世界を変えた物語(お試し)
お試し投稿です。
一匹の虫が葉の上で休んでいた。芋虫のような見た目で人の指程度の大きさしかないか弱き存在。しかしこの虫は確かに魔物だった。ただ植物を食べ、他の生き物の餌になるだけの魔物。
しかしこの虫は他の同じ虫よりも少し大きかった。それが悪かったのか。
大きな羽を羽ばたかせ、巨大な鳥が虫を捕獲したのだ。捕獲された虫は巣まで運ばれて餌として雛鳥に食べられるだけ。
この世界では当たり前の光景。日常の風景。そのはずだった。
しかし、この虫は特別だったのだ。
通常の虫とは違う行動をする特別な存在だったのだ。異常個体とも言われる存在だった。だからこれは必然だったのか、はたまた偶然だったのか。
それは誰にも分からない。
その虫は生きる為に知恵を付けた。何よりも生きる事に執着していた。しかし捕獲された時に気付いたのだ。なぜ生きる事に拘っていたのか。それは自分が生きた証を残すためだと。
そして鳥に捕らえられた時に一緒に囚われた葉に卵を産み付けた。自らの生きた証を残すために。
そして風に煽られて、卵を乗せた葉は遥か上空を舞う。風に吹かれてただ運ばれる。
それがこの世界を変えた瞬間だったのだ。それは今も、これから先も、誰にも知られる事の無い、たったひとつの出来事だった。
風に吹かれてたどり着いた場所。そこには綺麗な白い花が咲き乱れていた。しかし卵を乗せていた葉は傷付き、遥か上空を舞った事で直ぐに枯れてしまった。しかし卵はそこに有った花の葉に付着し生き長らえていた。
生き物とは環境に適応する過程で進化する物だ。そして魔物はそれがより顕著に現れる。そうして本来は魔物が存在しない場所に魔物が存在する矛盾が出来上がったのだ。
それは卵の状態で、魔物を弱らせる植物に付着した事で起きた奇跡。本来ならあり得ないはずの事が起きてしまったのだ。
この卵は特殊で、周りを覆っている繭は外敵から身を守る盾であり、体の一部でもあったのだ。それにより身を守りながら、環境に順応する事が出来たのだ。
そして通常よりも長い時をかけて環境に順応した虫は生まれた。
その虫は全身が白く、清らかさに満ちていた。そう、この虫は生まれた時から浄化の力を得ていたのだ。そして自らの本能のままに葉を食べた。
本来ならか弱き魔物なら一瞬で死に至る植物を食べたのだ。しかし、自らの浄化の力により死ぬ事は無かった。
それから幾つもの季節が巡り、全長が20㎝になった頃にふと思ったのだ。ただ食べるだけ、こうしている事に何の意味があるのか。自分は何の為に生きているのか。
周りには自分以外の生き物は存在しない。ずっと咲き続けている白い花があるだけ。
何も変わらない世界。
何も変わらない生活。
自分以外に、この白い花以外の物は存在するのだろうか?もし違う世界があるとしたらどんな景色だろうか?どんな生き方をしているのだろうか?
そう思ってしまったのだ。
本来なら生きる事で精一杯でそんな事を考える余裕など有りはしない。例え考える時間が有ったとしてもそんな事を疑問に思う事はない。だが、この個体は特別だったのだ。通常の種よりも賢く、力が有ったのだ。
それはとても悲しく、とても愚かな事だったのだ。
生き物にとって天敵もなく、食べ物にも困らない環境がどれだけ幸福な事なのか。
でもそんな事を知るはずがない。自分以外に比べる対象が存在しないのだから。
知恵を得る事は愚かな行為だ。不幸だと知らなければ不幸にはならないのだから。知恵を得る事とは生活を楽にしてくれ、より良い環境を作り出す事が出来る。だが豊かさを知る事は本当に幸福なのだろうか?豊かさを知らなければ貧しさを感じる事は無いのだから。比べる対象が居なければ不幸と感じる事は無いのだから。
だが知恵を得た事により、自らの幸福の為に動き出す。自身の生きる意味を求めて。
この白い虫はただ自分の生きる意味を知る為に、ユリウスの花の世界を進んでいく。
どの位の時間が経っただろう。
ひたすらにユリウスの花の中を歩き続ける日々。疲れたら休み、お腹が空いたら葉を食べ、眠くなったら眠り、葉に付いた水滴で喉を潤し進み続けた。
すると遂にユリウスの花の群生域を抜ける事が出来た。
初めて見る世界はキラキラと輝いていた。
夜の空を写す鏡の様に星空を水面に写し出していた。巨大な湖には生き物が居なく、周りも植物だけが生い茂る空間が広がっていて、風が吹く事もなく静寂に包まれていた。
ゆっくりと水面に近き覗き込む。
そこには自らの姿が映し出されていた。
