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【8月16日】



夏休みの終わりの恋人ごっこ、一日目。


初めて男の人の家に行く。

考えるだけでドキドキして、こんなのやっぱり断るべきだったと少しだけ後悔みたいな気持ちになった。


でも待ち合わせの駅に着いたら、君が待ってて。

ただ立ってるだけなのに、そこだけ別世界みたいで。

よく晴れた空に浮かぶ雲と同じ白シャツと笑顔が眩くて、探す間もなく鮮やかに目に飛び込んできた。



『迷わなかった?』



って、電車乗るだけだよ。

前にすぐそこでバイトしてたし。

子供あつかいしないでほしい。

背は低いけど、一応ちゃんと高校生だし、君のいっこ下だよ。

並んで歩くと君は背が高くて、たしかに子供みたいだったけど。

何度も頭ポンポンされたから、恥ずかしかった。


少し歩いたら地元と全然ちがう超、高級住宅街。

家の壁が高くて、というかガレージ兼壁? みたいで、屋根しか見えないどころか屋根すら見えないまであるやつ。

ドイツの音楽学校に留学するって言ってたから薄々分かってたけど、想像してたよりガチのお坊ちゃまなんじゃないのって焦った。

この時点で場違い過ぎて、引き返したさMAXだったよ。


そして一際長――――――い壁を通り過ぎかけたとき。

着いたよ、って。

家というより、最早これ城ですよねってレベルだった。

君がパチンと指を鳴らしたら、オシャレな黒い金属の柵みたいな門が開いた。

びっくりしてたら、君はクスクス笑って、



『俺、実は魔法使いなんだよね』



って。

思いっきり嘘じゃん。

顔認証システムの自動ドアとかそういうやつでしょ。

でもどっちみちスゴイことには変わりなくて、私は場違い感に小さい体を更に小さくして後に続いた。

あんな大きな家、初めておじゃましたよ。


すてきなお家だね、って言ったら、



『駅から遠いし上り坂キッツいし、門から家まで歩くのめんどいし、家ん中もムダに広くて嫌い。駅んとこにあるネカフェに住みたいよ俺は』



なんて言ってた。

それって庶民の暮らしに憧れる王子様の発言だよ……。

ちなみにバイトしてたのはそのネカフェですよ。

住んでる系の人もいたけど、私は住めないなぁ。


おうちの中も本当にオシャレで豪華で、広いリビングには大きなソファーのセット。



『家は広すぎて嫌いだけど、これは俺のお気に入りなの。サイコー』



そう言って寝転がるみたいにゆったりとソファーに座った君を見て、本当の王子様じゃんって思った。


リビングにはテレビがなくて、ないの? って訊いたら、

あるよ、じゃそっち行こう、って。

ついて行ったらエレベーターがあった。

家の中にエレベーター……。

いやいや、もう何も驚かないよ。

玄関ホールだけで私んちのリビングより広かったし。

普通の、私の知ってる家とは訳が違うんだから。


エレベーターは『B』から始まってた。

高いところに窓があって陽が入ってたから気付かなかったけど、リビングは地下だったみたい。

二階に着くと、大きなガラス扉の奥にグランドピアノが見えた。


そこは、部屋というにはあまりに広くて、まるで小さなコンサートホールみたいだった。

君が声を掛けたら壁から大きなテレビが現れて、門のときほどじゃないけど驚いた。

でも君はテレビをすぐに元通りに隠して、グランドピアノの蓋を開けた。



『テレビよりピアノでしょ。なに聴きたい?』



私、君のピアノが大好き。

出会ったきっかけもピアノだったし。


ショッピングモールに行ったときのことだった。

遠くから素敵な音楽が聴こえて、引き寄せられるまま向かったら君がピアノを弾いてた。


おもちゃ箱と宝石箱をいっぺんにひっくり返したような、綺麗と楽しいが混ざった音に夢中になったのを覚えてる。


演奏が終わって、すごくかっこよかったです、って思わず声を掛けてしまうくらい、本当にかっこよかった。


そしたら君がいきなり言ったんだ。



『一週間だけ、俺の彼女になってよ』



軽い人だな、って思ったし、本気になんてしてないけど。

体の中に君の音符が駆け巡ってて、ワクワクが止まらなくて、断る選択肢が出てこなかった。

自分でもアホだなって思う。

だけど今日、来てみて思ったのは、悪い人じゃなさそうってこと。



君のピアノを聴くのも久しぶりだったから、出会った日に弾いてた曲をリクエストした。



『カノンだね。O.K! いくよ!』



相変わらずアレンジしまくり。

パッヘルベルが聴いたらどんな顔するだろう。

聴いたことのあるクラシック曲のモチーフやジャズっぽいリズムが、どんどん重なって膨らんでいくのが好き。


マイクもスピーカーもないのに、ものすごく音が響く。

ピアノから、花火と虹とオーロラが飛び出してくるのが見えそうな、鮮やかな音。

低音は床から湧き上がるようで、振動が体に伝わってくる。

高音は流れ星のキラキラで、時折すごく鋭くて、まるでダイヤモンドの光線銃が胸を撃ち抜いてくるみたいだった。

それでいて、夢にでてくる綿菓子の雲みたいな、優しくて甘いフワフワの心地よさ。


ずっと聴いていたかったけど、親に勉強教えてもらうって言って来たからちゃんと勉強もした。

でもピアノの音がいつまでも頭の中に響いてて、あんまり身は入らなかった。



帰る時間になって、駅まで送るよって言われたのを大丈夫って断ったら、道に迷ってしまった。


LINEで“迷っちゃった”って言ったら追いかけて来てくれて、



『やっぱ迷うんじゃん。子供か。でもそういうところも好きだよ』



って、また頭ポンポンされた。

子供あつかいしないでって言ったら、



『大人あつかいってどういう感じ?』



って、顔がぐいっと近くにきたから焦った。

キスされるのかと思ってしまった。

でもキスじゃなくて、君はニッコリ笑って言った。



『迷ったらいつでも呼んで。絶対に来るから』



あざとい。

一週間限定彼氏のくせに、カッコイイこと言わないでくださいって思った。


『好きだよ』の優しい声と、夕日に照らされた笑顔がぐるぐるして眠れないよ。



――君が日本を発つまで、あと六日。




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