哀れみを小鳥にかけていた、アサヒもこの小鳥はもう飛べないと信じていた
けれども彼は鳥の羽を治して見せたのだ、その鳥が大空をもう一度抱く姿、その鳥が一縷の望みを掴んでみせた姿
そしてその希望を諦めさせなかった傲慢な彼の姿
まだ、彼の才をすごいすごいと手を叩き賞賛することのできたあの日を思い出した
「お前はまだ穹を飛べる筈だった鳥を見捨てていないんだったな」
少年はもう一度を掴んでみせたのだ
彼自身が本来持っていた翼を
「ケイトくん!?またこんなにボロボロになって……ツムギちゃんたちがまた悲しみますよ!?」
「うぐ……そっか……あぁ……忘れてた…………そりゃぁ気が重い……」
それだけ言い残すとケイトは身長が縮み倒れてしまった
かろうじて意識はあった
「ケイトくん!大丈夫ですか、声聞こえます?!」
「んぁ……聞こえ…ら」
老若病の影響で体が小さくなっているのも相まって、呂律が回っていない
「多分、アドレナリン、ドバドバの状態で無理やり動いていたんだろうね、早く連れ帰った方がいい」
カエデが冷静に状況を判断し灯籠院に戻ることを進める
「まぁそれよりもだ、君はどうしてそんなに、奇病の症状が進行しているのか聞いても?」
ギクッ
カレラの肩が思いっきり跳ねた
「あっと〜そのお〜」
「そうか、そうか、まさか他人の心配をしておいて、自分の管理も出来ないような愚か者だったとは…随分と手土産の課題を増やして欲しいようだな」
「あー!?私すぐに帰ってケイトくんを灯籠さんに見せてきます!先生のお話はまた次の機会に〜!!!!!」
「あぁ…カレラ!人を背負って走るのは危ないよ!」
「まて」
走りさろうとするカレラをアサヒは少し呼び止めた
「少年……いやケイト、その道は、とても厳しいぞ」
ケイトにただそれだけを、真っ直ぐと告げる
「あぁ、でも心地いい道でもある」
幼くなり少し高くなった声でそういった
「……そうか」
それだけ言うとアサヒは後ろを向き、しっしと手を振り、二人を追い出した
「ふん、ようやく騒がしいのが帰ったか」
「良かったんですか?副総長、彼にもっと尋問するつもりだったでしょう?そんなんで過激派の隊長たちを言いくるめられるんですか?」
そう、本来ケイトを怪人として始末するべきという意見は、アサヒのものでは無い、対奇課内の過激な隊長達を納得させる為だけに、ケイトにわざわざ嫌われる役を買って出ていたのだ
「それは、俺が頭を悩ませる問題だ、お前は余計なことを考えず、定例会議で事実だけ報告しろ」
「了解しました、では本日のカレラの素晴らしかったところを箇条書きに」
「やはりお前は何も喋るな」
《それでは定例会議を始めます、議題は本日本部に来た少年、ケイトの沙汰の決定です、アサヒ副総長ご説明を》
無機質な通話の音声がアサヒの耳に入る
「事件当時、前回の議題に上がっていた灯籠院に新しく所属した、少年ケイトと付き添いとして白金史女に来ていただいていた、その時少年ケイトは、我々の救援要請を快くひきうけ、【牙狼の怪人】ロウアンを捕縛する功績を挙げた、この行為は、少年ケイトに、紛れもない良心があり、我々と結末を同じにするべく、奇病と戦う意思があることを確認した、よって少年ケイトは列記とした人間であり、我々の処分の対象では無いと判断する」
報告を終えるとまた別の方向から、機械を通した声が聞こえる
《少し、待ちなんし?副総長?わっちの理解が間違っていたなら申し訳ないないでありんすが……、今副総長が羅列なさったことはケイト少年が怪人であることを否定する証言になりえんでありんしょお?我々が聞いたのは、ケイト少年が人間か否かでありんすえ?心根の問題など聞いておらなんし?副総長にしては少々爪が甘いのではありぃせんこと?》
高らかに勝ち誇ったように笑う女がアサヒの眉間に皺を寄せる
「いや、リナ隊長、彼の心根は十分根拠になり得る、私の見た怪人たちは、人の心を理解出来ず、簡単にそれらを弄ぶ怪物たちだった、彼が怪人たちと同じだと言うなら、怪人狩りをすること自体を否定することだと同義だとさえ思えてしまうよ」
カエデの証言にまたもや突っかかる声が響いた
《はっよく言うぜ?自分自身が化け物だから化け物の基準がとち狂ってんじゃねぇのか?そんなんだから好きな子に振られんだぜ?オ・ウ・ジ・サ・マ?》
それを聞きカエデの手のひらがキツく握られる
《おいおい、どんなにオンボロっつても対奇課の備品だぜ?いいのかよ?癇癪で壊しちまって?王子様の怪物伝説にまた一ページってか?めでたいねぇ?》
「カエデ……少し冷静になれ」
「……冷静ですよ僕はずっとね」
《はー…もうさぁ〜副総長首でいいんじゃねぇですかい?一般隊員まで降格でも誰も困りませんよォ〜?総長ぉ〜?》
「イブキ隊長!」
《黙ってろよ怪物、俺は総長に聞いてんだ》
総長は目を伏せ、思案する
「今回灯籠院のケイトは引き続き経過観察が必要と判断します、彼が問題行動の兆しを確認した瞬間各隊長及び副総長には少年ケイトの制圧、始末を許可します」
《ほう?灯籠院への責任追及はどうするでありんす?》
「そう不機嫌にならないでちょうだい、期待して待ってましょう、彼が問題を起こした時、灯籠くんがどんな代償を払ってくれるのか」
会議はそれで終了した、空へ羽ばたいた鳥の宿命というものだが、いつだって危険と隣合わせである、それでも彼は己を生かした男を呪わずに居られるだろうか
一抹の不安を忘れようと足を組み、眉間に皺を寄せる
もう己に彼を友人と言う資格はないが、その友人に場違いな望みをアサヒは抱いたのだ
お疲れ様です七月です
三月なのにもかかわらず雪ですね!
寒いです家出たくないです