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運命リレー  作者: 手ノ皮ぺろり
序章『悪運は死と踊る』
3/5

ヒロイズム

 何処とも知れぬ暗く深い闇の中、蠢く影が五つ。その中のひとり――いや、まだ彼が人間かは分からない。表向きは年若い少年に見える影は、狂乱した様に叫び始める。喉をかきむしりそうになりながら、声を枯らさんばかりに張り上げる。


「何なンだ!? 訳わかンねぇ映像が、頭ン中に勝手に流れて――! 俺は一体どうなってる!? 他にはなンも見えねぇッ!」


 彼の脳内に流れる映像とは果たして――?


「悪運だとか――! 戦だとか――! 誰かも分かンねぇ野郎の見聞きしたモンが、勝手に――! そんで、今は真っ暗でなンも見えねぇ!」


 半狂乱で泣き出しそうな声が響く中、それに不安そうだが静かな声が重なった。


「そこに、誰かいるの……? 怖い、真っ暗で何も見えないの」


 少女の声らしきそれに、先ほどの少年がすぐさま答えを返す。


「お前、誰だ!? 俺いがいにも人がいたのか!」


 その問いかけに再び不安に溢れた声が中空へ投げ掛けられる。


「分からないの……。私、バスに乗ってて、それで――。ううん、そこまでは、思い出せるんだけど、他の事が何も……。さっきから誰かの感覚を共有してたみたいで……、でも、今は真っ暗で――」


 その言葉に同じ境遇らしき仲間を得たと確信した少年は、少し落ち着いて来た様子だった。彼ら――彼女らが何者であるかは、お互いにまだ未確定のはずだが、混乱の中にあって同胞を得たという意識は、幾らかの救いになったのだろう。


「マジか!? 俺と同じだ! お前も真っ暗みたいだけど、お互い声は聞こえてンだろ!? だったら、情報を交換しないか!?」


 そこへもたらされた返答は、想定の少女らしき声ではなく、不気味にその場の空間を満たす。底知れぬ不浄さを湛えていた。


「おやおや、もう意識が戻ってしまったのですか? 先ほどから賑やかな事ですね。私としては、もう少し観劇に没頭してもらいたかったのですが」


 邪悪そのものの権化であるかの様な声は、やはり彼らの脳内に直接ひびいているのか、少年は苦しそうに呻いて、頭を押さえた。


「うぐっ。誰だ――オマエは! 姿を見せろ!」


 すぐ近くから先ほどの少女の呻き声も聞こえていたが、興奮する少年の耳には届いていなかった。


「残念ながら、お見せ出来る様な上等な姿は持ち合わせていないのですよ。声のみにて失礼」


 今度は、少女が質問を投げかけた。先に紡がれたその言葉に、また喚こうとしていた少年は口をつぐんだ。


「貴方は、誰ですか? 私たちはどうなっているんですか? ――さっきから見えていたモノは……?」


 謎の声は、その問いかけに高らかに笑いながら答えた。


「はははは! 実に聡明なお嬢さんですね。そちらと違って――ですが、今はまだその時ではないのですよ。今こたえを明かせば眠っている担当者に不公平ですからね」


 「担当者……?」と少年と少女の声が虚空に重なる。


「おや、見えませんか? そちらに眠っている――おお、そうでしたね! 視覚は共有されていたんでした。……では、今だけお返ししましょう」


 謎の声がそう答えると、暗闇だった視界が晴れ、少年と少女はお互いの姿を認識した様だ。小さな安心感の混じった歓声が上がる。


「さっきの声! お前だったのか! 俺の姿が見えるか!?」


 黒髪とまだらになった金髪を逆立てた不良の風体の少年が、安堵感に満ちた声を漏らす。それに長い黒髪の清楚な風貌の少女は穏やかに答えた。


「うん。見えてるよ。今は、目も、耳もはっきりしてるみたい」


 お互いの声と姿が一致した少年たちは、喜びあっている様だが、それに水を差す謎の声が発せられる。


「感動の対面――と言った所でしょうか? しかし、視覚を解放したのはそれが目的ではありません。……そちらで眠る。クライブ・ヴァンスダンテの担当者の少年を認識して頂くためですよ」


