美しい毒の小屋
結局、カイテルさんがリオと一緒に前方を歩き、その後ろをタイラル隊長が進む隊列になった。
カイテルさんは出発してからずっと、風の魔法を保ち、あの甘い香りを消し続けている。
すごいなぁ。
確かに、あの得体の知れない香りは感じなくなった。
私がその二人の後ろを、リアと一緒についていき、隣にはルンルンした様子のザインさんが歩いている。
さらに後ろを、アレックスさんが一人で進んでいた。
この隊列をどうやって決めたのかというと、アレックスさんとザインさんがコイン投げで決めていたのだ。
負けたアレックスさんは、かなり悔しがっているように見えた。
でも、騎士というのは、一般人と同じように普通に遊び心を持った人たちなのだと知ることができた。
『いい加減にしろ!またこんなくだらないことをしたら、団長に報告するぞ!』
コイン投げが終わった直後、タイラル隊長が怒鳴り、その声が森の中に響き渡った。
もしこの森に誰かがいたとしたら、確実に聞こえていただろう。
それでも騎士たちは、全員が音を立てないように歩いている。
それが、少し不思議だった。
アレックスさんとザインさんは、タイラル隊長の怒鳴り声を聞いた瞬間、顔を真っ青にした。
私はその様子を見て、思わず笑いそうになったけれど、必死に我慢する。
カイテルさんが風の魔法で臭いを消しながら先へ進む間、何度もイベルリアが見つかった。
イベルリアは、別に毒花でも危険な花でもない。
むしろ、万能な花だ。
正しく調薬すれば鎮痛剤にもなるし、煎じてお湯に入れれば心を安らげてくれるお茶にもなる。
お風呂に入れれば、疲れを癒やす効果もある。
しかし、イベルリアを潰し、数種類の毒草と混ぜると、麻薬にもなってしまう。
その麻薬を燃やすと、人を誘惑するような甘い香りが漂い、その香りを吸ってしまうと、夢見心地になる。
これは、イベルリアの「心を安らげる」効果によるものだ。
その甘い夢に溺れると、現実が見えなくなる。
そして再び夢を見るためにその麻薬を服用し、数回使っただけで依存して、やめられなくなってしまう。
最悪なのは、その麻薬の材料のほとんどが、珍しいものではないということだ。
植物と農作業の知識があれば、誰でも栽培できるものばかり。
その知識に加えて、土の魔法まで持っていたら――麻薬はいくらでも作れてしまう。
これはすべて、おじいちゃんから聞いた話だ。
この世界には、たくさんの麻薬があるらしい。
しかもその多くは、一見すると害のなさそうな姿をしていて、服用すると妙な勇気を与えたり、幻の幸せを見せたりする。
それが危険だと知らずに使い続け、量を誤って死んでしまう人も、少なくない。
『妙によさそうな薬を見つけても、絶対に手を出すな』
『薬が必要なら、自分で調薬しろ』
村を出る前に、おじいちゃんはそう厳しく忠告していた。
……はぁ。
やっぱり、村の外は物騒で、残忍で、残酷な場所だ。
今回は麻薬が関係していなければいいんだけど……。
まさか田舎娘の私が、王都に来て三日目で、こんな物騒な出来事に巻き込まれるなんて。
早く、おじいちゃんに会いたいな。
会えたら、この素晴らしい――いや、怖すぎるお土産話をしてあげよう。
しばらくカイテルさんとリオについていくと、ボロボロで簡易的な小さな小屋を二軒見つけた。
いかにも怪しい小屋だった。
カイテルさんがタイラル隊長に視線を送り、タイラル隊長が小さく頷く。
カイテルさんが剣を取り出して先へ進み、他の騎士たちも続いて剣を抜いた。
リオが前方へ歩き出し、一番手前の小屋を警戒するように臭いを嗅ぐ。そのまま何事もなく通り過ぎる。
次に左側の小屋へ近づき、先ほどと同じように周囲を嗅いでから、こちらも通り過ぎた。
