戦争ゲーム
お互いに名乗り合った所で、「クライブ……? どこかで聞いた様な?」と呟いたが、すぐに態度が変わり、顔を覗き込みながら、疑わしそうな声を上げた。
「ややっ! その様子、は……。キミ、信じてないね?」
「いや、そんなことは」と口ごもるが、そんな様子に、構わず続ける。
「キミがとてつもなくラッキーなのは本当さ! シリンジール家は、代々、学者の家系でね。だがしかし! ボクは――か・が・く・しゃ! そう、科学者なのさ!」
興奮してまくし立てるハイナスの背には大きなバックパックがあり、そこから覗く様々な機械的な道具が見え隠れする。彼も戦争へ参加するのならば、兵器ということか。しかし、ひとりで背負える程度の武装なら威力も大したことはなさそうだ。
そこで竜車の御者から声がかかった。外からも賑やかな声と共に、車輪が回る音、乗り物の構造が軋む音、地竜たちの生命力に溢れた息遣いが聞こえて来る。
「皆さんお揃いですね? そろそろ出発いたしますよ。少々ゆれますので、お気をつけください」
そして、掛け声と共に、地竜が駆け出し、次いで車体が揺れ、わずかな抵抗の後に、ゆっくりと動き出した。徐々に加速して行くが、舗装されていない道を走っているからか、時折、車体が浮く様な衝撃を感じた。車体の後部から覗くと、周囲の景色が流れ、遠ざかって行くが、やはりそこへ縦揺れが加わる。
「大丈夫なのか? これ。……転倒したりしないよな?」
不安そうな声を打ち消す様に、すかさず答えが返る。
「大丈夫さ! ボクもさっき見て来たけど、この隊列は雪道を行くための専用のモノさ! 余程の事がない限り、事故なんて起きないよ」
頼んでもいないのに、解説は続く。
「先頭を引く、大型の地竜。俗称ワイパー。あの種類は、四足歩行の中でも、トカゲやワニみたいな、爬虫類と似た骨格を持っていてね。地を這う様に移動するのさ。そして、その巨体と桁外れのパワーでどんどん雪をかきだして、後続への道を作り出す! 後ろはそこに続くだけで何も苦労はないって寸法さ! 積雪が二オースくらいまでは余裕で対応できるはずだから、この辺りなら何も心配ないね」
嬉しそうに「ボクも本物を見たのは初めてだけどね!」と付け加えた。
(へえ。雪上を車でどうやって移動するのかと思ったけど、そもそも雪の上は行かないのか)
先ほど最後に聞こえた単語が気になったのか、ハイナスへ尋ねる。
「なあ、オースって何だ?」
ハイナスは車体の正面から外を覗いていたが、その言葉に訝しそうにこちらを向いた。
「うん? うんん!? キミ、知らないのかい? おかしいなぁ。オースってのは、オーカストで正式に採用されている長さの単位だよ。ほら、キミの帯びた剣。丁度それくらいの長さだね。元々は、オールドブレで古くに制定されたモノだから、オーリスでも今も使ってるはずだよ」
昨日きいたふたつの固有名詞らしきモノは、国の名前だったのか。宿を出た所で会った男が、オーカストの国旗と言っていた、この戦争に関わるふたつが国名なのは間違いないだろう。しかし、オールドブレとは初めて聞く。何を表しているのだろうか。クライブが情報を整理しているのか、俯いて思案気な表情を見せる間も、ハイナスはひとりで話し続けていた。
「まだあるよぉ。オースの語源はね。ボクたちにとっても、馴染み深い――、そう! 地竜の平均的な足のサイズなのさ! オーカストの国旗のシンボルは地竜と戦車だからね! ……この車を引いている子なんかは、もっとずっと小さいだろうけど!」
オールドブレとは何か、この戦争と関係があるのかを、ハイナスに尋ねると、彼は声を潜めて、「それが知りたいのなら、後ろの席に座ろう。あまり大声で話せる事じゃないからね」と言って、誘導しようとしたが、その時、車の正面に現れた光景を食い入るように見つめ、そちらを優先したのか、御者の肩に手を置いて覗き込む。
「わお! 見なよ! オーリスとオーカスト。両軍が睨みあう、あそこがジョンドア大平原さ!」