黒くて丸い大きな目が四つついていた。前方を覗く目が二つ。左右を覗く目が二つ。その下には小さな口があり、白い皮膚は夜空の星の光を反射し青白く輝いて見えた。
初めて見る自分の姿を不思議そうに見つめた虫は、段々と水面に近づき水面に顔を沈めた。
すると急に写っていた物が消え、水に顔を沈めている事に驚いて慌てて顔を上げる。
すると今まで鏡の様だった水面が波紋を広げて姿を写さなくなっていた。暫くすると波紋は落ち着き、また鮮明に姿を写し出す。そして同じことを何度も繰り返す。
気が付けば空が明るくなっていた。
何度も同じことを繰り返すことで、水が自分の姿を写し出す事をなんとなく理解した。
それから湖を進もうとして溺れそうになったり、ユリウスの花以外の植物を食べたり、飽きるまで探索し続けた。
僕の名前はシュタットレイス・マシュロア。6歳だ。
気が付いたら転生してた。最初は「転生チートきたーー」と内心喜んでいたら、実は凡人でした。
生まれた時から気分悪いし息苦しかったけど、魔力らしき感覚が有った為に色々試していたら、少しずつ魔力の量が増えてる気がした。
そして魔力量が増えるのに応じて体調も良くなってきた。これこそ転生チートと思っていたんだけど、ある時両親からとんでもない話を聞いてしまった。
実は僕の魔力量はかなり少ないらしい。しかもそのお陰で成長が遅いし、病気に成りやすいし、体力も付きにくいらしい。
僕の転生チート何処行った?特殊能力は?生まれてからずっと鍛えてきた魔力トレーニングは?
かなり絶望した。
この日はじめて魔力トレーニングを休んだ。
しかし、良く考えると魔力トレーニングをしてから体調が良くなった事を思い出して、またトレーニングを再開する事にした。
しかし、久し振りに再開した魔力トレーニングはかなり辛かった。頭痛いし、フラフラして力が入らなくなるし、気分悪いし、全身に痛みが走るようになっていた。
「少しサボっただけで酷くない?」っと思ったけど、辛くないなら皆やるに決まってると思い直した。何のリスクも無く強くなるなら皆やるに決まってるし、辛いならトラウマに成りやすい子供の内はやらないよな。
それから辛さに耐えながらも魔力トレーニングを続けてると、また少しずつ辛さが和らいできて、今度からは欠かさないと心に誓った。
「はぁ。はぁ。はぁ。ちょ、ちょっと、速すぎるよ。少し休憩」
「シューは全然体力無いな。鬼ごっこは止めて別の遊びにするか?」
「お、お兄ちゃん達と遊ぶのは、やっぱり、まだ、早かったんだよ。はぁぁぁ」
「そ、そうか。シューと外で遊ぶのは初めてだったから少し張り切り過ぎたかもな。悪い」
「良いよお兄ちゃん。少し休憩したらお家に戻るよ」
「悪かったな。じゃあ俺はベイルンドの所に行ってくるよ。無理するなよ?」
「ありがとう。お兄ちゃん」
僕は近くにあった石の上に座った。兄は3つ上でかなり体格に恵まれてる。それに比べて僕は小さいし、体力も全然無い。
この世界では魔力があるせいか、子供の成長も早いし、身体能力も全体的に高い。
だから僕の中では自分が劣ってるのではなく、皆が凄いって感覚だね。
「軽いランニング位の速度で帰ろう」
僕はランニングしながら左右に広がり小麦畑を眺めながら考える。
家の畑以外の畑は麦や野菜や豆等を栽培しているけど、家はこの村で唯一家畜用の餌を育てている。
ナプトと言う植物で、面積辺りの収穫量が小麦の5倍から8倍の収穫量がある。人間には不味くて人気無いけど、家畜を育てるには効率的だ。
成長も早く、水さえ有れば何処でも育つと言われる程簡単で、沢山収穫できる。
「どうにかしてナプト食えないかな?」
そんな事考えながら家に帰って来た。
「ただいまーー」
「お帰りシュー。もう帰ってきたの?やっぱりまだ早かったかしら」
「もう少し頑張れば大丈夫だよ。あ、そうだ母さん。収穫したナプトってまだある?」
「有るわよ。次の栽培用の分と備蓄分が残ってるわ。まさか、食べる気?」
「えーっとね、どうして美味しくないのか分かれば食べれるようになるかも?って思って」
「そう。父さんには話しておくから使っても良いけど、少しずつ使うのよ?後作った物はどんなに不味くても捨てないように。約束出来る?」
「分かった。約束する。じゃあ倉庫行ってくる」
僕は扉を勢い良く開けて走り出した。
「まったく。徐々に体力は付いてきたみたいだけど、あの性格だとまだまだ心配ね」
倉庫の中にあるナプトをコップ一杯分取って家に戻ってきた。
