旅立ちの時
残るは魔王だけ。
「どうかお願いします!」
「そこまでしなくていいんじゃない? ねえ、君。自信がないなら元の世界に帰ればいいよ」
「ふん。余は、そんな挑発には乗らん」
ウリエルの加勢もなんのその。
魔王はあくまで、自分の主張を貫くつもりだ。
ゲームの魔王は魔物の味方。
彼が魔物退治に乗り気じゃないのは、そこが原因かもしれない。
――あれ? でも……。
わたしは唐突に、ある疑問を抱く。
「魔物がたくさんいるってことは、この世界にも彼らを統べる本物の魔王がいるのでは?」
「うむ。そうやもしれぬ」
「何っ!?」
その場で頷く龍神に、魔王の目が怖いくらいに吊り上がる。
「はっ。何かと思えば、くだらん」
「くだらなくはありません。魔物は最近、急に増えました。もしそれが、この世界の魔王が力を付けたせいだとしたら?」
「ううむ……」
わたしの発したひとことで、魔王アルトローグが考え込む。
やがて彼は腕を組むと、尊大な仕草で見下ろした。
「仕方がないから、譲歩してやる。お前が余のものになるなら、暇つぶしに付き合ってやってもよい」
それって艶っぽい方ではなく、餌食になるって意味だよね?
答えはもちろんNOだけど、魔王の協力はほしい。
ここはひとまず、保留にしておこう。
「……考えておきますね」
にっこり笑って華麗にスルー。
意地悪な先輩神官たちのおかげで、鍛えられた技だ。
こうしてラスボス全員の同意を得たわたしは、その足で大神官に報告に行く。
「というわけで、みなさん協力してくれるそうです」
「ふむ。よくやった」
「ただ、彼らの言うように、魔物の中にも人を襲わない種類がいるかもしれません。そういう場合は……」
「いいや。全ての悪は魔物のせいじゃ。何をためらうことがあろうか」
「ですが……」
「案ずることはない。旅立てば、真理は自ずと見えてくる」
その言い回しでは、よくわからない。
女神を称える教義のせいかもしれないが、大神官は時々難しい言葉を使うのだ。
――ま、いっか。旅に出てから考えよう。
魔物退治は、国王の意思でもある。
王都から遠く離れたこの神殿にまで、王の手紙は届いた。各地に送られたのだと思うけど、言い換えればそれだけこの国は、切羽詰まっているようだ。
「わかりました。行ってまいります」
神殿を発つ日。
馬に乗っていくはずが、あからさまに嫌がられてしまう。
「ヒヒ~~ン、ブルルルル、ブルルルル」
何度おとなしくさせようとしても、抵抗される。
「いつもはおりこうなのに、どうして?」
「動物は人間よりも勘が鋭い。彼らの力を察知したのじゃろう」
「この前は平気だったのに?」
「その時に、嫌な気配を感じたのかもしれぬ」
「そんなあ。徒歩ってこと?」
これではまるでレベル1。
いくらRPGが好きでも、そこまで真似したいとは思わない。
だけど結局、馬には乗れなかった。
「仕方がないので、歩いて行きます」
「うむ。ハルカ、道中気をつけるのじゃぞ」
「はい」
「身体に気をつけて」
「うん。タレスも元気でね」
見送りは、大神官と友人のタレスだけ。
なんとも寂しい門出だが、別れを惜しむ暇はない。
ラスボスたちはわたしを気にせず、どんどん先に行く。
「ちょ、ちょっと待って! もっとゆっくり歩いてくださいっ」
「ゆっくり? お前が遅いのだ」
「荷物が重いし、足の長さが違うんです!」
言っててちょっと情けないけど、背に腹は代えられない。
「あれえ? 身長は僕と同じくらいなのに、歩くの遅いね」
人の悪意は涼しい顔で、地面を蹴って進んでいく。
魔王は地面すれすれに浮かび、音もなく移動する。
大天使は時々飛ぶので、全然疲れてないみたい。
龍神は人の姿のままだけど、鍛え抜かれた身体のせいか汗一つかいていなかった。
「馬に乗った方が、絶対楽だったのに」
ただでさえラスボスはみな、体力お化けだ。
わたしは小走りなので、すぐに息が切れてしまう。
そんなわけで、隣の村に着く前に休憩することとなった。
「ふう……」
「やはり、人間は弱いな」
ぼそりと呟く龍神だけど、否定しようとは思わない。
「そうですよ。だから、みなさんの助けが必要なんです」
「ふん。自分でどうにかできない種など、滅んでしまえばよい」
魔王は相変わらず、皮肉たっぷりだ。
「そうでしょうか? 助けを求めることを恥ずかしいとは思いません。助け合い、支え合って生きるからこそ、この世は美しく価値があるのです」
「ふん、いかにも弱者の言いそうなセリフだ」
思わずムッとしたものの、言い返すのはやめておく。
孤独なラスボスに、助け合いの精神はなさそうだ。教えても、理解するのに時間がかかりそう。
「ねえ、のんびりしてていいの?」
人の悪意ライムバルトが、突然話しかけてきた。
「ええ。今は休憩ですので」
「ふうん。じゃあ、勝手に逃げればいいんだね」
「ええ。……って、ええ!?」
頭上に暗い影が差し、大鷲のような魔物が現れた。
――グリフォンだ!




