夜縹に告げ口を
腕の数は産まれた瞬間から減ることはあっても増えることは無い
もし仮に強欲にも腕を増やしたとして、人生で受け入れて来たそれには及ばず、持て余す一方だろう
つまり産まれ持った腕で欲しいものを掴み取り、抱えて行かなければいけない
ならその欲しいものがあまりにも大きかったら?あまりにも多かったら?あまりにも重かったら?あるいはそれら全てであれば?
凡人は掴んだそれを抱えてはいられない
持ちきれないものを持ちきれないと分かって居ても掴む
故に、強欲なのだろう
コインは弾かれ、空で周りながら、持ち主の手に戻ってくる
それは何度も繰り返される
歩みは止められず、ケイトの翡翠は細められたまま
変わらぬ状況、見慣れた風景、よく知る欲望
「欠伸が出てくるね」
「……」
ルイの思わず漏れた一言にケイトが足を止めた
不信感は隠しもしない
不機嫌の中に隠れる、微細な不安、これまたよく知る表情
「…まぁそりゃそうだ、悪癖だなぁ……」
彼だけではなく、自分たち全員に言える事だが
「わかった気になってんじゃねぇよ……ましてや金が好きすぎるあまり、周りの見えねぇお前らみたいな人種にはとくに、吐き気がする」
少年のセリフに思わず苦笑を漏らした
「僕らとモンステラの契約とカトリの対応には謝罪はするけど、改める気はないんだ、ごめんね」
らしくない謝罪、余程仲間の手が借りられなかったのがこたえているらしい
分かりきっていたと言わんばかりに舌打ちがとんできた
「……一つ言い訳を聞いて貰おうか、僕らが お金をこよなく愛するのは、民衆がお金をこよなく愛するからだよ」
「……何を…偉そうに…そんなの詭弁だ」
「そうだね」
なんの躊躇いもなく言うルイに思わずケイトは後退りをした
それとは逆にルイはどんどん距離を詰める
「…なん……」
舌が足らずに口が上手く回らない
「分かって貰おうなんて思ってないさ、僕らは全員ね」
「はっ……それで無欲だとでも言い張るつもりかよ」
見え透いた思惑を嘲笑い調子を取り戻そうとする
「……随分酷いことを言うじゃないか…そうだね、君は僕らの手伝いをする気がなかったんだっけ」
大変悲しそうにルイは言葉を紡ぎ、ケイトの言動を思い返した
「人質でも取るか?わざわざミズキの逆鱗に触れてまで?それだけの価値があるってんなら俺もまだ悲観するほどじゃぁねぇな」
「確かに、割に合わない、でも僕の物をどう使おうが、彼にどうこう言われる筋合いはないよね」
「……?」
苦し紛れなニヤケ顔が訝しげな顔に変わっていく
「君が言う事を聞いてくれないならヒビキが自分の頭を打ち抜くよ」
「!?……」
困惑の後、隙を見せないためすかさず表情を作る
「あ…いつが死んで、俺になんの損があるってんだ」
震えるな、動揺するな
「確かに、損は無いだろうね、君が選択すればいい、ほら?」
心臓をつつかれる
実に軽薄で軽い指の動きである
「彼の命は今や君の物だ」
軽くて、軽くて、軽くて、軽くて
重くて、重くて、重くて、重くて
「チッ……これだから大人は嫌いだ」
ケイトに選択出来るわけがなかったのだ
ルイは分かっていたのだろう
「大人か……そう見えたなら、僕の幸運の賜物だろうね」
口元を隠し口角を元の形に戻し、会話を続ける
「幸運」
