団子デート
「カイテルさん、あの白くて丸いお菓子。見たことないです」
私はそのお菓子の屋台を、控えめに指さした。
串に刺さった、ころんとした白い団子のようなお菓子。
焼き色がほんのりついていて、妙に可愛らしい。
「食べてみたくないですか?どうですか?可愛くて、美味しそうですよ」
中央街は今日も相変わらずの賑わいだった。
人、人、人。
通りの両端には屋台がずらりと並び、店主たちの元気な呼び声が飛び交っている。
どこから手をつければいいのかわからないほど、全部が魅力的だ。
全部美味しそうだし、自分のお金もあるから、遠慮せず食べられる――
……じゃなかった。
今日はカイテルさんを甘やかす日だった。
私とカイテルさんは、そんな人混みの中で、ジロジロと見られながら、手を繋ぎ、ぶらぶらと歩いていた。
すると、食べたことも、見たこともない、白くて丸い団子の焼き菓子が目に入った。
小さくて、ころんとしていて、とても可愛らしい。
……食べてみたい。
「ふふっ。じゃあ、食べてみようかな」
カイテルさんが、くすっと笑う。
(やったぁ!)
「このお菓子、一本ください」
私は屋台に近づき、少しだけ緊張しながら注文する。
三セルを払って受け取った白丸団子は、一本に五つも付いていた。
一個くらい、味見させてくれるかもしれない。
――人生初 (たぶん)の、自分のお金での買い物。
記念すべき初購入が、白丸団子一本。
いつもはカイテルさんが注文して、支払ってくれる。
自分でお金を出すだけで、こんなにも胸が弾むなんて知らなかった。
何だか新鮮で、ちょっと誇らしい。
おじいちゃんのお金と私の仕事の報酬は合わせて、五五〇セル。
今ので三セル使用。
私 (とおじいちゃん)の所持金で単純計算すれば、あと百八十本くらいは食べられる。
……余裕余裕。
私はカイテルさんのところへ戻り、どこか座れる場所がないか辺りを見回した。
(あっ!)
今度は、色鮮やかな果物ジュースの屋台が目に入る。
「カイテルさん、あのジュース、すごく綺麗な色ですね。美味しそうです。飲んでみたくないですか?」
「ふふっ。じゃあ、飲んでみようかな」
(やったぁ!)
「どの色がいいですか?」
「リーマはどれが飲みたい?」
「うーん……その緑色と、あの紫色。どっちも可愛くて迷います」
「じゃあ、両方頼む?」
(おっ!それなら両方味見できるかも!)
「はい!」
屋台で注文し、十二セルを払って、ジュースを二杯受け取った。
手に持ったグラスは、宝石みたいにきらきらしている。
……ふむふむ。
あと七十杯くらい飲める。
余裕余裕。
自分が稼いだお金で買い物するのって、本当に楽しい。
おじいちゃんのお金も混ざっているけれど、細かいことは気にしない。
おじいちゃんがくれたお金なんだから、つまり私のお金だ。
今の私、ちょっとかっこいいかもしれない。
この姿をおじいちゃんに見せてあげたかったな。
カイテルさんがジュースを持ってくれて、二人で休める場所を探す。
「もう少し歩くと公園があるよ。あそこに行こうか?」
ナイスアイデアだ。
ゆっくりお菓子を味わえる。
「はい!……あっ、カイテルさん」
また別の屋台に、目が吸い寄せられた。
「そのケーキ、上に果物が乗ってますね。可愛くて美味しそうです。食べてみたくないですか?」
――忘れられない味、というものがあることを、私は最近知った。
お父様のおかげで。
だから、もう一度食べたくなってしまう。
「ふふっ。じゃあ、食べてみようかな」
(やったぁ!)
「これとこれ、ください」
六セルを払って、プチケーキを二つ受け取る。
……一個三セル。
なら、あと百六十個はいける。
余裕余裕。
公園に着いた頃には、私たちの手は食べ物でいっぱいだった。
もう、残りのお金を正確に計算するのは諦めた。
あとでこっそり数えよう。
私はベンチに、戦利品を並べる。
……全部、私が食べてみたかったものばかりだけど。
まあ、たまたま、カイテルさんと好みが一緒だった、ということにしておこう。
「カイテルさん、どうぞ。いっぱい食べてください」
緑色の果物ジュースを渡しながら、お菓子を勧める。
「リーマは先に食べて」
「これは全部、カイテルさんのために買ったものです。遠慮しないでください」
そう言って、白丸団子を差し出した。
――だがしかし。
カイテルさんは受け取らず、私をじっと見つめ、口を開けた。
……えっと。
これは――どういう意味でしょうか。
考えている間に、カイテルさんは私の手を取り、そのまま団子を口に入れた。
……ちょっと、恥ずかしい。
「本当に美味しいね」
ニヤニヤしている。
顔が、少し熱い気がする。
私はドキドキを落ち着かせるために視線を逸らし、自分も白丸団子を口に入れた。
……ふむ!?
「……ほ、本当に美味しい~~!」
思わず目を見開く。
ただの白い団子だと思ったのに――
中には、ナッツが入っている!
