5>> 王城
大聖堂から王城の一室に押し込められたランドルは落ち着いて座っていることもできずに無意味に部屋の中を歩き回っていた。
「何故こうなった……っ!?
何が起こっているんだっ!?!」
ブツブツと呟き、苛立ちを抑えられずに頭を掻いた。
「あれはなんだ?!
末娘が聖女だなんて聞いていないっ?!!」
向けるところのない怒りにその場で足を踏み鳴らす。
ダンダンと力任せに足を下ろすが王城の床に敷かれた上質な絨毯がその音を吸収して大した音は出なかった。
「どうなる!? 私はどうなる?!
娘をどうしようと父親の勝手ではないか?!
そもそも育てたのはカリーナだ!?
っ!? そうだ……っ!!
末娘をあんな風に育てたのはカリーナじゃないか!!
私は関係がない!!
そうだ! こうなってしまえば私も被害者ではないか!!!」
解決の糸口を見つけたとばかりに顔に喜色を浮かべたランドルは部屋の扉が開いたことに気付かなかった。
「それは随分と楽観的な解釈だな」
「っ!?」
護衛を連れて部屋に入ってきたアシュフォードにランドルは目を見開いて息を呑む。この国の次期国王である王太子は既に王の威厳を放ってそこに居た。
「で、殿下……」
「ランドル・ビャクロー侯爵。
貴方はもしやエー嬢のことを、『親が子を虐待しただけ』の『親子間の問題』だと思っているのかもしれないが、それは違うと先に言っておこう」
人生で一度も人から向けられたことのない冷めきった視線で見つめられてランドルはその場で数歩後ずさった。
そんなランドルを気にすることなくアシュフォードは話を続ける。
ゆっくり席に座って……などという雰囲気ではなかった。部屋に満ちる自分に向けられる不穏な気配に、ランドルの内心は言いようのない焦りに支配されていた。
「そもそも国民は全て“王の子”だ。全ての子供は特に大切な我が子たちだ。
神が守っているからではない。“未来の宝”として、大切に守り育てなければならないこの国の礎だ。
その『子供』を不当に扱っただけでも罰を与える理由になることを、貴方は理解していなかったのか?」
鋭い目で見つめられてランドルは言葉に詰まる。『我が子をどうしようと貴方には関係がないじゃないか』『自分の子供だ』『私の所有物だ』、一瞬で色んな反論が頭を駆け巡るが、それらをランドルは口にはできなかった。
『未来の宝』と次期国王に言われてしまえば、臣下の一人であるランドルには簡単に否定の言葉を挙げられなかった。
それでも何か言わなければと口を開いたランドルより先にアシュフォードが口を開く。
「特に女性は“国民を増やす”為の国の要だ。貴方だって男だけでは人は増えないことを知っているだろう?」
「……ぐっ! そ、それは……っ」
嘲笑すらない単純にランドルを馬鹿にした言葉にランドルは怒りで一瞬顔を赤くした。そんなランドルにただただ冷たい視線を向けたまま、アシュフォードは話を続ける。
「まぁ、『では男児であれば許されるのか』という話ではないがな。
『子は守るべきもの』であるのに貴方はそれを放棄した。
そして貴方が見放した子供はこの国では何よりも大切にしなければならない『聖女』だった。
それが何よりも問題だ」
「し、しかし殿下っ!
私は知らなかったのです!?
自分の子供が聖女などと……っ! いや、自分の子供が妻や娘たちから何をされていたかなど!?
知っていれば勿論止めていましたとも!! えぇそうですよ! 子供を虐待するなど親のすることではありません!?
私は知らなかったのです!!!
家のことは全て妻に任せていました?! 子供たちのことも妻に任せておけば間違いないと思っていたのです!!
まさか妻が三女を虐待していたなどと考えるはずもありません!? 娘たちは良き姉であると思うじゃないですか?!
父親である私が仕事にかまけている間にこんなことになっているなどと……誰が想像できるでしょうか…………っ」
悲痛に訴え、最後にはヨロヨロと体をふらつかせたランドルは顰めた顔を隠すように手で覆うと下を向いた。鼻を啜るように肩を揺らせる姿は言葉通り『今まさに真実を知って傷付いた男』の姿だった。
だがアシュフォードはそんなランドルに変わらず冷ややかな視線を向ける。
「知らなかったで済まされると思っているのか?
貴族の当主が?」
「っ!!!」
その一言でランドルの逃げ道は全て塞がれた。
「貴方が平民の父親ならば私は今の話に耳を傾けたかもしれないな。または貴方が、『使用人すら雇えない』ほどに困窮した貴族の当主であれば、まだ同情の余地もあったかもしれない。
だが貴方は誰だ?
侯爵家の当主だろう?
いくら夫人が邸を取りまとめ、使用人の管理をしていると言っても、その『全ての管理責任を有している』のが当主だろう?
