その夜、誰も戻らなかった
「リーマ、大丈夫だった?一人にしてしまってごめんね。……って、その剣はどうしたのか!?何かあったのか!?」
私がうっとりとあの花を見つめていると、カイテルさんが慌てた様子でこちらへ駆け寄ってきた。
そして私の手に握られた剣を見た瞬間、さらに血の気が引いた顔になる。
相変わらず過保護だけど――
それでも、こんなふうに心配してくれるのは、やっぱり嬉しい。
私は、カイテルさんに言われるまで、自分がまだ麻薬団員の剣を持ったままだったことに気づいていなかった。
「あっ、これは……ここの人たちの仲間のものです。外でも四人、寝ています」
そう言いながら、手元の剣に視線を落とす。
「……寝てる?どういうことだ?」
「いきなり現れたので、ちょっとびっくりしましたけど……リアと私で、休ませてあげました」
「……そ、そうなのか?」
カイテルさんはまだ血の気の引いた顔のまま、私の肩に手を置き、ざっと全身を確認する。
そして怪我がないとわかると、ほっとしたように大きく息を吐いた。
「よかった……リーマが無事で」
そう言って私の頭を撫でると、
「剣、使えるんだね。すごいよ。一人にしてごめんね。……怖くなかった?」
と、優しい声で尋ねてくる。
「全然大丈夫ですよ!リアもいましたし、こう見えても、私はそこそこ強いですから!」
国の騎士を前に、私は少し胸を張って答えた。
その言葉を聞いたカイテルさんは、柔らかく目を細め、もう一度、私の頭を撫でてくれた。
「外に四人いたの、リーマちゃん?じゃあ、ちょっと縛ってくるね〜。私に任せて〜」
突然そう言いながら、アレックスさんが割り込んできて――
ひっそりと、カイテルさんを突き飛ばした。
カイテルさんはよろけ、私の肩から手が離れる。
……アレックスさん、何をしているんですか。
ちょっとカイテルさんの顔、見てください。
いつも優しいのに、今は鬼より怖い表情してますよ。
そんな私の内心などお構いなしに、アレックスさんはよろけたカイテルさんに一ドヤを決めると、
「ザイン!外にもこいつらの仲間がいるぞ!
リーマちゃんが戦ってくれたから、早く来い!」
と、元気よく声を張り上げた。
アレックスさんとザインさんはそのまま外へ向かい、
静かに、大人しく眠っている四人の男を手際よく縛り上げていった。
「小屋の裏には、もう誰もいません。
全部で十一人ですね。さっきの寝床も、それくらいの人数のものでした。これで全員だと思います」
ザインさんが、タイラル隊長に簡潔に報告する。
「他にも、こいつらの巣が残っている可能性はある。油断するな。
見張りを厳重に。――これほどの麻薬の量だ、これから忙しくなるぞ」
タイラル隊長は、深く眉を顰めた。
そのまま、タイラル隊長、アレックスさん、ザインさん、カイテルさんは再び話し合いを始める。
誰が騎士団本部へ報告に向かうか。
この場所をどう調査するか。
捕らえた十一人の麻薬団員の処遇。
麻薬の処分方法――。
断片的に、そんな言葉が耳に入ってくる。
リオとリアは、この小屋に残る麻薬の臭いを嫌がり、外で待機しながら見張りをしてくれていた。
私は再びマスクをつけ、ひとり小屋の中を歩き回る。
――もう一度、詳しく見ておきたかった。
壁際には、色とりどりの麻薬の瓶がずらりと並んでいる。
中央には大きな作業台。
その上には、イベルリアやナイトテイルなどの植物、調薬道具、そして空瓶が無造作に置かれていた。
(……ふーん)
麻薬作りに使う道具は、調薬とほとんど変わらない。
――ということは。
(私がその気になれば、麻薬も作れちゃう……?)
そんなくだらない考えが頭をよぎり、私はすぐに首を振って追い払った。
「あっ――!」
視界の端に、紫色が映る。
(この花……!?)
やっぱり、イブニングローズだ。
深い紫色をした、珍しい薔薇。
回復薬の原材料にもなり、観賞用としても価値が高い花だ。
(欲しいなぁ……。あとでカイテルさんにお願いしたら、一本くらいもらえるかな……)
――いや、それよりも。
こんなに珍しい薔薇が、なぜここに何十本もあるのだろう。
(まさか、これも麻薬の材料……?)
作業台を改めて見渡す。
……あれ?
回復薬の材料が、全部揃っている。
(えっ。あの回復薬も、ここで作ってたの?)
すごい。
回復薬は、そんな簡単に作れるものじゃないのに。
でも――。
(何のために?)
ここは、麻薬だけの工場じゃない……?
でも、あの回復薬で儲けようとしても、正直、割に合わない気がする。
だって、あれを好んで飲む人なんて――私以外、ほとんどいないと思う。
私は首を傾げ、いくつもの可能性を考えた。
けれど、どれも決定打にはならなかった。
そもそも。
こんな大量の麻薬――。
(国中の人に、ばら撒くつもりだったの……?)
もし、これだけの量が外に出回っていたら。
国が、滅びてしまうかもしれない。
何を考えて、こんなものを作るの?