「この茶色のやつ剥がしたら食べれるかな?」
「それを剥がしても美味しくないわよ。剥がすと薄い茶色の物が出てくるわ。煮でも、焼いても、粉にしても美味しくないわよ。どうするの?」
「うーん。取り敢えず水で洗ってみて煮込んでみるよ」
そう言って先ずは外の皮を剥いて水で洗ってみた。すると白と茶色の色が混じったみたいな色になった。
「何だこれ?微妙に混ざってない?って事は元は違う物質で混ざりにくい成分って事かな?ほっといたら沈殿するかも?」
洗った水は壺に入れて部屋の隅に置いておく。何かに使えるかもしれないし。
それから何度も洗ってみたけど、一向に色が薄くならない。これはダメかもしれない。
「母さん、これ暫く水に浸けて置くから蓋開けないでね」
「分かったわ。上手く行くと良いわね」
そう言って優しく微笑んでくれる母さんからは愛情を感じる。
母さんは体の弱い僕を心配してるみたいだけど、僕はあまり気にしてない。この世界的には恵まれない体だけど、前世の僕からしたらかなり理想の体なんだよね。
前世では色々なスポーツや古武術を習ってたけど、どれも大成する事は無かった。
センスは有ったと思う。感覚を掴むのが早かったり、勘が鋭かったり、新しいスタイルを作ったり。
ただ肉体的に劣っていた。骨格の関係で元々バランスが取りづらい体で、体の構造上出来ない姿勢が多々有った。まあ簡単に言うと運動音痴の人に多い骨格。運動に向かない体だった。
だけど、今の体はかなり理想に近い。関節の稼働域も理想的だし、柔軟体操して稼働域を広げながら強靭かつ柔らかい筋肉がついてきてる。
日課の筋力トレーニングと体力トレーニングが終わると柔軟して水浴びをする。
ご飯を食べ終わると兄と就寝。父と母と妹は一緒に就寝してる。妹はまだ小さいからね。
そして僕は今日3度目の魔力枯渇をさせて眠りにつく。
それから数日後。
周りは暗く、ほんのりと空が明かるくなり初めている。
背伸びをしながら起き上がり、軽くストレッチを始める。次に魔力トレーニングを開始。ゆっくりと体内の魔力を操作し、身体中に域渡らせる。
徐々に出力を高めながら体外に放出していく。放出された魔力を支配下に置きながら徐々に範囲を広げて行くと、急激に出力が弱まって行く。
「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。魔力切れでの全身の痛みや頭痛は無いけど、急激な倦怠感や疲労感、息苦しさは無くならないな」
またゆっくりと軽くストレッチをして部屋を出る。
顔を洗い釜戸に向かうと朝食の準備を始める。野菜と豆のスープに硬いパンを準備したら釜戸の火を落として両親と兄を呼ぶ。
「ご飯出来たよー」
返事を待たずに家に入って妹を起こしに向かう。可愛い妹の寝顔を眺めながら頭を撫でて優しく起こす。
「おはようミーニャ。朝だよ。起きて」
すると目を閉じたままゆっくりと起き上がり抱きついてくる。
「にーに。おあやう」
「おはようミーニャ」
妹の目が開くまで頭を撫でてあげて、一緒に食卓に向かう。既に皆揃っていて朝食を食べ始める。
「シューのお陰でスープが美味しくなったわね」
「スープに浮かんでくる泡を飲んだら不味かったから、それを取り除いたら美味しくなったんだよ。昨日のスープも家畜の骨も食べる動物がいるって言うから試しに入れてみたら何か美味しくなった」
「にーに、おいちー」
「あぁ。本当に美味しくなった。家の子は皆天才だ」
暖かい家族。自然と頬が緩む。前世とは大違いだ。この家に生まれてきて良かった。
食事が終わると両親と兄は畑仕事に戻る。僕と妹は小さな畑に軽く水を巻く。小さな種一つ一つが芽を出すか確認する為の畑だ。ある程度育ったら大きな畑に植え替えて本格的に育てるのだ。
確認が終わると妹を連れて村長の家の隣にある集会所に向かう。普段何も無い時は小さな子供達は集会所に集まる決まりだ。
「皆おはよう」
「シューはいつも遅い。いつも最後。たまには早く来て」
「よしシュー、早速特訓しようぜ」
「はぁ?何であんたが決める訳?先ずは魔力トレーニングからでしょ?」
「私、勉強したい」
ホントに皆騒がしい。気が付いたら僕を中心に遊ぶようになってた。
最初は独りで文字の読み書きしたり、新しい単語を覚えたり、魔力トレーニングをしたり、筋トレしたり、前世で習った古武術の形の稽古をしてたんだけど、気が付いたら真似する子が現れて皆で集まって遊ぶようになった。
これは遊んでるのか?
