雪だるまさんが転んだ
それはほんの小さな、野球のボールくらいの大きさの生命体に過ぎなかった。
だが、そいつは吹雪を巻き起こす。
吹き出した氷雪を身にまとい、どんどん巨大になっていく。雪だるまのように。
いつしかそれは、巨大な“怪獣”へと変わっていた。
怪獣「スノーマン」。
そいつは、そう名付けられた。
防衛軍による攻撃が開始された。
が……攻撃が、通じない。
怪獣の本体はボール大の“核”だけ。あとは雪のかたまりに過ぎない。ミサイルも爆弾も雪の体に飲み込まれてしまう。むしろその体は吹雪をまとってどんどん巨大化していく。
その進軍を止めることさえ叶わない。
「雪だるまさんが転んだ」作戦。それらはことごとく失敗していく。
町が次々に踏みつぶされ、雪と氷で真っ白く染められていく。
スノーマンは北へ向かっていた。
「お願いだ!もうやめてくれ!」
一人の青年が、その前に立ちはだかった。
「キミにだって心があるはずだ!止まってくれ!」
彼は売れない役者だった。この先には、彼の故郷があるのだという。
決して二枚目ではなかった。演技力も微妙だった。
だが彼は叫び続けた。必死で、自身の乏しい能力の全てを使って語り続けた。
故郷の両親のこと。友達のこと。彼らがいかに大切なのかということ。
自分の夢のこと。いつか必ず一流のスターになって、世界中の子供たちに夢を与えたいんだと。
スノーマンは止まらない。
青年は少しずつ後ずさりながら、それでも叫び続けた。
故郷は、もうすぐそこまで迫っていた。
青年はついに倒れてしまった。
もうおしまいだ、と誰もが思った。が──
スノーマンは突如、その足を止める。
そして……溶け始めた。
少しずつ、少しずつ。やがて……その小さな本体だけを残し、怪獣スノーマンは消滅した。
青年は一躍、時の人となった。命がけで故郷を守った彼はまさしくヒーローだった。
彼は夢であるスターへの道を登り始めた。
「面白いことが判明したよ」
研究所の一室。白衣の男はコーヒーを片手に言った。
「簡単に言うとね、あれは生物学上、雌だったんだ」
怪獣の本体は防衛軍によって保護されていた。
「しかも感情パルスの波形から察するに……恐らく、スノーマンはあの青年に恋をしたのさ」
「怪獣が?」
「誰が何に恋しようと自由さ」
ほお、と頷く友人。
「……で。それが何だと」
「分からないかなぁ。つまり、雪だるまが溶けてなくなったのはどうしてか、って話だろ?」
男は、悪戯っぽく笑ってみせた。
「春が、来たのさ」