「そっ、僕は運がいいんだ、それこそ天才に対抗し得るほどにね」
未だケイトの表情に変化は見えない、それどころか呆れすら滲み出していた
「信じてなさそうだね……よし、なら一つゲームをしよう」
「ゲーム……?」
「安心してくれよ、賭け金はいらない、本当によくあるゲームさ」
手に握られたコインを渡し、話を続ける
「裏表を当てるだけの簡単なゲーム、君がコインを投げればいいし、どっちを選ぶかも君が決めればいい」
「ちょっ」
「なんだいまだ不満かい?ならそうだな……」
「違う、本気で幸運だけでミズキに勝てると思ってんのかよ、あいつがその程度で揺らぐタマかよ」
「……」
少年の頬を片手で握り黙らせる
表情を変えず、ただ少年を見つめる
「そうだね、僕らは君が知ってるより彼を知ってる、その僕が言っているんだ」
手が離されると少年は何も言えずに突っ立ったまま、諦めたように小さくなっている手に戸惑いながらコインを持ち直した
「どっちにするんだい?」
「……裏」
「なら僕は表だね」
コインは弾かれた後、少年の手の中に握られ開かれた
少年の手の中には裏を向いたコインがあった
「…………」
「ふっ……」
「いや…ふっじゃなくて」
「さっ、行こうか」
「おい!誤魔化されねぇよ!?」
制止も聞かずに歩はどんどんと前に進められて行く
「そう簡単には行かしんせん」
あまりにも唐突な金属音が当たり一体に場違いにも響いた
「ミヤビさん!?」
「……嫌だね、告げ口する悪い子がいるらしい」
「主さんに童を叱る資格なんてありんせん」
振り下ろされた扇子を拳銃を使い受け止めることで何とか事なきを得て、女を薙ぎ払う
女は背後にふわりと飛び去りルイを再び睨む
「はぁ……三番隊隊長」
「日暮 ミヤビ、名前を覚えんしたら、素直にお縄についておくんなし?」
「そうはいかないな…」
頬を伝う汗を見ないふりをしながら照準を合わせる
ルイにはまだやることがある
「リクか…リオ……どっちもだろうね、漏らした覚えはなかったんだけれど」
三発、心臓、腹、右手
全て扇子で弾かれ接近される
「童は意外と賢いのでありんす、それを軽んじたまま、届かぬ物に手を伸ばす……他でもない主さんの強欲の末路でありんしょう?」
「……強欲ねぇ…」
仰け反り、目と鼻の目の前で振るわれる扇子を避け、蹴りを入れ、もう一発
さすがに掠め血が服に滲む
「少年、ステージは見えるかい?」
ルイはミヤビの対応をしながらステージを指す
「あそこに行ってこれを投げてくれるかい?」
「なっ」
赤い瓶のような物が投げられ小さな手で何とか収まるそれを思わず凝視する
「なんだい、行かないのかい?」
「……行く……!行きますよ!!」
野次馬で集まって来た人混みをかき分け、ケイトはステージへ走る
「!?」
突然身体が地面に張り付けにされる
ナイフが服に刺さっていた
「あまり得意じゃないんです、動かないで」
麗人はそこにいた
姿は見えない
「あなたを傷つければあまり良い印象は残せないですからね、最も、彼女の件でマイナス評価でしょうが」
「あんた…誰だよ」
「……灯籠院では名前はどれだけ素晴らしい意味を持つのでしょうか」
「知らねぇよ…俺の恩人に聞いてみるか?」
「ナナミ……でしたか」
「!?ど……こで!」
知られていた、知っていた、知っている!
