表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【6万PV 感謝感謝!】記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
82/174

穏やかな夜の終わりに

「カイテルさん、あのう……二週間後、お休みってあったりしますか?」

夕食のあと、カイテルさんが庭の散歩に誘ってくれて、

今、私たちは手を繋いで、夜の庭をゆっくり歩いている。

「二週間後?あるよ。

そういえば、試験が終わった後だよね?中央街に行かない?

リーマ、ずっと屋敷の中にいるだろ。たまには息抜きしない?」

「はい!行きます!

実はこの前、お父様からいただいた報酬で、カイテルさんにお買い物したくて……

お菓子も奢りたいです!」

「俺に?どうして?」

「今まで、ずっとカイテルさんに買ってもらってばかりだったので……

せっかく自分で稼いだお金があるから、今度は私が奢りたいんです」

「ふふ……本当か?じゃあ、言葉に甘えようかな」

「はい!何でも甘えてください!」

……念のため、おじいちゃんからもらったお金も持って行こう。

そう思った瞬間、

カイテルさんが私の手を放し、両手で私の頬を包むように触れた。

そして、じっと――

優しいけれど、強い眼差しで私を見つめた。

こ、この状況……この距離……。

な、なんだか……とても恥ずかしい。

顔が一気に熱くなる。

心臓がバクバクして、うるさいくらいに自己主張している。

……ねえ、これ、聞こえてないよね?

私の心臓の音。

耐えきれなくなって、私は視線を逸らし、木の葉や庭の草花へと目を向けた。

あぁ……顔も、心臓も、爆発しそう……。

「……ふぅ……すげぇ、キスしてぇ……」

カイテルさんが深呼吸と一緒に、低く呟いた声が耳に入った。

……え?

私は思わず視線を戻した。

「……カイテルさん、どうしたんですか?……あれ?顔があか――」

言い終わる前に、カイテルさんの手のひらが、そっと私の口を塞いだ。

「い、言わないで……これ以上言われると……我慢、できなくなる……」

声が、いつもより低かった。

……え?

怒ってる?

私、何か悪いこと言っちゃった……?

一瞬、胸がきゅっと縮んだ。

理由がわからないまま、しょんぼりしてしまう。

でも――

カイテルさんは私の口を塞いだまま、夜空を見上げ、何度か深く呼吸を繰り返した。

やがて、手が離れ、いつもの穏やかで優しい笑みが戻った。

「……大丈夫。落ち着いた」

その声は、いつもより少し低くて、照れたようだった。

「ホワイトウルフの子どもたちに会いに行くか?」

「はい!行きます!」

そう答えると、カイテルさんは微笑んだ。

胸の奥が熱いまま、私はカイテルさんの手を握り、裏庭へ向かった。

その手は、さっきより少しだけ――

強く、温かかった。


ホワイトウルフちゃんの子どもたちは、もう生まれて一ヶ月になる。

ホワイトウルフちゃんだからなのか、成長はとても早く、

この一ヶ月で、お父ちゃんとお母ちゃん――

リオとリアの半分くらいの大きさになってしまった。

あのころ、短くて丸かった可愛い尻尾は……今ではすっかり長くなってしまって、

尻尾を振るときも、お尻ごとぷりぷり振る感じではなくなった。

それに――

もう重くて、抱っこもできない。

……あの小さかった頃の子どもたちが、なんだか急に懐かしくなる。

あの短くて可愛い尻尾も、もう二度と見られないのかと思うと……少しだけ寂しい。

裏庭のホワイトウルフちゃんの小屋に着くと、そこにいたのはリオとリアだけだった。

「……あれ?子どもたちは?」

そう聞くと、リアが低く喉を鳴らした。

『ぐるぅ〜〜』(どらごん)

