使い放題!?
ウリエルは大天使、のち堕天使なので、光と闇の両方使える。
ちなみにホーリーシールドとは、球体状の防御の魔法で、物理攻撃や魔法を通さない。中から外は見えるけど、外から中は見えない仕様となっている。
セイクリッドロードライト――つまり聖なるオーロラは、光の高位の技。状態異常の解消と最大限の体力の回復を敵味方関係なく行うため、めったに出現しないのだ。
「キレイ~♪」
優美で芸術的な魔法には、感動すら覚えてしまう。
しかし外では、魔王と人の悪意が苦しんでいた。
「ぐっ……ぐぐ……」
「痛い、痛い、痛い~~~」
――そうか、彼らは闇属性。聖なる光とは相容れない。
「ウリエル様。理解したので、おやめください」
「私もよくわかったよ」
大天使が手を離した瞬間、球体とオーロラはかき消えた。
「君に触れると、大きな魔法が苦もなく使える。魔力はほとんど感じられないのに、どうしてだろうね?」
「……さあ?」
わたしにもよくわからない。
魔力が増えた感覚はないし、身体に異常も現れない。
変化は感じられないのに、ウリエルは巨大な魔法を同時に扱えた。
これはもしや、召喚した者だけに与えられる特典?
それとも女神の恩恵かな?
「戯言を。単に魔力が回復しただけではないか」
不満げな顔の魔王が、爪の先に火を灯す……が、瞬く間にかき消えた。
「……む」
「情けないね。じゃあ僕が。ダークファング……って、あれ?」
人の悪意の魔法も不発。
「娘、良いか?」
「もちろん、喜んで!」
ひと言余分な気がしたが、許可を求めた龍神に、わたしは反対の手を差し出した。
「氷山、並びに水龍」
龍神の声に反応し、氷の山が遠くに現れた。
その山頂で、水の龍がとぐろを巻いている。
「すごい!!」
龍神がわたしの手を離すや否や、二つは幻のようにかき消えた。
「もったいない……」
がっかりしたわたしを見ながら、大神官は得意げだ。
「やはりのう。特別な絆で結ばれておるようじゃ。今後大きな魔法を使いたくば、ハルカに触れると良い」
「はいいいい!?!?!?」
すかさず奇声を発したわたし。
その横で、大天使がにっこり笑う。
「喜んで」
魔王は考え込んでいて、人の悪意は不服そう。
龍神は目を細めたものの、相変わらずの無表情。
「わかった。だが、触れるだけとはまどろっこしい。その娘、余が喰ろうてやる」
「……は?」
魔王の突飛な言葉に、わたしの思考は停止する。
「ならぬ。ハルカが死ねば絆は途切れて、魔力は回復せん」
「むう、ダメか」
大神官様、ナイスフォロー。
よくわからないけど、助かったみたい。
……ってことは召喚者のわたしがいれば、魔法が使い放題? そんでもって、わたしの願った通りに、ラスボスが動く?
予想もしなかったすんごい能力に、ついにんまりしてしまう。
これならきっと、魔物退治は楽勝だ。
――という考えは甘かった。
客室に案内するのもひと苦労。
「こんな狭い空間に、余を閉じ込めるのか?」
「いえ、閉じ込めるのではなく、くつろいでいただきたくて……」
「ねえ、このオバさん誰?」
「オバッ……豊穣と慈愛の女神、エストレイヤ様です」
女神エストレイヤは、この国の守り神。
神殿にも祀られている崇高な存在だ。
「邪魔だから、捨てていい?」
「絶対にダメですっ」
語気を強めて言い返す。
魔王は部屋の広さが、人の悪意は飾ってあった女神像が、お気に召さないみたい。
「ちぇ~」
「ふふ、あの子か。かなり美化されているね」
大天使のウリエルが、意味深な笑みを浮かべた。
「もしかして、お知り合いですか?」
「そうだよ」
「下々の話はいい。余をもっと広い部屋に案内せよ」
「女神様を下々って……」
魔王に文句を言おうとすると、龍神までぽつりと呟《つぶや》く。
「知らない顔だな」
龍神、龍ケ崎一連は洋装ではなく和装。
元の世界の神職が纏うような紺色の狩衣だった。中央には、銀色の龍の刺繍が入っている。下は、水色の袴を合わせていた。
ポニーテールのような紺色の髪に金の瞳の青年は、言うまでもなく神々しい。
――そうか、龍神ってことは彼も神様だ。もしやラスボスと神々は同格なの!?
そうだとすると、大部屋ではマズい。
わたしは神殿中を走り回って、それぞれに個室を用意することにした。
「ふう……」
これでおとなしくなったはず。
けれど、願いは虚しく、夕食時にも問題が持ち上がる。
「足りぬ、もっと寄越せ」
「え? でも今、牛一頭と羊三匹丸々平らげましたよね?」
「余に相応の供物を提供するのは、人間の義務だ」
「はあ……」
なんだかちょっと、腑に落ちない。ゲームの魔王は、食事なんてしてたっけ?
「牛でなくていいよ。いっぱいいるから、人間でもいい」
輪をかけて怖いのが、人の悪意の集合体ライムバルト。
彼は、人の悪意が大好物。
全ての悪意を吸い取られると、人は善人になるどころか、なぜか廃人になってしまうのだ。
「でも、やっぱりいいや。ここの人たち、みんなマズそうだから」
――それって悪意が足りないってこと?
わたしをいじめる先輩も、一応神官なので外面はいい。
とりあえずホッとするものの、顔をしかめた龍神に気づく。
「お口に合いませんか?」
「新鮮な魚はないのか?」
龍神が魚を好む?
残念ながらこの神殿は山間部にあり、干した魚か塩漬けしか食べられない。
龍神のがっかりした横顔を見ながら、次は大天使……は、食べずに女性を口説いている。
「夕食より、君が食べたいな」
――おいおい、それってどこのチャラ男なの!?