初めて触れた死
私が図書室で勉強していると、
出勤中のはずのカイテルさんが入ってきて、
私を病院に連れて行くと言った。
「病院?どうしたのですか?」
――あぁ。
あのカレル森の十一人の麻薬団員のことかな。
でも、私にしかできないことなんて、特にないはずだけど……。
「本当はリーマに行ってほしくはないんだが、お父様の命令でね……。実は、あの十一人の中に――」
カイテルさんが説明を始める。
なんと、その十一人のうち四人が、今朝亡くなったらしい。
医師の診断では、ディル薬による副作用とのことだった。
でも、ディルは毒性のない植物だ。
人によって耐性や免疫に差があるのはよく分かっているけれど、
麻薬依存症の治療を始めてから一ヶ月も経って、
さら副作用が出るなんて、少し考えにくい。
しかも十一人――同じような症状で、なんて。
さらに、同時に四人も亡くなるのは……
……ルネおばちゃんの時は、最初から最後まで元気そのもので、
少しヘロヘロしていただけだったのに。
だからお父様は不審に思って、私にその四人の遺体を見てほしいのね。
「リーマにあんなものを見せるのは気が進まないんだが……
ごめんね。嫌なら、行かなくてもいいから」
カイテルさんは眉間に皺を寄せた。
相変わらず過保護だなぁ。
「大丈夫ですよ。薬の仕事をするなら、いつかは見ることになりますから」
私はそう言って立ち上がる。
「それに、カイテルさんはわざわざ騎士団本部から迎えに来たということは、お父様も急いでいるんでしょう?」
「まあな……。時間を置いたら、遺体が腐敗して余計に分からなくなるから」
カイテルさんはため息をついた。
「リーマ、絶対に無理はするなよ。分かった?……はぁ。じゃあ、行こうか」
再び息を吐き、私の手を取って、歩き出した。
遺体を見るのは初めてだけど……。
人が寝ているのとそんなに変わらないんじゃない?
おじいちゃんに薬のことを教わっていた頃から、ずっと見てみたかったんだよね。
余裕余裕〜。
だって私は、おじいちゃんの弟子だもん。
―――と、そんなことを思っていた。
カイテルさんと私は馬車に乗り、病院へ向かった。
到着するや否や、「リーマ、絶対に無理しないでね」と念を押され、霊安室へ連れて行かれる。
初めての霊安室に、私は思わずぶるぶると震えた。
思っていたよりもずっと重く、暗く、嫌なにおいが充満している。
(うぅぅぅぅ……)
無意識に手を口に当てる。
カイテルさんは私の肩を抱き、ゆっくりと遺体の方へ導いた。
さっきまで「大丈夫」とか、「心配ない」とか、偉そうに言っていたのに、
実際に遺体が視界に入った瞬間、私はカイテルさんの腕をぎゅっと掴んでいた。
それに気づいたカイテルさんが、さらに強く私の肩を抱く。
こ、こ、これが……死体?
全然、寝ているみたい、じゃないじゃないの!
肌も、唇も、手足の先も、瞼も青白く、
もうこの世のものには見えなかったよ!
想像していたより、ずっと不気味で恐ろしい。
(……うぅぅぅぅ……吐きそう)
「リーマ、帰ろう?無理しないで」
心底心配そうな目で、カイテルさんが私を見る。
「だ……だいじょう……ぶ、です」
手を鼻と口に当てたまま深呼吸し、四人の遺体を観察する。
手のひらや首元には、爪で引っ掻いたような傷跡が残っていた。
爪もぼろぼろだ。
死に際、壁やベッドを必死に掴んでいたのだろう。
「発見した時は、目を大きく見開いていたよ」
と、医師が言っていた。
窒息死……。
この人たち、息ができなくて亡くなったんだ……。
きっと、ものすごく苦しかったはずだ。
……可哀想。
鼻と口に手を当てながら、もう一度深呼吸して、手袋をはめる。
震える手で遺体の口を開け、喉の奥を確認した。
水ぶくれのような腫れが見える。
念のため他の遺体も確認すると、同じ症状があった。
(……うぅぅぅぅ……最悪)
触覚も、視覚も、嗅覚も。
全部がつらい。
ヤバい……本当に吐きそう。
村のおじいちゃんおばあちゃんの診察では、こんなことなかったのに……。
……落ち着こう。
再び深く深呼吸した。
(……うぅぅぅぅ……)
霊安室の嫌なにおいを思いっきり吸ってしまった……。
再び自分を落ち着かせる。
とりあえず、死因は分かった。
「か、カイテルさん……も、もう、大丈夫です……分かりました……」
手袋を外そうとしても、手が震えてうまくいかない。
「ここを出よう。顔色がよくない」
カイテルさんが手袋を外してくれて、肩を抱いたまま霊安室を出た。
「あ、あの……残りの七人の様子も、見ておきたいです……」
「……わかった」
カイテルさんはしぶしぶ言い、七人が治療されている小屋へ向かう。
中には騎士が数人いて、脈を測ったり様子を確認していた。
これが、治癒魔法持ちの騎士……?