 その言葉に少年たちは首を振ってその姿を探すが、上下も左右も分からない不可思議な空間にあって、難航している様だ。

 そこへ再び謎の声が響き、「こちらですよ」と発したと同時に、倒れ伏していた別の少年の身体が淡い光に包まれた。少年たちはその姿をはっきりと捉えた様だ。


「何だ? あの映像の主……? 何故、そんな所で寝てるンだ?」


 謎の声は嘆息し、解説する。


「はあ、察しが悪いですねぇ。彼がクライブ・ヴァンスダンテ本人な訳ではありませんよ。その、『担当者』です」


 不良風の少年は、再び同じ問いを繰り返した。


「だから、その担当者ってのは何なンだ!」


 謎の声は笑いを押し殺した様子で、実体があれば、口元を塞いでいたかもしれない。


「彼は、あの映像と音声の主、クライブ・ヴァンスダンテの主人格として、身体を支配しているのですよ。それ故に、彼の見聞きしたモノが貴方たちにも流れて来たのです」


 少年たちはその言葉が理解できていない様子だ。


「おっと、いささか飛躍しすぎましたね。簡単に言うと、貴方たちも、眠っている彼も肉体は失われ、魂のみの存在となっているのです。そして、この場に誘われた」


 不良風の少年は、それに思い切り噛みつく。


「何だと! 肉体が失われたって――死んだとでも言いてぇのか!?」


 謎の声は冷淡に「その通りですよ」と答え、続ける。


「まあ、ここは死後の世界ではありませんがね。その――中間、とでも、お考えください。そして、貴方たちに課された責務は別世界に住まう、彷徨える者たちに光を与える事。即ち、彼らの肉体へと一時的に転生し、迫りくる死を遠ざけ、その生を全うさせる事なのです」


 「転生だと……?」二人が息を呑む音が聞こえた気がした。


「おやおや、つい話すぎてしまいましたね。彼が目覚めてから、と思っていたのですが。これでは、また同じ話を繰り返す事に……。無駄は好まないのですが」


 「ま、待ってくれ! まだ聞きたいことが!」と少年は食い下がったが、相手にされなかった。少女は、先ほどの話がまだ飲み込めていないのか、押し黙ったままだった。


「さて、おしゃべりはここまでですよ。再び彼の物語へと戻って頂きましょう」


 その瞬間、二人の視界は再びジャックされ、暗闇へと包まれる。


「うおっ!」

「きゃっ!」


 重なる悲鳴は虚しくこだました。


「はてさて、彼は見事、その使命を全う出来るのでしょうか? さぞかし見応えのあるショーとなるでしょう」


 謎の声は喜々として、そして同時に、内面に冷酷な本性を映しながら、続ける。


「では、彼が眠りから覚めるまで、時を進めましょう。貴方たちの時間も一気に進んでしまいますが。――なに、慣れれば何という事もない感覚ですよ」


 空間が揺らぎ、時の流れが彼方からの光線の様に降り注ぐ。


「いざ、めくるめく生と死のドラマへ――老若男女とわず、是非とも最後のその時までお楽しみください」


 その言葉を最後に声は聞こえなくなり、遠くに男が眠りに落ちた室内の光景が迫りつつあった。ほどなくして、光は辺りを包み、舞台は再び、クライブのモノとなる。

 彼の宿泊する施設は朝になり目覚めたのか、慌ただしくすべてが動き始めていた。廊下を駆ける足音、周りの状態を気に留める様子もない賑やかな話声。


 二日目が始まろうとしていた。


 何度も何度も、しつこく何かを打ち鳴らす音が聞こえた。それが、部屋の入り口の扉を叩く音だと認識するまでしばらくの時を要した。幾度か寝ぼけまなこで寝返りを打ち、音の正体に気付き、はっと飛び起きた。余りに返事が遅いからか、扉の向こうからくぐもった怒声が聞こえた。


「おい! いつまで寝てる!? 起きろッ!」


 その剣幕に押され、慌てて扉の施錠を外し、開け放った。すると、向こうにいた粗野な印象の男は、一瞬、部屋の主の姿に驚いた様子を見せ、すぐに目を逸らした。


「ちっ! まさか、悪運の部屋だったとは、朝からツキが落ちるぜ」


 嫌みたらしくぼやいた男は、再びクライブに目を向け「お前は、逃げ出さなかったんだな。そこだけは、流石『悪運』と言った所か? じゃあな。とっとと支度するんだな」と言い残して去って行った。苛立たしそうに階段を降りる音が軽快に響いて来る。


(お前は……? 誰か、逃げ出したのか? 何故? 今日の戦争が怖くて……?)


 その答えは想像しづらいモノだった。


(僕は、甘く見ているのか……?)