そんなに、お金が欲しかったの?
そう思った瞬間、ぞくりと体が震えた。
――見つかって、本当によかった。
村の外は、やっぱり物騒で、残酷で。
そして、とても危険な場所だ。
「リーマは、俺と一緒に王都へ戻るよ」
騎士たちの話し合いが終わり、カイテルさんは、小屋のあちこちを探索している私のところへ近づいてきた。
「タイラル隊長たちは、戻らないんですか?」
「タイラル隊長と、アレックス、ザインはここに残って待機と見張りをする。
俺はリーマを屋敷まで送ったあと、騎士団長に報告して、増員を連れて戻ってくるよ。
――さすがに、俺たち四人だけじゃ、どうにもならない量の麻薬と人数だからね」
「なるほど……そうなんですね。わかりました」
その時、タイラル隊長がこちらへ歩いてきた。
「リーマさん。このホワイトウルフたちも、ここに残してもらえませんか?
万が一、まだ麻薬団の仲間が潜んでいる可能性もあります。
我々が捜査している間、見張りを頼みたいのです」
私は問題ない。
けれど、人間のために動くかどうかは、強き誇り高きホワイトウルフちゃんたち次第だ。
「聞いてみますね」
私は小屋の外にいるリオとリアのところへ行き、ここに残って見張りをしてもらえないかと聞いた。
(メンドクサイワネ)
そう唸りながらも、二匹は嬉しそうに尻尾をぶんぶん振っている。
……まったく。
この子たちは、「強くて誇り高いホワイトウルフ」であること以外、素直じゃない。
森に長くいられるのが嬉しいくせに、文句だけは一人前なんだから。
私は、今の文句を「寝言」ということにしておくことにした。
太陽が西へ傾きはじめた頃、私とカイテルさんは、森の小屋をあとにし、森の入口へ向かって歩き出した。
帰りは道がわかっているせいか、来るときよりもずっと速く進んでいる気がする。
しばらく歩くと、今朝キルモンキーちゃんに会った場所まで戻ってきて、森の出口ももうすぐだった。
カレル森はイベルリアの繁殖地だ。
帰りに少し採って帰ろうかと思っていたけれど、カイテルさんは明らかに急いでいる。
大量の麻薬を発見したのだ。
一秒でも早く、騎士団本部に報告しなければならないのだろう。
花を採って帰りたい、なんて呑気なことは言えず、私はイベルリアの採取を諦めた。
「リーマ、疲れてない?少し休む?」
いつも通り、カイテルさんは時々、優しく声をかけてくれる。
「全然大丈夫です!早く王都に戻りましょう!」
急いでいるカイテルさんを見て、「休みたい」なんて言えるはずもない。
そもそも、そこまで疲れているわけでもなかった。
……今度、リオとリアが狩りに来るときに、イベルリアをお土産に持って帰ってくれるよう頼もうかな。
森を出ると、ザインさんが隠蔽魔法で隠していた馬車に乗り込み、そのまま王都へ向かった。
「俺は先にリーマを屋敷に送るから。今日はもう、ゆっくり休んでね。
朝からずっと歩いてたし、疲れたでしょ?」
がたがたと揺れる馬車の中で、カイテルさんが心配そうに言う。
――私は、十日間も森を歩いていた女ですよ、カイテルさん。
「全然大丈夫ですよ!
それより、私も騎士団本部まで行かなくて大丈夫なんですか?
麻薬のことや、植物のことの報告は……?」
「俺が全部報告しておくから、心配しなくていいよ。
リーマに聞きたいことがあったら、屋敷で聞くから。
今日は無理しないで、ゆっくり休んで」
「……そうなんですか。わかりました……」
カイテルさんは、どうしても私を騎士団本部へ連れて行きたくないように見える。
……気のせい、かな?
馬車に揺られているうちに王都へ入り、そのまま屋敷へと向かった。
「じゃあ、行ってくるね。リーマは、たくさん休んで」
カイテルさんは屋敷の玄関まで私を送り、頭をなでなでしてから、そのまま一人で馬車に乗り、騎士団本部へ向かった。
……ちょっと、残念。
本当は、カイテルさんの職場を見てみたかった。
騎士団本部って、なんだか重苦しい場所のイメージがあるけれど、
タイラル隊長も、アレックスさんも、ザインさんも、そんな雰囲気じゃなかったし……。
植物の報告ついでに連れて行ってくれるかも、なんて少し期待していたけれど、ダメだった。
まあ、私が一緒に行っても、できることはないし、邪魔になるだけだよね。
……いつか、カイテルさんが飼育場に連れて行ってくれる日に、
ついでに騎士団本部にも寄ってくれないかな。
仕方がない。
今日の残り時間は、お父様からもらった「保健省・医療部採用試験」の問題集を勉強しよう。
――でも。
日が沈み、夕食の時間になっても。
私がお腹いっぱいになるまで食べ終えても。
そろそろ寝る時間になっても。
カイテルさんも、お父様も、リオも、リアも戻ってこなかった。
今日のカレル森のことで、どうなっているのか聞きたかったのに。
……きっと、捜査で忙しいんだろう。
そう思いながらも、少しだけ胸に残った不安を抱えたまま、私は夜を迎えた。




