大天使の悲しい過去
二人の愛と切ない別れに、わたしは主人公の勇者など、どうでも良くなった。龍神がラスボスに変貌したのは、愛しい娘を想うゆえ。
それほどまでに一連は、人間の娘を深く愛していたのだ。
「尊い、尊すぎる!」
「いきなりなんだ?」
――しまった。考えごとが口から出ていたらしい。
「なんでもありません。ところで龍神様、彼女はお元気ですか?」
わたしが二人の仲を裂いたなら、エライこっちゃ。
土下座くらいじゃ、とてもじゃないけど足りない。
「かのじょ?」
「お好きな方が、いらっしゃるんですよね?」
「好いた者など、おらぬ」
龍神はそう言って、顔を背けた。
そっか。
二人の出会いはまだみたい。
胸を撫で下ろしていたところへ、大天使のウリエルが割って入る。
「二人とも、何をのんびり話しているの? タランチュラは、まだたくさんいるよ」
「キシャアァァァァ」
「グギェェェェ」
巨大な蜘蛛が、ガサガサ動く。
「そんな! 一匹じゃなかったの?」
いっぱい出てくるなんて、考えただけでもゾッとする。
「タランチュラ? あれは土蜘蛛と言う」
「いいや、タランチュラだよ」
「どう見ても土蜘蛛だ」
「タランチュラって言うんだよ」
一連とウリエルは、互いに譲らない。
はっきり言って、どうでもいい。
同じタイプの魔物でも、ゲームによって呼び名が違うから。
蜘蛛は蜘蛛だし苦手だし。
早くなんとかしてほしい。
「グギャアアァァッ」
「そこだね、ホーリーブレス」
ウリエルが片手を突き出すと、白い光が現れた。
光は魔物を包み込み、一瞬にして塵と化す。
「すごい! 素晴らしい技です」
「どうも。君の魂は綺麗だから、特別だよ」
興奮したわたしは、ウリエルの腕を掴む。彼はウインクすると、次の魔物に光を放つ。
親切なのは、元の性格かな?
大天使も龍神と同じく、ラスボスになる前は平和を愛し、命あるものを慈しんでいたから。
――大天使のウリエルは、【ダーク・ユグドラシル】というRPGのラスボスだ。赤みがかった金髪に琥珀色の瞳、純白の翼を持っていた。中性的な美貌と柔らかな物腰が特徴の彼は、金糸の入った赤いローブがお気に入り。
ある時ウリエルは、枯れていく世界樹の前で、お付きの天使とともに心を痛めていた。
『やはり、私がなんとかしなければ』
『ですが、ウリエル様のたぐいまれな演奏をもってしても、どうにもならないかと』
『やってみないとわからないだろう? ただ今回は、根源で竪琴を演奏する』
『朽ちていく世界樹の根っこ、ですか? 危険です、やめてください!』
『もう決めたんだ。滅びを待つのは美しくないからね。誰かがやらねばならないことだ』
けれど彼の決意は、天界の怒りを買ってしまう。
あるがままを受け入れる、というのが神の意志だから。
「天に仇なす者」との汚名を着せられたウリエル。
それでも多くの命を救いたいと、巨木の奥に潜っていく。
『私の音色が聞こえるかい? 世界樹よ、聞こえたのならどうか応えてほしい』
ウリエルが、世界樹の底で竪琴を弾く。
樹が徐々に再生していく場面は、オープニングでも流れるシーン。
当然、涙なしには語れない。
でもそのせいで、彼は世界樹の底に溜まった負の感情を一身に受けてしまったのだ。
『いいよ、みんなが笑顔で暮らせるなら。私の身が犠牲になって……も……』
真っ暗な空間に閉じ込められて、出られない。
長年積もった澱が、ウリエルの身体と心をむしばんでいく。
やがて闇に堕ちた天使は、悪の道へと突き進む。
『世界平和など、気にしてどうなる? 誰だって己が可愛く、天界さえも私を見捨てた。世界樹ごと消せば、全ては終わる』
世の平和と安寧を願った大天使は、堕天使へ。
悲しいほどに変質していた。
「ウリエル様は元来優しい性格だけど、悪に堕ちて以降は、女性だけに親切になるんだよね~」
前半は善、後半は悪という二つの顔を持つウリエル。
その最終形態は、悪魔と見紛うほどの黒い姿に黒い翼。
顔立ちが整っているせいか、禍々しくとも美しく、圧巻の迫力だった。
「ほう……って、また出た~~!」
「ギギヤアァァァー」
堕天使のビジュアルを思い浮かべた後の、蜘蛛のどアップ。
ギャップがありすぎて、腰が抜けそうになる。
「邪魔だよ、下がって」
「はい」
素直に引き下がる。
救出した女の子はとっくに逃げて、姿が見えない。
龍神の一連は奥に移動したのか、ここにはわたしとウリエルだけ。
魔王と人の悪意は、何をしているのかな?