まさか、侯爵家の当主ともあろう者が、家令や執事にすら邸の現状を話してももらえない程に『存在感の無いお飾り』であったとでも言うのか?」
「……っ!!」
とても『そうです!』などとは言えないほどに侮辱された言い方をされてランドルの顔は更に赤くなる。悔しげに奥歯を噛み締めてアシュフォードを睨むランドルは、その表情がアシュフォードの言葉を肯定してしまっていることに気づかない。
「知っているよ。
貴方が、『お金に困っていた子爵家に無理を通して、婚約者が居た令嬢を愛人にした』事を。
ビャクロー侯爵家がお金に困っているなどと聞いたこともない。
ランドルの性格を少なからず知っている身としては……
父親に何の責任もない、などとは決して思えないのだよ」
「そ、そんな……っ、しかし…………っ!」
ランドルはどうにか逃げ道を探した。どうにかアシュフォードを言い負かさなければ駄目だと頭の中で警鐘が鳴り響く。
しかし、アシュフォードが幼い頃から出会っていたランドルには分が悪かった。ランドルがアシュフォードの性格を少なからず知っているのと同時に、アシュフォードにもランドルの性格は知られている。自分が『妻の尻に敷かれる性格』ではないことを自覚しているだけに、全てをカリーナの所為にすることが難しくなっていたのだ。
知らないといくら言っても『お前の性格で知らない訳がないだろ』と言われてしまえば反論できない。プライドが高く、侯爵家の人間として常に胸を張り頭を高くしてきたことがこんなところで自分の足を引っぱるとは思わなかった。『自分は無能で弱い男なので妻には逆らえなかったのです〜』と泣いて床に頭を擦り付けられればいくらでもカリーナに罪を擦り付けられるのに……頭では分かっていてもそれを実行することはランドルのプライドが許さなかった。
「ですが……っ、ですがっ!!
本当に私は知らなかったのです!!
妻が三女に何をしていたかなど!!
三女とは全くと言っていいほど会ったことがなくっ!? 既に二人の娘が居りますから……っ、三人目にはどうしても意識が向かなくて……っ!!
で、殿下にはまだ分かっては頂けないかと思いますがっ!! 子供が多いとどうしても親の目が離れてしまうのですよ!?! 仕事も忙しくっ! 当主として家族に使う時間は限られていますのでっ!! 三人目の娘ともなると尚更会う機会も限られていまして……っ!!」
苦しい言い訳をまくし立ててランドルはどうにか罪から逃れようとする。喋っているランドル自身も無理があると思っていても、もうこれしか言いようがなかった。
『自分は仕事で忙しかった。家のことは妻に任せていた』
だから三女のことなど知らない。
ランドルにはそれが正当な理由だと思えた。
働いている父親たちなら理解してくれるだろうと思った。
しかしランドルがどれだけそれを訴えても、部屋にいる騎士たちや侍従やアシュフォードが連れてきていた側近たちの視線がランドルに同情を滲ませることはなかった。
むしろどんどん冷たくなる自分に向けられる視線に、ランドルは意味が分からなかった。
アシュフォードが呆れたように溜め息を吐く。
その音にランドルは息を呑み口を閉じた。
「ランドル・ビャクロー。
貴方の言い訳は貧困層の父親のようだな」
「なっ……?!」
「いや、貧困層の父親の方がまだ“人”として貴方よりも上かもしれない。
『お金が無い』『時間が無い』それは貴族よりも平民たちの方が苦労していることだろう。子供が居ても面倒を見れるのは親だけの人たちもいるだろう。だが、その全ての親がお金や時間を理由に『子供を放置する』ことはきっと無いはずだ。“14年間も娘のことを気にかけたことがない”? 14年もの間一度も? 私に子供が生まれたら貴方の言い分も少しは理解できるようになるのだろうか?
しかし国王でも子供たちの為に時間を作って会いに行くのだぞ? その国王よりも貴方は忙しかったと言うのか? 人を雇える身分だというのに必要な人材は雇わずに?
貴方の言葉は、ただ時間と金の使い方を知らない無能自慢をされているようだな」
はぁ……、と最後は溜め息交じりに言われてカッとランドルは顔を赤くした。怒りで無意識に握っていた拳に力が入る。
「何という言い草……っ!?
殿下といえども流石に失礼ではないですかっ!?」
怒りを見せたランドルはその瞬間、アシュフォードの後ろに控えていた騎士たちにより取り押さえされた。
「っ?!? な、何を!!?」
「貴方にも親の情が少しでもあるだろうと期待した私が馬鹿だったようだ。
元々ここに連れてきた時点でビャクロー侯爵家に釈明の余地はないのだよ。
ただ貴方に三女への愛情が少しでもあるのなら、与える罰も未来ある形にしようと思っていただけだ。
…………その必要もなさそうで少し安心した」
アシュフォードの言葉にランドルの顔は瞬時に血の気が下がる。ランドルとしては予想だにしていなかった言葉を言われたのだ。
与える罰?! 何故?!?
