第9話 元凶
今日はまだ、頑張ります。
「お前をここから出すことはできない。」
おじさんもとい総隊長は癇癪を起こすでもなく、殴りかかってくることもなく落ち着いていた。
「何の用でしょう。」
質問というよりは、確認のように聞いた。
言われる内容は大体分かっていた。
「人民軍は、国民を守ることが使命だ。それは何も表面的な部分だけではない、心から安心してもらうことが大切なのだ。」
一言一言に強い感情が乗っていた。
「・・・つまり?」
続きを促す。
「エースが下級貴族に負けたなど、あってはならないのだよ。」
目元を押さえる。
何かを思い出しているように感じる。
「軍の名誉のためだ。死んでくれ。」
そこにいた軍人に殺せ、と命じた。
躊躇いながらも、魔法師達は俺を囲み始める。
そんな中、俺がとれる対処法は一つ、殺さずに無力化することだ。
クレアを守りながら、一人でそれができるだろうか・・・。
奴らにはクレアを殺す度胸はないだろうが、人質としてとられると厄介だ。
先に仕掛けられず、相手の動きを待つ。
すると、いつ起き上がったかラシードが俺の横に来て、叫んだ。
「総隊長!この結果はオレが弱かっただけです!このものに罪はありません!!」
多分彼は良い人なのだろう。
だが、良い人は大半が理想主義者だ。
そして、現実は残酷だ。
部下が自分の考えを否定したという事実に苛立ちを覚え、ついに総隊長は声を荒げた。
「うるさい!!もとはと言えば貴様の失態だ!貴様が勝ちさえすれば、我が軍は権威を保ち、そこの下賤な下級貴族をもう一度追放できたはずなのだ・・・!」
総隊長はなんだか何かに怯えるような、そんな顔だった。
「あなたがこれ以上、無関係な彼を害しようというならば、オレは彼を助ける!」
ラシードは杖を構えた。
総隊長は面食らったようだった。
そして、絞り出すようにこう言った。
「何故か毎回、お前の周りは味方がつく・・・。なぜだ!なぜ!下賤な血を、生意気な下級貴族を、追い出すことは悪だというのか!!ああ、あの時と同じだ・・・。」
俺に言っているようだった。
しかし、俺以外にも言っているようだった。
「もしやおまえは・・・」
反射的に聞いていた。
「そうだ、レックス・シュミット。80年前、お前の一族を王都から追放させたのは、この私、デッグ・ラオールだ!」
思考が固まった。
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中級貴族のデッグ・ラオールは天才だった。
彼の一族ラオール家は、その高い才能を買われ、代々人民軍総隊長の職についてきた。
デッグはそんな家の中でも、最高クラスの能力を秘めていた。
一族全員から将来を期待され続け、ついになった総隊長という職で、彼は世界を、現実を、知る。
それこそがシュミット家だった。
奴らは一族全てが”意志の力”と呼ぶ妙な強化魔法を使い、それをうちの軍の奴らにも教えていた。
習得できるのは限られた剣士だけで、裏で鍛錬しても彼には習得不可能だった。
ちまたで”闘気”などと呼ばれていたそれは、剣士の力の象徴として目指され、シュミット家は剣の名家として人々に知られていた。
彼はそれが気に入らなかった。
今まで、天才天才ともてはやされていたからかもしれない。
ライバルと呼べる人間にあったことがなかったからかもしれない。
そしてある日、彼は模擬戦でシュミット家当主に敗れた。
シュミット家当主はまぐれだとか言っていたが、そうは思えなかった。
彼は自分より強い奴が、自分より武の世界で有名な奴が、いることが許せなかった。
しかも相手は、下級貴族だ。
彼は恨み、呪い、妬み、そして力を手に入れた。
そう、彼の一族は”意志の力”が弱いものの、”感情の力”が非常に強かったのだ。
彼の強い感情が、この力を世界に連れてきてしまったのだ。
彼はこの力に名前を付けた。
・・・・魔力、と。
その力は、その後産まれてくる人間全てが持つようになった。
多分自分は、前借り的なものだろうと察した。
彼はその超常的な力を使い、自ら仕掛けた決闘でシュミット家当主を殺害した。
それだけでなく、”奴は王を殺そうとしたから止めた”と言い張って反逆罪で残りの一族を王都から追放させた。
結局どれだけ強かろうと、下級貴族に権力はなかったのだ。
さらに、王も下級貴族が高い評判を得ていることが気に入らなかったらしく、計画はあっさり成功してしまった。
また彼は、何故か不死にまでなっていた。
感情の力が、寿命という”絶対”まで捻じ曲げてしまったのだった。
今の彼は、自分より下を蹴落とすだけの悲しい怪獣だった。
そして、怪獣が真価を発揮する条件は一つ。
「シュミット家の人間を殺すとき」だったーーー。
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「これは喜ぶべきか。もう一度私の恨みの元凶、シュミット家の人間を殺せることに。軍がどうだとかは、もうどうでもよい。」
総隊長はそのすべての力を解放した。
強すぎる魔力が体から溢れ出て、青白いオーラを纏っているようにも見える。
目が完全にイっていた。
「総隊長様がこれほどの力を持っていたとは・・・。」
ラシードは焦りながらも前に出て、止めようと構える。
「そうですね、私の魔力量より多いなんて・・・。」
クレアも前に出て杖を取り出す。
「・・・・」
俺は何も言わなかった。
言えなかった。
「おい、レックス!・・・・ッ!お・・・お前・・・!」
ラシードが俺に振り返り、驚く。
「レックス?どうしたの?」
クレアも振り返り、驚く。
二人がサイドにどき、俺はゆっくりと前に進む。
俺は、体中から怒気を溢れ出させていた。
しかし、怒りに震えているはずなのに頭の中は冷静だ。
いや、これは冷酷だ。
真実を聞いて、俺の中で何かが破裂した感覚があった。
多分これこそが、感情の力なのだろう。
強すぎる力が体に押し寄せる。
闘気の赤は黒が混ざり、不気味になっていた。
80年の月日がたち、赤と青が、再び向かい合った。
どうも、桂移作です。
意志の力は描写しやすいんですけど、感情の力は難しいなと感じております。
次回とかマジで憂鬱。
書けるか不安。
頑張ります。




