落照に延命
目が覚めると見知らぬ天井が視界に飛び込んできた
「おっ、起きたのだな!ッイタッ!?何するのだ!」
驚いて思い切り顔を上げると何かと頭をぶつけた、横を見ると
紅玉髄を埋め込んだような大きな瞳と薄桃の絹のような長い髪、それをリボンで一部をまとめた少女が額を抑えこちらを睨んでいた
「あっ……悪い」
「かぁー!?なんなのだ!その態度は!このツムギちゃん様を目の前にして何たる不徳!何たる傲慢!許されないのだぞ!」
そう早口でまくし立てられた
あっこれ関わっちゃダメなタイプだ
「そっ…そっか、んじゃ俺もう大丈夫そうだからこれで」
そそくさと扉の方へ向かうと目の前に少女が立ち塞がった
「おい、……そこ通りたいんだけど?」
「そうか、なら諦めるのだな」
「……」
「……」
両者一向に引かず
「どけやクソアマァ!!」
「病人が調子乗んなぁ!!」
しばらくの沈黙のあとお互いが我を通すための仁義なき戦い手押し相撲が始まった
「……」
扉が突然開いた
見ている、ミズキがすごい目をして見ている
「お邪魔しました」
扉が閉じられた
「「おい待てぇ!!!!!」」
半狂乱で共通の知り合いを引き戻した
「で、どういう状況だ、ここはどこだ」
「おっと…質問は一個にまとめてくれよ?」
「いいから」
真顔で凄むとバツが悪そうに顔を歪めながら話し始めた
「はぁ……まずここは日本七法の一つ灯籠院だ」
「日本七法……それって」
「あぁ、今日本は数十年前原因不明のパンデミックにより法なんかの仕組みが一切統制を取れなくなった」
「だから、七つの組織が日本を牛耳って話だろ?」
「そう、三審判、対奇課、モンステラ、カンパニー、海原家、地桜連合、灯籠院の七つの組織をまとめて日本七法と呼ぶ、七法に名を連ねる組織だけにはけして逆らっては行けないと言わしめる現代の法が出来上がった」
「七つの組織はそれぞれ別の思想と権力をもって、それらが釣り合ってるからこそ、今の日本は存続しているのだぞ」
少女が空かさず補足を入れた
「そういうことだ、そして、我らが灯籠院はありとあらゆる、怪我、病を受け入れ治療する医療の方面からこの社会を牛耳る組織って訳だ」
日本七法については孤児といえど、日本で生きていくならば必ずと言っていいほど必要な知識になる
当然ながらケイトも、その存在だけなら知っていた
「なるほど……あ?灯籠?」
「なかなかいい所に気がつくじゃねぇか、お察しの通り!この俺が灯籠院医院長 灯籠ミズキってわけだ!」
ドヤ顔だ、圧倒的ドヤ顔だ
「……マジ?」
先程まで険悪だった少女に事実確認をするほど信じ難い
「残念だが、まじなのだ」
まじだった
「なんだよその反応……まぁいいけどよ、お前の奇病の話だ」
雰囲気が引き締まり部屋に重苦しい空気が立ち込める
「お前の奇病…というのも正しいかわからんが正直治すのは相当難しい」
「は?奇病じゃ」
「お前の奇病自体は綺麗さっぱり無くなった、この俺直々に保証する、だがお前の場合、体があまりにも特殊過ぎる」
ケイトの疑問に対し、食い気味に答えが入ってくる
「特殊って…」
「まず前代未聞だぜ?お前は5種類の奇病を体内に保有していた」
「待てよ!奇病が複数同時って……」
ケイトのいたスラムには、奇病の患者は重傷軽傷とばらつきはあるが、探せばザラにいる
にもかかわらず、ケイトは二種類以上の奇病にかかった人の話は聞いたことがない
「だから言ったろ前代未聞だって、そりゃ一部の例外はあるが、お前はその例外にすら入らない、続けるぞ、最初に出した芋虫、死蝶病つってな、割とメジャーな奇病なんだがそいつの影響が一番大きくでてた」
ミズキはケイトの腹に指を指した
「だから俺もてっきり死蝶病だけだと思って死蝶病用の薬で摘出しての治療をした」
サイドテーブルに置かれたミカンを一つ取り皮を一面だけ剥いた