ランドルは全身から嫌な汗が噴き出した。
「な、何を言っておられるのですかっ、殿下!?!」
「私はとても腹を立てているのだよ。ランドル・ビャクロー。
彼女が聖女だったからではない。
まだ小さな彼女を、あんな風に育てたことに、私は腹が立って仕方がないのだよ」
「ですから殿下! それはっ! 妻がっ!!!」
「もういい。連れて行け」
「殿下っ!!!!」
ランドルはそのまま貴族牢に連れて行かれた。
子供を虐待して育てたことと、その子供が聖女だったことはもう既に国中だけでなく他国にも知られている。
子供の虐待だけならば、まだお家存続はあり得たかもしれないが、その子が聖女であったことが国民からの怒りを買った。聖女は全ての人の子であり姉であり妹である。『知らない子供が虐待されていた』と思う感情と『自分の家族が虐待されていた』と思う感情とでは、人々の怒りの感情には差が出るのだ。そして、『自分の家族が酷い目に遭わされた』と思った時、人はとても怒りを覚える。そこに血の繋がりは関係がない。『自分にとって大切な存在』と思っている『聖女』が害されたのだ。国民の怒りは計り知れなかった。その為にビャクロー侯爵家をそのまま存続させることなどできるはずもなかった。
父親のランドル。母親のカリーナ。長女のシャルル。次女のサマンサ。そしてビャクロー侯爵家に仕えていた使用人たち。その全ての人々が裁かれた。
その証拠にビャクロー侯爵家は無くなり、ビャクロー侯爵家の関係者は表舞台から居なくなった。そのことを知った国民は高位貴族であってもちゃんと裁かれるのだということに安堵して、その後は“新しい聖女”の心の平穏を祈った。
『悪いことをすれば、高位貴族でも裁かれる』
国民たちに知らされた表向きの発表に、貴族たちは次は我が身と成らぬように……と身を引き締めて口を閉ざした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大聖堂から王城へ連れてこられた長女シャルルと次女サマンサは、両親から引き離されて二人で同じ部屋へと入れられていた。
王城の豪華な応接室は侯爵令嬢の二人でも入ったことのない場所で、こんなことでなければ二人はワクワクしながら部屋の中を見て回ったことだろう。
しかし今の二人は現状を殆ど理解できずに、親や信頼する使用人たちから引き離された不安で怯えきっていた。
部屋のソファーに二人で寄り添って座り、シャルルとサマンサは手を取り合って震えていた。
部屋の壁際に立ってる騎士やメイドたちはそんな二人をただじっと見つめる。その目のどれにも温かさなどなかった。
既に王城内に大聖堂で起こったことが通達されている。
『新しい聖女が現れたが、彼女は家族に虐げられていた』
最後にエーが語った後に土下座した言葉も全て共有されていて、シャルルやサマンサに同情する人も居なかった。
「ねぇお姉様……
わたくしたちどうなるの?」
怯えて震える唇でサマンサは姉に聞く。しかしそんなことを聞かれてもシャルルにだって分からなかった。
「……大丈夫よ……
だってわたくしたちは侯爵家の者なのよ? 何をされるって言うのよ。
きっと今、お父様がどうにかしてくれてるはずよ」
そう言って黙ってしまったシャルルにサマンサは堪らず喋りかける。沈黙が怖かった。だって知らない騎士やメイドたちが自分を恐ろしい目で見てくるから……
「……ねぇ……
アレが聖女なんて……、冗談よね?」
「…………」
「……ありえないよね? だってアレはゴミみたいなモノなんだし、……アレをどうしようとわたくしたち家族の自由でしょ?」
「……黙りなさいよ」
「…………でも、アレが花を咲かせるなんておかしいわ。だってアレはわたくしたち家族を苦しめる害虫みたいなものなのに……
そうよ…… アレは害虫であって、花を咲かせるようなものじゃないわ……
わたくしたちみたいな“華”に取り付く気持ちの悪い虫よ…… なのになんで……」
「黙りなさいよっ」
「だってお姉様……っ!」
部屋の中に王家の使用人たちがいるのにブツブツと『自分たちに都合が悪くなりそうなこと』ばかりを言いそうなサマンサにシャルルは怒った。しかしそんな姉にサマンサはただただ不安に満ちた悲しい顔で縋った。サマンサはまだ現状を理解できては居なかったが、シャルルはまだ少しだけ自分たちの現状を理解できていた。
どれだけ自分たちの立場が悪くなっているかということを……
「いいから黙りなさい……っ、アレを……あの子のことはもう言わないで……っ!」
エーのことを『あの子』なんて妹扱いしたくないが、一般的に『“人”を物扱いしてはいけない』ということを理解しているシャルルは、第三者から『エーを物扱いしている自分たち』がどう見られるかを考えて言葉を選んだ。
だがサマンサは直ぐにそのことには気付かない。エーのことを『あの子』なんて言い出した姉に一瞬変なものを見たかのような視線を向けた。
「まぁお姉様! どうしてですの?!
