リーマちゃん、新人扱いされちゃいました
試験会場を出ると、正門付近をぶらぶら歩きながら、ゆっくりできる場所を探した。
昼ごはんを食べた場所は静かで落ち着いていたけれど、
別の場所に違う植物があったら、そこで植物の絵を描きたいのよね。
そんな場所、どこかにあるかしら。
セシルさんの聞き込みまで、まだ時間はたっぷりある。
どうせなら、有効に使いたい。
そうやってのんびり歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「リーマ嬢、試験は終わったんですか?」
振り向くと、ショーン大臣の右腕――
ラシェルさんが、少し息を切らしながらこちらへ近づいてきた。
息が上がっていても、やっぱりラシェルさんはかっこいい。
(私も仕事を始めたら、ラシェルさんみたいな、かっこいい女性になれるのかな)
「ラシェルさん、こんにちは。先ほどはありがとうございました。おかげさまで、無事に受験できましたよ」
「いえ、お礼を言われるほどのことではありません。リーマ嬢は、保健省としても大切な方ですから」
そう言ってから、少し表情を改めた。
「リーマ嬢にお会いしたことをショーン様にお伝えしましたら、依存症治療について話をしたいと仰っていました。一緒に来ていただけますか?」
……あらまあ。
今朝、お父様が話していた“建物の修繕が間に合わない”とか、そういう話かしら?
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。では、こちらへ」
ラシェルさんは、保健省の本館の方へ手招きした。
「試験はどうでしたか?」
保健省本館へ向かいながら、ラシェルさんが心地よい声で話しかけてきた。
「昔、おじいちゃんに薬のことを教えてもらったのを思い出しながら、何とかできました。さっきの調薬も、久しぶりにできたので楽しかったです」
「昔の知識を思い出しながらでも、しっかり対応できたのですね」
「自力で合格できたら嬉しいですけど……
ショーン大臣のお心遣いのおかげで、プレッシャーを感じずに試験に臨めました。
もしショーン大臣がいなかったら、緊張してミスばかりしていたかもしれません」
「つまり、今日の試験は十分手応えがあった、ということですね。さすが、ショーン様の期待の新人です」
……あら〜。
もう私、この人の中では新人扱いなのね。
無職にならなくて、本当によかった。
「ちなみに、先ほどの喧嘩の件ですが……何があったんですか?
ショーン様に、リーマ嬢が男性と喧嘩していたと話したところ、大変驚かれていました」
ラシェルさんは、心配そうな表情でそう言った。
「あぁ、あれは……あの“何とか辺境伯の息子”が、勝手に騒ぎを起こしただけです。
いきなり『昼ごはんを一緒にどうだ』だの、『こちらに座らないか』だのと言ってきたんです」
私は心底うんざりした気持ちで、静かに息を吐いた。
「でも、私はすでに食事を済ませていましたし、
座るよりも少し散歩をしたかったので、きちんとお断りしました。
そうしたら、突然感情的になって……」
思い出すだけで、指先に力が入った。
「私の手首を掴んで、どこかに連れて行こうとしたんです。
だから私は、振りほどいて必死に抵抗しました。
……自分の身を必死に守っただけです」
「確かに、リーマ嬢なら声をかけられること自体は不思議ではありませんが……
手首を掴むのは行き過ぎですね」
……私って、そんなにいつもぼっちに見えるのかな?
