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アリーナは唇が離れると、そのことが惜しい気持ちになって、ついライの唇を目で追う。
「アリーナ、私と結婚する気持ちは変わることはありませんか?」
アリーナと同じように熱を孕んだ瞳のライが、アリーナを抱き寄せる。
「ええ。ライ様と結婚します。…ライ様が居なければ、きっと私は結婚しようという気持ちなど起こらなかったでしょうね」
「そんな可愛いことを言うなんて、アリーナは私の理性を試しているんですか?」
ライがアリーナの顔を覗き込んでくる。
アリーナは小さくコクンと頷いた。
たぶん、アリーナの気持ちはライの気持ちと一緒だ。
「行きましょう」
ライはアリーナをまた横抱きにする。アリーナの下に敷かれていたハンカチーフがひらりと芝生の上に落ちたが、ライはそのままアリーナを抱いて会場に向かう。
「…何だか宣言するみたいでいやだわ」
さっきのキスで力が抜けているアリーナは、今自分で立てと言われても、ライに寄りかかった状態になるだろう。横抱きされている状態と何ら変化はない。こんな感じで両親に帰ると言ったら、もうやることなどバレバレだろう。
「でも、黙って会場を出るわけにもいきませんから。…アリーナは私の胸に顔を向けておいてくださいね。その顔を見る誰かに報復したくなるかもしれないですから」
ライは本当に報復しそうなため、アリーナはコクコクと頷いた。たまたま見たアリーナのせいで報復されるなんてかわいそうでしかないからだ。
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アリーナを抱えたライは、会場を騒然とさせながら、アリーナの両親にアリーナから結婚の同意が得られたこととこの会場から出ることを伝え、アリーナの父から祝いの言葉とパレ家の馬車を使うように言われ、そのまま二人は馬車の上の人となった。
ガタン、と馬車が止まり、アリーナの唇からライの唇が渋々離れる。
キスだけでライに翻弄され続けているアリーナの目は潤んでいて、同じようにライの目も熱がこもっている。馬車に乗っている間中、アリーナはキスされ続けていた。ライの手はアリーナの素肌にはほとんど触れず、ドレスの上をもどかしく触れるだけで、それもアリーナの熱を昂らせたと言っていい。
「ライ様…。」
「ええ。アリーナ。私だって同じ気持ちですよ。動きますから、首に手を回していただけますか?」
頬を撫でられて、アリーナはピクリと反応した後、ライの首に手を回した。
ライの体にしがみついたまま、外気に頬や肩がさらされて、昂っていた熱が少し冷める。
「ライ様も、結婚するまでは、って言ってたでしょう? …いいの?」
もうこの行動でライがNoと言うわけがないとわかってはいたが、アリーナはライを見上げる。
「私はアリーナの希望を叶えるだけですよ」
そう言ってニッコリと笑うライに、アリーナは恥ずかしくて頷くしかない。
「さて、着きましたよ」
なぜ家に着いたはずなのに家に入る前に宣言するんだろうと、アリーナは訝しく思う。顔を上げてみると、どうもアリーナが知っているライの家の近くの風景ではないことが分かる。
「…どこ?」
アリーナの問いに、ライが嬉しそうにほほ笑む。
「教会ですよ」
は?
アリーナは思考が止まった。さっきまでのほわほわしていた気分も飛んだ。
「いや、でも、そんなこと神様の前で…? いや、でも、そんなのありえないわ」
我に返ったアリーナがブツブツ言うのを見て、ライはクスクスと笑い出す。
「アリーナがそう言う気持ちでいるのは嬉しいんですが、まだですよ」
「まだ? …まだって…何をするために教会に?」
「何って…結婚の宣言をするため、ですよ」
「はい?」
いや確かにさっき結婚することに同意はしたが、アリーナは今すぐ結婚したいと言ったつもりはないわけで、突然教会に連れてこられたことに驚き以外ない。
「さっき行きましょうって言ったのって…。」
「教会に、ですよ」
アリーナとライの気持ちが同じだと思ったのが、思いっきり勘違いだったことに、アリーナはようやく気付いた。
勘違いしていたことが恥ずかしすぎて、声にならない悲鳴を上げる。
「勿論、結婚の宣言の後には、そのつもりですから、アリーナの予想もあながち外れているわけではないんですよ」
ふふふ、と笑うライに、アリーナはつい恨みがましい目を向けてしまう。
「ライ様、私が勘違いしているのに気づいていて、あえて訂正しなかったんでしょ」
「何をですか」
本当に分からないとでも言いだしそうなライに、絶対わかってやっているとアリーナは確信を持つ。
「もう嫌だ! はしたないって思ってたんでしょ」
アリーナの顔は真っ赤だ。
「いえ。そんなことはありませんよ。…アリーナが私をそういう対象として見てくれたことに喜びはあれ、アリーナを辱めるようなつもりなどありません。ただ、かわいくて仕方がないと思っていただけです」
ライの言葉に、アリーナはムズムズした気持ちで小さく唸る。
「さあ、アリーナ。入りましょうか?」
力も入らず横抱きにされているアリーナは、ライの成すがままだ。
「キスしたのも…私が拒否しないためね」
恨みがましそうなアリーナの声に、ライがまっすぐな視線を向ける。
「結果的にはそうなってしまっただけで、私は決してそう言うつもりだったわけではありませんよ? ただ、アリーナのことが愛おしくて仕方がなかっただけです」
そう言って微笑まれてしまえば、アリーナは嬉しいと思う気持ちが広がって、拒否することなどできなくなる。
「ライ様の馬鹿!」
「私を馬鹿呼ばわりするのは、きっとアリーナだけでしょうね」
クスクスと笑うライの声が、教会の前に密かに響いた。




