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小さな声が、道を示す

『コンコン』


「入れ」


 扉を開けて執務室に入ると、お父様だけではなく、バロウズ叔父様も、ロラン叔父様も――お偉方が全員、部屋の中央の長椅子に揃って座っていた。


 誰も雑談をしていない。


 眉間に皺を寄せ、真剣な顔で、何かを話し合っている。


 ……あれ?


 私、何かものすごくヤバいことをしちゃったのかな……。


 さっき台所を借りたから?


 バーナードさんからハーブをもらったから?


 そんなことを考えていると、お父様が私を見て、淡々と口を開いた。


「リーマ。昨日話してくれた、あのフクロウの棲み処――カレル森のことなんだが」


 お父様は私を見ると、淡々と話を始めた。


 あぁっ。


 王都の近くにある、あの森のことか。


 私は内心ほっと息をついた。


 私が直接何かをやらかしたわけじゃなさそうで、よかった……。


「最近、人間がたくさん森に入っていると、あのフクロウが言っていたそうだな。今朝、三人の騎士に調査させた」


 お父様は小さく肩をすくめる。


「だが、森はかなり広い。結果として、目立ったものは何も見つからなかった」


「……はい」


 本当に騎士を動かしたんだ。


 フクロウちゃんの家族の話が、ここまで大事になるなんて思ってもみなかった。


「しかしだ」


 お父様の声が、少しだけ低くなる。


「人が多く入っている、という話は――リーマの能力を考えると、フクロウが嘘をついたとは考えにくい。ならば、人間は森のどこかに“いる”はずだと、我々は考えている」


「……はい」


「だからリーマに、森にいる動物たちから、人間がどこにいるのかを聞いてもらいたい」


「……はい」


 気づけば、「はい」としか答えられなくなっていた。


 よくわからないけれど、フクロウちゃんの家族の話から、何だか大変な方向に転がっている気がする。


 いっそ私が何かをやらかしていた方が、話が単純だったんじゃないか……なんて、変なことまで考えてしまう。


 ……って、何を考えているの、私。


「ありがとう。本来なら、騎士でも王宮の職員でもない一般市民に頼むようなことじゃない。だが、リーマの力が必要だと判断した」


「あ、あの……私、一人で……ですか?」


 一人で危険そうな森に入るのは、正直ちょっとハードルが高い。


 せめて、リオとリアが一緒に来てくれたら……。


「安心するといい。カイテルにも同行してもらう。早速、明日行ってもらいたいが、構わないか?」


「……はい」


 この質問に「いいえ」と答えたら、どうなるのだろう。


 そんなことを一瞬考えてしまったけれど、口に出るはずもなかった。


 でも――カイテルさんが一緒なら、大丈夫だろう。


 知らない騎士たちより、ずっと安心できる。


「ただ、人が入っているだけで、特に危険なことがなければいいんだが……俺たちの杞憂で終わってくれたら嬉しいよね」


 ロラン叔父様が、いつもののんびりした口調で、少し申し訳なさそうに言う。


「リーマちゃん、ごめんね。王都に来たばかりなのに、こんな頼みをしちゃって」


「昨日のフクロウは、"危険を感じるから他の森に逃げたい"と言っていたな?」


 バロウズ叔父様は、眉間に深い皺を刻んだまま問いかける。


「はい……人間が多くて、武器も持っていて、物騒だから……他の森に逃げた動物もいると……」


「武器も、か……?」


 一瞬、部屋の空気が張り詰めた。


「確認だが」


 ロラン叔父様が、今度はいつもの柔らかい声ではなく、慎重な口調で言う。


「動物たちが、リーマに嘘をつく……そういうことは、ないんだよね?」


「うーん……動物たちは、嘘をつくようなことはしないと思います」


(人間じゃないですし……)


