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記憶を失くした少女は、それでも生きていく。  作者: あまね


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王宮からの呼び出し

昼間。



私はいつも通り、図書室で真面目に勉強していた。




すると――


「旦那様の使いが屋敷に参りました。お嬢様を王宮へお迎えに来たようです」


ベテランメイドのメイガンさんが、そう知らせに来てくれた。


突然のことで、私はすぐにお父様の使いのところへ向かおうとした――が。


「普段着のままで王宮へ行ってはいけませんよ。すぐお着替えをお手伝いしますから、お部屋へ行きましょう」


そう言われ、私はそのまま部屋へ連れて行かれた。


「……でも、今まで何度もお父様のところへ行ってましたよ?特に服装は気にしていなかったんですけど……」


図書室を出て寝室へ向かいながら、私は首を傾げる。


「あの時は、お嬢様が外のお仕事の帰りに、そのまま旦那様のところへ向かわれる予定でしたからね。外の仕事にも王宮にも相応しい服を、あらかじめ用意しておりました」


メイガンさんは廊下を案内しながら、穏やかに説明してくれる。


「周囲も"仕事帰り"と理解していましたから問題なかったのです。でも今日は違います。普段着のままでは、場に相応しくありません。メイソン伯爵家にも、お嬢様にも、良くない印象を与えてしまいますから」



……なんと。


今着ている服のまま、すぐ王宮へ向かおうとしていたけれど、どうやらそれはダメだったらしい。


二か月も貴族様のお屋敷に住んでいるのに、意識はまだまだ田舎者のままだった……。



恥ずかしい……。




――それにしても、王宮、厳しいぃぃ~~~。



「そうなんですか……?」


そういえば、あの病院でお手伝いをしていた時の服装は、いつもより一段と上品だった気がする。


……気のせいじゃなかったんだ。


私、知らないうちにメイガンさんに支えられていたんだね。


そう思うと、胸の奥がじんわり温かくなった。




部屋に着くと、メイガンさんはいったん席を外し、すぐに戻ってきた。


腕に抱えられていたのは、今着ている服より一段と豪華なジョアンナお嬢様の服。


私の部屋のクローゼットは、いつの間にかジョアンナお嬢様の服でパンパンになっている。


全部でいくらなのか、聞く勇気もないし、返済が終わる未来も見えない。


……私は、借金まみれの居候の田舎娘である。



メイガンさんは手際よく私を着替えさせ、髪を整える。気づけば、支度はすっかり終わっていた。


さすがベテランメイド。三百万点満点のスピードだ。


「わぁ……さすがメイガンさんです!ありがとうございます!」


技術と上品な服が加われば、田舎者でも王都者っぽく見えるのだ。


「ふふふ。では、旦那様のお使いの方のところへ参りましょうか」


優しく微笑んだメイガンさんに見送られ、私は屋敷を後にした。


そして今――私は馬車にゆらゆら揺られながら、王宮へ向かっている。


今まではカイテルさんと一緒だったけれど、護衛任務が終了し、カイテルさんは通常任務に戻っていた。


一人で王宮へ行くのは初めてで、馬車を降りてからお父様の執務室まで、迷子にならないか少し不安になる。


(お父様のお使いさん……ちゃんと案内してくれるよね……?)


そんな不安も、お使いの方が執務室まで送ってくれたおかげで、すぐに解消された。


執務室に入ると、そこにはお父様、ロラン小父様、バロウズ小父様、そして見知らぬ男の人がソファに座っていた。


どうやら大事な話をしていたらしい。それぞれの右腕らしき人たちも控え、何かを書き留めている。



……この人、誰だろう?



見た目からしてお偉方っぽい。お父様たちと同じように優雅に座り、右腕らしい女性を従えている。



もしかして、十大大臣の一人だったりして?


「リーマ。勉強していたんだよな?悪いな」


お父様が手招きする。


「紹介しよう。この方は保健省大臣のショーン・ベック殿だ。ショーン殿、こちらが噂のリーマだ」


私は、けっこういろんなところで噂になっている気がするけど……なぜ?田舎者の居候って、そんなに珍しいのかな。


私の知らないこの男の人は推測通り、十大大臣の一人だった。


ショーン大臣は銀髪に、立派な銀色の髭をたくわえた、小柄でふくよかな男性だった。


年は六十歳くらいだろうか。翠色の瞳はきらきらしていて、年齢に負けない活力を感じる。


貫禄はあるけれど、どこか優しそうな雰囲気で、少しだけ緊張が和らいだ。


「ショーン大臣、初めまして。リーマです。お初にお目にかかります」


私はいつもの平民風にお辞儀をし、これまで見てきた人たちの挨拶を思い出しながら、見よう見まねで挨拶をした。


「リーマちゃん、よく噂を聞いとるぞ」


ショーン大臣は、にこやかな笑みを浮かべ、柔らかな声で話し始めた。


「今日ここに来たのはね、リーマちゃんと同じ歳の、私の孫を紹介しようと思ってな。私に似て非常に男前で、頭も良くて、今は保健省で働いておる」



……ん?