どうやら、この二軒の小屋には誰もいないようだ。
カイテルさんたちが、それぞれ小屋の中を調べ始めた。
一軒目の小屋には寝具や生活用品がいくつか置かれていて、誰かが生活していた形跡がある。
ざっと見る限り、十人ぐらいはいたんじゃないかな。
こんな狭い小屋に十人も住んでいたなんて……。
こんな過酷な場所で、よく暮らしていたものだ。
大変だね、と私はどこか他人事のように考えた。
この小屋には、寝具と生活用品以外、特に目ぼしいものはなかった。
もう一軒の小屋には、たくさんの植物が置かれていた。
おじいちゃんに教えてもらった通り、麻薬の材料になる毒草がいくつもある。他にも、見覚えのある植物が混じっていた。
――やっぱり。
さっきの臭いは、本当に麻薬のものだったのだろう。
私たちが植物の小屋を出た、その時だった。
リオとリアが同時に低く唸り、リオが森の奥へ向かって一気に走り出す。
タイラル隊長たちも、すぐにリオの後を追った。
「リーマ、奥に何かあるはずだ。俺の近くにいて。離れないで」
「わかりました」
カイテルさんが前を歩き、私は「はぁ、はぁ」と息を切らしながら、必死にその背中を追う。
リアはホワイトウルフらしく、余裕たっぷりで、イキイキとついていっている。
こんな早歩きのカイテルさん、初めて見た気がする。
そして、こんなに必死に早歩きする私も、もちろん初めてだ。
……疲れたよっ!
西の辺境森にいたときは、あんなにゆっくり歩いていたじゃない。
あれは何だったんですかっ!?
しばらく必死についていくと、また一軒、小屋が見えてきた。
さっきの小屋と同じくボロボロだが、こちらは一回り大きい。
リオはすでに小屋の入り口で待機していた。
タイラル隊長たちが静かに近づき、入り口の前で足を止める。
私は息切れを悟られないよう、深呼吸をしてから、そっと入り口へ近づいた。
タイラル隊長たちとカイテルさんは、言葉を交わすことなく視線を送り合い、静かに頷く。
……今の視線、どういう意味だろう。
ザインさんが扉をほんの少しだけ開け、中を覗き込む。
そして、手をグーにしたり、パーにしたりして合図を送った。
それを見て、タイラル隊長たちが険しい表情で剣を握り締める。
……今のグーパー、どういう意味だろう。
「俺たちが侵入する。リーマは外で待ってて」
カイテルさんが、いつになく真剣な表情で言った。
「リア、リーマを守って。頼んだぞ」
(イワレナクテモ、シッテルワ!)
リアが不満そうに唸る。
「はい」
アレックスさんが先に中へ入り、ザインさん、タイラル隊長、カイテルさんも続いて侵入した。
リオもその後を追う。
しばらく外で待っていると――
『あぁぁぁッ!』
『キン!』
『ドン!』
『ウォ―ン!』
小屋の中から、さまざまな音と叫び声が聞こえてきた。
私とリアは、中の様子が気になり、扉の隙間からそっと中を覗いた。
小屋の中には敵が七人ほどいて、それぞれカイテルさんたちと交戦している。
けれど――正直、全く相手になっていないように見えた。
カイテルさんは終始落ち着いていて、余裕すら感じさせる動きだ。
その姿を見て、さすが騎士だな、と感心してしまう。
リオもリオで、元気いっぱいに相手を蹴飛ばし、噛みつき、次々と倒していく。
ホワイトウルフらしく、こちらも余裕そのものだった。
その時だった。
「おまえは誰?何をしている?」
突然、背後から男の声がした。
心臓が跳ね上がり、叫びそうになるのを必死で堪える。
血の気が、すっと引いた。
おずおずと振り返ると、四人の男が立っていた。
険しい顔で、剣の切っ先をこちらに向けている。
――リーマ、大ピンチ!
(ニンゲンメッ!)