「ミーニャも居るから文字の読み書きから始めよう。ミーニャはお絵かきする?」
「うん。大きいの書く」
「よし、じゃあ広場でやるから自分の杖持って来て」
地面に文字を書いたり、絵を書いたり、皆思い思いに書いていく。
楽しい。
前世は子供の頃誰かと遊んだ事とか無かったし、友達と呼べる相手は居なかった。これを遊んでるとは言いがたいけど、皆で同じ事をするのって、凄く楽しい。
昼前になったら家に帰る。お家に帰ると皆帰って来てて、お母さんがご飯を作ってくれてる。
食べ終わるとお昼寝タイム。僕の場合は魔力トレーニングをしてからお昼寝。
起きると両親はお家の仕事を始めて、お兄ちゃんは友達の所に遊びに行く。妹はお母さんのお手伝い。そして僕は畑の見回りついでにランニング。
夕方近くまで特訓してたら、水に浸けてたナプトの事を思い出して急いで家に戻った。
「はぁ。はぁ。はぁ。か、確認するの忘れてた」
壺の上に乗っている木の蓋と重石を取って中身を確認してみる。
「え?何かめちゃくちゃ茶色くなってる。白いのが下で、茶色いのが上に沈殿してるのかな?」
木尺を使って茶色い液体を掬ってみて匂いを嗅いでみる。
「何か苦そうな匂いがする」
試しに少し舐めてみた。
「うぇぇぇ。まっっっず。ペッ。まず。しかも泥臭い。これは無いな」
それから上に溜まった茶色い液体を丁寧に取り除いたら、白い液体だけになった。木尺を洗ってから白い液体を掬って匂いを嗅いでみる。
「ん?この匂いって、もしかして?」
また少しだけ舐めてみた。
「まず。茶色いやつよりはマシだけど、これも無理だな。でもこれで確信できたかな。この匂いとこの味、かなり米に近い植物だ」
昨日部屋に持って行った壺の中身を捨てて、洗ってから白い液体を入れて部屋に戻した。何かに使えるかもしれないし。
白くなったナプトを水洗いすると直ぐに濁らなくなった。次に使わなくなった石鍋にナプトを入れて水を注ぎ火にかける。木蓋と重石を乗せてあとは待つだけ。
暫くすると、お母さんと妹が食材を持って帰って来た。三人でご飯を作ってると兄とお父さんも帰って来てた。
「シュー。ホントにナプトなんか食べるのか?」
お父さんは引きつった顔で聞いてきた。まぁ、気持ちは分かる。あの茶色い液体と白い液体は激マズだった。でもこれはきっと大丈夫なはず。多分。
石鍋を釜戸から降ろして蓋を開ける。すると米独特の香りが漂ってきた。木ベラでかき混ぜてから皿に乗せた。
「いただきます」
皆が見てる中一口食べる。
「んーーー。美味しい。ほんのり甘い。凄い。皆食べてみて」
「じゃあ私から」
お母さんが一口食べると途中で固まってしまった。あれ?美味しくなかったのかな?