「そうか……」


 バロウズ叔父様は小さく息を吐いた。


「明日はよろしく頼む。王都に慣れないうちに、できればこんなことを頼みたくはなかったんだが」


「い、いいえ……。お父様と叔父様たちのお力になれたら、嬉しいです」


 ……なれなかったら、ごめんなさい。


 なれなかったら、明日の私を怒らないでくださいね……。


「ホワイトウルフも連れて行っていい」


 お父様の言葉に、私はぱっと顔を上げた。


「はい!リオとリアも一緒なら、心強いです」


「話は以上だ。カイテルが外で待っているだろう。もう下がっていい」


「はい。失礼します」


 そう言って頭を下げ、執務室を後にした。



 ――明日。


 私は、また一つ、知らない世界に足を踏み入れることになるらしい。



 執務室を出ると、廊下でカイテルさんが落ち着かない様子で待っていた。


「大丈夫だった? お父様、何か話をしていたのか?」


「はい。明日、カレル森の調査に、騎士と一緒に行ってほしいと頼まれました。今日も調査はしたみたいですが、特に何も見つからなかったそうです。

カイテルさんも、リオもリアも、一緒に行っていいと言ってくれましたよ」


 お父様の頼み事と、同行者の話を伝えると、カイテルさんはすぐに眉間に皺を寄せた。


「……それ、危ないんじゃないか? 本当は断ってもよかったんだ。リーマに何かあったら大変だし。俺、お父様に話そうか?」


 断れる雰囲気じゃなかったんです……。


「大丈夫ですよ。動物たちが困っているみたいですし、助けてあげたいです。それに、カイテルさんも、リオもリアも一緒ですから。私が一番安全な組み合わせだと思います」


 そう言うと、カイテルさんは少しだけ困ったように息を吐いた。


「……分かった。でも、俺は絶対にリーマを守る。そこは譲らないからね」


 そう言って、私の頭をやさしく撫でる。


「じゃあ、図書室に戻ろうか」


 そのまま一緒に図書室へ戻り、夕食の時間まで、静かに並んで過ごした。




 夕食の後、再びお父様に呼ばれ、私はもう一度、執務室を訪れた。


 部屋には、お父様とお母様、それから側近のウィリアムズさんがいた。


 ロラン叔父様とバロウズ叔父様は夕食前に帰っていたようで、姿はない。


 三人は和やかな雰囲気で話していて、さっきのような張り詰めた空気ではなさそうだ。


「お父様、お母様。お呼びですか?」


「リーマ、今日のお出かけはどうだった?」


 お母様が上品に微笑み、隣の席を軽く叩く。


「すごく楽しかったです。カイテルさんが食堂に連れて行ってくれて、楽団も見せてくれました。初めて見るものばかりで、とても感動しました。王都の料理も、すごく美味しかったです」


 そう答えながら、お母様の隣に腰を下ろす。


「それはよかったわ。今日はたくさんドレスを持ち帰ると思っていたのだけれど、意外と荷物が少なかったわね。中央街で何かあったのかしら?」


「ドレスのお店には連れて行ってもらいましたが、買いませんでした」


「あら、どうして?気に入ったものがなかったの?」


「いいえ。ジョアンナお姉様から、すでに何着もいただいていますから。新しいものは、今は大丈夫です」


「そうなのね。でも、少しくらいカイテルに買わせてあげたほうが、あの子は幸せだと思うわよ」


「……?? カイテルさんは、お金を使うと幸せになる人なんですか?」


 そんな人、本当にいるの?


 貴族恐るべし。


「「ふっ」」


 突然、お父様とウィリアムズさんが同時に小さく笑った。


「違うわよ、そういう意味じゃないの」


 お母様は口元を押さえながら言う。


「リーマが幸せなら、カイテルも幸せだという意味よ」


「あぁ……それでしたら、私は、カイテルさんにも、皆さんにも出会えて、とても楽しくて幸せです」


「ふふっ。それはよかったわ。行きたいところや、欲しいものがあったら、遠慮なくカイテルに言ってね」


「ありがとうございます。皆さん、とても優しいです」


「ずっとここに住んでね。ずっとカイテルと一緒にいて」


 お母様が微笑み、私の頭をそっと撫でた。


 中央街でのカイテルさんの様子を思い出して、急に顔が熱くなる。


 恥ずかしくて、私は俯いたまま、小さく「はい……」と答えた。


 ……ちょっと待って。


 私、どうしてこんなに照れているの?


「リーマ、これだ」


 お父様が、机の上から一冊の本を差し出す。


「保健省の採用試験の、これまでの問題集だ。ロランが探してくれた。さっきは森の話で忘れていたが……試験、頑張るんだぞ」


「ありがとうございます!頑張ります!」


「もう遅いから、今日は休むといい。おやすみ」


「はい。皆さん、おやすみなさい。失礼します」


 まさか、過去問題集まで用意してもらえるなんて。


 薬の本と植物の本を全部読もうと思っていたけれど、これがあれば、もっと効率よく勉強できそうだ。




*執務室*

「さっき、リーマお嬢様、急に顔を真っ赤にしていましたね〜」


 ウィリアムズが、いつもののんびりした口調でくすくす笑う。


「今日のお出かけで、何かあったのでしょうかね〜。気になりますね〜」


「はは。分かりやすい子だな」


 アーロンは苦笑しながら言った。


「カイテル、ちゃんと何かしているみたいだ。あいつも、少しは成長したな」


「今日も、王様と王妃様が早くリーマに会いたいとおっしゃっていましたわ」


 ジョゼフィンは続ける。


「とても楽しみにされていますし、明日、お連れしましょうか?」


「いや、まだだ」


 アーロンは首を振った。


「王都に来て二日目、いきなり王族にお会いしたら、あの子は驚くだろう。もう少し後にしよう」


「そうですわね」


「カイテル様、本当に幸せそうです」


 ウィリアムズが、どこか楽しそうにニヤニヤしながら言う。


「ここ数年、あんな表情のカイテル様を見たことがありませんでした。屋敷の空気も、随分明るくなりましたね」


「リーマの力かもしれないな。できることなら、ずっと一緒にいてくれたらいいんだが」


「それには、カイテルに頑張ってもらわないといけませんわね」


 ジョゼフィンは少し微笑む


「ただ……リーマは、少し鈍感ですわ」


「ははは。確かにな」


「動物の感情はすぐ分かるのに、カイテルの気持ちには、まるで気づかないなんて……」


「……あいつ、苦労してるな」


「でも、やっとリーマに出会えたのですもの。運が良すぎるくらい、幸せ者ですよ」


「そうだな」


 三人はしばらく、二人の話を続けてから、静かに仕事の話へと戻っていった。


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