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記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


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寂しいと気づいた日

王宮で「新型ディル薬」について話し合った日から一週間が経ち、私はいつものように、穏やかな日々を過ごしていた。

試験勉強を進めながら、「新型ディル薬」の実験をどのように進めるのが一番いいのか――そんなことを考える毎日だ。

カイテルさんは、私の護衛任務が終了して以来、騎士団本部へ戻り、以前と同じように通常任務をこなしている。



けれど、四日前、カイテルさんは遠方任務で屋敷を離れ、隣街のマラーヤへ出張していた。

三日間、私はまったくカイテルさんに会っていなかった。

今日の朝食時、お父様が「今日には戻るはずだ」と話していた。

私は毎日勉強に励んでいるけれど……

正直、寂しい。

今思えば、カイテルさんに出会ってから、私はずっとカイテルさんのそばにいた気がする。

そしてカイテルさんも、必ず私のそばにいてくれた。

一日以上会わない日なんて、ほとんどなかった。



……そうなんだ。

カイテルさんに会えないと、こんなに寂しくなるんだ……。

そう気づいた瞬間、だんだん恥ずかしくなってきた。


私は邪念を振り払うように、目を強く閉じ、首を何度も横に振る。



――あっ、しまった。

振りすぎて、首がちょっと痛いかも……。

後ろの首をもみながら、自分の行動に呆れ、ため息をつく。



そして、私は再び試験の問題集と植物の本に意識を戻した。


…………


……


――カイテルさん、いつ戻るのかしら。

夕食までに戻ってくるかな。

そしたら少し話せるかもしれない……。

それとも夜中?

夜中に話しかけるのは迷惑かしら……。

任務帰りで疲れているだろうし……。

そもそも夜中だと私は寝ちゃっているだろうし……。



(はぁぁ……)



(うぅぅ~~~もう―――っ!)



私はもう一度、今度は軽く目を閉じて、首を優しく横に振った。


「リーマ、久しぶりだね」


ひゃっ!


突然、声がして顔を上げる。



いつの間にかカイテルさんが図書室に入り、私の隣の椅子に座っていた。

……はっ。

ぜ、全然扉が開く音にも気づかなかった……。

さっきまでの変な動き、見られちゃったかな……。

恥ずかしい……。



でも、それ以上に――嬉しい!

「カイテルさん!お疲れ様です、お帰りなさい!いつ戻ったんですか?」


久しぶりのカイテルさんだ。

さっきまでの寂しさが、一瞬でどこかへ消えてしまったよ。

朝からずっと悩んでいた私はバカみたい。


「さっきだよ。着替えたら、すぐリーマに会いに来た」

「任務、大丈夫でしたか?」

「無事に終わったよ。リーマは元気?勉強、進んでる?」

「カイテルさんに会えなくて寂しかったですけど、今会えたので、元気になりました!」


その瞬間、カイテルさんが「ドツン」と机に伏せ、何かを呟いた。

「……う、うぅ……い、いきなり……ずるい……」

「えっ?カイテルさん、どうしたんですか!?任務の疲れですか?じゃ、じゃあ、すぐハーブティーを――」

私が椅子から立ち上がろうとすると、カイテルさんが私の手を掴み、席に戻す。

「だ、大丈夫……座って……」

「でも顔、すごく赤いですよ。熱ですか……?」

私はカイテルさんの頬に手を当てる。

確かに、少し熱い。

解熱剤もあるし、あとで冷却布も作ろう。

それなら明日には下がるはず――。

「……これ、わざとか?天然か?……かわいすぎる……」

机に伏せたまま、カイテルさんが何か呻く。

苦しそう……。

私は覗き込み、もう一度熱を確かめる。

「……えっ?」

突然、カイテルさんの手のひらが私の目を覆い、視界が真っ暗になる。

「このままで……少し……なにも、しないで……言わないで……」

……どうやら、お節介すぎたみたい。

でも、心配なんだもん……。

私は目を塞がれたまま、じっと座っていた。


しばらくして、「ふぅぅ」と深く息を吐く音が聞こえる。

もう大丈夫かな――そう思った瞬間。

カイテルさんの手が、私の目から頬へ移り、顔が近づく。

そして――

『ちゅ』

温かい感触が、おでこに落ちた。


「……えっ!」



一瞬で顔が熱くなる。


私は慌てて俯き、きっと真っ赤になっているであろう顔を隠した。

「お返しだ」

耳元で、低く囁かれる。





な、な、な、な、な、な、な、





――何のお返しなのよ!!!!?????






