魔物があらわれた
ラスボスたちに振り回されて、神殿内を走る日々。
召喚に成功したら、雑用が軽減されるかも……な~んてとんでもない! 以前にも増して、仕事が増えた。
「はああぁぁ~。ごめん、タレス。ちょっと匿って」
「ハルカ、大変そうだね」
友人のタレスが心配してくれた。
彼は下男で、神殿の外の掃除や荷運び、薪割りといった力仕事を担当している。
彼は顔の半分を前髪で隠していて、コミュ障気味。だけど根気強く話しかけると、徐々に心を開いてくれた。
わたしは樽を運び終えたタレスを引っ張って、物置の陰に移動する。
「大変なんてもんじゃないよ~。みんな礼儀知らずでわがままで。女神様を『オバサン』呼ばわりするは、気に入らないとものを壊すは、とにかくお世話がキツくて……」
仲良しの彼になら、本音を言える。
これまで先輩神官に対する愚痴も、たっぷり聞いてもらっていた。
「でもここだけの話、ちょっとスッキリしちゃった」
「スッキリ?」
「そう。だって、一番美人の神官にも、なびかなかったんだもん」
わたしは食堂での様子を再現しようと、女性神官とラスボスの声を真似てみる。
『ねえ、あなた。角っぽい装飾品はいただけないけど、とってもキレイな顔ね』
『そう言うお前は、汚いな』
『な、なんですって、汚い? この私が?』
優れた容姿を鼻にかけ、わたしをいじめる美人神官。
魔王の言葉で、顔色を変えていた。
『ちょっと。あんたが召喚したせいで、美的感覚が狂っているじゃないっ』
『え? わたしのせい!?』
早速こちらに八つ当たり。理不尽だ。
『そうかな? 私から見ても、君は汚いよ。ハルカの方がキレイだ』
『……は? 何言ってるの、逆でしょう』
『僕もハルカがいい~。お姉さん自信満々だけど、ここの人たちってブスが好きなの?』
いやいやいや、自分らが超絶イケメンだからって、ブスは言いすぎだ。
大天使も庇うにしたって限度がある。日本人のわたしが、ヨーロッパ顔の美女に敵うわけがない。
『まさか、あなたもそう思っているの?』
怒りに震える彼女は、龍神に矛先を向けた。
『……いや』
『そうよね。話のわかる人がいて良かったわ。ねえ、あなた。彼女に代わって私が使役してあげる』
龍神の目が即座に吊り上がった。
『俺を使役する、だと? はっきり言わねばわからぬか。心根の腐ったお前は、汚いではなく醜悪だ。ただちに去ね!』
『なんですって!!』
憤慨する美女神官。
ただわたしは、ラスボスを怒らせる方が怖い。
そのため、焦って立ち上がる。
『まあまあ。食事中なので、その辺にしといてください』
『何よ、調子に乗って! 様子を見に来てあげたのに、好意を無にするつも……もがっ』
これ以上ラスボスを刺激してはならない。わたしは彼女を引きずって、食堂から追い出した。
「……と、いうことがあったんだよ。あっちの方が美人なのに、わたしが世話をしているからか、気を遣ってくれたみたい」
「ハルカは可愛いよ」
「ありがと。嘘でも嬉しい」
「嘘じゃないのに……」
わたしの横で、タレスがうつむく。
そうかと思うと、ハッとしたように顔を上げた。
「ハルカの命が減ったって噂は、本当?」
「ああ、それ? 実感ないけど、たぶん……」
わたしの余命はあと数年。
初日はずいぶん落ち込んだけど、『大神官に恩返しができて、世界が救えるなら』と、自分に無理やり言い聞かせた。
最近は忙しすぎて、召喚にともなう代償ののことを、すっかり忘れていたようだ。
「ごめん」
「ん? タレスが謝ることないよ。自分で決めたことだもん」
くじ引きにしろ請われたにしろ、危険な秘術に臨むと決めたのは、わたし自身だ。
「……ねえ、あの人たちって何者なの?」
「みんなには、偉大な魔法使いって言ってある。でもタレスには、本当のことを教えるね」
口を引き締め頷く彼に、わたしも思わず姿勢を正す。
「なんと、彼らは全員ラスボスです!」
「らすぼす?」
「あ、そうか。ええっと、ゲーム……じゃ、わからないね。物語なんかに出てくる最後のボスで、とっても強いの」
「最後のぼす?」
首をかしげる仕草が可愛い。
神官の中ではわたしだけれど、神殿で一番若いのは、十六歳のタレスだ。「魔力が全くないため神官になれなかった」と、語ってくれたことがある。
――ま、わたしも似たり寄ったりだけど……。
だから余計、親しみを感じる。
変な感情はこれっぽっちもなく、彼といると落ち着く。
「それって……」
ガラーン、ガラーン、ガラーン
タレスの声は、大音量の鐘の音に遮られた。
「魔物が現れたぞ~。今度はレバック村だーっ」
「レバック村?」
「ここからそう遠くない村だよ。避難が間に合えばいいけど」
にわかに、神殿中が大騒ぎ。
「そうだね。じゃあタレス、また後で」
「うん。ハルカも気をつけて」
近くに魔物が出現したなら、いよいよ出番だ。
ようやく人の役に立てると思えば、気持ちもはやる。
村に到着したものの、瓦礫と煙で奥がよく見えない。
あちこちから火の手も上がっている。
「逃げろーっ」
「こっちはダメだ。粘液で先に進めない」
「キシャアァァァ、グギャギャギャギャ」
変な音。魔物が近くにいる?
「救助はまだか?」
「お願い、助けて」
「みなさん、こちらです! 急いで」
必死に声を張り上げると、わたしに気づいてくれた。
「ああ、助かった……って、神官様!」
「救助の兵はどこだ?」
村人は不服そうだが、ラスボスたちが本気を出せば、兵よりずっと頼りになるはずだ。