だってアレは!?」
「黙って!!」
サマンサが『アレ』と言う度に部屋に居る騎士たちからの視線が厳しくなっていることに気付いたシャルルがサマンサを強く窘める。それにビクリと体を揺らして驚いたサマンサは渋々口を閉じた。だが目は恨めしそうに姉を見ていた。サマンサはここに来てまだ、現状を理解していなかった。
◇
お茶も茶請けの菓子も出されず、ただ待たされた応接室の扉が開いた。
そこから現れた王太子であるアシュフォードに、シャルルとサマンサは血の気の失せていた顔に少しだけ血の色を浮かべて慌ててソファーから立ち上がった。
姉であるシャルルが先にカーテシーをしてアシュフォードに頭を下げる。続いてサマンサがカーテシーをした。二人は侯爵家の令嬢らしく、完璧な所作だった。
「座ってくれ」
「「……はい」」
アシュフォードは二人が座っていた三人掛けソファーの向かい側に座った。アシュフォードの座ったソファーの後ろにアシュフォードの専属執事が音もなく立ち、シャルルやサマンサのソファーの周りには少しの音を立てて女性騎士たちが立った。
その物々しさにシャルルとサマンサは怯えて再び二人で手を取り合って寄り添った。
サマンサの震える手をシャルルがギュッと握る。
そんな二人を見て、アシュフォードは静かに口を開いた。
「……君たちに聞きたいことは一つだ。
エリス嬢をどう思う?」
その質問に二人は戸惑う。
姉としてシャルルがアシュフォードに聞き返した。
「あの……、エリスとは……、誰のことですか?」
その言葉に部屋に居た全員が驚き息を呑んだ。
「え? え??」
シャルルが戸惑い、サマンサが使用人たちの不躾な態度にイラッとした。
「なんですの?!」
サマンサは周りの女騎士や壁際のメイドたちを叱るように声を上げる。アシュフォードの前だというのに。そのことにアシュフォード付きの執事の眉が少し動いた。
アシュフォードも少しだけ眉間にシワを寄せた。
「“エリス”では伝わらないのか……
では、“エー”嬢と呼べば分かるかな?」
そう言われてシャルルは口を閉じ、サマンサは露骨に嫌そうな顔をした。
「アレの話などしたくありません! 花が咲いたのだって何かの間違いですわ!! アレが花を咲かせるはずがありえませんもの!! アシュフォード殿下だって聞きましたでしょ?! 母の話を!! わたくしたちはアレの所為でとても悲しい目に遭ってきたのですよ!!」
怒りを隠しもせずに話すサマンサをアシュフォードはじっと見つめる。そのことに内心はサマンサは嬉しく思っていた。『王太子殿下に見初められたらどうしましょう!』なんて全く場違いな妄想が頭に浮かぶ。
しかしそんなサマンサの言葉を遮るようにシャルルが声を出した。
「止めなさい! サマンサ、黙って!」
「えっ?!」
姉に強く睨まれてサマンサは戸惑う。しかし握り合っていた手を力いっぱいに握り返された痛みもあってサマンサは喋ることを止めた。そんなサマンサから直ぐ様視線を離してシャルルはアシュフォードに頭を下げた。
「申し訳ありません、殿下。この子は今、混乱しているのです。
……わたくしも、両親と離れて心淋しく思っております……」
しおらしく……、か弱い令嬢の顔でシャルルはつらそうに眉間に眉を寄せた。
そんな姉を見て、サマンサは不満げに頬を膨らませはしたが、口を閉じた。
そんな二人をアシュフォードはじっと見る。
「二人の混乱はよく分かる。何が起こっているかも分からないだろう。
だから今は少しだけ話を聞きたい。
エー嬢が最後に言った言葉はなんだ?」
その質問にシャルルは息を呑み、サマンサは嫌そうに顔を顰めた。
──『”おねぇさま、モウシワケありません。
(お姉様、申し訳ありません)
わたしがうまれたせいでカゾクをこわしてしまってモウシワケありません。
(私が生まれた所為で家族を壊してしまって申し訳ありません)
ウツクしくソウメイなおねぇさまのオテンとなってしまってモウシワケありません。
(美しく聡明なお姉様の汚点となってしまって申し訳ありません)
ゴミでウジでカスでヘドロでガイチュウイカでキモチワルイいもうとでモウシワケありません。
(ゴミで蛆でカスで屁泥で害虫以下で気持ち悪い妹で申し訳ありません)
まちがってうまれてキテしまってモウシワケありません。
(間違って生まれてきてしまって申し訳ありません)
イキていてモウシワケありません“
(生きていて申し訳ありません)』──
シャルルとサマンサはエーの言葉を思い出して奥歯を噛んだ。腹の底からは怒りが湧き上がる。ここにエーが居て周りに誰も居なければ、エーを蹴りまくっていたのに。外に出せない怒りにシャルルは憎しみが顔に出そうになるのを必死に抑えた。だがサマンサは侯爵家の令嬢だというのに感情のコントロールが未だにできずに怒りで顔を歪めた。
それをじっとアシュフォードに見られているとも理解せずにシャルルとサマンサはどう喋ろうかと考える。
そしてシャルルが口を開いた。
困ったように笑いながら。
「わたくしたちも分からないのですわ。アレ……あの子が何故あんなことを言ったのか……
わたくしたちはあの子とは滅多に会わせてはもらえませんでしたもの……」
そのシャルルにサマンサが強く頷きながら続ける。
「そうです! そうなんですアシュフォード様!
