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記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


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幸せな夜

試験日の夜。

「試験は無事でした!特に調薬試験は、久しぶりに調薬ができてすごく楽しかったです!」

食事の席で、私はお父様とお母様に試験の感想を述べた。

「さすがだわ。結果は、心配なさそうね」

お母様は微笑む。

「ショーン殿のご助力も、いらないようだな」

お父様も、満足そうに笑った。

「リーマは、ずっと勉強してきたからな」

カイテルさんも、穏やかな笑顔だ。

みんなが、すごく喜んでくれている。

……あっ、だめだ。また調子に乗ってしまった。

もし、億に一つでも落ちてしまったら――

その後の私は、どんな顔で、みんなに向き合えばいいのかしら。


「これからもずっと、一緒にここにいようね」

カイテルさんが、優しい笑みを浮かべて言った。

「……い、いいんですか?」

「もちろんだ」

その笑みは、少しも揺らがない。

お父様とお母様に目を向けると、お二人も同じように、穏やかな表情で頷いていた。

胸がぎゅっと締めつけられて、目の奥が熱くなる。

涙が、少し滲んだ。

……まだ、この優しい人たちと一緒にいられるんだ。

そして、またカイテルさんと一緒に、過ごせるんだ。

「ありがとうございます」

満面の笑みでそう伝えると、食卓の雰囲気は、さらに明るくなった。

私たちは再び食事に戻り、和やかな会話が弾む。

――そして。


「リーマ。試験の勉強も終わったことだし、そろそろマナー講座と、貴族のお勉強を始めてもらおうかしら」

お母様は、相変わらず優しい笑みを浮かべて言った。

……え?

お母様の言葉が、まったく理解できない。

その瞬間、さっき滲んだ涙は、すっと引っ込んだ。

「……?」

ちょうど私は、目の前のカニと卵蒸しに手を伸ばしかけていたところだった。

その意味不明な言葉に、手が宙で止まった。

「マラーヤの観光が終わってからでいいのよ。向こうでゆっくりしてから、マナー講座と貴族のお勉強、頑張ってちょうだい」

お母様は、またにっこりと微笑んだ。

意味のわからないことが、次々と重なっていく。

(……幻聴かしら?)

〝まなーこうざ〟って、何?

〝貴族のお勉強〟?

今までの、私の平民風のお勉強とは……違う、のかな?

もしかして本当は、お母様は何も言っていなくて――

今日の試験が楽しすぎて、私が勝手に幻聴を聞いているだけ、なのかもしれない。

……スルーしようかな?

ううん、だめだ。

たとえ幻聴だとしても、その声の主はお母様だ。

無言で聞き流すなんて、できるはずがない。

私は、カニと卵蒸しに伸ばしかけた手をそっと引っ込め、念のため、お母様に確認する。


「お、お母様……さっき、な、何かおっしゃいましたか?」

「ふふっ。マラーヤの観光が終わってから、リーマにマナー講座と貴族のお勉強をしてもらう、って言ったのよ」

お母様は、くすくすと楽しそうに笑った。

(……幻聴じゃなかった!)

「ま、まなー……こうざ……?き、貴族の……お勉強……?」

「そうよ。今日の試験の結果に関係なく、これからリーマは王城で働くことになるでしょう?」

お母様は、当たり前のことを話すように微笑みながら、皿の上のステーキを切る。

「それに、これからはカイテルと一緒に、社交界に出ることもあるでしょう?」

そう言って、お母様はステーキを口に運んだ。

「しゃこう……かい?」

思わず、首を傾げる。

「……で、でも」

私は、この意味不明な話を理解しようと、頭を必死に回転させる。

「でも……私が、何のために……しゃこうかい?……に行くのでしょうか?」

「決まっているじゃないか」

お父様はワインを一口飲み、淡々と続ける。

「カイテルは、ときどき社交界にも顔を出す。一人で行かせるわけにはいかないだろう?」

そして、穏やかな笑みを浮かべる。

「だから、カイテルの相手として、リーマに行ってもらうんだ」

「えーと……カイテルさんは、一人で……社交界に……行けないんですか?」

今まで、一人で行っていたのに?

どうして、今は一人で行けないの?

そんな疑問を聞いてみたら、隣で、カイテルさんがくすくすと笑った。

……そもそも、なんで平民が社交界なんかに行くの?

平民の私に、社交界での用事なんて、微塵もないよ!

私は、そっとカイテルさんに視線を向ける。


(カイテルさん、お願い!

平民なんかと一緒に社交界に行きたくないでしょう!?

断ってください!

お願いします!)


そんな必死な念を、全力で送った。

「リーマと、社交界、か」

カイテルさんはフォークを置き、眉間に皺を寄せてから、そっと私の手を握る。

(よかった……っ!カイテルさんは、平民なんかと一緒に社交界に行きたくないみたい!)


――そう安心した、その瞬間。


「すごく、楽しみだ」

満面の笑みで、そう言った。

「……」

……え?

カイテルさん、平民なんかと一緒に社交界に行っても、いいの?

……これは。

私には……拒否権が、なさそうだわね。

……なんてこった。

「……わ、わかりました」

「しばらくしたら、社交界デビューもしてもらうのよ。楽しみにしてちょうだい」

お母様は、相変わらずの優しい笑みを浮かべて言った。

社交界デビュー、ね……。



「カイテルさん、明日、中央街に行くんですよね?どんなことをしたいですか?」

夕食が終わった後、私はいつものようにカイテルさんと手を繋いで、庭を散歩していた。

さっきの社交界の話は……

まあ、マラーヤ観光の後の話だし、今は一旦忘れよう。

マナー講座とやら、貴族のお勉強とやら……

そのときの私に、丸投げして頑張ってもらえばいいわ。

「リーマは、何をしたいんだ?」

「うーん……食べたことのないお菓子を食べて、それから久しぶりに、楽団とお芝居を観たいです!」

「ふふっ。じゃあ、俺もそうしようかな」

「はい!」

……あれ?

……結局、私のやりたいことばかりじゃない?

「マラーヤの観光、すごく楽しみです。私、何か準備しておいたほうがいいですか?」

「準備は、メイドたちに全部任せてある。リーマは、ただ楽しんでくれればいいよ」

その言葉に、胸の奥が、ふわっと温かくなる。



最近、何もかもうまくいっている。

試験が無事に終わった。

仕事も決まった。

これから、この屋敷でお父様とお母様と一緒に暮らせる。

こうしてカイテルさんと手を繋いで、一緒に過ごすこともできる。

幸せだ。

中央街のお出かけも、きっと楽しい思い出になる。





そのときの私は、そう信じて疑わなかった。


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