【8月22日】
夏休みの終わりの恋人ごっこ、最後の朝。
ぜんぜん眠れなくて、君の寝息を聞きながら、夜が明けてく窓の外を見てた。
朝ごはんのとき、
一週間、経ったね、って言ったら、
一週間、経ったな、ってオウム返しされた。
会話が少なくて、コツコツとカップのビシソワーズをかき混ぜるスプーンの音が隙間を埋めるだけだった。
もうすぐお別れの時間。
それが分かっていたから、どうしてもぎこちなくなってしまった。
有名になったら、ドイツに行く前に遊ばれましたって暴露本でも書いちゃおうかな。
なんて、思ってもないことを言ってみた。
こんなバカなことでも言わなきゃ、泣いてしまいそうで。
君は何も言い返さなかった。
『将来の夢とかある?』
ふいに、君が私に尋ねた。
特にないよ。小さい頃からピアニストになる夢があるの羨ましい、って答えたら、
『夢、なのかな。違うような気もする』
予想外の返事に、思わず顔を上げた。
『気がついたらピアノの前に座ってたからね。逆に今みんなが将来何になりたいかって進路考えてるの見ると青春だなっていうか、ああいうのが夢なんだろうなって思うというか』
って君が小さく笑った。
そっか。でも絶対にいつか世界一のピアニストになるよ、って言ったら、
『ありがとう。頑張るよ』って、花が咲いたみたいに笑った。
私はぜんぜんだめで、なんかもう笑えなかった。
だけど笑顔で見送らなきゃダメだと思って、精一杯の力で顔の筋肉を吊り上げた。
今頃は飛行機で雲の上だね。
離れたら自然と関係も終わって、君は本当に世界のピアニストになって。
私のことなんてきっとすぐに忘れてしまうんだろうな。
――君が日本を発って、恋人ごっこもおしまい。