それにわたくしたちがあんな言葉を口にする筈がございませんわ!! あんな……口にすることすらできないような言葉を……
わたくしたちが言わせる訳がありませんわ!!」
「えぇ、そうです。自分たちの可愛い妹ですもの…… むしろ何故あの子があんなことを言ったのか、理解ができませんわ。あんな…………」
そう言ってシャルルは気分が悪そうに下を向いて手で口を覆った。そんな姉を労るようにサマンサが頭を寄せて、アシュフォードに涙を溜めた悲しみの目を向けた。
「わたくしたちがあんな言葉を使うと思われるのですか? あんな……
アレはきっとわたくしやお姉様に嫉妬しているのですわ……
自分がお母様に愛されていないからって、実の姉を貶めるなんてなんて酷い子なの……」
そう言ってサマンサも下を向き両手で顔を覆って体を震わせ始めた。今部屋に人が入ってきたらアシュフォードが二人の令嬢を泣かせたように見えるだろう。
だが部屋の中で二人に同情する人はいない。
サマンサはまだ気づいていない。自分が妹のことを『アレ』としか呼んていないことに。シャルルは忘れている。大聖堂で自分たちの姿を色んな人に見られていたことを。
「“可愛い妹”……?」
アシュフォードが興味深そうに聞き返した。
その声に涙を溜めた目で顔を上げたシャルルは、サマンサと繋いでいた手を離して胸の前で手を組んでアシュフォードに体を向けた。少しだけ上体を折ることでアシュフォードを上目遣いで見つめる。
自分の外見に自信のあるシャルルは、自分の顔や体型や身分が“王太子妃”にも負けていないと密かに思っていた。
両手を祈りを捧げるように組んで両脇を締めれば、自然とシャルルの胸は盛り上がる。
クスンッと小さく鼻を鳴らしてシャルルは小鳥のように震えてアシュフォードと向き合った。
「えぇ……、えぇ、あの子はわたくしたちの可愛い可愛い妹ですわ」
瞳を潤ませて訴えるシャルルにサマンサも儚げに寄り添って目を閉じた。
「…………」
そんな二人を見つめて、アシュフォードはシャルルと視線を合わせて口元に小さな笑みを浮かべた。
「……っ!! あ……、アシュフォード様……」
その瞬間シャルルは頬をピンクに染めて唇を震わせた。アシュフォードの名前を呼んで口元に笑みを浮かべたシャルルは完全に自分たちの現状を理解していなかった。
「その言葉が嘘偽りでなければいいな」
「え?」
冷たいアシュフォードの声にシャルルは一瞬混乱した。サマンサも驚いて目を開く。
アシュフォードは口元に小さく笑みを湛えたままで冷たい言葉を発する。
「今の言葉が本当かどうかは貴女たちの使用人に聞けばいいだけだ。知っているとは思うが、契約魔法を使っていても犯罪が関係している場合は王家の権限により契約を解除できる。
貴女たちの言うように、貴女たちが彼女を“可愛い妹”として扱っていたのなら、貴女たちは無事に家に返されるだろう」
「な? 何を……?」
「え? え?」
戸惑う二人はアシュフォードが何を言い出したのか分からない。だが良い話ではないことは理解できた。
止まっていた体の震えが戻って来る。
そんなシャルルとサマンサを見ながらソファーから立ち上がったアシュフォードが心底冷たい目を見せた。
「だが、エー嬢への虐待に貴女たちが加担していると分かった時は、
貴女方も罪に問われると理解するように」
そう言ってアシュフォードは部屋を出て行った。
「え? 罪……?」
「何を、言ってるの……???」
残された二人は女性騎士に囲まれたままで動けない。
言われた言葉が理解できないのに、体は恐怖に染まって、腰が抜けたかのようにソファーから立ち上がれなくなった。
そんな二人を女性騎士たちは無理やり立たせて貴族牢へと連れて行った。
別々の部屋へと入れられたシャルルとサマンサは混乱と恐怖で泣き喚き、出して出してと訴えた。
しかし二人が侯爵家へと帰されることはない。
ビャクロー侯爵家の使用人たちだけではなく、歴代のエーの乳母たち──貧困層の女性たち──にも話を聞かれて、シャルルとサマンサがエーに何をしていたかがバレた。
二人は当然『母親にやれといわれた』と訴えたが、乳母たちが二人は喜々としてエーを虐めていたと話していたことから、二人の嘘が通ることはなかった。
それに、二人が言葉通りエーを“可愛い妹”と心の底から思っていたのなら、彼女たちの友人は彼女たちの口から“可愛い妹”のことを一度ぐらい聞いていた筈だった。だが彼女たちの友人たちは誰一人として“彼女たちの妹”の存在を知らなかった。あの日初めて知って驚いたと友人たち全員が話していた。その時点でシャルルとサマンサが妹のことを『友人に存在を教えたいとは思わない存在』だと思っていたことが分かる。
シャルルやサマンサがただエーの存在を無視し、虐げるにしても『言葉でエーを虐める程度』であったのならば、二人への罰は修道院へ入れるようなものになったかもしれない。しかし、シャルルもサマンサも自分の意志でエーを物理的に痛めつけていた。
そのことから、その悪質性が何よりも問題視され、二人の罰を重くした。
表向き、ビャクロー侯爵家の令嬢二人は『身分を剥奪され、どこかの邸の下働きに出された』こととなった──二人の婚約話はこの発表がされる前に王家の権限で白紙にされている──。
その生ぬるい罰に一部の国民からは不満が上がったが「新しい聖女の心の平穏の為に」と教会から言われれば、大きく騒ぐことなく受け入れていった。
『新しい聖女様には姉はいない』
自然とそんな風に人々は言うようになり、徐々にシャルルとサマンサは人々から忘れられていった。
彼女たちの悲鳴が、エーに届くことはない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カリーナは大聖堂から王城に連れて来られてからずっと、椅子に座って下を向いた顔を両手のひらで覆っていた。時折鼻をすすって肩を揺らす。
「どうして……」
そう呟く声が部屋の壁際に待機しているメイドや騎士の耳に届いていたが、既に城に居た全ての者にも大聖堂で起こったことの話が耳に入っている。カリーナが同情を引こうとしてももう誰も引っかからなかった。
──エーが悪いのに! エーが全ての元凶なのに! エーの所為でわたくしの人生は壊されたのに!! 末娘が女として生まれたからいけないのに!! なのに! なのにっ!?!