ケイトの知らない情報を
「情報…私はこれが好きでしてね、てっぺんからつま先まで全て知った時、私は安心して眠れる、もう害される心配をしなくても良いというのは、ある意味世界一平和な殺しと言えるでしょう」
答えになっていない答えが帰ってくる
そんなことはどうでもいい
重要なのは
彼女はケイトの知らない事を知っている、知りたいことを知っている、知っていなければいけないことを、知りたってもしれなかった事を
服の布が破れるのも気にせず立ち上がり、張り付けにしていたナイフで背後を切り裂く
少女は飛び退き、人混みに隠れる
「はっ……優位じゃなくなったら隠れんのかよ?」
「そうですね、苦手な仕事ばかりで気が滅入りますね」
「よく言う……」
人混みの隙間から的確にナイフが飛んでくる
顔を掠め、送れて悲鳴が飛ぶ
「左足」
蚊の鳴くような声のあと確かに左足にナイフが飛んでくる
ふと思考の端で足が飛んだ
恐怖から空中に飛び上がり、過剰にソレを避ける
「しまっ」
着地狩り、足の健が刺されその場に倒れる
だが倒れる訳には行かないのだ
足の傷が開くのも気づかず、立ち上がり
ナイフを慣れた物に変えた
円状にナイフを投げ、悲鳴が飛び交うのも気にせず、人を散らす
バーのカウンターまで行動範囲が広がった
「!?」
目の前のワインの瓶が派手な音を立てて割れる
真っ赤なアルコールの匂いが鼻を潰す
瓶は壁とナイフの歯に挟まれ悲惨さを主張する
「糸……!?」
糸はひとりでに動き、棚に並べられた酒瓶を次々になぎ倒される
視界が真っ赤に染まり、身体中に破片が突き刺さり、ガラスのヒビが耳を劈き、過剰な情報量に脳が重要な情報を見逃す
看板のBARの文字が足蹴にされ崩れ落ちる
その看板の下敷きになり、血溜まりが出来上がる
少女は赤い瓶に手を伸ばす
「焦ったな」
血まみれになり、骨が軋み、木のささくれが傷口を開かせる
子供のままではとても耐えられない、だから振り絞り、己の体を何とか取り戻す
飛んで来ていた少女の腕を掴み、地面に押し倒した
「ナナミのこと!どこまで!何を!」
「……確かに、相当焦っていたようですね」
「ッ!?……あくまで冷静かよ…!」
「皮肉ですか?随分いい性格なようで」
「答えろ!」
「……それを知るには、君は無知すぎる」
「!だから!知りたくて!」
「……理解しました、君は善人だ」
「あ?」
あまりに意外なセリフに怒りをふと忘れる
「だから、なお話すことはできません」
「……!埒が明かねぇ…!」
「えぇですから」
プツリと何かが刺さる
靴の裏に隠し刀があったのだ
太ももに刺さったそれを片手で抜こうとする
「っ……」
「ただの筋弛緩剤です、安心してください」
そのまま、瓶に手を伸ばす
「!答え……」
なんだよその顔
初めてみた少女の顔、その常は知らないが酷く空虚で諦めにも近しいながらも……
「あんたは裏切りに……罪悪感がある……ちげぇか?」
手が止まる
「まるでわかったように言うんですね」
一切の動揺もなしに、一切合切いつも通りに振る舞いなさい
「思ってねぇやつは手は止めねぇし、お前みたいなやつは焦らない」
「……」
先程までの理性のタガが外れかけた様相とはまるで別人
仄暗い……仄暗い…
「お前…何に期待してるんだ」
「なら、あなたは私の全てを理解して、受け入れてくれますか?」
ーー客室ーー
「ハッハハハ……あぁ…知っちゃいたがまた随分運のねェ事だ」
腹を抱えながら、いかにも愉快と言うように笑う、少女……といえば見た目以外全て間違いな男を前に、この部屋の誰もが沈黙せざるを得ない
「……病人を前に騒ぎ立てるのが医者のすることなら、あなたに治療を頼まなかった俺らの選択が報われる気がするよ」
「まさかだろ?片意地はって自殺なんざ笑えねぇ」
「ねぇ、そんなのいいから結論をちょうだいよ」
焦れったいと薄色の髪を撫でながら少女は結論を急かす
「わぁーてるわぁーてる、急かすな」
「ならいいや」
「いいのかよ……」
「いいの、その代わり」
「だからァ……わぁーてるって、忘れてもらっちゃァ困るが俺は医者だ、好き嫌いに関わらず見殺しにゃぁしねぇよ」
「……というか…なんだってわざわざ俺の部屋で」
「当選、君も無関係じゃないから」
薔薇輝石が複雑に光を反射し、テルをしっかりと写す
その物言いに思わず腹立たしい男に目が行く
「だな、ほっときゃルイもヒビキも死ぬぞ」
お久しぶりです七月です
何週間ぶりでしょう、申し訳ない
私がダラダラしている間にに組織のTOPが死にかけていますね
ウケる