遺体の謎
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護衛の兵士の報告を受け、慌てて向かう。
わたし――ハルカが村の奥に行くと、村人が数名、燃え尽きた家の中を覗き込んでいた。
「これは、どなたの家ですか?」
「空き家のはずだ。魔物も、こっちには来てないようだったが……」
「んだ。村の住民はみな避難しとるし、村長の確認も済んでいる」
「じゃあ、これは誰?」
崩れ落ちた梁の下には、大部分が焦げた人のようなものがあった。神殿での仕事柄、損傷の激しい遺体も目にしたことはある。けれど慣れることはなく、いつ見ても胸が痛む。
「大人のようですね。村の方でないなら、どうしてここに?」
ふと閃く。
「もしかして、侵入者では?」
「わからん。だが、調べるにしたって梁が重くて動かせない」
「んだ。このままそっとしておくしかないべ」
「まあね。下手に動かすと、遺体が崩れてしまうかも。ただ、焼死の割に横たわったままの姿が気になるわ」
普通はもっと、もがくのではないだろうか?
そこでわたしは顔を上げ、あるラスボスの姿を探す。
「ライム様、いらっしゃるのでしょう?」
「あれれ? どうして僕がいるってわかったの?」
村人の後ろにいた少年が、ぴょこんと顔を覗かせる。
遺体と聞いて、人の悪意が興味を持たないわけがない。
ライムバルトはスキップしながら近づくと、梁の下敷きになった遺体を見下ろした。
「……で? これを、僕にどうしてほしいの?」
さすがはラスボス、話が早い。
「詳しく調べたいので、梁をどかしてください」
「え~、どうしよっかな~」
「ライム様! ふざけている場合ではありません」
強い口調で非難すると、人の悪意は口を尖らせた。
「ちぇっ。怒らなくてもいいじゃない」
「あなたのお力が必要なんです。お願いします」
わたしは彼の両腕を掴み、青い瞳を見つめた。
「しょうがないな~。で? この柱みたいなものを、なくせばいいの?」
「はい」
「まったくもう、人使いが荒いんだから」
ぶつぶつ文句を言いつつも、手伝ってくれる気はあるようだ。
――でも、ちょっといいかな? 人使いが荒いも何も、今まで何もしていなかったよね?
「シャドーノワール」
ライムバルトが唱えると、空中にブラックホールのような小さな穴が現れた。黒い穴は梁を苦もなく呑み込むと、次の瞬間消滅する。
「「おおっ」」
村人や兵士は声を上げるが、わたしはゲームで見た技なので、驚かない。
「ライム様、おかげで助かりました」
「それ、本当に感謝してるの?」
「はい。ありがとうございます」
にっこり笑い、彼の頭に手を置いた。
ふわふわの髪は柔らかく、ついよしよしと撫でてしまう。
「なっ……バカ」
両手を頭に当てて照れる仕草は愛らしく、ゲームで見た通り。
これでラスボスなんて信じがたいが、本当なのでしょうがない。
「神官様、見てください!」
いけない、ライム様の可愛さに夢中になっていた。
わたしは急いで、声を上げた兵士の側に行く。
「これって、バツ印?」
梁の下の遺体は、お腹の上で手を組んで静かな姿勢で横たわっていた。そのせいで左腕の内側に、かろうじて焼け残っている部分がある。
そこにはなんと、バツのような模様があった。
「×印って、入れ墨にしては変だよね。まさか、奴隷の証?」
「いえ、奴隷なんて聞いたことがありません」
「そうだよね。この国に、奴隷制度はないはずだから」
わたしは神官となるために、一通りの知識は詰め込んだ。それによると、この国の奴隷制度はだいぶ昔に廃止されている。
「年齢も性別もわからないけど、背格好から推測すると成人男性かな? 焼死の割には眠るような姿勢だし、出火の原因もわからないし……」
わたしは神殿に戻ってすぐ、村の状況を大神官に報告した。話が終わると、大神官は一通の手紙を差し出す。
「これは……王家の印、ですか?」
「そうじゃ。魔物退治を正式に依頼されておる」
「でもこれ、だいぶ前の日付ですよね?」
「うむ。魔物の動きが活発になった当初から、陛下は憂慮なさっていた」
「……あ。じゃあ、そのために秘術を?」
「それもある。じゃが、陛下の意向がなくとも、魔物を退けてほしい」
「今回のように、ですか?」
「そうじゃ。そなたには苦労をかけるが、ここを出て各地を回ってもらいたい」
「旅に出ろ、ということですね」
「すまぬ、この通りじゃ」
「いえ、ええっと……。大変ですが、精一杯頑張ります」
とはいえ、わたし一人では何もできない。
肝心のラスボスたちは、協力してくれるだろうか?