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人の悪意が生まれた理由

 人の悪意の集合体は、全くやる気なし。

 魔王の様子を傍観ぼうかんし、感想だけを口にする。


「デーモンスパイダーが次々現れるなんて、大変だね」

「デーモンスパイダー? お前、大蜘蛛を知らぬのか?」


 ――やはり、ここでもか。


 繰り返しになるけれど、魔物はゲームによって呼び名が違う。同じ蜘蛛でも龍神は土蜘蛛、大天使はタランチュラと呼んでいた。


 可愛い顔の人の悪意は、面倒くさいのか言い返さない。完全に興味を失って、その辺をぶらぶら歩いている。


「まあね。彼は気まぐれだし」


 ――柔らかな淡い緑の髪に青い瞳のライムバルトは、愛くるしい容姿が特徴だ。ゲームアプリ【ミスリルワールド】の世界で、人の悪意が集まって生まれた。紫色の上着に半ズボンという可愛らしい恰好(かっこう)ながら、相当腹黒い。


『貴様、そこをどけ!』

『どいてもいいけど……。引き換えに何をくれる?』

『はっ、偉そうに。このガキ、殴られねぇとわからねえようだな』


 ごろつき(NPC)がライムバルトの可愛い見た目に(だま)されて、胸ぐらを掴んだ。

 すると、あっという間に悪意を吸い取られてしまう。


『ぐああああぁぁ~』

『あ~あ。せっかく逃げる機会を与えてあげたのに。それとも僕のために、自ら生贄(いけにえ)になってくれたの?』


 ライムバルトがクスクス笑う。

 なすすべもなく、ひからびていく凶悪犯。


 ミスリルワールドの世界では、人は全ての悪意を吸い取られるとなぜか善人ではなく、廃人になってしまうのだ。


 ちなみにライム様は、変わり種。

 城や塔、ダンジョンにも着ぐるみ姿で出没し、悪意を吸い取っていく。


「ラスボスなのにじっとしてないし、声も可愛いし。クマの着ぐるみも似合っていたから、結構好きだったんだよね」


 そんなライムバルトは、戦闘狂や凶悪犯罪者、独裁者らの魂が集まってできたラスボスだ。戦上手で頭も良く、人を魅了することに長けていた。

 死者の魂が実体化したため、人の悪意を(かて)としている。


『もう少しだ。もう少しで理想の世界になる。全ての悪意を集めれば、誰も僕に逆らわない。みんなが僕にひれ伏して、世界が一つになれるんだ』


 ライムバルトが目指したのは、世界の統一。どんな手段を使っても、全てを手に入れようとした。


 悪人と呼ばれる中には、自らを善だと信じる者がいる。己の理屈を強要し、一切の反論を許さない。きっとそうした者の魂が集まって、彼は生まれたのだ。


 ラスボス戦では、勇者が平和を訴えて彼を(さと)す。

 こと切れる直前、ライムバルトは勇者にこう打ち明ける。


『何をしても満たされず、ずっと孤独で寂しかった。僕なんて、いない方が良かったんだ。お願い、二度と生み出さないで』


「そんなことないよおぉぉぉ~」と絶叫しながら号泣したのは、他ならぬわたしだ。


 腹黒く策士の彼ではあるけれど、悲しそうな表情は本物だった。人気声優のボイスが神がかっていたこともあり、強く印象に残ったのだ。


 今の彼はふてぶてしくて、何を考えているのかわからない。せめてもの救いは、犠牲者がまだいないところだろうか?



 

「神官様、住民の避難が完了しました」

「ありがとうございます」


 報告した神殿の護衛兵に、頭を下げた。

 けれど火の勢いは衰えず、手前の家が燃え尽きそうだ。


 ――やっぱりダメ? わたしに力がないせいで、村全体を失うの?


「何をしている! 早く俺に力を与えろ」


 突如、奥から声がした。

 煙の向こうに、背の高い男性の姿が見える。

 火の粉を避けつつ近づくと、龍神が怒っていた。


「早くしろ」

「はいっ」


 照れくさいなどと言っている場合ではない。

 わたしは慌てて、龍神の腰を抱きしめる。


「む。そこか?」

「いけませんか?」

「いや、いい。……波濤(はとう)


 龍神が唱えると、高い波が急に押し寄せた。

 波は炎を消すと同時に、魔物の残骸(ざんがい)を押し流す。


「グギャギャギャギャギャ」

「ギーギー、ギーギー」


 奥に残っていた魔物も、一緒に流されたみたい。


「波を操れるなんて、すごい!」


 考えてみれば龍神は、水の魔法を得意としている。

 こんなことなら、全て彼に任せておけば良かった気が……。


「どこもかしこも水浸し。片付けが大変そうだ」

「ウリエル様!」


 大天使が歩み寄り、なぜかわたしを手招きする。


「こっちにおいで」

「え?」

「私の魔力も回復してくれるんだろう?」

「あ、そういうことでしたら」


 ウリエルの元に駆け寄ると、彼は自ら手を差し出した。

 ……じゃない。両腕を大きく広げている。


「はい?」

「どうぞ。抱きしめてくれるんだよね」

「は? いえ、それは……」


 さっきのは、急いでいたからだ。

 でもここで異を唱えると、ラスボス差別ととられかねない。


「失礼します」


 両手を腰に回して、正面から抱きついた。


「ふふ。素直な君は可愛いね」


 大天使はにっこり笑うと、浄化の魔法を口にする。


「セイクリッドライト」


 見る間に泥が消失し、折れた柱も元通り。


「うえ? えええええ!?」

「ふふふ」


 驚くわたしの前で、大天使が嬉しそうに目を細めた。




※NPC……ノンプレイヤーキャラクター。プレイヤーが操作しないキャラクターのこと。

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