1>> 跡取り
〔※前半は子供がツラい目に遭います。苦手な方は御注意下さい〕
〔※本編との矛盾は(無いように書いたつもりですが;;)御愛嬌ということで……(;>д<)〕
オルドランはビャクロー侯爵家の後継ぎとして育てられた。
物心が付いた時にはもうオルドランは『自分が特別な存在』なのだと理解できていた。だって『自分は周りとは違う』から。
社交性を養う為として歳の近い貴族の子どもと遊ぶ時間もよく取られていた。オルドランの相手は殆どが下位貴族で、将来オルドランの支えになる人材を探す意味合いもあった。
茶会と称したその集いはいつも侯爵家で行われ、遊びに来る子ども達の付き添いには全員が“両親”揃ってオルドランに幸せそうな“家族の顔”を見せていた。
オルドランの側には乳母と他の使用人しか居ないのに。
「ご両親はお忙しいのですよ」
それがオルドランの乳母の、オデットの口癖だった。
「ご両親はオルドラン坊ちゃまを気に掛けておられますよ」
「ご両親も本当はオルドラン坊ちゃまの側に居たいのですよ」
「ご両親の為にも立派になりましょうね」
「坊ちゃまはこの侯爵家の次期当主なのですから」
「お母様はオルドラン坊ちゃまの事を愛しておられますよ」
乳母のオデットは常にオルドランに微笑みながらそう言った。
──お父様もお母様も、オルドラン坊ちゃまの事を愛していますよ──
皆がそう言った。
実際ランドルはオルドランを気に掛け、時には抱き締め、時には頭を撫でてくれて、優しく微笑んでくれた。
オルドラン自身も自分が特別な生まれだから他の子たちとは違うのだと考え、だから『母が側に居ないことにも意味があるのだ』と思っていた。
だけど……
やはり、自分は他の子たちとは違う特別なのだと思っていても……他の子たちが甘えて抱きつき、そんな子たちを優しく包み込むように抱き締める『母親』を見て……オルドランは『羨ましい』と思った。
オルドランは『母親』を知らない。
知識としては知っていても、母親を身近に感じ、自分自身で体験したことはなかった。
オルドランは自分の母親が侯爵家夫人のカリーナだと知っている。
そう教わって育ったから。
だからオルドランにとっての母親は『カリーナ』だった。
だけどそのカリーナは……
その母親はオルドランの側には居ない。
きっと乳飲み子の時には母親に抱き締めて貰っていただろうけれど、オルドランが物心付いた時からの記憶には母親と挨拶以外の接触をした記憶はなかった。
◇
オルドランは物心付いた当初、自分の母親はオデットなのだと思っていた。
だって知識では、『オデットの様な人が母親である』と言っていたから。『常に側に居て』『優しく抱きしめてくれて』『温かくて』『自分に微笑みかけてくれて』『良い匂いがして』『側に居ると落ち着いて』『自分を常に気にかけてくれて』……『自分を愛してくれる存在』。オルドランの知るそんな人物はオデットしか居なかった。
ランドルもオデットを他の使用人たちとは違う扱いをしていたから、オルドランは当初その自分の認識に疑問を持たなかった。
だからある時思い切って呼んでみたのだ。
「おかあさま」
と、オデットを。
その時のオデットの顔を、オルドランは忘れることができなかった。
驚きと、……恐怖の様な、拒否感だけが読み取れる表情……
オルドランは一瞬で駄目なことをしてしまったのだと理解した。
そんなオルドランに焦り、困りきったオデットが必死に先程の言葉を否定した。
「ぼ、坊っちゃま!? 違いますわ?! わたくしは“うば”っ、“乳母”で御座います!!?
決してオルドラン坊っちゃまの母では御座いません!!!」
その強い否定の言葉にオルドランは怖くなって必死に頷き理解を示した。
オデットは乳母。
優しくて温かくて柔らかくてずっとずっと自分の側に居てくれる唯一の女性だけれど、オデットはオルドランの母親ではない……
「オルドラン様のお母様はカリーナ様ですよ」
優しく抱きしめながらオデットが伝えてくれる言葉をオルドランは噛み締める。
オルドランの母親はビャクロー侯爵家夫人のカリーナ。
カリーナ母様……
挨拶しかしたことのない女性が『母親』だと言われて、オルドランは混乱した。
◇
「お母様はどうして僕に会いにきてくれないの?」
純粋で、そして何気のない疑問だった。
忙しいのは分かっている。そう聞いているから。だけど、遠くから見かける母は姉たちと楽しそうに笑って出掛けていたりする。遊びに行く時間はあるのに自分に会いに来てくれない母にオルドランは単純に寂しさと疑問を感じた。
そんなオルドランの質問にオデットは困ったような……悲しそうな顔で微笑んでオルドランを抱き締めた。
「坊ちゃま……
……お母様はお忙しいのです」
「でも……」
「お父様が坊ちゃまを次期ご当主とする為に坊ちゃまに付きっきりなので、きっとお母様はお姉様方を寂しがらせないようにされているのですわ……
それに……」
「それに……?」
「……当主となる男児が母親に甘えてばかりではいけないと言われているのです。ですからわたくしが……乳母が坊ちゃまのお側にいるのですよ。
……わたくしでは坊ちゃまのお役に立てませんか?」
オデットに淋しげに微笑まれてオルドランは焦った。