「んでもって一件落着と思えば、お前がまる二日起きねぇと来た、だから再検査、今度は医院の設備を使って徹底的に調べあげたんで、残り四種類の奇病を発見し、死蝶病が取り除かれたことでバランスを崩した残りが暴れ始めたから急いでそれらも摘出」
今度はみかんの皮を全面剥いた
「そしたら今度は衰弱してくときた、もーびっくり仰天」
そのままみかんを一切れだけ残して口に放り込んだ
「待て待てどういうことだよ!?」
怒濤の勢いに流され、ミズキの台詞が右から左へ流れてく
「あーまぁ簡単に言うと、お前は奇病が飯見てぇなもんで、奇病にかかり続けねぇと死ぬし、体内の奇病のバランスが取れなくなっても死ぬってこったな」
収まりきらないミカンをもちゃもちゃしながら話を続ける
「!?、なんで早く言わないんだよ!?」
「まぁ焦るなって」
「焦るだろ!?焦るだろ!?何俺死ぬの!?」
「……はッ」
「鼻で笑った!?」
他人事の反応を示すミズキに、思わず声を荒げる
「いや、うん悪かったよ、五日前のアホずらを思い出してな」
「なんなんだよ……てか五日って俺そんな寝て……いや…そんなことより…なら俺なんでこんなピンピンして」
「当然お前の中に一つ奇病を入れたからだ」
残った一切れのミカンを口に押し付けられた
「……」
「心配すんな、今我が医院が実験用に管理してる中でいちばん安全な奴だ」
「安全な奴って……」
ミカンを咀嚼しながら、ケイトは聞き返した
「あぁ、その時の取り立てホヤホヤを入れて置いたぞ」
「違うそうじゃない」
「まぁとにかく入れといた、だが一個じゃダメらしいな別に急を要する事態では無くなっただけでお前の体は緩やかーに死に向かってる、タイムリミットは一週間ってとこだな」
「なっ」
「心配すんなよ、一個じゃ足りないなら増やせばいい、押したら三日後に死ぬボタンを一日経つ事に押してけば不死じゃね理論ってことだよ」
「な……るほど?」
逆に分かりにくい気がするが無理やり自分に理解させる
「奇病のものによるとは思うが、寿命を無視すればだいたい一匹で一週間延命できる、だが、灯籠院から出せる命に別状のない奇病はその一匹だけ……どうしようケイトくんはもう一週間で死ぬしかないの!?」
手を狐の形にしてパクパクと口を動かす
「そんなあなたにおすすめのとってもいいお話があるんだけど?聞くか?」
そう顔を近づけニヤリとミズキは笑って見せた
ーー工事現場ーー
「というわけで!やって来ました工事現場!」
「えぇ……なんで…」
「当然!奇病をお前に食わせるために決まってるのだ」
豊満な胸を張って少女はそういった
なんでも発作を起こしたあと奇病は野にはなたれ、野生化するらしい、それを駆除するのも仕事なんだとか
「ていうかなんで俺も一緒に…」
「なんなのだお前?働かずに治療だけ受け取ろうなんて随分な高貴なお立場なのだな?」
「いや…そういうんじゃないけど」
バツが悪くなり顔を背ける
「そう拗ねんなって、院内にホイホイ奇病本体持ち込んじゃ衛生面的にあれだろ?出来ればここで済ましちゃいたいだけだ」
なるほど
「んじゃぁ〜俺はアッチの方調べてくるからお前らはそっちな」
そういうと階段を登って完成途中の廊下の左側にミズキが歩いていった
こちらは言われた通り右側の廊下を歩いていく
ふと不安が募る
「心配しなくても私ってば灯籠院の精鋭な訳でチョーゼツつおいから安心して任せて置けば良いのだぞ!アダッ……つーーー〜」
少女が歩いていると頭上近くの鉄骨に頭をぶつけた
さらに不安が募る
「なんだその顔は?」
「いやー別に〜?」
「腹立つやつなのだ……あっそうだ……」
そう言うと少女は少し服の汚れを払いこちらに向き直った
「八栗 ツムギ、灯籠院の一員なのだぞ」
紅玉髄がハッキリとこちらを射貫き少女の名を口にする、それに対する答えはもう教えて貰った
「ケイト、苗字はない、よろしく」
「ふっ、流石にそこまで礼儀知らずではないようだな」
