9>> 変化する世界
朝市が開催される日。
義母はクレアを連れて市に行く。朝市の会場の外まではワンも一緒に。流石にワンは市の中には入れないので邪魔にならないところで待機する。
辺境地なので大きな市ではないが、それでも滅多に買えない物や滅多に見ることができない物などもたくさん並んでいた。
その日、必要な物を買い終わった義母がクレアの手の平の上に1枚の銀貨を置いた。
「今日はこれで何かクレアが買いたい物を買ってきて。
クレアが“買いたい”と思う物を買ってくるのよ」
目を見てそう言われた。
そして義母は笑顔でクレアの背中を押した。
朝市は広場で開かれていて、ここにいる人は殆どが知り合いだった。クレアが聖女であることは知らせていない。今はまだその時ではないからだ。それでも、朝市に店を出している人たちはクレアが他の子供とは違うことに気付いていた。義母たちもクレアが養子であることは伝えていたので、皆それぞれに何かを感じ取ったようで、そのことには触れないようにしてくれていた。だけど『他の子とは違う』クレアを特に気に掛けてくれていた。それは皆が自然に感じた庇護欲だった。それにここには自警団も見回りしている。ここなら、何も危ないことはないと義母はクレアを送り出したのだ。
クレアは朝市の中で初めて一人で立った気がした。
手の中には銀貨が1枚。
使い方も知っている。買い方も知っている。市場の人たちの顔も何度も見たことがある。ここはクレアが知っている場所だった。安心して良い場所だった。
それなのに。
……それなのにクレアはなんだか落ち着かない気持ちになった。
突然知らない場所に来たような、変な気持ちになった。
無意識に周りを見てしまう。視線を動かすと近くの店の中の人が笑顔でクレアを見ているのが見えた。クレアを見ていない人も楽しそうな表情をしている。
ここにいる人は誰も“怒って”いない。
誰も“苛立って”ない。
みんな幸せそう……
……なのに…………
急にクレアを不安が襲う。
無意識に手を握り締めてしまい、銀貨を持っていることを改めて意識した。
「クレア」
義母に呼ばれてクレアは肩を揺らして義母を見た。
義母はただ優しく微笑んでクレアを見ていた。
「大丈夫よ。私はここで待ってるから。
ちゃんと待ってるから。クレアは自分の欲しい物を“買ってきて”」
そう言って義母はクレアに小さく手を振った。それは誰かを送り出す時にする仕草。義母が自分に行けと言っているのが分かる。
クレアは義母の側に居たいと思った。
そう思って……、そんな風に感じる自分に驚いた。誰かの側に居たいなんて思う感覚が変だと思った。
おかしい。違和感。クレアはそんな感情を振り払うように歩き出した。
誰かの側に居たいなんて、クレアが考えるはずがなかった。
見慣れた朝市だった。それなのに今日は何故だかどれもが目新しく見えた。
いつもは義母の後ろをただ付いて歩いていただけだから、本当はちゃんと見ていなかったのかも知れない。今日初めて“何が売っているのか”を見た気がした。
そんなクレアに店の中の人は笑顔で声を掛けてくれる。
そんな人たちに小さく頭を下げながらクレアは店を見て回った。
何を買えばいいのか分からない。
買ってきて、と言われたから『買わなければいけない』のに、何を買えばいいかが分からない……
どうすればいいのか分からなくなっていたクレアの耳に知らない人の声が聞こえた。
「クレア」
名前を呼ばれてクレアはそちらに視線を向けた。だけど誰もクレアを見ていなかった。
「?」
クレアは不思議に思って声がした方に行った。
そこには小さな人集りができていた。
「……ら、クレアの」
「……?」
また名前を言われた。だけどやっぱり誰もクレアを見ている訳じゃない。
なんだろうとクレアは皆が見ている方を見てみた。
そこには色とりどりの瓶が売られていた。色は瓶の中にあった。色んな色の花が瓶の中で綺麗に咲いていた。花は瓶の中で浮かぶ様にそこにあった。
クレアが初めて見る物だった。
初めて見て……クレアはその美しさに目を奪われた。