「子どもたちは、今ガイルちゃんのところにいるみたいです」

カイテルさんにそう伝え、私たちはガイルちゃん小屋の方へ向かった。

ホワイトウルフちゃんの子どもたちは、生まれたときからすぐ近くに大きなドラゴンちゃん――

ガイルちゃんがいたからか、リオとリアとは違って、ガイルちゃんととても仲がいい。

生まれて間もないころ、私は子どもたちにガイルちゃんを紹介して、

「この子はお友達だから、仲良くしてね」

なんて言った。

それ以来、ガイルちゃんと子どもたちは、よく一緒に遊ぶようになった。

ガイルちゃんは体が大きいから、あまり小屋を出ることはなくて、だいたい子どもたちの方が遊びに行く。

それに、この三日間、ガイルちゃんはカイテルさんと一緒に遠方任務に出ていた。

きっと子どもたちは、ずっとガイルちゃんに会いたかったんだろう。

……もはや、種族を越えた友情だと思う。

ガイルちゃんの小屋に着くと、子どもたちはガイルちゃんの背中に乗っていて、

つるん、と滑り降りては、またよじ登り――

楽しそうに何度も繰り返していた。

「か、可愛すぎる〜〜〜〜〜っ!」

思わず、声にならない声が漏れた。

何度も見ている光景なのに、可愛いものは、一万度見ても可愛い。

胸の奥がじんわり温かくなって、自然と頬がゆるんでしまう。

「本当に可愛いな。ホワイトウルフって、意外と純粋なんだね。自分の目で見てなかったら、絶対に信じなかったよ」

カイテルさんも、ふふっと笑いながら言った。

「お父ちゃんとお母ちゃんのリオとリアは、いつもあんな感じですから……

まさか子どもたちが、こんなに素直で純粋だなんて思っていませんでした。

……一匹旅に出たら、リオとリアみたいになっちゃうかもしれませんけど」

そう言うと、カイテルさんがまた、くすっと笑った。

このガイルちゃんの“滑り台遊び”は、子どもたちが小さい頃からのお気に入りだ。

ときどきジョアンナお姉様が、息子のドミニク君とドナルド君を連れてきて、一緒に遊ばせたこともあった。

二人とも、ガイルちゃんの背中で遊ぶのが大好きで、ホワイトウルフの子どもたちと何度も一緒に滑っていた。

――けれど、あるとき。

ドミニク君が滑り降りた拍子に、背中の上でホワイトウルフちゃんの子どもとぶつかり、そのまま地面に落ちてしまった。

私はひやっとした。

その瞬間――

リオが神速で駆け寄り、ドミニク君の下に滑り込んで、代わりに下敷きになった。

おかげで、ドミニク君に怪我はなかった。

(ガキ、キヲつけろっ!)

と、リオが怒っていたけれど、私はそれを、誰にも言わないことにした。

それ以来、ジョアンナお姉様は、ドミニク君とドナルド君の“ガイルちゃん滑り台遊び”を禁止した。

……二人は大号泣していたなぁ。

あのとき私は、代わりに二人をリオとリアの背中に乗せてあげた。

そしたら今度は、リオとリアに文句を言われた。

(オレたち、ホワイトウルフだぞっ!)

……うん、知ってる。

あの頃……と言っても、つい二、三週間ほど前のことだけど……

それでも、なんだか懐かしいなぁ、と自然と笑顔が浮かぶ。

リオとリアは最近、街の人間の目につかないよう、夜中に子どもたちを連れて屋敷をこっそり抜け出す。

王都近くのカレル森へ狩りに行くためだ。

子どもたちの“それぞれの一匹旅”に向けた、事前練習らしい。

子どもたちが私に気づくと、

(リーマ、キタ!)

と唸って、ガイルちゃんの背中からぴょん、と飛び降りてきた。

長くなった尻尾をぶんぶん振りながら、私の周りにわらわらと集まってくる。

……癒されるぅぅ〜〜〜。

まだどこか無垢な表情が残っていて、このまま大人になっても――

どうかその純粋さを失わないでほしい、と願ってしまう。

私とカイテルさんがガイルちゃんの小屋の外に腰を下ろすと、子どもたちは一斉に、カレル森に連れて行ってもらった話を始めた。

お父ちゃんとお母ちゃんに褒められたこと。

初めて仕留めた獲物のこと。

兄弟げんかで勝ったこと。

みんなが一度に話すものだから、誰がどの話をしているのか、正直よく分からない。

それでも私は、

「そうなの?すごいね〜」

「そんなこともあったの〜?」

「みんな、本当に大人になってきたね〜」

と相槌を打つ。

すると子どもたちは、さらに嬉しそうに尻尾を激しく振った。

あと数ヶ月もすれば、きっとみんな旅に出る。

そう思うと、胸の奥が、きゅっと痛んだ。

しばらく子どもたちとガイルちゃんと話したあと、

ホワイトウルフちゃんたちがカレル森へ向かった。

そして、ガイルちゃんとも別れたあと、私とカイテルさんは並んで屋敷へ歩き出した。

「子どもたち、何を話してたんだ?」

「ふふっ。他の動物をたくさん狩れたとか、お父ちゃんとお母ちゃんに褒められたとか、兄弟げんかで勝ったとか……そんな話です。

みんな、リオとリアと違って、無垢で素直で可愛いホワイトウルフちゃんですよ」

……さっき聞いた、生々しい狩りの話は、そっと心の奥にしまい込む。

あんなに純粋な顔で、血なまぐさい話を楽しそうに語るなんて。

ショック半分、でも感心半分。

さすがホワイトウルフちゃんだな、と思う。

この家族に出会ってしまった他の動物たちは、可哀想だけど……

それでも狩りは、ホワイトウルフちゃんの本能だ。

それを奪うことは、できない。

そんなことをしたら、ホワイトウルフちゃんじゃなくなってしまう気がする。

そもそも、ガイルちゃんや人間の子どもたちと仲良く遊ぶこと自体が、本来あり得ないことだ。

「リオとリアは、素直じゃないのか?」

「自分たちが“強きホワイトウルフ”だっていうところには、ものすごく素直ですね。

いつも自分たちのことをべた褒めして、偉そうです」

「はははっ!」

カイテルさんは声を上げて笑った。

その笑顔を見て、私の頬も自然と緩んだ。

そして、気づかないうちに、カイテルさんの手をぎゅっと握っていた。

今は、不思議なくらい落ち着いている。

胸が高鳴りすぎることもない。

顔が熱くなることもない。

ちゃんと、まっすぐカイテルさんの顔を見ることができる。

穏やかで、

温かくて、

静かな幸福。

――ずっと、

こんなふうに一緒にいられたらいいな。

……でも、それはきっと、高望み。

ふと、屋敷の灯りが視界に入った。

その瞬間、胸の奥に、かすかなざわめきが走った。

私は、

いつまでもここにいられるわけじゃない。

試験が終わって、仕事を見つけたら――

きっと、この屋敷を出ることになる。

私は平民。

お父様とお母様の本当の娘じゃない。

どんなに優しいお父様とお母様でも、いつかは私を持て余すかもしれない。

だから――

私は、出ていくべきなのだ。

そのとき……

私は、またこうしてカイテルさんに会えるのかな……。

王城ですれ違うだけでも、少しでも話せるのだろうか。

……胸の奥が、もやもやする。

涙が、こぼれそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