手招きされたので、仕方なく移動するが、肩に手を置かれた御者は迷惑そうに縮こまっていた。ハイナスの真似をして、遠慮がちにもう片方の肩に手を置き覗き込む。ふたりの男に押された御者は不満そうに呻いた。
そこには広大な雪原に豆粒の様な人々の大群が並び、向かい合う様子が見えた。
「ここは丘の上だからね、今だけしか見られない光景さ。ほらっ。もう、下りに入る、もうすぐ木々の陰に隠れて見えなくなるよ」
雪原の光景が見えなくなった所で、ハイナスはバックパックを床へ下ろし、後部の座席に腰かけ「さて、じゃあ話してあげようかな。この戦争の馴れ初めをね」と冗談めかして語り始めた。
「そもそもオールドブレとは、古くから存在した強大な王国だったのさ。それはそれは、広大な版図を誇る、ね……。だが、近年になって、ある問題が起きた。王弟であったディシウス公爵は王に次ぐ絶大な権力を持ちながら、また別の才にも優れていたのさ。それはもう、悪夢の様にね」
まるで物語を読み聞かせる様な口調で続ける。
「そう、それは――いわゆる商才ってヤツさ! 物や金の流れを掴み、それをどう商うか、機を見る力。それにめっぽう長けていた! 初めは息のかかった子飼いの商人を使って、代理で商売を仕切らせていたが、それだけでは物足りなくなったんだろうね。ある時、自ら商会を立ち上げ、配下の商人たちをそれはもう、手厚く保護する施策を幾つも作りだしていった」
綺麗に磨かれた眼鏡が怪しく光った。
「そして、オールドブレで外国との陸路で交易が可能な唯一の、国の玄関とも呼べた街を、事実上の支配下に置いたのさ。王もまだ、その時点では、国の為を想っての事だろうと、手は出さずにいたが、それが裏目に出る。配下の商人たちに交易の優先権を与えてその利益を独占したんだ。……そして、一番やってはいけなかった事に手を出した」
「それはね――」語り続ける声は徐々に低く、まるで罪を告白する様な響きを帯びて行く。
「禁じられていた――奴隷の売買さ」
やはりその言葉に馴染みがないためか、小さく「奴隷……?」と疑問を漏らした。
「そう! 奴隷さ。今では、オーカストじゃ当たり前になっているけど、ほんの二十年も前には、ここはまだオールドブレだった。その時は、禁じられていたのさ。何故かって? オールドブレはその巨大さ故に、多くの種族が集う国だったんだね、人間が最も多い国で、王も代々、人間だったが、古くから他種族との融和を重んじた国風だったのさ。だが、ディシウス公爵は自らの好悪に従い、人間いがいの種族を虐げ、彼らから権利を剥奪し、奴隷に堕としてしまった。それが、王の逆鱗に触れた」
そこで言葉は切られ、深く息を吸い、長い時間をかけて吐き出した。
「そこからは、一気に崩壊への道を辿ったのさ。激しい対立と、それに伴う分裂は誰にも止められなかった。そして、一国はふたつに分かたれた、南に位置するディシウス公爵を王に戴くオーカストと、北のオールドブレから続く正統な王が治めるオーリスとにね。そして、オーリス王は、奴隷の解放を唱え、オーカストに宣戦布告する」
「そして、十数年、両国の対立は今に続く――って事さ」そう締めくくったハイナスの顔は気色ばんで見えた。
しばらく沈黙していたが、また明るい表情に戻り、先ほど見えた戦場の様子について語る。
「さっき丘から戦場を見た時に、少し大きい兵士が見えなかったかい? あれは、オーリスの巨人兵だよ。オーカストじゃ、巨人は南東の鉱山で過酷な強制労働をさせられているけどね。うん、まあ、正規兵になれても、命が危険にさらされるって意味では、同じに見えるかもしれないけど、基本的な権利があるかどうかは大違いなのさ! それに、ディシウス公爵は、巨人を特に恐れていたからね。奴隷としてでも戦に関わらせようとは思わないだろうね」
クライブは、小さく首を傾げて、考え込んでいる様だ。
(ん? いや、みんな豆粒みたいで、そんな大きさの違いは分からなかったかな……?)