一人で歩いていると、つい声をかけられてしまうのかしら。
「確かにぼっちでしたけど……私は静かに過ごしたかっただけなんです。
勝手に同情されて、断ったらあんな行動をされるなんて、許せません」
「……確かに、仰る通りですね」
「あの男のことはもういいです。
調薬試験が終わったら、セシルさんが話を聞くみたいですけど……
ラシェルさんも一緒にいてくれるんですか?」
「はい。リーマ嬢に関わることですから、きちんと対応しなければなりません。でなければ、ショーン様に叱られてしまいますから」
「ありがとうございます。ラシェルさんも一緒なら、心強いです」
そうこう話しているうちに、私たちは四階にあるショーン大臣の執務室に辿り着いた。
一階から四階まで、ずっと話しながら階段を登ってきたせいか――
私は「ハァ、ハァ……」と息が上がっていた。
ラシェルさんは軽く息を整えただけだった。
……思わず、いい運動になったな、と思ってしまった。
――コンコン。
ラシェルさんが扉をノックし、開けて私を執務室の中へ招いてくれた。
「ショーン大臣、こんにちは。お久しぶりです」
私とラシェルさんが執務室に入ると、ショーン大臣は難しそうな顔で何か書類を読んでいた。
私はいつもの平民風のお辞儀をして、いつもの平民風の挨拶をした。
「リーマちゃん、本当に久しぶりだね。
元気かな?
試験は大丈夫だったか?
……で、私の孫には会ってみる気になったかな?」
ショーン大臣は朗らかに笑い、優しい声で話した。
なぜ私がショーン大臣のお孫さんに会う気になったことになっているのだろう。
正直、意味がわからない。
なので、その部分は聞かなかったことにした。
「おかげ様で、プレッシャーを感じることなく試験を受けられました」
「そうかそうか。リーマちゃんが保健省で働くのが楽しみだな。座って座って」
私はショーン大臣の向かいのソファに座った。
ラシェルさんは静かにショーン大臣の斜め後ろに移動し、ノートとペンを持って待機した。
……ラシェルさん、かっこいいなぁ。
本当に素敵だ。
「麻薬治療の件なんだが、アーロン殿から聞いたかな。少し遅れるんだよ」
「はい、今朝聞きました。修繕が間に合わなくて、一週間くらい遅れる、と」
「治療施設の修繕だけなら一週間遅れるんだが」
ショーン大臣はため息をついた。
「実験施設の修繕もまだ完全には終わっていなくてな……。
設備の準備も十分とは言えない。
実験は三週間後になりそうだ」
「……そうなんですか」
「だから、麻薬の治療は先に始めるが、実験はそのあとになる」
「では、先に麻薬治療だけ行うんですね?」
「そうだ。麻薬治療が始まるまで、ゆっくりしていなさい」
そう言ってから、ショーン大臣は少し考え込むように黙り、再び口を開いた。
「それでな、リーマちゃん……」
言葉を止め、手を組んで顎を支え、考え込むように真剣な顔をした。
「……」
その表情を見て、私は思わず、背筋を伸ばした。
……何を言われるか、想像もつかない。
しばらく沈黙のあと――
「私の孫はどうだ?会ってみるか?ちょうど今、いるぞ」
真剣な顔で言われて、私は一瞬何の話かわからず固まった。
(ま、孫……?……なぜまた孫……?)
私は思わず眉をひそめた。
「ショーン様……おやめください。
アーロン大臣に知られたら、麻薬治療施設の計画に差し障ります」
ラシェルさんがため息をついた。
「それに、リーマ嬢は大変困惑しておられます」
「私は本気だからね、リーマちゃん」
ショーン大臣がウィンクした。
あまり話についていけない私は、曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
「そうだ。リーマちゃんが喧嘩したとか、さっきラシェルから聞いたんだが、本当か?何があったんだ?」
「それなんですが……
私は、なんとか辺境伯の息子に昼ごはんに誘われたんです。
でも、もう食べていたので断ったら、急に機嫌を悪くして……
そしたら、あの男が『自分が何とか辺境伯の息子だ』とか言い出して、
私の手首を掴んだり、暴言を吐いたりしたんです」
少し間を置いて、ちらっとショーン大臣を見て、私は付け足した。
「なので、その……
自分の身を守るために、ちょっと抵抗しました。
私は、立派に被害者側です」