「そこのお嬢さんも、是非買ってってくれ! 他国から仕入れた、珍しい品だよ! ここにある物しかないから、無くなったらもう手に入らないよ〜!」
行商の男が手を叩きながら売り文句を言っている。その声を聞いて他の客から質問が飛ぶ。
「ホント、珍しいね! この花なんてワゼアシラ国でしか咲かない花じゃないか?」
「お! 奥さんよく知ってるね! そうだよ! この赤い花はワゼアシラ国でも北にしか咲かないメオの花だよ! そしてこっちの黄色いのが雪がある場所にしか咲かないラクササの花で、こっちの白いのが清らかな場所にしか咲かないクレアの花だよ!」
「!」
行商人の言葉にクレアの目が見開かれる。そして視線は瓶の中で可憐に咲く白い花に釘付けになった。
そんなクレアに気づくことなく行商人は売り口上を続ける。
「瓶の中には特別な水が入っていてね! この中に浸かっている花は永遠に枯れないと言われているんだ! 何故言われているか、だって? だってまだ誰も永遠に生きてないから、誰もこの瓶の中の花が永遠に枯れないところを見たことがないんだよ! でも簡単に枯れないことは、今見てくれてる皆様なら分かるだろう? どの花も珍しい花ばかりだ! 初めて見た人だっているだろう? え? 花が本物か分からないって? いやそこを疑われたらどうしようもないよ! 本物を見たきゃ現地へ行かなきゃ!」
そこで他の客から声が飛んだ。
「私、メオの花を見たことあるよ! そこの花と同じだった! まさか二度も見れるなんて!!」
「おぉ! 本物を見たことがある人が居るなんて! これは有り難い! そう! 本物を見た人が見たら直ぐに分かる! そんなことで嘘吐いてたら直ぐに捕まっちゃうよ! 心配なら本物の花を知ってる人を連れてきてくれ! その目で確認してくれ! この美しさを!
瓶の中で咲き続ける美しさ! むしろこれが作り物の方が凄くない?」
その言葉でクレアの周りに笑いが起こる。いつのまにかクレアの後ろにも人が集まっていた。
「さぁ興味がある方は見ていってくれ! 贈り物にも最適だよ! 運が良くなきゃ見れない花や、他国の珍しい花をいつまでも綺麗なままで楽しめるよ! 曇りの日でも雨の日でも、枯れない花があるだけで部屋の中は花畑! さぁ今あるだけしかないから、無くなったら終わりだよ〜!」
その言葉で一気に瓶に人の手が伸びた。それにクレアは驚いて身体が一瞬萎縮したがどんどん人の手に取られていく瓶にクレアの心は何故か焦り、気付けばクレアも瓶を一つ取っていた。
中に白い花が揺れている、“クレアの花”の瓶を……
「はい、お嬢さん! 買うのかい?」
行商人に声を掛けられてクレアは驚いて、そして驚いたままで自然と持っていた銀貨を差し出していた。
「はい! はいよっと! 毎度あり〜!!」
クレアから銀貨を受け取った行商人はその硬貨を取ると流れる動きでお釣りの銅貨を2枚クレアの手に乗せた。クレアが「あ」っと思った時にはもう取り引きは終わっていて、行商人は既に次の客の相手をしていた。
クレアは他のお客に押されるようにその場所から離れた。
手の中にある“クレアの花”。
さっきまでは無かったのに、今は“クレアの物”になった花を、クレアは呆然と見つめた。
そして自分が“クレア”と呼ばれ出した日に言われた言葉を思い出した。
──“クレアの花”のように、貴女もみんなに愛されますように──
愛されますように…………
今はもうその『言葉の意味』を知っている。手の中にあるこの花を見ていると『その意味が分かる』気がする……
でも……
でもクレアには『そこに自分を重ねて』見ることができなかった。
花は美しい。花は可愛い。花はきれい。
でもクレアは?
クレアはこれとは『同じではない』。
そんなことを考えながらクレアは元居た場所に戻る為に歩いていた。
義母の下へ戻る為に。
そして、ふと……足が止まった。
──義母が居なかったら?──
不意にクレアの中に浮かんだ。
居なかったら? 待ってなかったら?
なら家に帰ればいい。ワンを連れて。
でも家にも居なかったら? ワンも居なかったら?
だってクレアを待たなくてもいい。
なんでクレアを待ってるの?