目の前で明るい表情を浮かべるハイナスに、その深い知識の事由について尋ねた。
「うん? いやあ、こんな事、この国に暮らすヒトなら誰でも知っている事さ! 多少の程度の差はあれどね」
疑問に感じていたことを、問いかけて行く。
「でもさ。戦争ってこんな風に、決まった時に、始めるモノなのか?」
その問いに、一瞬、暗い顔を覗かせ眼鏡を指先で押し上げて、俯いた。
「だよね。最もな疑問さ。……普通は、宣戦布告したって、誰もが相手の弱い部分を狙うものさ。時には、嘘を流し、混乱を煽り、時には、物の流れを操り――そうやって、弱点を作り出し、そこを食い破る。『普通』の規模の国どうしなら、それが有効だろうね」
「だけど――」と低く、くぐもった声が続く。自らの心の内に問いかける様に。
「お互いが、強大すぎた場合、なおかつその力が拮抗していたら……。キミならどうする?」
突然はなしを振られて、「え?」と間抜けな声を漏らしたが、しばし考えを巡らせた様だ。おもむろにその唇が動く。
「ええと。あんまり難しい事は分からないけど。……僕なら、出来るだけ反撃を受けない様にしたい、かな?」
「イグザクトリィ!」と興奮した様子で答えた。そして、怒涛の勢いで言葉が紡がれる。
「そうなんだ! 対立する両国は強大で、拮抗した力を持つ! 故に、どう攻めても、その一撃で国が沈黙する事などあり得ない! 必ず手痛い反撃を受けてしまう。そして、それを契機に泥沼化すれば過酷な消耗戦となり、お互いに国が滅びかねない。……だから、両国のお偉いさんは暗黙のうちに、ひとつの取り決めを交わしたのさ。テレパシーみたいなモノだね! ハハッ!」
冗談めかしていはいるが、その目は真剣だ。
「即ち、会戦に際して、お互いに日時を取り決め、投入される戦力も織り込み済み。確約とし、それを絶対に裏切らない。尊く代え難いモノが失われはするが、王たちにとってはゲームみたいなモノさ」
また疑問が浮かんだのか、クライブは俯き考え込み始めた様だ。その瞳には微かな戸惑いと怒りが見えた。
「国が滅びない程度の、消耗。それを繰り返し、お互いに血を流している姿を国民に見せあう。常にブレーキをかけた状態のイレギュラーの存在しない戦争。大々的に宣戦布告して、憎悪を煽ったわりには、どちらの国も、最終的にそんな答えしか出せなかったのさ。……オーリス王もヒトの子だ。大義名分を掲げはしたが、痛い思いはしたくなかったんだろうね。だが、為政者としては十分に冷酷だった」
クライブは、そっと呟く「おかしい……」その声はすぐに、走る竜車の音に掻き消されたが、ハイナスの耳には届いていた。彼は同士を見つけたかの様に、目を輝かせる。
「そんな事のためにヒトの命が失われているなんて……。絶対におかしいと思う!」
ハイナスは、唐突にクライブの肩に両手を乗せた。その手が小刻みに震える。
「そうだよ。そうなんだ! まさにイグザクトリィさッ! ハハッ! キミの様な傭兵に出会えるなんてね! 今日はボクもついてたみたいだ!」
両肩に置かれた手に更に力が入り、言葉を続ける。
「キミはさッ! こんなおかしな状況を、どうすれば変えられると思う?」
再びの唐突な質問に口ごもるが、その様子に構わずにまくし立てる。眼鏡の奥の両目は理想に燃えて輝いていた。
「ボクはね! ふたつの方法があると思ってるのさ! それは――」
肩から手を離し、芝居がかった動作で右手の指を二本たててみせた。そして、片方に左手をかけて折り曲げた。
「ひとつは、誰も手出しできない様な、圧倒的な武力を持った存在を生み出し、それを抑止力として作用させ、強者や権力者たちの頭を押さえつける方法さ! ……ただ、これには色々と無理がある。そもそもが実現かのうか疑わしい話だし、出来たとしても、前提となる条件が多すぎる事や、その誰かが悪意を持った場合にどうするか、とか問題が山とある……」
二本目の指を折り曲げ、大きく息を吸いこむ。
「残るもうひとつ……。それが、ボクの目指すやり方……。それはね。何の武力も持たない人々にも扱えるが、持てば必ず一定いじょうの力を約束する。そう! それが、ボクの科学『魔導工学』なんだ! その力を世界中に広め、ヒトの強さの最低ラインを一気に引き上げる! どんな強者も押さえつけられない様なレベルにね! そうして、一部の強者だけが支配する現状を終わらせる!」
ハイナスは、自らの目論みを、平和な世界の実現への方策を語った。その目は熱い理想と、知性とを同時に宿し、溢れ出す熱が、クライブの胸の内にも伝わって来る様であった――。




