リーマちゃん、連行されました
「あなたたち、何をしてる!?やめなさい!」
振り向くと、さっき試験会場で私を起こしてくれたセシルさんが走ってきた。
あらまあ〜、あの時のお礼をちゃんと言わなくちゃね。
「あなたたち、何をしてる!?ここはどこかわかってるんでしょう!?問題を起こしたら、不合格になっても文句は言えませんよ!」
セシルさんの表情は険しく、試験会場で見せる余裕はない。
……私は悪くないからね。
「この男がいきなり意味不明なことを言って、私の手を掴んでどこかに連れて行こうとしたんです。私がやったのはただの自己防衛です」
思わず早口で言った。
お父様やお母様、それにカイテルさんに問題を起こす女なんて誤解されたくない。
ちゃんと説明しないと。
「こ、この女がいきなり私を殴ったんです!」
「だから、あなたが私の手を掴んでどこかに連れて行こうとしたんでしょう?だから私は自分を守った。それのどこが悪いの?何度も手を離してって言ったでしょう?」
「おまえはーーーっ!」
「黙りなさい!あなた二人、私についてきなさい!」
セシルさんの鬼のような目が、私たちを射抜いた。
最悪……。
ただの食後散歩が、こんな大騒ぎになるなんて。
私たちは周りの視線を浴びながら、セシルさんに従い、建物の二階へ階段を上った。
……へぇ。
保健省の建物はお父様の国防省の建物とは全然違うね〜。
こちらは昔風で、石の壁は少し色あせていて、床もところどころ磨り減っている。
長い年月、たくさんの人が行き来してきたのがわかる。
どこか懐かしい気持ちになる。
……が。
何が懐かしいのかは自分でもよくわからないけど。
でも国防省の建物は、現代的で建物自体も何だか真新しい。
壁も床もぴかぴかで、足音がよく響いて、歩くだけで少し緊張するんだよね。
廊下には鎧や剣を身につけた騎士たちが行き来していて、空気もどこか張りつめていた。
同じ王城に存在する建物なのに、味が違うんだね。
近い将来、ここは私の職場なのかな〜?
自分がここで働く姿を想像しながら、二階に到着した。
すれ違う職員たちに疑いの目を向けられていた。
私たちは『職員室』の看板の前で立ち止まり、中へ入った。
セシルさんは椅子に座り、私たちは自然と立つことに……。
「はぁ……今日は試験日なのに、どうして喧嘩をしたのかな?他の受験者が真剣に勉強しているのに、気を散らしてしまったら誰が責任を取るのですか?」
セシルさんはため息混じりに言った。
「喧嘩したくてしたわけじゃないですよ。
美味しい昼ごはんの後、私は一人で静かに過ごしたかったのに、
この何とか辺境伯の息子に邪魔されたんです。
……私は被害者です」
「おまえは俺に暴力を……」
「あなたは先に私に暴力を振るったから、私は自分を守ったんです。それの何が悪いんですか?」
私はムッとした。
(……こんな激おこのリーマちゃん、初めてかもしれない)
この男のせいで、自分の別の一面に出会うことになったわね。
まあ、会いたくなかったけど。
「静かに!何が起きたか一人ずつ話しなさい」
「この女が――」
「セシルさん、話してもいいですが、もうそろそろ午後の部の試験ですよね?
話はそのあとでも大丈夫ですよね。
この何とか辺境伯の息子のせいで私の楽しみを邪魔されたくないんです」
ジョージさんの素敵なお弁当とクッキーのおかげで、あんなに幸せなひとときを過ごせたのに……
この男のせいで全部台無しになった。
食後のお散歩もできなくなった。
もしこのまま調薬試験まで受けられなかったら、この何とか辺境伯の息子を本気で呪ってやるんだから。
「誰が“何とか辺境伯の息子”だ!?」
「セシルさん、こんな男のせいで私の将来を潰さないですよね?」
私にはもう、仕事も保証されているし、将来は誰にも潰されないけどね。
この男の脅しなんて、これっぽっちも怖くない。
そのとき、職員室に誰かが入ってきた。
目を向けると――
ふむ?
この女性は、確か……ショーン大臣の右腕さんだよね?
紹介してくれなかったから、名前はまだ知らない。
ショーン大臣の右腕さんは、まだ三十歳くらいかな。
きれいな赤みがかった髪がサラッと伸びていて、サラサラして触り心地がよさそう。
触ってみたいな……。
身長は私より高く、すらっとしてかっこよく、しかもきれいな人だ。
服装もビシッとしていて、さすが王宮で働いている感じ。
服のことなら、私よりメイガンさんの方が詳しいと思うけど。
私とその女性の目が合った。
ショーン大臣の右腕さんが私に気づくと、鋭くて大きな瞳を見開いた。
そして、眉間に皺を寄せ、首を傾げ、首に下げている小さな時計を確認した。
その一連の動作が、なんだかすごく可愛い。
私はその女性に軽く頭を下げ、挨拶した。
その女性も、軽く頭を下げ返した。
「あなたは、今日の採用試験の試験官ですか?」
その女性はセシルさんに問いかけた。
「は、はい!そうです、セシルと申します。ラシェル殿」
セシルさんはすぐ席から立ち上がり直立した。
ラシェルさんというのね?
「セシル、なぜこんな時間に、こちらの女性がここにいるのです?」
「え、えーと、この二人は、先ほど玄関前の庭で喧嘩をしていました。その事実を確認するために、ここに連れてきたのです」
「でも、そろそろ午後の部の試験ですよね?話はその後でもよろしいでしょう?
そもそも、あなたも試験会場に行かないといけませんから」
「はい、仰る通りです。ちょうど今、一旦話をやめて試験会場に向かうところです」
「よろしい。試験に間に合うように、皆さん早く行ってください。その喧嘩の話、私も同席しますから、試験が終わったら呼んでください」
「はい、承知いたしました」
ラシェルさんのおかげで、楽しみにしていた調薬試験を無事に受けられそうだ。
私はラシェルさんに平民風のお辞儀をし、
セシルさんと、何とか辺境伯の息子、そしてその執事と一緒に職員室を出た。