ほんのり砂糖が混ざって、甘くて香ばしい!
カリカリした食感も最高!
外側の白いもちもち部分は、ほとんど味がない。
でも、だからこそ中身のナッツが際立つ!
支え合って、引き立て合って、相性が抜群!
素朴な見た目なのに、味は一級品!
誰がこんなお菓子を生み出したの!?
天才かよ!?
心の中で、盛大に叫んだ。
「……はは……はぁ……」
カイテルさんが、なぜか少ししょんぼりした。
そして、ため息をひとつ。
……あれ?
もしかして、そんなに美味しくなかった?
まあ、それはそうだよね。
カイテルさんは、この白丸団子より百倍は美味しいものを、普段から食べているんだろうし……。
さっきの田舎者丸出しな態度は、ちょっと恥ずかしいかも……。
貴族と平民の「美味しい」は、きっと違う。
私は少し恥ずかしくなって、もう一度団子を差し出した。
――また、受け取られなかった。
また、私の手から食べられる。
――同じことが、何度か繰り返された。
……恥ずかしい。
「うーん……」
私は首を傾げた。
プチケーキを一つカイテルさんに食べさせ、続けてもう一つを自分の口に運ぶ。
――だがしかし。
このケーキは、忘れられない味ではないことに気づいてしまった。
「……美味しくないのか?」
「うーん。この前、お父様からもらったケーキみたいな味がしないですね……」
胸の奥に、少し残念な気持ちが広がる。
六セルも払ったのに。
「ふふっ。お父様のケーキは、王都で一番美味しい店のものだからね。貴族の間では有名なんだ」
「えっ!?そうなんですか!?」
私は、手に残ったケーキをじっと見つめた。
「なるほど……あれは貴族の味。これは……庶民の味……」
……なんてこった。
先に、めちゃくちゃ美味しいものを食べてしまったせいで、舌が肥えてしまったのかもしれない。
もし、先にこのプチケーキを食べていたら――
このケーキの美味しさとありがたさを、ちゃんと感じられたのだろうか。
「……じゃあ、カイテルさん」
私はちらりと顔を上げる。
「今のケーキ、美味しくなかったですよね?すみません……」
肩を落とし、しょんぼりする。
次は、何で挽回しよう。
「うぅん。そんなことないよ」
カイテルさんは、迷いなく言った。
「リーマが食べさせてくれるものは、何でも美味しい」
……恥ずかしげもなく、恥ずかしいことを言う。
「……じゃあ、その木の葉っぱをカイテルさんに食べさせても、美味しいですよね?食べますか?」
私は呆れたように、近くの木を指さした。
「はははっ!それは勘弁してほしいなぁ」
カイテルさんが、心から楽しそうに笑った。
――つられて、口元が緩んだ。
結果的に、私はまだ四六〇セルも残っている。
あれだけお菓子を買ったのに、ずいぶん余裕だ。
「次は何をしますか?カイテルさん、行きたいところはありますか?芝居とか、楽団とか」
私たちは手を繋ぎ、歓楽街へ向かいながら、これからの予定を話す。
「リーマは、どっちが見たい?」
「どっちも見たいですけど……まずは楽団がいいですね〜」
「ふふっ。じゃあ、俺も楽団を見ようかな」
歓楽街に着くと、私は楽団のチケットを買いに向かった。
「カイテルさん、ここでちょっと待っていてくださいね。すぐ戻ります!」
「いってらっしゃい」
カイテルさんは、穏やかに微笑んだ。
私はそのままチケット販売所へ向かい――
そのあとは、何が起きたのか、よくわからなかった。
***
今日は朝から、幸せだった。
……いや。
リーマに再会してから、毎日ずっと幸せだ。
リーマの笑顔。
拗ねた顔。
口をとがらせた顔。
自慢げな顔。
ニヤニヤした顔。
――全部、愛しい。
俺は浮かびそうになる口元を必死に引き締めながら、今日の出来事をもう一度思い返す。
お菓子を食べたそうにしていたあの表情。
本当に、可愛かった。
あんな顔を向けられたら、つい甘やかしてしまう。
ファビアンやジル、マーティスに、何度も「リーマを甘やかすな」と言われているが……正直、無理な話だ。
俺はるんるんとした気分のまま、楽団の前でリーマを待っていた。
――しかし。
……リーマが、なかなか戻ってこない。
楽団前の広場をぐるりと見回す。
だが――
いつも、どこにいても目立つリーマの姿が、どこにも見当たらない。
――ヒヤリ。
思わず、冷や汗が背中を伝った。
『麻薬工場を見つけたきっかけはリーマだ。あの子はこれから誰かに狙われるかもしれん。しっかり守れよ』
父上の言葉が、脳裏に蘇る。
もちろん、わかっていた。
だから今まで、ずっとリーマの傍を離れなかった。
それなのに――
なぜ……
なぜ俺は……今、
リーマを一人で行かせてしまったんだ……。
……嫌な予感がする。
次の瞬間、俺はリーマの向かったほうへ走り出していた。




