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龍神の物語

「危ないので、我々の後ろに下がっていてください」

「我々って?」

「えっ?」


 村人の言葉に違和感を覚えて振り向くと、ラスボスたちは遠くの方に立っていた。


 走って呼びに行くけれど、彼らは面倒くさがっている。


「えええ~なんで僕が~」

「余に、小物を退治せよと申すのか?」


 人の悪意ライムバルトと魔王アルトローグが、不平を口にする。


「ここにいらした日に、詳しく説明しましたよね? ご納得いただいたはずですが……」

「知らん」


 ――はあ? 散々飲み食いして暴れておいて、その態度は何?


「わかったとは言ったけど、協力するとは言っていないよ」


 大天使ウリエルまでもが否定的。

 それなら龍神、龍ケ崎一連は?


「己で対処すればよい」

「だから、それができないんだってば……って、失礼しました」


 怒りのあまり敬語が吹っ飛んだ。


「でも、ことは一刻を争うんです。こうしている間にも、村が破壊されてしまう」


 その時、かすかな声が聞こえた。


「うわあぁぁぁん、うわあぁぁぁん」


 子供の泣き声!

 まさか、家の中に取り残されているの?


「どなたか、わたしと一緒に来てください」

「だから、なぜ我々が行かねばならぬ」


 こりゃ、ダメだ。

 彼らは全員非協力的。


 ――こんなはずじゃなかった。ラスボスは、召喚者の願い通りに動いてくれるんじゃなかったの?


「わかりました。じゃあ、わたし一人で助けに行きます」


 悔しさに歯を食いしばり、泣き声のする方へ。


「わあぁぁぁん」

「ここだ!」


 わたしは軒下(のきした)にあった水瓶(みずがめ)に、そのまま頭を突っ込んだ。まだ足りないと水を被り、燃える家の中へ。

 

「助けに来たよ。どこ?」


 呼びかけながら探してみると、部屋の奥で女の子が泣いていた。

 幸い、そこまで火の手は回っていない。


「おいで、ここから出ましょう」

「うえっ、うえっ、うえぇぇん」

「怖かったね。もう大丈夫だから」


 多少の火傷(やけど)は気にならない。

 わたしは急いでその子を抱っこして、出口に向かう。


 ところが外に出た途端、魔物の姿が目に飛び込んだ。


「キシャアァァァ、ギョワアァァァ」

「ひっ」


 思わず声を上げてしまう。


 八つの光る目玉に八本の長い足、毛むくじゃらの巨大な身体に(とが)った口元。

 

 巨大な蜘蛛(くも)だ!


 ――勘弁して~。蜘蛛(くも)は、寒気がするほど苦手~。


 もちろん、そんな場合じゃないと知ってはいるけど、足がすくんで動かない。


「びえぇぇぇ、びえぇぇぇん」

「ギギャ? グギャアアアアア」


 女の子の声で、巨大な蜘蛛に気づかれた。

 ガサガサ動く長い足を見たせいで、わたしの全身に鳥肌が立つ。


 大きな蜘蛛はわたしたちの目の前で(とが)った口を開けた。


 ――やっぱり自分は役立たず。人一人、助けられないの?


 女の子を(かば)うように抱きしめて、わたしはギュッと目を閉じた。


氷槍(ひょうそう)


 ドガッ


「ゴギャアアアア、キイィィィィィ」


 突如(とつじょ)、断末魔の叫びが響く。

 目を開くと、蜘蛛の頭からお腹の下にかけて、長い氷の(やり)が斜めに刺さっている。


「……た、助かった?」


 ホッとしたわたしは、幼子を抱えたままその場に崩れ落ちる。


「どうして無茶をするんだ!」


 直後、誰かに怒鳴られた。

 龍ケ崎 一連様!


 見上げた金の瞳は鋭くて、かなり怒っているようだ。


「どうしてって……守られるだけなんて嫌なの。何もできないと(なげ)くのも嫌!」


 言葉が勝手に(こぼ)れ出た。

 子どもを助けようとしたことに、後悔なんてない。


 一連がハッとする。

 その表情がゲームの彼と重なって、胸が締めつけられそうだ。




 ――龍神、龍ケ崎一連は後ろの高い位置で一つにまとめた紺色の髪に金の瞳、龍の模様が入った青色の狩衣(かりぎぬ)と水色の(はかま)に身を包んだ美青年。RPG【あやなしの國】に、ラスボスとして登場していた。


 最後の戦い前に流れる回想シーンは、思い出すたび泣けてくる。


 龍神は、元々優しい性格だった。

 雨の恵みをもたらしたり、人々を守護したり。

 そんなある日、彼は池に迷い込んだ村娘と出会う。


『娘、誰の許可を得て立ち入った?』

『すみません。道に迷ってしまいました。水音がしたので、(のど)の渇きを(うるお)したくて……』

『そうか。では、好きなだけ飲むといい。帰りの道は(おの)ずと開かれよう』

『道がひとりでに開くって……変な方。でもあの、ありがとうございます』


 村娘の顔はぼやけていたが、たぶんかなりの美人さん。すぐにお礼を言うあたり、きっと性格もいい。


 龍神は、そんな娘に好意を抱く。


『なんだ。そなた、また来たのか』

『ええ。ここに来れば、公卿(くぎょう)様にお目にかかれると思って』

『公卿、か。異なことを』

『違うのですか?』

『まあ、そなたがそう呼びたければ、それでよい』

『ふふ、やっぱり変な方』


 村娘も彼に心を寄せていて、龍神の住む池を頻繁(ひんぱん)に訪れるようになっていた。

 二人はいつしか、恋人同士に。


『離れがたいが、当分留守にする』

『はい。あの……また、お会いできるでしょうか?』


 一連はハッとした後、にっこり微笑んだ。


『当然のことを申すでない。息災で過ごせよ』

『……はい。公卿様、どうかお元気で』

『なんだ? そのような顔をされると、出立したくなくなるではないか』


 龍神は、娘を固く抱きしめた。

 (つや)のある黒髪に頬ずりをして、しばしの別れを惜しんだ。




 それが、今生の別れとも知らずに――。




※公卿……くぎょう。貴族の中でも三位以上の偉い人々。

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