見た目は、普通の騎士とほとんど変わらない。
七人は皆、ベッドに横たわり、明らかに重症だった。
顔色は真っ青で、脈は弱く、反応も鈍い。
呼吸も、時々止まりかけている。
体内に毒が、相当蓄積しているはず。
この容態が、昨日今日で生じるはずはない。
それなのに、どうして今まで気づかなかったんだろう……?
ひょっとして……?
……いやいやいや。
調査して判断することは、お父様たちに任せよう。
七人の小屋を出た後、私は調理場へ向かい、ディルの葉を確認することにした。
麻袋に入っていたディルの葉の中に、色の少し違う別の種類の葉が、かなりの量混ざっている。
……この葉は――。
……ふむ。
私の推測は、ほぼ間違いない。
私はカイテルさんへ視線を送った。
それだけで察したのか、カイテルさんは私の肩を抱き、
すぐに調理場から連れ出して馬車に乗せてくれる。
帰りの馬車の中、カイテルさんは無言のまま私を抱き、頭を撫でて慰めてくれた。
私は何も話す気力もなく、カイテルさんの胸に頭を預けた。
カイテルさんの優しさに甘えながら、私はあの四人の死因について考える。
遺体の症状は、ガルデやコニファ、ソラル、ターンといった植物の毒によるものに近かった。
これらの植物は、触れるだけなら問題ない。
けれど体内に入ると呼吸器官を障害し、免疫を低下させ、最悪の場合は息ができなくなる。
同じ呼吸困難でも、それぞれ決定的な特徴がある。
遺体に斑点はなかった。だからガルデではない。
五官に出血も見られなかった――つまり、ソラルでもない。
喉の中の、あの水ぶくれ――。
あれは、コニファの毒による症状だった。
コニファは淡い青色の可憐な野花で、いい香りがする。
公園にも咲いているし、メイソン家の屋敷にも植えられている。
見た目が可愛らしいせいで、毒花だと認識されにくいのだ。
しかも毒があるのは花びらではなく、葉の部分。
ただし、一、二度口にした程度では、あそこまでの症状は出ない。
――あの人たちは、相当量を摂取していたはずだ。
犯人は、コニファの葉をディルの葉の麻袋に混ぜた。
ディル薬作りを担当していた騎士が見分けられず、
毒のある葉も一緒に煮出し、十一人に飲ませていたのだろう。
コニファは体内に蓄積する毒だ。
昨日や一昨日から摂取していたはずがない。
もっと前から、少しずつ毒を取り込んでいた。
「リーマ、一旦屋敷に戻って休もう?顔色がよくないよ。ね?」
カイテルさんは私を抱いたまま問いかける。
いま馬車は、王城へ向かっている。
私がわかったことを、お父様に報告しなければならないから。
それでもカイテルさんは、ずっと私を気にかけてくれる。
「お父様だって、そこまで急いでるわけじゃないと思うよ」
腕に込められる力が、少し強くなる。
「ありがとうございます。でも……お父様は早く知りたいと思いますし、亡くなった人たちが可哀想です。
すごく苦しんでいたと思います……あの人たちに、何かしてあげたいです……」
カイテルさんは答えず、ただ心配そうに私を抱きしめた。
こんなふうに気にかけてもらえて、すごく嬉しい。
カイテルさんの胸の中は、温かくて、安心させてくれる。
私はその胸に身を寄せたまま、王城に到着した。
特に何かをしたわけでもないのに、ひどく疲れていた。
――初めての遺体は、想像以上にきついものだった。