エーが聖女な訳ないわ!!!
家族はこんなにも不幸になったのに!!!!──
カリーナは腸が煮えくり返る怒りを隠して悲しみに暮れる悲劇の母親の姿を皆に見せた。
実際カリーナは自分が一番『可哀想』だと思っている。
世界で一番『可哀想な母親』なのだから皆がカリーナに同情して優しくして、エーを非難すべきだと本気で思っている。
だってエーが男児として生まれてきていれば全てが上手く行っていたのだから。女児のままでも、カリーナから産む機能を奪わなければ、カリーナは次は必ず男児を産んで、幸せな家族になれたのに。
エーが女児として産まれてきたから。
エーが産まれてきたから。
エーが産まれなければ。
カリーナは幸せでいられたのに。
カリーナの幸せを、
母親の幸せを、
壊して生まれてきたエーが悪い。
酷いのはエーなのに……っ!!
カリーナは悲しくて悔しくて悲しくて悲しくて震えた。
だがそんなカリーナの考えに賛同する人など居ない。
静かに部屋に入ってきたアシュフォードにカリーナは気づいていたが姿勢を変えなかった。
カリーナの側まで来たアシュフォードが冷ややかな目でカリーナを見下ろして居たが、カリーナが自分からは動かないと判断すると立ったままでカリーナに言葉を掛けた。
「ビャクロー侯爵夫人。
遅くなって済まないね。
話をしよう」
そのアシュフォードの声にあからさまに体を揺らしたカリーナは、涙に濡れた顔を上げてアシュフォードを見た。
子供を三人生んでいるとは思えない程に若さと美しさを見せるカリーナは──勿論、お金の賜である──自分の外見を良く理解している。だから“女の武器”を最大限に使って男の同情を引こうとしていた。
だが、そんなものに引っ掛かるような者は王城内には居ない。居られない、と言った方がいい。
アシュフォードは冷え切った視線を変えることなくカリーナと目を合わせた。
カリーナは椅子から立ち上がろうとして、足に力が入らずに蹌踉めき、床に手を突いた。その姿勢のまま、カリーナは悲しげにアシュフォードを見上げ、そして礼をするように頭を下げた。
男への媚の売り方を良く知っている……──アシュフォードや執事たち、その場に居た全員が同じことを思った。
そんな風に思われているとは考えもせずにカリーナはその姿勢のままで口を開く。
「……殿下……、
わたくしの娘たちは……、夫はどうしているのでしょうか?」
家族を心配して泣く母親。
その姿が『本当に家族の為』であれば良いが、とアシュフォードは思った。
「今は別の部屋に居るが……、
貴女が今言った“娘たち”の中にエー嬢は入っているのかな?」
その質問にカリーナはポロリと一粒の涙を零した。
「勿論です……っ! わたくしを……、家族を引き裂いた子だとしても、あの子も大切なわたくしの産んだ子供ですもの……」
「大切な……ねぇ…………」
「なにか……っ、何か思い違いがあったのですわ……っ! あの子が母親に対してあんなことを言う筈がありませんもの……っ!!」
カリーナはそう言って苦しむ様に顔を歪ませると両手で顔を覆って体を震わせた。
カリーナが言ったのはエーが最後に演壇の上で言った言葉のことだった。
『おかあさま。
おかあさまをフコウにするためにうまれてきたわたしをどうぞバッシテください。
(お母様を不幸にする為に生まれてきた私をどうぞ罰して下さい)
おかあさまのカナシミはわたしのせいです。
(お母様の悲しみは私の所為です)
おかあさまをクルしめているのはわたしです。
(お母様を苦しめているのは私です)
おかあさまはなにひとつワルくありません。
(お母様は何一つ悪くありません)
わたしがワルイのです。わたしはアクマのコです。わたしがゲンインなのです。
(私が悪いのです。私は悪魔の子です。私が原因なのです)
おかあさまゴメンナサイ。
(お母様ごめんなさい)
おかあさまのためにどうぞわたしをバッシテください。
(お母様の為にどうぞ私を罰して下さい)』
「……っ! もしや?! もしやあの子の乳母があんな言葉を吹き込んだのかも?!