大真面目に答えたが返ってきたのが、嘲笑を含んだ嫌味であったのがこの時のケイトには癪に触った
「なんだよ偉そうに、はっ、まぁそりゃそうか、温室育ちのガキだもんな、ママパパに甘やかされて育ってても意外じゃないわな」
そう嫌味を返すと、期待していたものよりずっと落ち着いた調子の返事が返ってきた
「……そうか、そう見えるのか」
とても小さい声で周りの雑音も多くあったはずなのに、確かにその声だけはハッキリと耳に届いた
ツムギは踵を返しケイトが向かう方とは別の方へ歩みを進めた
「なんだよまた喧嘩か?」
「おま…ミズキ」
ミズキが調べていた方はひと段落したのかケイトに声をかけてきた
「はいはいミズキですよと、今度はなんだ、前歩いてたツムギの踵でも踏んだか?」
「そんなでこんな空気にならねぇよ?」
「ふぅーん…まぁおおかたお前がツムギに温室育ち的なこと言ったんだろ」
「…聞いてたのかよ」
「いや、何となくそうかなと」
いまいち要領の得ないことをミズキは言う
微妙な空気が流れる中、ミズキは口を開いた
「あー…お前怪人って知ってるか?」
「怪人?ってなんだよ」
質問とともに、ミズキに向き直った
「十数年くらい前から目撃されてる、突然変異型の奇病でほかの奇病と違って自立した思考を持っていて、会話も可能な奇病の事だ、最も公に存在が認知されたのはここ数年だが」
「つまり人間並の知能のある奇病ってことか?それがなんの関係が」
「ツムギのいた村はな、怪人に潰されたんだよ」
「…………ッ」
喉の奥から空気が行ったり来たりを繰り返すだけで音を発さない
「アイツが多分五とか七とかそんくらいの時にあいつは両親友人全部無くなった」
まるで事務報告をするみたいに淡々と語る
「だからかどうかは、あいつしか知らんが、灯籠院に来た、両親を救うためか、復讐のためか、はたまた別の理由か」
考えた、あの瞬間ナナミが死んだと気づいたあの瞬間、たった一人が死んだ消失感がとても大きいものだったのをケイトは知っていた
それを故郷ごとなど、どんな気持ちだろうか
「考えてるとこ悪いがケイト、悪いお知らせだ」
肩に手を置きミズキが思考を無理やり断ち切る
「その怪人がここにいる可能性が高い」
「は?」
ミズキは何でも無い事のようにケイトに告げる
「こちらとしては戦力不足もいい所なんでお前とツムギにはとっとと逃げてもらいたいんだが」
「おい待てよ!」
「お前の奇病の話だが期限はまだある、焦らなくても奇病狩りはまた別の機会に」
「そうじゃねぇって!ツムギは!?」
「ツムギなら、怪人がいるなんて聞いたら突っ込むだろうな」
悩ましげに額を叩き、眉を寄せる
「よし……ケイト、お前には二つの選択肢がある、1つはお前だけとっとと院にトンボ帰りで応援を呼んでくること、2つ目は」
「ツムギの阿呆のツラひっぱたいて無理やり戦線離脱させる」
ミズキのセリフに割り込み食い気味にそういう
「そうか、なら2つ目のお節介を焼くに決定だ」
ーー工事現場 八階ーー
バキッゴキッゴリッ、固いものが折れる音がする、ゴキッバキッ、それを何度も折っているとだんだん短くなり力が入りにくくなる
これはもう遊べない
次の白い棒に手を伸ばす、首筋が冷たい
「質問だ応えろ、お前は、体の凍った怪人を知っているか?」
声の主はゾッとするほど低い声で問いを紡ぐ
首筋に当てられているのは薙刀だと気づいた
「あぁ……これ何かしらぁ?」
心の底から
「あらァ?お嬢さん、可愛い顔してるのねぇ?どうしてこんなに綺麗に見えるのぉ?」
首を少女の顔が見える角度に無理やり曲げ、感想を口にする
狂人はくねくねと体を曲げながら手を空高く伸ばす
「あぁ、とても良い日ねぇ??」
お疲れ様です、七月です
説明口調が長くなって申し訳ないです、ケイトがたった一話でここまで前向きになってくれてうれしいです
続けばいいなぁ