だってクレアは本当は、『いらない子』のエーなのに。
不意に浮かんだ考えがクレアの動きを止める。
一度浮かんだそれは一気に広がってクレアの思考を埋め尽くした。
そして……クレアの瓶を持つ手が少しだけ震えた。
寒いと……突然そう感じた……
居なかったら……
義母が待ってなかったら……
だってクレアは………………
そんな考えに囚われながら、でも『戻らなきゃ』という思いがクレアの足を動かした。
だけど視線が上げられなくて、クレアはずっと地面を見ていた。
前を見たら何も無いかもしれない。
それが凄く怖いから……
「おかえりなさい、クレア」
視線を上げられないクレアの頭に声が降ってくる。
「買い物はできた? 気に入った物はあったかしら?」
優しい優しい義母の声がクレアに届く。
恐る恐るクレアが上げた視線の先で、義母が嬉しそうに微笑んでクレアを見ていた。
「…………」
クレアは何故だか鼻の奥がツンとして、唇が震えた。
そんなクレアの表情に気付いた義母が不思議そうな顔をする。
「? どうしたの? 何かあった?」
そう言って近付いて来た義母が優しくクレアの手に触れた。
そしてクレアが持っている瓶に気付いて顔を綻ばせた。
「まぁ! “クレアの花”ね! 今は時期じゃないのに、凄いわね。
クレアはこれが“クレアの花”だって分かったの?」
そう質問されてクレアは答えた。
「……お店の人が、話……してた」
「そう。それで気付けたのね。
いつかクレアにこの花を見せて上げようってジンとも話してたんだけど、滅多に咲かない花だったからクレアに見せて上げられなかったのよ。
こんな風に巡り会えるなんて嬉しいわ」
「枯れない……って、言ってた」
「まぁ! それは素敵ね! いつでも“クレアの花”を楽しめるなんて!
とても良い巡り合わせに出会えたわね。大切にしましょうね」
そう言って義母はニコニコ顔で瓶を持つクレアの手を両手で包み込んだ。
あたたかい義母の手から温度が伝わりクレアの冷たくなっていた指先を温めてくれた。
義母の声を聞いただけで、その顔を見ただけで。
身体の震えも止まっていた……
それだけのことで……
クレアの中の不安が消えていく……
朝市から出るとワンがクレアに駆け寄ってくる。嬉しそうに尻尾を振って。キラキラとした目でクレアだけを見上げてくる。
待ってくれているのだと。
クレアを『置いていかない』のだと、そう思えた。
そして、そのことを考えるとクレアの身体は温かくなって、不思議とホッとした気持ちになった。
ただ、そう思う、それだけで…………
「クレア」
義母に呼ばれるその音が好きだった。
初めて会った時から、変わらずに優しい目でクレアを見てくれる人。
まだ一度だってクレアの心が固まることをしない人。
あたたかくて……その身体で抱き締めてもらいたいと思える人……
側に居ると、その声を聞いていると……寄り添ってずっと目を閉じていたいと思える人……
いつの間にか、クレアの中でマーサが特別な存在となっていた。
きっとマーサだけじゃない。ジンのことも。ワンのことも。
クレアはそんな自分の思いを、あたたかいと思った。
◇ ◇ ◇
クレアの家の側に建っている教会には度々聖女が立ち寄る。聖女は国の色んな場所に散らばり、祈りを捧げる。その移動時の拠点となる教会の一つがクレアの家の側にある教会だった。クレアの住む家“が”、教会の側にあると言った方が正しい。
教会に来た聖女たちはクレアのことを考えてあまりクレアに積極的に関わることはしてこなかった。まずクレアの精神の安定を考えられてのことだった。
しかしこの頃はクレアも養父母に懐き、家を『拠り所』として認識できていて、側にムロフン(犬)も常に一緒に居て安心感を得ている様なのでそろそろ大丈夫ではないかという話となり、聖女の一人がクレアに会いに来た。
「久しぶりね! 私のこと、分かるかしら?」
クレアたちの家に来た女性が自分を見つけるなり笑顔で近づいて来てそう言ったのでクレアは困った。
咄嗟に、『もうしわけありません』と言おうとしたクレアの口を、女性が自分の指を当てて止めた。
「いいのよ。気にしないで!
