ラスボスたちに溺愛されてます
「キシャアァァ」
「グオォォォォォ」
山中の開けた場所に、奇怪な声が響く。
空には鋭いくちばしを持つ赤い鳥、地表には巨大な狼。
二体の魔物と目が合った。
下っ端神官のわたし――ハルカでは、とてもじゃないけど太刀打ちできない!!
でも大丈夫。
わたしには、強い味方がいる。
人里から引き離したので、もう十分だ。
「ウリエル様、お願いします!」
「もちろんだよ。君を傷つけるなんて、私が許すと思うかい?」
そう言って、赤みがかった金髪の男性がクスリと笑う。
――魅力的な笑みは後でいいから、今はとにかく集中してほしい。
「ムッとした顔も可愛いね。仕方ない、ホーリーシールド!」
彼が魔法を発動すると、わたしたちは白い球体に包まれた。
ガンッ、ガンッ、ガガン、ギリギリギリ……。
【大天使】の防御の魔法は、狼の体当たりや鋭い爪でも傷つかない。向こうからこちらは見えないが、中からは外の様子がよく見える。
灰色の狼は、こちらに引きつけた。
あとは鳥の魔物。
大きな赤い鳥は攻めあぐねているようで、真上をぐるぐる旋回している。
「アルト様、空はお任せします!」
「言われずとも、わかっておるわ」
わたしが叫ぶと、黒いマントの男性が面倒くさそうに上昇する。
長い黒髪に大きな角を持つ【魔王】は、空中で停止すると長い爪に火を灯した。
火はみるみる大きくなる。
「ブレイズストライク!」
燃えさかる炎が一直線に飛んでいき、鳥の魔物を直撃する。
「グギャアアアアァァァ……」
「やった!」
わたしは思わずガッツポーズ。
しかし鳥はもがきながら、木々が密集している方へ飛んでいく。
「いけない、山火事になっちゃう。一連様っ」
「承知」
木々の間から、紺色の髪に和装姿の男性が姿を現した。
彼は切れ長の目を閉じて、低い声を出す。
「水龍」
見上げた空には水の龍。
「グアオオォォォォォー」
龍は頭上で咆吼を上げると、さっきの鳥を追っていく。
「ふう、これでもう安心だね」
【龍神】の放った水の龍は、木々を消火しつつ燃えた鳥を呑み込んでくれるだろう。
「今日の夕食は焼き鳥、かなぁ」
「ガウ、グルルルルル…………」
「そうか、まだこっちがあった」
冗談を言っている場合じゃなく、狼の魔物が残っている。
ところが、目の前の狼は人の姿の龍神を捉えたらしく、突然向きを変えた。
「グワアァァァァァ」
巨大な狼が叫ぶと、淡い緑の髪の少年が木の枝の上で身体を起こす。
「ちょっと。さっきからうるっさくて、昼寝もできやしない。ハルカ、いいよね?」
「はい。ライム様、お願いします」
「オッケー。おいで」
可愛い顔の少年が何ごとかを唱えた。
直後、狼の魔物よりもっと大きな黒い狼が登場する。黒い霧でできた狼は、いつ見ても恐ろしい。
「グガッ、キャインキャインキャイン」
狼の魔物は、情けない声を上げて急停止。
それを見て、童顔の少年――【人の悪意の集合体】は、クスクス笑う。
「ダーメ。ふもとの町を襲ったのは、お前だよね? 同じことをされても文句は言えないよ」
「ガアアァァ」
「ふふ、遅い遅い!」
嬉しそうな声を上げて、少年は実態のない黒い狼をけしかけた。
「ダークファング!」
「ゴワ、グガアアアアァァ……」
操られた狼が、灰色の魔物をあっという間に噛み砕く。
少年は流れ出た紫色の血を目にするなり、こてんと首をかしげた。
「あれ、もう終わり? どっちの狼が強いか比べようと思ったのに。ざーんねん、弱くてつまんないな~」
口調は愛くるしいものの、相手をめいっぱいバカにしている。
まあ、いくら可愛くても彼はラスボスなのでしょうがない。
いえ、わたし以外の四体は、全員ラスボスだ。
近頃出没する魔物は、以前より狂暴で強くなっている。
それでも見事な連係プレーで、今日も魔物を退治した。
「ハルカ、僕、上手にできたでしょう? ご褒美ちょうだい」
「図々しい。余の活躍があったからこそ、退治できたのだ」
「後始末は俺がした」
「彼女を守ったのは私だよ? そうだよね?」
前には人の悪意がいて、上目遣いでにじり寄る。
魔王は文句を言いつつも、わたしの髪にキスをした。
龍神はわたしの手に指を絡めて、自分の頬に押し当てる。
頭の上に載っているのは、大天使の顎だ。
「みなさん、ちょっとくっつきすぎです!」
超絶イケメンのラスボスたちに囲まれて、嬉しさよりも恥ずかしさが先に立つ。
「なんで? ご褒美は必要でしょう?」
「退治したから、ねぎらってくれるよね?」
人の悪意と大天使が、揃って首をかしげる。
「うむ」
「そなたの能力なくば、魔力が足りぬ。だが、魔力のことを抜きにしても、余はそなたと繋がりたい」
龍神は言葉少なく、饒舌な魔王がにやりと笑う。
「え? それって……えええええーー!?」
山間部に、わたしの絶叫が響く。
もちろん、初めからこうだったわけじゃない。それはもう、惨憺たるものだった。