表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/83

番外編7

 おぼつかない手つきで、ライは赤ん坊を抱え上げる。


「軽いですね」


 ライの目が驚きで見開かれる。


「まだ生まれたばかりだから」


 アリーナはライと向かい合うように立つと、赤ん坊に甘いまなざしを向ける。


「ああ、この眉毛は、アリーナとそっくりですね」


 目をつぶった赤ん坊が見せる特徴を、ライは目で追っていく。


「そう?」


 アリーナは普段自分の顔をきちんと見ていないため、顔のパーツのどこが似ている、と言われても、いまいちピンとこない。


「この唇も、アリーナにそっくりだ。」

「…そう?」


 アリーナがピンとこないまま赤ん坊を覗き込んでいると、赤ん坊の瞼が少しずつ開く。


「目の色はライに近いわね」


 ふふ、と笑うアリーナに、ライも嬉しそうに笑う。


「将来は美人になりそう。」


 アリーナは自分とは違う目を持つ赤ん坊を見ながら、将来を思い描く。

 とたんに、ライが眉を下げる。


「それは困りますね」

「どうして」


 アリーナがライを見上げると、ライが首を振る。


「虫退治が大変そうだ。」


 ライの嘆くような声に、アリーナが肩をすくめる。


「この子だって恋をするわ。それを止めることなんてできないでしょ」

「いえ…この子のことではなくて…。」

「アリーナ、ライが想像してるのは、この子の将来じゃなくて、自分たちにいずれできるかもしれない娘の話だよ」


 呆れたため息をこぼしたのは、エリックだ。


「…だって、今この子の話してたわよね」


 アリーナが首をかしげると、ライが苦笑する。


「ついアリーナに似ているな、と思ったら、生まれるかもしれない娘のことを想像してました」

「…エリック兄さまの娘を抱っこしながら、いもしない想像上の娘のことなんて考える必要はないんじゃない?」


 アリーナも流石に呆れる。


「でもアリーナに似てるから…。」


 ライはそう言いながら、うっとりと腕の中の赤ん坊を見つめる。


「まあ、私とエリック兄さまは兄弟だから、似てるところもあるかもしれないけど、言うほど似てないと思うわよ」


 ね、とアリーナはエリックの妻であるキャシーを見る。

 だがキャシーはクスクスと笑う。


「よく似たきれいな顔をしてるわよ? この子もエリックに似て嬉しいのよ」


 それを褒め言葉として取っていいのかわかりかねて、アリーナは複雑な表情になる。


「キャシーに褒められたのに、何でそんな顔するんだよ」


 キャシーにべたぼれのエリックがアリーナに文句を言う。


「だって、キャシーはエリック兄さまにべたぼれだから、あばたもえくぼってやつなんじゃないかと思って。似てるかもしれないけど、きれいかどうかはわからないわよね」

「…そのまま取ってくれ。」


 エリックは自分がした悪戯を思い出して、アリーナに願いを込めて伝える。アリーナの結婚式当日まで持っていた手鏡は、確かにエリックが昔悪戯したままの歪んで見える鏡だった。多分交換したのはアリーナにもライにもばれてないはずだ。

 そのゆがむ手鏡のせいで、アリーナは小さいころに自分の顔がひどいものだと思い込み、きちんとした鏡をまじまじと見たことがなかった。だから、ライが褒めているのは、頭がおかしい、と認識している。それは、普段鏡を見ない今も続いている認識だ。


「あれ、義兄上。何かありましたか?」


 ほんの些細な動揺だっただろうに、エリックの動揺をライが目ざとく気付いたらしい。


「いや、キャシーが俺にべたぼれだからって、疑うってないだろう?」


 エリックは何でもないことのように誤魔化した。


「そうですね。私も義兄上の意見に賛成です」


 力強く頷いたライに、エリックはホッとする。


「でも、アリーナの認識がおかしいのは義兄上たちのせいでもありますからね。是非、これからは頻回にアリーナを褒めてあげてくださいね」


 ね、と赤ん坊に向かって話しかけるライに、アリーナとキャシーはきょとんとするが、当のエリックは背中にだらだらと汗を流す。


「勿論! 俺らだってアリーナのこと可愛がってたよな?」


 エリックは今更と理解しつつも、少しだけ話をずらしてみた。


「そう? よくいたずらされてたのは覚えてるけど」


 あー! と叫ぶエリックの心の声は、きっとライにはばっちりと聞こえたのだろう。エリックとライの目が合った。


「いたずら好きの女の子になるかもしれませんね」


 ニッコリと赤ん坊を渡してくるライに、エリックは明日の仕事の予定を思い出す。

 ああ、もしかしたら騎士団と何か交渉があったかもしれない。いや、たぶんあった。いやいや、間違いなくあった。

 …明日の交渉が分が悪いことになりそうだと、エリックはため息をついた。


「あー。」


 ニコリと笑う娘にエリックはささくれた心が癒される。


「かわいいわね」


 アリーナも笑顔の赤ん坊に癒されている。


「アリーナ。そろそろ帰りましょうか?」

「へ」


 アリーナはライにかけられた声に、キョトンとする。


「まだ来たばかりよ」

「ええ。でも、赤ん坊を見ていたら、家に帰りたくなりました」


 そのライの言葉にキャシーがクスクス笑い出し、それでようやくアリーナはライが言いたいことを理解する。


「ちょっと、嫌よ。まだ赤ん坊を見てたいの」


 アリーナの耳は赤くなっている。


「アリーナ。ほら、お前のところ休みは今日だけだろ。もう帰ってゆっくりした方がいい。」


 エリックは迷わずライを後押しした。

 それ以外に選択肢がないからだが。


「そうね、アリーナ、また見に来て」


 クスクス笑ったままのキャシーも、エリックの言葉に倣うようにアリーナたちの帰宅を促す。


「ほら、アリーナ。帰りましょう」


 抵抗するアリーナは、ライによって易々と横抱きにされ、帰らざるを得なくなる。


「また来てね」


 何とか歩きで家を出ることになったアリーナに、キャシーが苦笑しながら手を振る。


「今度一人でゆっくり赤ちゃんを見に来るわ」

「いいえ。今度来るときも二人で来ますよ」


 ライの言葉にアリーナはムッとする。


「…今度はもっとゆっくり赤ちゃんと遊ばせてくれるの」

「善処します」


 たぶん無理だろうな、とエリックとキャシーは心の中だけで思う。

 ライとアリーナを見送ると、エリックはホッと息をついた。

 明日のことを考えると頭が痛いが、まあ、帰るのに協力したから多少マシだろう…と思いたい。

 ライのことを侮ってはいけないと、エリックは心に再び刻み付けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