私の名前はノエル。
仲良くしてね、クレア!」
そう言って笑ったノエルの笑顔はお日様みたいだとクレアは思った。
久しぶり、と言われたと言うことは前に会ったということ。そういう時の挨拶の言葉だと教わった。だからこの『ノエル』という女性とは前にどこかで出会っているのだろうとクレアにも分かったが、でも考えてもクレアには思い出せなかった。
そんなクレアにノエルは何も気にしていないという表情で麗らかに笑った。
ノエルは明るい女性だった。
声を聴いているだけで嬉しくなるような人だった。
そんなノエルと、クレアは互いを知る為に話をした。と、言っても喋っていたのは殆どがノエルで、クレアに自分という人を知ってもらう為に話をしていたようなものだった。笑顔のノエルと、そんなノエルを気にしていないワンに、クレアの体の緊張は少しずつ溶けていった。
その日はクレアと話をしてノエルは教会へと帰ったが、次の日はクレアが義母に連れられて教会へと顔を出した。
クレアの『祈り』の練習をする為だった。
クレアがいつから聖女としての活動ができるかはまだ分からなかったが、『聖女の力の使い方』はそろそろ覚えても大丈夫ではないかと思われたからだ。
教会の祭壇の前でノエルと向かい合う形で膝立ちになったクレアは、言われるままに胸の前で両手のひらを組んで祈りの姿勢をとって目を閉じた。そのクレアの手をノエルが両手で包んだ。
「ゆっくりと、私を感じて……」
そう言われてクレアはノエルの手の体温を意識した。感じて、と言われてもクレアには何も分からなかったが、目を閉じてノエルの手を意識していると、ゆっくりと……ゆっくりと何かがノエルの手からクレアの中に染み込んでくることに気付いた。
そんなクレアが分かるのか、ノエルが静かな声で囁く。
「……クレアは誰の笑顔を思い出すかしら?」
そう言われてクレアは自然と義母と義父の顔を思い出した。
「クレアの中に、自分とは違う人が浮かぶなら。
その人たちの“笑顔”を考えて。
それだけでいいの。
愛する人たちの幸せを願うだけで、聖女は力を使えるのよ」
「…………」
昔なら理解できなかっただろう言葉が今のクレアには理解できる。義母や義父に言葉をたくさん教えてもらったから。絵本をたくさん読んでもらって、たくさん話をしてもらったから。
今はノエルが言っている“言葉の意味”が理解できる。
クレアは言われるままに笑顔が見たい人たちの笑顔を考えた。笑っていてくれたらクレアも嬉しい人たちのことを考えた。
それだけで、クレアの胸の中が何故か温かくなる。ワンのもふもふの体毛に包まれた時のような気持ちになる。
ほわほわとした気持ちになったクレアに、重なった手からノエルの力が流れてきて、クレアのその気持ちと混ざるようにクレアを満たした。
身体の奥から温かさが湧き出てくる。
胸の中から流れるように溢れてくる。
──クレア──
そう呼ばれるのが好きだった。
……好きになった。
そう思わせてくれた人たちの声がクレアの中でクレアを呼ぶ。
そしてクレアの気持ちは“嬉しさ”で満たされた。
満たされた気持ちが柔らかな波となって流れていく。遠くまで飛んでいく。
それがノエルの力と混ざり合って発現した“クレアの聖女の力”だった。まだクレア自身には分からなかったが、確かにクレアの“聖女の癒やし”は発動した。
「…………」
クレアはまだ目を開けたくなくて閉じていた。
先に目を開けたノエルがそんなクレアを見て微笑む。
「……貴女の中に“愛”が見つかって良かったわ」
そう言ったノエルの目元には涙が浮かんでいた。
◇
ノエルが教会に居る間、クレアは少しだけ教会へ行ってノエルと一緒に祈った。
まだ一人では力を使うことはできなかったが、他の聖女の補佐があれば力が使えることが分かっただけでも十分だと皆が喜んだ。
家の手伝いに教会での祈りの練習、そして義父が帰って来ればワンの散歩と、徐々にクレアが1日の中でするべきことが増えてきていたが、クレアの基本は今はまだ『勉強』だった。
ちゃんとした勉強をさせてもらえていなかったクレアは、耳から入ってくることだけしか知らなかった。だからまず文字を覚え、書き方を覚えて、最低限の計算を覚えようと言われていた。クレアも『知ること』を楽しんでいた。知れば知るほどに『気付き』が増える。なんでもなかったこと、なんとも思わなかったことが気になることに変わる。それはとても……とても“楽しい”ことだった。
クレアが家のダイニングの机で文字の書き方の練習をしていると、外から義母に呼ばれた。
「クレア、ちょっと来てくれる? 挨拶をして欲しいの」
そう義母に呼ばれてクレアは立ち上がった。足元で横になっていたワンも当然付いてくる。
外に出ると、朝市で時々見かける女性が居た。その横に少し小さい男の人が立っていた。
自分の横に来たクレアに義母が説明する。
「クレア。この方は、今日からお庭作りを教えてくれるヴィッキーよ。そしてこちらがその息子さんのタットくん」
名前を言われたヴィッキーが人好きするような笑顔でクレアに笑い掛けた。
「クレアちゃん。ヴィッキーよ、よろしくね!