「シュー。凄いわ。本当に美味しいわ。今まで食べた事のない食感だけど、柔らかくて、瑞々しくて、ほんのりと甘味もある。まさかナプトがこんな味になるなんて」
するとお父さん、お兄ちゃん、妹も美味しいと言ってくれた。
特に妹は、パンより食べやすくて甘くて美味しかったみたいでかなり気に入ってくれたみたいだ。
それから夜寝る前に魔力トレーニングして就寝。
次の日の昼後にお兄ちゃんが模擬戦の相手をしてくれる事になった。
「お兄ちゃんはなるべく避けるだけにするから、頑張って当ててみて。おもいっきりやらないと当たらないぞ?」
「分かった。頑張る」
「それじゃあ、はじめ」
掛け声と同時に駆け出した。体格差もあるし、パワーもスピードも違う。なら、変則的な攻撃だ。
兄の間合いの中に入ると、攻撃が来ない事を確認して、屈んでいる体制から飛び上がり回し蹴り。
兄は驚いて後ろに下がりながら上体を反らして体制を崩す。
その間に一気に間合いを詰めながら大きく回転しながら地面に手を付け、蹴りのフェイントを混ぜながら間合いを詰める。そして充分間合いを詰めてから足に向かって回転蹴りを放つ。
兄は驚いていたけど咄嗟に跳んで僕の攻撃をかわす。
しかし、体制が崩れている上に、強引に跳んだ為に無防備に空中に居る。
回転する力を更に上げて空中にいる兄に全力の掌低を放つ。
「貰った」
次の瞬間僕は吹き飛ばされて、地面に倒れていた。
「はは。シューは凄いな。流石に当たると思ったけど、咄嗟に手で払い除けてしまった。ごめん。驚き過ぎてつい手が出てしまった」
「いてて。大丈夫だよ。はぁ。絶対当たると思ったのに」
「まぁ普通は当たるだろうな。ここまでの体重差が無かったら片手で払った位では無意味だったはずだよ。いや、本当にシューは凄いよ。まさか蹴りにあんな攻撃方法が有ったとは驚いた」
「まあ蹴りは威力があるし、珍しいから避け難いと思ったんだけど、予備動作が大きいから慣れちゃうと当たらないんだよね」
「確かにそうかもしれないな。でも知らない相手にとってはかなり脅威に感じるだろうな。今日もまさかシューから勉強させられるとは。俺もまだまだ強くならないとな。まだ弟には負けられないな」
「うぅぅぅ。力が違い過ぎて反らす事も出来ないし、関節技決めても返されるし、カウンターも軽く払われるし、また何か思い付いたらその時は相手して」
「分かった。楽しみに待ってるよ」
その夜、村に激しい鐘の音が鳴り響いた。
「盗賊だー。盗賊がきたぞー」
村中が騒がしくなり、彼方此方から喧騒が聞こえて来る。
「シュー、妹とお母さんを頼んだぞ」
武器を持った父と兄を見送った。僕らは部屋の隅に集まって固まっていた。
僕と妹は母に抱き締められながら声を潜めていた。抱き締めている母の手が震えている。僕は母の震える手を強く握りしめた。その行為は母の為でもあり、自分の為でもある。
暫くすると兄が先に帰って来た。
「良かった。皆無事だった。多分半分以上の盗賊は倒したと思うけど、他は逃げて行ったみたいだ。今は腕に自信がある人たちで見回りをしてるから、俺は先に帰って来たんだ」
「スーラエル。良かった。本当に無事で良かった」
母は泣きながら兄を抱き締めている。僕は泣きはじめた妹を抱き締めながらその場から動けずにいた。
朝になると村人総出で復旧に取りかかっていた。夜に警戒していた人達は入れ替わりに睡眠を取っている。
この村に盗賊が来るのは初めてだったみたいだ。何処かで戦争があったらしく、戦争から逃げた人や、徴兵で生活出来なくなった村の生き残り達が集まって盗賊が増えてるみたいだ。
この村は食料の生産効率が高いから、徴兵の代わりに追加の食料を納める事で徴兵は行われなかったみたいだ。
僕と妹は疲れていたので早めにお昼寝する事になった。
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「とうちゃん」
呼び掛けると笑顔で手を繋いでくれる。反対側では妹とも笑顔で手を繋いでいる。それを後ろから笑顔で見つめる母。
家族皆がお父さんが好きで、幸せな家族だった。
そう。全て父が与えてくれた幸せだった。
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「夢?」
どうやら前世の夢を見ていたみたいだ。
忘れていた小さい頃の記憶。
人生で一番幸せだった頃の記憶。どうして忘れていたんだろう?どうして今思い出したんだろう?