「その、何とか辺境伯の息子というのは誰なんだ?」
ショーン大臣が眉間に皺を寄せた。
「ドラウネのゼダム辺境伯の息子です」
ラシェルさんが即座に答えた。
そうか、そんな名前だったんだ……
「……たかがゼダムの息子が、リーマちゃんに無礼を働くとは」
ショーン大臣が顔をしかめた。
「試験の後に聞き取りをされます。私も同席しますので、心配いりません」
「あぁ、しっかりにな」
そのあと――
私とショーン大臣、そしてラシェルさんで、実験の詳細について話した。
私が提案したのは六種類のハーブだった。
そのため、実験を受ける人も六組に分かれ、一組につき二人ずつになるらしい。
一定期間ごとに少しずつハーブの量を増やし、依存症の症状を細かく観察するのだという。
どんな症状が出るのか、
どのくらいの頻度で出るのか、
初期症状と薬を使った後の症状はどう変化するのか――
とにかく注意深く確認しなければならない。
そして、一番大事なのは“味”だそうだ。
まあ……そうよね。
味を改良するために、わざわざこの実験を行うのだから。
でも私は、自分で飲むのだけは遠慮したいと、やんわり伝えた。
すると――麻薬依存者から感想を聞く形になるらしい。
……ふぅ、少し安心した。
「私が提案したハーブは、それぞれ効果があります。
一種類だけでなく、二種類以上を組み合わせた実験はいかがでしょうか?」
これは、保健省試験の勉強の合間に思いついた方法だ。
複数のハーブを使えば、効能を分担できる。
一つの作用を強く出しすぎず、体に無理なく働きかけることができると思う。
この方法で『新型ディル薬』の実験が成功すれば――
これ以上ない成果になる。
……正直、その工程そのものに惹かれている自分もいたけれど。
もちろん、そんなことを口に出すはずもなく。
私がそう提案すると、ショーン大臣は興味深そうに髭を撫でながら考え込んだ。
「……二種類以上を混ぜる、か?」
「はい。例えば――
静葉草には、心のざわめきを鎮める効果があります。
そして流浄草には、体内に溜まった不純物をゆっくりと排出する作用があります」
私はショーン大臣とラシェルさんの顔を順に見回しながら、言葉を選んで続けた。
「このようなハーブをディル薬に用いれば、
静葉草で麻薬症状による興奮を抑えつつ、流浄草で体内に溜まった不純物を少しずつ浄化することが期待できます」
二人はすぐには口を開かず、じっくりと考え込むように頷いた。
納得していないというより、ハーブの効能を頭の中で整理しているのかもしれない。
そこで私は、さらに話を続けた。
「こういう組み合わせもあります」
二人の反応を見ながら、私は言葉を継いだ。
「胃和花には吐き気を和らげる効能があり、
ソフミンには穏やかな眠りを促す効能があります。
胃和花で体への負担を減らし、ソフミンで依存者をしっかり休ませることも可能です」
「なるほど、二種類以上か……」
ショーン大臣は髭を撫でながら感嘆した。
「ただし、組み合わせによっては作用が強く出すぎる可能性もあります。
最初は慎重に量を抑えた方がいいと思います」
「ふむ。そうだな」
「面白いですね。配合次第で狙う効果を調整できるわけですね」
ラシェルさんは考え込むように言った。
「それぞれのハーブをハーブティーにして、味や効果を事前に把握してはいかがでしょうか。
実験中に想定外の反応が出た時にも、判断材料になるかもしれません」
……あっ、確かにそうだ。
今のままだと、私の情報だけで終わってしまう。
みんな納得できない部分や、私が伝えきれない部分もあるかもしれない。
さすが、ラシェルさんだ。
頼もしくて、頭がいい。
「ふむ。そうだな。保健省の者としても、我々の意見が言いやすくなる」
ショーン大臣は頷きながら続けた。
「今のままでは全部リーマちゃんに押し付けてしまうからな。
保健省としても、きちんと責任を持たなければならん。
実験施設の完成を待つ間に、そう準備してくれ。
わしも安全な範囲で味見してみたい。
それぞれのハーブの特徴や効能もまとめてくれ」
「承知いたしました」
ラシェルさんはきっぱり答え、私が話した内容を迷いなく書き留めた。
私は思わず口元が緩んだ。
自分の提案で実験が進むなんて――
おじいちゃんに話してあげたいなぁ。