『コンコン』

その音は、今の私にとってまさに救世主だった。

直後、扉が開く音がする。

「お嬢さ……ま……

まあ、カイテル様もこちらにいらっしゃったのですか?

お、お邪魔いたしました。申し訳ございません」




な、な、な、何の邪魔!?

全然邪魔してないよ、メイガンさん!

むしろ助かりました!

今すぐ表彰したいくらいですよ!



私は俯いたまま、ぎゅっと手を握りしめ、心の中で全力で突っ込んだ。

「大丈夫だ。何の用だ?」

カイテルさんは片方の手で頬杖をつき、

もう片方の手で――まだ、私の頬をなでながらメイガンさんに答える。



……いや、放してほしい。



メイガンさんがいるから、手を放してほしいの……。



恥ずかしいの……。






――じゃなくて!



メイガンさんがいなくても、放してほしいのーーーーっ!



恥ずかしいのーーーーーっ!



「あへん、夕食の準備が整いましたので、食堂へお越しください」

「わかった。すぐ行く」

メイガンさんはぺこりと一礼すると、まるで何も見ていなかったかのような速度で図書室を出ていった。


……


「リーマ、食堂へ行こうか」

頬をなでる手は、そのまま。

この人、ほんとに平気なの?

私は、今すぐ椅子の下に潜りたいくらい恥ずかしいのに。

「は……はい」

声が小さくなって、自分でも聞こえないんじゃないかと思う。

カイテルさんは小さく笑って、ようやく私の頬から手を離した。

それだけで、少しだけ息がしやすくなる。

そして立ち上がり、私に手を差し伸べる。

「では行きましょう、姫様」

その言い方が、またずるい。

私はきゅっと口を結ぶ。

この人、本当に恥ずかしくないのかな……。

「……はい」

俯いたまま、差し出された手を取る。

顔を上げる勇気は、まだなかった。






*メイドのこそこそ話*


「メイガン、顔が赤いわよ?どうしたの?」

「……はぁ〜……」

メイガンは頬を押さえたまま、しばらく天井を見つめ、それからぽつりとこぼした。

「図書室へお嬢様をお呼びに行ったの。ノックをして入ったら……まさか、あんな場面とは思わなくて」

「……あら」

「カイテル様がね、お嬢様の頬を、こう……優しく……ずっと……撫でていらして」

両手で空中をなぞる。

「お嬢様は真っ赤で、視線は泳いでいて……なのに、逃げようともしないのよ」

「……まあ」

「しかも、あのカイテル様がよ?あの無表情で有名なカイテル様が、あんなに柔らかく笑って……」

メイガンは再び頬を押さえた。

「……あんなの、反則よ」

「またなの?」

「ええ。でもね、“女性にああいう態度を取る”こと自体が特別でしょう?あんな顔、今まで私は見たことがないわ」

「……それは確かに」

「しかもお嬢様、天然でしょう?」

「無自覚で心臓を撃ち抜くわよね」

「鈍感だしね」

二人は同時に頷いた。

「カイテル様、任務よりあちらの方が危険かもしれないわね」

「確かに」

くすくす、と笑いがこぼれる。

「……でもね」

メイガンは少しだけ真面目な顔になった。

「お嬢様、本当に嬉しそうだったの。あんな顔、今までの嬉しさとは、ちょっと違うのよね」

一瞬だけ、空気が柔らかくなる。

「……じゃあ、邪魔しないほうがいいわね」

「ええ。今後はノック三回、間を置いてから入りましょう」

「それでも遅いかもしれないわね。あの二人、もう止まらなそうだもの」

二人はまた小さく笑った。

「さあ、仕事に戻りましょう。ジェーンさんに見つかったら、今度は私たちが処刑よ」

「それは嫌ね」

メイガンは深呼吸を一つ。

そして、何事もなかったような完璧なベテランメイドの顔で廊下へ戻っていった。


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