両親は離婚して、僕と妹も母の実家に住む事になった。僕も妹も父と離れるのが凄く悲しかったのを覚えてる。
離婚した理由ははっきりとは分からない。離婚する前に父と母は喧嘩ばかりしてた。でも二人とも僕と妹には変わらず優しかった。
母の実家に帰ってから、母は父の話になると怒り出すから自然と父の話はしなくなった。その辺りから妹は家族と仲が悪くなりはじめ、決定的だったのが、母が再婚してからだ。
妹は祖父母とは話すけど、新しい父と母、僕とも話さなくなった。
新しい父はあまり良い父親では無かった。
母は離婚する時に全ての財産を受け取っており、かなりの貯金があった。だから生活事態はかなり余裕があった。
だけど新しい父は帰って来るのも遅いし、母と喧嘩ばかりしていた。家に帰ってきたくなかったんだろう。
そして新しい父は母の貯金を持って居なくなってしまった。新しい父が出ていった理由は、今ならなんとなく分かる気がする。
母はかなり執着する人で、帰りが少しでも遅くなったり、連絡がなかったりすると烈火のごとく怒り出す。
それに僕達子供は一向になつかない。
まぁ金を盗んでいったのはあり得ないけど。
それで家族は更にバラバラになり、妹は全寮制の学校に行く事になった。
それから妹には一度も会ってない。祖母の話では、妹は全寮制の学校を卒業してからは、本当のお父さんと一緒に生活してるっぽい話を聞いた。はっきり聞いた訳では無いけど、今考えるとそう取れる発言があったから。
きっと妹は父を捨て、父を忘れようとした家族が許せなかったのだろう。今なら妹の気持ちが分かる気がする。
それから、母の執着は段々と僕に集中するようになった。当時は母の事も好きなのでこれが普通だと思っていたけど、今思うと友達が出来なかったのは家に縛り付ける母にも原因があったかもしれない。
「にーに。どこか痛いの?」
気が付いたら妹が起きていたみたいだ。
「大丈夫だよ。どこも怪我してないよ」
僕は必死に笑顔を作って答えた。妹に心配させないように。
僕はこの世界に転生して、心の何処かで、ここは現実ではない夢の世界だ。って思っていたのかもしれない。本当の意味でこの世界で生きて居なかったのかもしれない。
何処か作り物の、物語を聞いている気持ちで過ごしていたのかもしれない。
だからこそ盗賊が来て、命の危険があると思った時に、前世の忘れていた記憶を夢に観たのかもしれない。
今まで自分の為に行動してきたけど、これからはこの幸せな家族を守る為に行動しよう。
あの日見た前世の父のように。
「シュー、遂に10分以上持つようになったぜ」
「流石だな。シュトライトが羨ましいよ。でもまだ体外に放出は出来そうにない?」
「ダメかもな。ま、でも代わりに俺は身体強化が強力だからな。やっぱり体動かすのが性にあってるぜ」
やっぱりシュトライトは身体強化に特化しているのかもしれない。誰に、どんな力があるのか分からないとこの先の訓練は難しい。ただ身体強化に特化してる場合は分かりやすくて助かる。体外に放出すると制御出来なくなる、または放出事態が出来ない。
「良いなー。皆それぞれ魔法が使えるようになってるのに、僕は何の現象も起きないし。やっぱり魔力が少ないからなのかな?」
「あー、リリィは振動の支配で、エマは気体の支配で、他はまだよく分からないんだったか?ま、シューの力もそのうち分かるだろ」
「だと良いけどね」
魔力を放出して、尚且つその魔力を支配している状態では特殊な現象が起きる事が分かった。きっかけはリリィが体外の魔力を支配して留める訓練中の事だった。
「支配して留める。支配して留める。支配して留める」
「シュー、何か涼しくなってないか?」
「ん?確かに言われてみればそんな気もするかな?皆一端止めよう」
「支配して留める。支配して留める。支配して留める」
全く。リリィは集中力は凄いけど、一度集中すると話しかけても気が付かなくなるんだよな。
リリィの肩に触れようとして手を伸ばした時だった。
「冷たい?おい、リリィ。一端中断して。何か大変な事になってるぞ」
その後検証してみたら、振動を支配しているみたいで、動かない事をイメージすると冷たくなり、激しく動き回るイメージをすると熱くなる事が分かった。
そう。これが魔法だったのだ。もしかしたら普通の魔法とは違うかもしれないけど、こんな小さな辺境の村に魔法を教える人なんていないから、僕達は偶然知ったこの方法以外のやり方があるなんて知るはずがないのだ。