 クライブは男が去った後も、しばらくその場に立ち尽くして、考え込んでいたが、思い出した様に、扉を閉め、昨日みつけた室内の装備へと向き直った。


「さてと、鎧とか着るの初めてだし、早めに手を付けないとな……」


 着たまま眠りについた、毛皮のクロークとマフラーを一度はずし、鎧の胴部を手に取った。革なせいか、それほど重そうには見えないが、その感触を指先にとらえ、にわかに緊張に包まれる。

 壁際に背中を向けて、装着の準備をする。


「えっと。まず、これを背中側から押し付けて――それから……」


 壁に挟んで固定し、順次、伸びていたベルトを留めて行く。脇や首は比較的おおきく開いていたため、それほど手間取らなかったが、擦れた背中側の壁板に小さな傷を作ってしまった。


「ああぁ。……まいっか、誰も気付かないだろ。にしても、これそんなに堅い素材なのか?」


 また指を曲げて叩いてみるが、硬質でいい音が鳴った。その反応に、自分が無敵の防具を身に着けた様な高揚を覚えているのだろう。だが、昂る感情を一時、脇に追いやったのか、すぐに作業に戻る。続けて肩と首の防具もつないでいき、最後に手袋と一体になったリストバンド状の籠手を嵌めるが、毛皮の服がかさばり、だぼついた見た目になってしまう。


 そして、その上から再び毛皮のマフラーとクロークを着けた。


(こっちにも防寒性能だけじゃなくて、いくらかの防御力もありそうだなぁ。まあ、ないと寒くて戦争どころじゃないだろうけど)


 部屋の空気の冷たさは相変わらずだったが、明かりの漏れるカーテンの隙間が気になり、開け放ってみると、眩しい日光と共に、白く輝く物体が目に飛び込んで来る。


「うわっ! 雪だ! どうりで寒いはずだよ」


 外は、遠くまで街の家々が続いていたが、その屋根は一様に分厚い雪で覆われていた。積み重なった雪が重みで崩れたのか、滑り落ち、地面へとぶつかり鈍い音を立てた。


「あれに潰されたら大変だ。出来るだけ道の真ん中を通る様にしよう」


 窓から離れ、ベッドに立て掛けた剣を手に取り、ベルトに通し、固定する。そのまま歩こうとすると、重心が変わったのか、妙に歩き辛そうにしている。腰の動きに伴い揺れるベルトから振動が伝わり、さらに剣の鞘が揺らめき、身体の中心軸を保ちにくい様だ。


(右利きみたいだから、左腰に差すのか。怪我してるのが左脚だったらもっと大変だったかも)


 満を持して、金属の兜を深く被った。安心感をもたらす重量に頼もしさを覚えたのか何度も深く頷く。長く被り続けていると、首に披露が蓄積しそうな物だが、頭部が包まれている割には、視界も良好な様で、素人が初めて被るには良い兜に思えた。昨日、あの団長と呼ばれた大男にかけられた言葉がよぎり、この身体の経歴は歴戦の精兵であるという事実が思い起こされたが、それにはとりあえず蓋をしておく。


(顔面は頬の側面と鼻筋いがい剥き出しな訳だから、目とかを狙われない様に注意しないと)


 そこで、出る準備は万全かと思われたが、あのチェストの隣には、昨日は気付かなかった、膝当てと一体の黒いロングブーツが置かれているのが目に入った。


 毛皮の靴を脱ぎ捨て、その膝上まであるブーツを履こうとするが、足に巻いた防寒具も外さないと履けそうになかった。


(これを脱がないとダメか。こっちには防御力はありそうだけど、防寒には向かないだろうな……。どっちを取るか)


 しばし逡巡するが、意を決して黒革のロングブーツに脚を通す。履く時に、辺りに漂った強烈な匂いにはこの際めをつむろう。安全と安心を与えてくれる事が第一なのだ。

 ブーツを履いてまた室内を歩き回ってみたが、右脚の違和感や痛みが緩和されているのか軽快な動きに変わる。どうにも筋肉や骨格を支える役割も与えられているらしい。右脚の怪我の影響を憂慮した身体の主が、特注した物なのかもしれない。


(幾らか歩きやすくなったな。でも、走れるかは……)


 鏡があったなら、大写しにしてどんな外観なのか確かめたかっただろうが、ない物ねだりは出来ない。


「よし、一通りの準備は終わったかな。皆まってるんだろう。早く行こう」


 少しばかりの不安と、雨上がりの、雲一つない青空の様な清涼な希望が溢れだした。人はそれを現実を知らぬ蒙昧か、蛮勇と呼ぶかもしれない。

 だが、その時クライブの内に湧き起こった感情だけは誰も否定する事は出来ない、神聖なモノだった――。

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