あの子の乳母は夫が三人目の女にお金は掛けられないと、貧民街から連れてきた女性でした! わたくしは娘の子育てからは引き離されておりましたので! 母乳で張る胸をただただ抱えて……っ、遠くから子供の健やかな成長を願っていることしか許されなかったのです……っ
わたくしを……、家族を不幸にしたのはエーですが……、
子を愛せない母親など、居る筈もございませんわっ!!」
顔を上げ、アシュフォードを見たカリーナはその目に想いを込めて訴える。
それしかカリーナには道が無いから。
全ては貧民街の下賤な女の所為だ。
不幸の元凶である三女のことを憎んではいても、我が子を愛している。母親だから。
カリーナの目はそう訴えていた。
カリーナがもっと“本人が演じる”ように、『か弱い母親』であれば、『夫の指示には逆らえなかった』という主張も少しは信じてもらえたかもしれないが、大聖堂のあんなに人がたくさん居た中で、王太子に対してあんな態度を取れた女を、誰も『か弱い』とは思わない。
「安心して良い。
ちゃんと乳母たちにも、全員から話を聞くつもりだ」
アシュフォードの言葉にカリーナは少しだけ肩を揺らした。
「……話を聞いても意味はないでしょう……」
震える声でカリーナは言う。
「どうしてだ?」
聞き返したアシュフォードにカリーナは胸の前で手を組んで祈るようにアシュフォードを見上げた。
「……っ、相手は貧民街の人間ですわっ!? 貴族を恨んでいるあの者たちがまともに答えるはずがありませんもの!! きっとわたくしを貶める為に嘘を吐くに決まってます!!」
「貴女を貶める為に王族にまで嘘を吐くと?」
「……っ、そ、そうですわ! だって相手は貧民街に住む下賤な者ですもの! 元々無いに等しい命! 貴族を恨んで何をするか分かったものではありませんわ!!」
カリーナの言葉に騎士やメイドたちが眉間にシワを寄せた。なんてことを言うのだ、と皆が思った。だがアシュフォードがその思いを顔に出さないので、アシュフォードしか見ていないカリーナは気付かない。
アシュフォードは変わらない表情と声でカリーナと会話する。
「そんな者を貴女たちは娘の乳母にしたのか」
そう言われてカリーナは一瞬息を呑んだ。
しかし直ぐに悲しい顔をしてアシュフォードを必死に見上げる。
「……っ、わたくしではありませんわっ!! 夫が勝手にやったこと!! 貴族の女が当主には逆らえないことを、皆様もよくご存知でしょう!?」
そう言ってカリーナはアシュフォードの後ろや部屋の壁際に立っている使用人や騎士たちに訴えた。
当主の命令には逆らえなかった、のだと。
しかしカリーナが望む視線は一つも返っては来なかった。
「……逆らえず、引き離され、勝手に嘘を教えられて。
貴女の主張は分かった。
だがどうしても理解できないことがある。
貴女は子供を愛していると言いながら、不幸の原因はエリス嬢だと言う。
私には『不幸の原因を愛している』ということが理解できないのだが、説明してくれないか?」
「っ……!」
アシュフォードの言葉にカリーナは息が詰まる。
説明しろと言われてできるものではない。だってカリーナは三女のことは愛していないのだから。逆に憎んでいる。だがそれを、言える訳が無い。
「…………、子、を、愛さない母親はいませんわ……
我が子だというだけで、愛しているのです……
その子の所為で、どれだけ……っ、どれだけ自分が苦しめられようとも……
お腹を痛めて産んだ子ですもの、……愛しているに決まっているではないですか……っ」
「では何故その子が聖女であることを祝福してはやらないのだ」
「っ!? ……それは…………」
「貴女は私に『不幸の元凶が聖女な訳がない』と言ったな。
だが聖女の花樹は二度開き、彼女が聖女だということを示した。
まさかまだ認めないなどとは言わないだろう?」
「それは……っ、…………」
カリーナは悔しげに唇を噛み締めた。床にしゃがみ込み、顔を下に向けたカリーナの表情は誰にも見えない。だが、“言い淀んだ”ことが駄目だった。その“間”はカリーナがまだ認めていないことを肯定しているのと同意と言っているようなものだ。
この国で、『娘が聖女だったことを喜ばない親』は居ない。昔には、邪険にしていた娘が聖女だったと分かった途端に娘に擦り寄り聖女から絶縁された親もいたくらいだ。それ程に聖女と認められることは名誉なことなのだ。
答えないカリーナをアシュフォードを始め、部屋に居る全員が見つめる。
この“母親”は、何と答えるのか全員が待った。
その、『答えなければいけない空気』に、カリーナは耐えられず、泣いた。
「っ!! だ、だって、あの子の所為なのですっ!! わたくしだって男児を生めましたわっ!! あの子が、あの子がわたくしから機会を奪わなければ!! 後継者はわたくしがちゃんと生みましたのにっ!! あの子がわたくしから機会を奪ったのですっ!!
わたくしから男児を奪ったのです!!
そんな子が聖女なんてっ!?!
おかしいじゃないですか!?!
あの子が聖女なら、何故わたくしは不幸なのです?! 何故わたくしはあの子にこんなにも苦しめられなければいけないのですか!? わたくしが何をしたと言うの?! 何故あの子はわたくしから次期侯爵家当主を産む機会を奪ったの?! 何故?!?
あの子がっ、あの子が生まれたからっ!! あの子が悪いのです!!!
それなのにっ?! それなのにあの子が聖女など?!!!