「父さん、皆何か騒がしいけどどうしたの?また盗賊?」
「いや、この村に騎士団がくるらしい。この村を拠点にして盗賊討伐するらしいんだが、食料が足りないって騒いでるんだよ」
軍の食料問題は切っても切れない悩ましい問題だよね。戦争する時も、盗賊討伐するにも大量の食料が必要になる。
大きな町ならお金を払えば大量の食料を手に入れられるけど、小さな村では大量の食料の備蓄なんてあるはずがない。お金を渡されても無い物は買えないのだ。
かといって、大きな町からは大分離れてるから輸送するにも時間がかかる。その間はこの村か、周辺の村から食料を集めないといけない。
でも周辺の村は盗賊に襲われて、無事なのはこの村だけ。でもこの村は兵役を免除する為に備蓄してある食料を追加で納めたので余裕が無い。
「父さん、そう言えばナプトって沢山あるよね?」
「あぁ。戦争で家畜等も大量に徴収されて食べられたから、馬や家畜の食料はどの村も大量に余ってるはずだ。盗賊も雑草より不味いナプトは食べないはずだ。まさか、騎士団にナプトを出せってか?」
「違うよ父さん、村で食べるはずの食料を騎士団に渡して、僕達はナプトを食べるんだよ。騎士団の人だって雑草より不味いって思ってるナプトを出したら何されるか分からないし。その代わりに騎士団の人に周辺の村のナプトを集めて貰おうよ」
「なるほど。それならいけるかもしれんな。なら皆を納得させる為にも一度ナプトを試食して貰おう。シュー、今から作ってくれ」
「任せて父さん」
それから僕は大量のナプトのお握りを作って、塩と干し肉も準備して貰った。
「父さんどうだった?」
「皆びっくりしてたぞ。硬いパンと違って食べやすいし、スープが無くても食べれて甘くて美味しい。それに塩をかけるだけでも美味しいし、塩辛い干し肉とも相性抜群だってな。皆喜んでたぞ。騎士団の人は不思議がってたけど、ちゃんとナプトを集めてくれるそうだ。代わりに村からはナプトを輸送する人を出す事になった」
「良かった。これで食料問題は解決だね」
それから暫くして僕と兄さんが模擬戦をしてる時だった。
何処からともなく拍手の音が聞こえてきた。振り向くと其処には一人の騎手が立っていた。
「その年でそれだけの力を身に付けるとは。良い才能だ。君、名前は?」
どうやら兄に話しかけてるようだ。
この騎士は見た目60歳位に見える。でもそんな歳を感じさせない位の威圧感がある。
まずデカい。縦にも横にも。
身長はおそらく2メートルは越えてるはず。それにはち切れんばかりの筋肉。二の腕の筋肉は僕の胴体位あるんじゃないか?そして顔が怖い。厳つい顔につり上がった目に、いくつかの傷が残っている。そして右手の甲には黒い入墨が入っている。まじで怖い。
「スーラエル・マシュロアです」
「体格も良いし、筋肉の付き方も良い。よし、ワシの手を一発殴ってみろ。本気でやれ。才能を感じられれば将来騎士にしてやろう」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。だから本気でこい」
お兄ちゃんは強い。ひいきめ無しで強い。それに僕が教えた魔力トレーニングのお陰で身体強化も凄い事になってる。いくら騎士とは言ってもおじいちゃん騎士に、兄の本気を受け止められるとは思えない。
兄は集中して魔力を巡らせている。身体中に薄く膜を張り巡らせている。
とんでもない威圧感だ。
「行きます」
兄が一歩踏み込んだ衝撃で地面が揺れた気がした。
「「「バシン」」」
もの凄い破裂音が鳴ったと思ったら、おじいちゃん騎士が仁王立ちの姿勢で片手で受け止めていた。
信じられなかった。兄の一撃はとんでもない威力だった。それを踏ん張りの効かない姿勢で片手で軽々と受け止めている。同じ人間とは思えなかった。
「ふむ。中々良い一撃だな。着いてこい」
「はいっ」
気が付いたら誰もいなくなっていた。
騎士ってこんなに強いのか?あまりにも強すぎてどれ位強いのかすら分からない。最早同じ人間と思ってはいけない。それぐらい次元が違って見えた。
村の中を歩きながら考え事をしていた。
この村で生まれて、この村で育って、暖かい家族が居て、友達も居て、確かな幸せを感じている。
だけど僕はこの世界の事を何も知らない。最初は幸せならこの村の中だけで生きていければ良いと思っていた。
だけどそれは違う。
幸せとは当たり前何かじゃない。何もしなければ失ってしまう物なんだ。守る力がなければ失うだけだ。前の人生でも体験したし、見てきただろ?