そしてこれがウチの息子! クレアちゃんより2個下だから、こき使っていいからね!」
そう言ってヴィッキーは隣に立っていたタットの肩をバシンと叩いて笑った。そのことにクレアは目を丸くして驚いたが、タットは肩を叩かれたことは一切気にせず、別のことに驚いた。
「え?! この子、俺より年上なの?! 年下かと思った?!」
息子のその言葉にヴィッキーは焦った顔をして息子の頭を上から押さえた。そしてクレアに向けて困ったように笑った。
タットは純粋に思ったことを言っただけだった。知り合いの同い年の女子よりも細く背の低いクレアはタットの目からは年下に見えたのだ。
「こらアンタ! なに言うのよ!
ごめんね〜クレアちゃん! この子のことは無視してくれていいから!」
「なんだよ母ちゃん!? 俺変なこと言ったか?!」
「いらないこと言うんじゃないよ!」
目の前でバタバタと始まったやり取りにクレアはただただ驚く。だが当のヴィッキーやタットが全然嫌そうにしていないので、クレアはただよくわからなくて目をパチパチと瞬いた。
そんなクレアに義母は眉尻を下げた笑顔で説明した。
「仲が良い人たちは時々こんな風にしたりするのよ。お互い傷付けあっている訳じゃないの。そこは安心してね」
その言葉にヴィッキーも困ったように眉尻を下げて笑った。
「ゴメンね〜! ウチはいつもこうだから! ウチの息子もクレアちゃんみたいに大人しかったら良かったのに!」
「うるせー! 母ちゃんに言われたかないわ!」
「もー! アンタはっ!!」
「フフフ、ホント仲が良いんですね」
義母が言ったその言葉にタットが、
「違うし!」
と唇を尖らせて否定した。横を向いたタットのその横顔をクレアはまだ驚いた顔で見ていた。
タットはクレアの周りに初めて現れた、『子供』の『素直じゃない』『男子』だった。
ヴィッキーとタットはクレアの住む家の庭に花壇を作る為に来てくれていた。
義母がクレアが好きになるかもしれないと思って考えたことだった。
ヴィッキーはただの農家の夫人だったが、この辺境地では珍しく庭に花壇を作っている人だった。
「花壇仲間ができて嬉しいわ〜! ほら、ここって田舎だからどこにでも花なんて咲くでしょ? それなのにわざわざ庭で花を育てるなんて無意味だーってよく言われたのよ! 自然に咲かない花だってたくさんあるのにねえ!」
そう言ってヴィッキーは笑った。
タットはその手伝いに呼ばれていたのだ。
クレアが家の中で勉強をしている間に、家の庭ではヴィッキーと義母とタットの3人で花壇作りが始まった。
今までとは違う景色が窓の外にでき始める。
クレアは窓から見える庭に、ヴィッキーやタットが居る不思議に、勉強をする手を止めて何度も窓の外を見ていた。
義母や義父以外の“誰か”が、“家”にいることが不思議だった。
そんなクレアと外にいるタットはよく目が合った。
ジッと窓の外を見ているクレアに対して、タットはチラチラチラチラとクレアを気にしている様だった。
その日の帰り際。二人を見送る為に外に出ていたクレアにタットが改めて話しかけた。
少しだけ気まずそうに、それでもタットはクレアに小さく頭を下げた。
「……年下みたいなんて言ってゴメン。気にしてなかったらいいんだけど……、でも言っておきたかったから。
じゃ……、また明日な」
それだけ言ってタットはクレアに手を振って笑った。優しい笑顔だった。
それだけのことが、何故かクレアの記憶に残った……