認められる訳がありませんわっ!!!」
少女のように叫んだカリーナは人目も憚らずに声を上げて泣いた。床に蹲ってわんわんと泣くカリーナに同情する視線が……注がれることはなかった。
カリーナの言い分を理解し、同調できる者はここには居ない。
「そうか。貴女の言い分は分かった」
アシュフォードの声にカリーナは期待を浮かべた顔を上げた。
しかしその顔は直ぐに曇る。
「アシュフォード殿下……っ!」
「夫人を貴族牢へ」
「?! な、何故ですか?! わたくしはっ!?!」
「カリーナ夫人」
「っ!!」
アシュフォードの声にカリーナは息を呑む。優しさの欠片も含まないその声にカリーナの本能が怯える。そして改めて合わせたアシュフォードの目にゾッとする程の恐怖を感じた。
アシュフォードは静かに言う。
「私は、“子供が自分の意志で母親を選び、その子宮に入った”、なんてことは理解できないし、“その子供が、母親やその家族を不幸にする為だけにこの世に生を受けた”、なんてことも理解できないんだよ。
貴女は、そんなことが可能だと思うのか?」
「……っ!! そ、それは……っ!!」
「きっと説明されても理解できないだろうな。
連れて行け」
「「はっ!」」
アシュフォードの指示で騎士が二人、カリーナの両側から彼女の腕を取って立たせた。それに抗う力などないカリーナはされるがままに立たされる。
「まっ?! お待ちになって! アシュフォード殿下!!!
わたくしの話を……っ!!」
必死に抵抗してアシュフォードに縋ろうとするカリーナを、アシュフォードはどこまでも冷ややかに見つめた。
「そうだな。
貴女が『どうやって生まれる前の赤子が、自分の意思を持って、その母親の腹に入ったのか』を反論の余地もない程に完璧に説明できたのなら。
貴女の話を改めて聞こう」
「そ……っ?!」
「貴族牢でゆっくりと考えるが良い」
アシュフォードの言葉に絶句したカリーナはまともな反論もできずに、その後は騎士に引きずられるように連れて行かれた。
そもそもアシュフォードはランドルの時と同じように、カリーナの釈明を聞きに来た訳ではない。
末娘への愛情を確かめる為に話を聞きたかったのだ。
まさかここまで酷いとはアシュフォードも思わなかった。
「赤子が元凶ねぇ…………」
そう呆れながらに独り言ちたアシュフォードの声を拾って後ろに居た執事の一人がアシュフォードに声を掛ける。
「……そういう考えの新興宗教でしょうか?」
その言葉にアシュフォードは少し考えてから、
「聞いたこともないな……」
そう答えた。
しかし可能性としてはあり得ると思ったアシュフォードはビャクロー侯爵家を調べさせる序にそれも調べさせた。
しかしそんな宗教の存在は一切無く。カリーナだけの“考え方”なのだと思われた。
貴族牢に入れられたカリーナは泣くばかりでアシュフォードに言われたことを説明しようとする態度も見せなかった。
本当はカリーナだって気付いている。
侯爵家の財力ならカリーナの身体を正常に戻せるポーションが買えただろうことに。
でもランドルはそれをしなかった。買えないと言った。買えば侯爵家が潰れると言った。……そして愛人を作った。
カリーナだって本当は気付いていたのだ。『カリーナが子供を産めなくなったからランドルが愛人を作った』のではなく、『ランドルが、3人の子供を産んだ女より、若い愛人を作りたいから、大金を払うのを嫌がった』のだと。
だけどそれを。それを……
それを認めるなんてできる訳がなかった。
そんなカリーナを馬鹿にし、侮辱したその考えを、カリーナが認められる訳がなかった。
カリーナのプライドがそれを許せる訳がなかった。
そもそもエーがカリーナの身体を傷付けて産まれなければ良かったのだ。
エーが生まれた所為でカリーナが次を作れなくなったから駄目なのだ。エーが男児で生まれなかったから駄目なのだ。
エーが全ての元凶なのだ……
アレが悪い。アレの所為。アレが生まれたから。
そう言って泣くカリーナは自分が同情より第三者の怒りを買っていることに全く気づくことはなかった。
カリーナの牢の警備を担当していた騎士の一人は「騎士を辞めたくなりそうになる!」と怒りで震える拳を抑えながら移動を願い出ていた。それ程にカリーナの考え方はこの国では異常だった。
エーが聖女だからとかいう話ではもう無くなっていた。
表向きカリーナはランドルと同じ、罪人に落ちたと発表された。人々は二人がどこかの強制労働送りになったのだろうと勝手に想像した。
生きる価値などないだろ! と怒る者と、生きて償わせろ! と怒る者とが騒ぎはしたが、それ以上の情報が流れることはなかった。
カリーナは、死にたいと願うことしか許されない場所で、罰を受ける。
〘※『ランドル』『サマンサ』『シャルル』『カリーナ』の【本番ざまぁ[R18]】はミッドナイトノベルズにあります。結構な文字数とそこにしか出てこないキャラが多数おりますので、R18が大丈夫な方は覗いて見て頂けると嬉しいです(*^∀^*)個人的にはシャルル版が力作です(*>∀<*)b ww〙
※本番ざまぁ簡単説明
〔父親:薬の実験台〕〔母親:魔女の薬の素材〕
〔長女:娼館の玩具〕〔次女:爬虫類系の産卵場所〕