「?! そ、そんなことないよ?! 僕はオデットが大好きだもん!?!」
「フフ……、ありがとうございます。オルドラン坊ちゃま……」
そう言ってオデットはギュウゥッとオルドランを抱き締めて、そしていつも話をはぐらかしてしまうのだった。
「ご安心ください坊ちゃま……
坊ちゃまは皆に愛されておりますよ……」
オデットの言葉を、言葉のままにオルドランは信じた。……信じるしかなかった。
だけど成長していくにつれ、聞かされている言葉とは違う『母の態度』にオルドランは気付く。
両親揃って参加する茶会に跡継ぎとして一緒に連れて行かれる時、オルドランを抱き抱え、膝の上に座らせたりしながら息子に笑いかけるランドルに対して、母カリーナはオルドランを見るどころか、偶然視線が合えばその美しい顔にシワを寄せてオルドランを睨んだ。
茶会の席などで他家の夫人から「立派なご子息ですね」と言われて「ありがとうございます」と返してくれているのに、オルドラン自身にはカリーナが視線を向けることはなく、その手はオルドランの背中に添えられているようで決してオルドランに触れることはなかった。
他の子供たちが母親に手を繋いでもらったり抱き上げてもらっている中で、オルドランは母の体温を一度も感じたことがなかった……
そんなことが続けば誰だっておかしいと気付く。
オルドランは母に自分が嫌われているのかもしれないと考えるようになった。
絵本の中にいる優しいお母さん。
同い年の子たちに微笑みかける母親たち。
オルドランの手を握ってくれるのは……育てる為に雇われただけの乳母だけ。
自分には『抱きしめてくれる母親』は居ないのだと知った時、オルドランは泣いた。
「うわぁあぁん!! ぼ、僕はお母様に嫌われてるんだぁ〜っ!!!」
「そ、そんなことはありませんっ! 坊ちゃまは愛されております!!」
「ウソだっ!! だって、だってお母様は……っ!!! う、うあぁ〜ん!!!」
カリーナの冷たい視線を思い出してオルドランは悲しくて泣いた。抱き締めてくれない母。優しく微笑み掛けてはくれない母。手さえも握ってくれない母。
自分は母親に愛されていないことにオルドランは泣いた。
そんなオルドランをオデットは抱き締める。自分を抱き締めてくれるのは乳母しかいないのだとオルドランは更に悲しくなった。
「坊ちゃま……
オルドラン坊ちゃま……
申し訳ありません……申し訳ありません…………」
泣き喚くオルドランをただただ強く抱き締めてオデットも涙を流していた。そのオデットの涙の意味をオルドランは想像すらできない。ただ口先だけで優しい言葉を並べるだけで実際には何もしてくれないオデットに、オルドランは少しずつ不信感を抱いていった。
◇
母に愛されない自分。
自分を愛してくれはするけども滅多に構ってはくれない父。
軽々しく愛を語る乳母。
自分を侯爵家の男児としか見てくれない使用人たち。
挨拶をしても笑顔を返してはくれない姉たち。
オルドランの幼心は少しずつ少しずつ傷付いていった。
オルドランが6歳となったある日、オルドランは下位貴族の男児たち数人と一緒に遊んでいた。自分たちで勝手に作ったルールでボール遊びをした後、休憩にジュースとお菓子をみんなで食べた。
その時一人の男児が皆を楽しませようと自分の話をし出した。
母と自分の面白話を。
「〜、って、母様ってほんとイヤになるよ! 機嫌取ろうとして無理やり抱きついてくるし!」
「そー! それ! 無理やりキスしてこようとしたり!」
「もう赤ちゃんじゃないのにな!」
「でもまだ一緒に寝てるんだろ?」
「なっ?! それ言うなって言ったろ!!」
「あー! いーな〜! 僕はもう一人で寝なさいって怒られたよ〜」
一人が始めた母の話に皆が理解を示していた。オルドラン以外の全員が、母との思い出を少なからず持っているのだと、その場の空気から感じ取れた。
楽しそうなその場の空気に、オルドランだけが理解ができずに馴染めなかった……
そんなオルドランに年上の子が気付いて然りげ無く会話の話題を変えた。
その気遣いに、またオルドランは傷付いた。
一部の者がオルドランの前では絶対に母親の話題を出さないことをオルドランは気付いている。今回の様に母親の話題を出した者も次に会う時は二度と母親の話をオルドランに聞かせることはなかった。
侯爵家の後継者であるオルドランに気を使っているのだ。
母のことに関しては、オルドランは『周りに気を使われるような存在』なのだと……他の人にとっては当たり前のことがオルドランにとっては特別なのだと皆が思っているという現状が、追い打ちをかけるようにオルドランの心に更に暗い影を落とした。
お母様。
お母様……
どうしてお母様は僕の側に居てくれないの?
どうして僕はお母様との記憶がないの?
お母様は僕のお母様なのに、どうして他の子とは違うの?
どうして抱き締めてくれないの?
どうして手を繋いでくれないの?
どうして?
どうして??
どうして僕は他の子のようにお母様に触れられないの???
どうしてお母様?
お母様……僕のお母様……
僕の……カリーナお母様……………
オルドランの中で母への思慕だけが強く強く募っていった…………