ショーン大臣は、私の困惑など気にする様子もなく、話を続ける。



「実に有望な職員だ。将来は十大大臣になる可能性だって高い。騎士より、将来は安泰だし、何の心配もない。ベック家はメイソン家ほどではないが、まあまあの家格だ。どうだね?すごくお似合いだと思わんか?今すぐ一緒に保健省へ行って紹介しようか」


ショーン大臣は終始にこにこしている。



……ええと。



何か楽しそうに話しているけれど……。



「……」



これ、何の話?


「ショーン殿、やめてください」


お父様が顔を顰め、低い声で言った。


「リーマには、すでに決まった相手がいます」


「……」


えっ、そうなの?


いや、それよりも。


本当に、これ、何の話??


「はははっ!すまんすまん!」


ショーン大臣は豪快に笑った。


「私は本気で聞いておるんだがな。まあ、冗談だ冗談だ!」



……冗談なの?



「だが、もし少しでも興味があったら、いつでも来なさい。アーロン殿がいない時でも構わんぞ。私は大抵、保健省におるからな。孫も、リーマちゃんに会いたがっておる」



「ショーン殿」


お父様の声が、明らかに一段低くなる。威圧感が、もりもりだ。


しかしショーン大臣は一切怯まず、


「ははははっ!」


と、さらに大きな声で笑った。




……さすが十大大臣同士。お互い、全然ひるまない。他の小父様たちも、ショーン大臣の冗談にクスクス笑っている。


だがしかし、十大大臣の冗談は、まったく私には通じない。


(ごめんなさい、ショーン大臣……笑うツボが、よく分かりません……)


「まあまあ、これからも顔を合わせる機会は多いだろう。よろしくな、リーマちゃん」


朗らかな笑みと、耳に心地よい声。


……でも、なぜ私はこの人と、そんなに顔を合わせることになるんだろう?


私に何か、お手伝いできる仕事があるのかな。どんな仕事だろう。


「リーマ」


お父様が私を呼び、ソファを勧めた。


「ショーン大臣の戯言は忘れなさい。今日は大事な話がある。保健省の管轄だから、ショーン殿にも来ていただいた」


私は促されるままソファに座る。


「要件は、麻薬依存症の治療だ」


……まだ、何かあるの?


「先日の麻薬団員の治療が無事成功したことで、王様が一般市民への治療を許可なさった。できるだけ早く、とのことだ。今、治療施設を急いで修繕している。あと二週間ほどで終わる予定だ」


お父様は淡々と続ける。


「三週間後には運用を開始する。その際、リーマの力を借りたい」


「わかりました。私は、何をすればいいですか?」


……そういえば。治療が始まる前にも、この話は少し出ていた。


でも、ディル薬の調薬自体は簡単だし、私がいなくても騎士たちでできるはず。


となると、別の仕事?私に頼まないといけないことって、何だろう。


すると、バロウズ小父様が補足するように言った。


「施設が本格稼働したら、市民の治療を進める。それと同時に――リーマには、新しいディル薬を作ってもらいたい」


「新しいディル薬……?」


「その名も、『新型ディル薬』だ」


……そのまんまだ。


「その……なんだ……」


お父様は少し歯切れが悪くなる。


「味を、改善してほしくてな」


……ああ、なるほど。確かにあれは、薬というよりほぼ毒だ。人に簡単にトラウマを植え付ける、激マズ薬。


私だって、プチ被害者の一人だし。


「そうなんですね。実は私、麻薬団員の治療をしている時から、ずっと考えていました」


胸に手を組み、話を続ける。


「このディル薬に、何を混ぜれば効果を保ったまま、味を軽減できるのかをです。屋敷の図書室で植物の本を調べて、いくつか期待できそうなものを見つけました。まだ実際に試したことはありませんが……皆さんの期待に応えられるよう、頑張ります!」


七人の治療のときに、『味は何とかできない?』と聞かれたのがきっかけだった。


実際に調べてみると、有望なハーブがいくつか見つかった。


調べておいて、本当によかった!


これなら、お父様たちの頼みに応えられる。お父様たちの頼みなら、私は全力で尽くしたい。


「本当か?それは助かる」


お父様は少し表情を和らげる。


「では、そのハーブを教えてくれ。施設が完成するまでに、こちらで準備を進めよう」


私は、毒性がなく、ほのかな甘みのある一般的なハーブを六種類挙げた。


おじいちゃんから教わった知識と、本で調べた知識を照らし合わせて、慎重に選んだものだ。


実は、もっと効果が期待できそうなハーブもある。けれど、それらは珍しく、安定して手に入らない。

もし途中で材料が尽きてしまえば、薬の開発そのものが止まってしまう。


それでは意味がない。


「ふむ……どれも聞いたことのあるものばかりだな」


ショーン大臣が頷く。


「入手も難しくなさそうだ。準備しよう」


その隣で、ショーン大臣の右腕らしい女性が、静かに記録を取っている。


「ですが……」


私は少し言いづらそうに、言葉を選んだ。


「どのハーブが一番効果を損なわないのか、適切な量も、実際に試さないと分かりません。何種類も試すことになりますし、かなり時間がかかると思います。それに……最終的には、人に使ってみないと分からなくて……」


そこまで言って、少し言葉に詰まる。その実験に協力してくれる人なんて――。



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