知らないと言う事はとても恐ろしい事なんだ。どんな危険があり、どんな問題に直面しているのか、知らない事で破滅するなんて事は沢山あるはずだ。
何となく気になって周りを見渡す。
すると保護された近隣の住民が隠れるようにして座っているのを見つけた。
なんと言うか、明確に何かに気が付いた訳では無い。ただ違和感を感じた。
何となく、相手に気付かれないように観察してみる。
独りで居ること事態は何の問題もない。他所の土地で知り合いも居なければ気疲れもするし、独りで考えたい事とかもあるだろう。
でも何故隠れるように座っている?僕はたまたま気が付いたけど、気配が希薄だし、見付からないように目以外を動かさないようにしている。
それにこの場所はこの村の住民が沢山住んでる場所だし、騎士団のテントにもある程度近い。独りになりたければ不向きだ。それに保護された人達の住まいからは遠い。
暫く観察していると、ゆっくりと歩き始めた。
保護された人達が集まってる場所に向かっているみたいだ。
だけど通りすぎて村の外に向かっていく。
村の外の森を暫く進むと男が立ち止まり、今までよりも更に周りを警戒しながら進みはじめる。見つかる訳にはいかないので更に距離を離して後をつける。
また暫く進むと立ち止まり、男が木をリズム良く叩き始める。すると少し離れた場所の草が不自然に揺れ、地面が動くと穴から人が現れた。きっと穴を掘ってそこに隠れ、土や草等でカモフラージュした木の板で穴を塞ぎ、見つからない様にしていたのだろう。
暫く話をすると、隠れていた男は去っていった。
去り際に見えた隠れていた男の格好が、盗賊達が身に着けていた装備に似ていた。確証は無いけど、この避難民の男は盗賊達と繋がっているのかもしれない。もしそうだったら盗賊達はまた何か仕掛けてくるかもしれない。
緊張感と恐怖で急に寒気がしてきて、手足も少し震えて来た。気付かれないように震えが収まるまでじっとすることにした。
難民の男が去ってから暫く経ってから村へと戻った。
無事村に帰ると、緊張から開放された安堵感から足の力が抜けそうになるのを必死に堪えて、先程見た事を騎士団の人へと話した。
翌日、昨日見た難民が騎士団の人に捕らわれ、更に翌日に騎士団が何処かへと出発して、無事盗賊達は討伐されたらしい。何人かは生きて捕らえられ、村から帰る騎士団に連れられて行った。
春になったある日、妹が森から虫を拾って来た。
「にーに見て、カワイイでしょ」
妹が抱えている生き物見てゾッとした。何故ならそれは魔物だったのだ。しかもただの魔物では無い。異常個体と言われる特別な力を持った魔物だ。
「み、みーにゃ、それは魔物だから危険なんだ。ゆっくり、ゆーーっくり、そっと、優しく、地面に置くんだ」
すると、巨大な白い虫を両手に抱えているみーにゃは口を半開きにして呆けた顔をして、暫く固まっていると徐に口を開いた。
「どうして?このおっきな虫さんは大人しくてカワイイ虫さんだよ。それにね、みーにゃが探してた白いお花集めも手伝ってくれて、とってもいい子なんだよ」
みーにゃが何を言ってるのか理解出来ない。魔物は普通の動物とは違い、強い魔力によって狂暴差が増し、同族以外には積極的に襲いかかる恐ろしい生き物だ。
一度深呼吸をして、もう一度みーにゃが抱えている魔物を見てみる。
みーにゃの両手で乱暴に抱えられているのに暴れる様子が無い。それに白くて清潔そうで、何処か神秘的な何かすら感じるし、見た目も愛くるしい。
だけど、何って魔力量なんだ。
他人の魔力は目に見える物では無いけど、感覚的に感じる事は出来る。誰でも感じる事が出来る訳では無いけど、薬師等の一部の人等は感じる事が出来るらしい。因みにこの村では僕だけが感じる事が出来る。
魔力の少ない人は、霧みたいな感覚がする。それが濃くなると、まるで水の様な感覚になる。更に濃くなると、騎士団のおじいちゃん騎士の様に重そうな粘り気のある液体の様に感じる。
だけど、この魔物から感じる魔力はまるで鉄の塊だ。この小さな生き物の何処にこれ程の魔力が詰まっているのか。この魔力量、誰がどう見ても異常個体だ。
寒気がして、全身の毛が逆立ち鳥肌が収まらない。
暫くみーにゃを説得してみたけど、みーにゃの目から涙が溢れそうになったので一旦諦めて、両親に説得してもらおうと思ったけど、魔物が大人しいこともあり、何故か家で育てる事になった。