不機嫌なラスボスたち
「ブレイズストライク」
「氷壁」
間一髪、わたしの前に出現した氷の壁が、魔王の放った炎を弾く。
「ジュワッ」
「ひゃあっ」
大きく逸れた火球は、神殿の柱に激突した。
「うわあー」
「ひええっ」
パラパラ崩れた柱の側で、神官たちが慌てふためいている。
――龍神のおかげで助かったけど、タレスは? 友人のタレスは無事なの?
急いで彼の姿を探すと、下男の彼はホウキを手にガタガタ震えていた。
「……ふう。怪我人はいないようね」
たまたま人がいなくて良かったものの、神殿の柱が深くえぐれている。
一歩間違えれば大惨事。
ラスボスたちの技は強大で、かなり危険だ。
「あれれ~? 角のお兄さん、外しちゃったね」
魔王の横から顔を出し、人の悪意の集合体ライムバルトがケタケタ笑う。
――ライム様お願い、空気を読んで!
ラベンダー色の上着に、同色の半ズボン。
白いシャツに紫色の蝶ネクタイ。
ライムバルトは少年のような出で立ちだけど、『ミスリルワールド』に登場するれっきとしたラスボスだ。
ゲームでは愛らしいボイス付きで人気は高いが、性格は結構えげつない。
「下っ手くそ~。僕が代わりにやってあげるよ」
そのライムバルトが、両手を顔の前に構えた。神官たちのほとんどは、残って見ているようだ。
このままでは危ない!
「ライムバルト様、話をさせてくださいっ」
「あっれ~、人間ごときが僕の名を軽々しく口にした? その上、指図もするつもり?」
「これこれ。女性には優しくしなくてはいけませんよ」
「ちぇ~~」
大天使、ウリエルが諭してくれたおかげで、おさまったみたい。金の模様が入った赤いローブは派手だけど、彼の中性的な美貌によく似合う。
後に堕天使となるウリエル。ラスボスなのに意外とチャラくて、自分を倒しに来た女性キャラを気まぐれに回復したりする。
そのため、彼のファンはほとんど女性だ。
「なーんてね。それっ―――」
「えっ!?」
ライムバルトの手から、何かが放たれた。
とっさにしゃがむと、黒い霧のようなものが頭上を通過する。
――これって、『カオスミスト』!
命の危険はないけれど、呑み込まれると相手の意のままに操られてしまう代物だ。
「ざーんねん。だけどこれ、小回りも利くんだよね」
――うん、知ってる。
魔力の弱い私に、ラスボスの技を防ぐ術はない。
助けを求めて大神官を見ると、彼は信じられないというふうに、目を大きく開いていた。
――とにかく逃げなくちゃ!
「大神官様、あちらへ」
「へえぇ。僕から逃げられるとでも?」
わざと二手に分かれて走った。
ところが慌てていたわたしは、ローブの裾を踏んづけて転んでしまう。
「痛っ」
その瞬間、黒い霧が生き物のように向きを変え、襲いかかった。
「セイクリッドシャワー」
金色の光が辺りに満ちる。
黒い霧は見る間に消えて、温かな光のシャワーが降り注ぐ。
――もしや今のは、ウリエルの声?
「チッ」
ライムバルトが可愛い顔で舌打ちする。
ゲームの通り、とんでもない性格だ。
人の悪意が積み重なってできただけあって、彼は人の命をなんとも思っていない。
「はっ、笑止。偉そうに言ってそれか?」
「自分だって失敗したくせに」
魔王と悪意が衝突し、睨み合っている。
この隙に逃げれば……。
「生意気なやつめ。よいか、攻撃とはこのようにするのだ」
走るわたしの横を、炎の塊が通過する。
「きゃあっ」
それは神殿に当たり、屋根の一部が崩落した。
「大変だ、逃げろっ」
「待て、置いていくな!」
神官たちは大騒ぎ。
我先にと、建物の中へ避難する。
「ふうん。じゃあ僕も。ダークファング!」
ライムバルトが唱えると、黒い霧が狼のような形になって神官たちを追いかけた。逃げ惑う彼らの様子に、人の悪意は楽しそう。
「ハハハ、こりゃいいや。ねえ、どっちが多く殺せるか、競争しない?」
彼らは人に恨みを抱くラスボスだ。
今すぐなんとかしなければ、魔物を滅ぼす前に神殿が滅びてしまう!
「嫌っ、こっちに来ないで」
「やめろ、どけ!」
神官たちの叫びが聞こえる。
舐めてかかっていたせいか、余計に焦っているらしい。
魔力を誇る先輩方も、ラスボスには太刀打ちできないようだ。
「ハハハ、見てあれ~。バッカみたい」
人の悪意が、お腹を抱えて笑う。
「今すぐやめなさいっ!」
わたしは人の悪意、ライムバルトを掴まえて、思い切り怒鳴った。