リアが低く唸った次の瞬間だった。
剣を持っていた男の一人に飛びかかり、勢いよく蹴り飛ばす。
そのまま足に噛みつき、体ごと突き飛ばした。
男は勢いよく木に叩きつけられ、そのまま地面に倒れ込む。
――気絶。
瞬殺だった。
さ、さすがホワイトウルフ……。
仕事が早すぎるし、容赦がなさすぎる。
残りの三人が、その光景に一瞬たじろいだ。
その隙を逃さず、私はリアが落とした剣を拾い上げる。
一番近くにいた男の剣を弾き落とし、間合いに踏み込んだ。
思い切り、股間を蹴り上げる。
さらに廻し蹴り。
きれいに、顔面へ命中した。
「このヤロー!」
別の男が叫び、剣を構えて突っ込んでくる。
私は剣で受け止め、そのまま反撃した。
数度、剣がぶつかり合う。
相手は次第に苛立ち、動きが雑になっていく。
集中が切れたのが、はっきりわかった。
その一瞬。
私は体を低くし、男の足を引っかけた。
男はバランスを崩し、前のめりに倒れる。
――この技。
数年前、おじいちゃんに何度もやられたやつだ。
あの時は派手に転んで、お尻が何日も痛くて、絶対にやり返すって決めた。
……結局、何度挑んでも勝てなかったけど。
その成果か、今は自然に体が動いた。
倒れた男の手から剣を蹴り飛ばし、腹を思い切り蹴り上げる。
剣の柄で顔を打ち、さらに三発、拳を叩き込んだ。
男はそのまま、動かなくなった。
……ふぅ。
今まで木刀でしか模擬戦をしたことがなかったから、真剣を持つと緊張する。
でも――誰も斬っていない。血も出ていない。
それでいい。
死なれてしまったら、大変だから。
おじいちゃん、武術を教えてくれてありがとう。
あの時は筋肉痛で死ぬほど辛かったけど……今、ちゃんと役に立ってるよ。
ふと、自分の手を見ると、戦闘が終わった今になって、わずかに震えているのに気づいた。
……私、こんなに緊張していたんだ。
……ふぅぅ。もう一度ため息をつき、リアの方を見る。
――もう四人目を倒していた。
倒れた男の体の上に寝そべり、悠々と爪の手入れをしている。
……余裕すぎるよ、ホワイトウルフちゃん。
私は小屋の中を覗き、カイテルさんたちも、すでに中の人たちを倒しているのがわかった。
アレックスさんとザインさんが犯人を縛り上げていて、タイラル隊長は小屋の中に残された薬物を調べている。
カイテルさんは小屋の奥を確認していたのか、奥の扉から戻ってきて、タイラル隊長と小声で何かを話していた。
さすが国の騎士だ。
みんな、強すぎる。
リオはどこにいるのだろうと、ざっと周囲を見回すと――
リオが両方の前足と後ろ足を使って、この小屋の人たちの顔をぱんぱんと叩き、笑いながら楽しそうに人間の顔面で遊んでいた。
……あっちのホワイトウルフも、余裕すぎて容赦がなさすぎるよ。
小屋の中の戦闘は完全に終わったのだとわかり、私はリアを呼んで、一緒に小屋の中へ入った。
中を見回すと、壁一面に瓶がずらりと並べられている。
……もしかして、これは全部、麻薬なの?
すごいなぁ。
麻薬といえば、もっと毒々しいものを想像していた。
けれど、瓶の中身はどれも普通にきれいな色の粉ばかりだ。
真っ白、青、黄、紫―――彩りがあり、思わず「きれい」だと思ってしまうほどだった。
毒から作られた麻薬。
人間を誘惑する麻薬。
相当な植物の知識がなければ、これは作れないと思う。
この麻薬を開発した人は、植物に関して並外れた知識を持っているのではないだろうか。
……これ、本当に麻薬なのかしら。
ただの薬じゃないのかな。
見た目だけなら、まったく有害なものには見えない。
なるほど。
だからこそ、多くの人が麻薬の危険さに気づかず、服用してしまうのだ。
気づいた時には、もう依存してしまっていて、やめられなくなっているのだろう。
私だって、事前に麻薬が関係しているかもしれないと気づいていなければ、
ただの粉薬だと思って、何の警戒もなく吸っていたかもしれない……。
だから、おじいちゃんはあんなに強く忠告してくれたのね。
私は麻薬のことを考えながら、ぼんやりと小屋の中を見渡す。
――あれ?
あの花って……。




