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「…本当に、あのままごとをした相手はライ様なの」

「そうですよ」

「…こんなに身長が高くはなかったわよ」

「中腰とかしゃがんでいたので、あまり背の高さは覚えてないんじゃないんですか? それに、あのときは今ほど身長も高くなかったんですよ。成長期が人より少し遅かったようで。」


 そう言われてみれば、地べたに座り込んで遊んでいたアリーナに付き合ってくれた相手が上から見下ろしている訳もない。


「…声も…こんな声じゃなかったわ」

「声変わりも遅くて、声変わりの途中でしたから、がらがら声でしたね」

「…何で初恋の相手が自分だと思ったの」

「初恋かどうかはわかりませんが、アリーナがそういう感情を抱いただろうことはわかりましたよ? 覚えていますか? 結局泥だらけになったアリーナを横抱きにして会場まで連れて帰ったのを。」

「…忘れるわけないわ」

「その時のアリーナの顔は、正しく恋する乙女でしたよ」


 直前までアリーナの話を聞き一緒に遊んでくれた年上の相手に、しかも事情はどうであれ横抱き…つまり物語で見たお姫様だっこをされて、まだ8才のアリーナが今までにない感情が沸き上がるのはおかしくもないことだ。


「…あの時は、ありがとう。ライ様のおかげで両親からは叱られずに済んだわ」


 アリーナは恥ずかしさを紛らわすために、その時のことにお礼を言った。アリーナが自ら行ったままごとのせいでアリーナは泥だらけになったわけだが、ライは水たまりがあってそこで転んでいたと両親に説明してくれたのだ。


「いいえ。あの時は本当におかしかったですけどね。それまでドレスが汚れようと気にもせずに楽しそうに遊んでいたのに、急にドレスが泥だらけなのに気が付いて、どうしようって泣きだすんですから」

「だって! 一緒に遊んでくれる人がいて嬉しくてつい夢中になっちゃったんだもの」

「ええ。私もあまりに楽しそうなアリーナに、ドレスが汚れてもいいのかと思ってたくらいでしたからね」

「ちょっとした汚れだったら見えてなかったし。…だから、ライ様のことに今まで気づいてなかったんだと思うんだけど」

「あの時にはもう目が悪かったらしいですね」

「…どうしてそれを?」


 アリーナが今の今までライがあの初恋の相手だと気付かなかった理由は、ライの顔をしっかりとは見えていなかった、と言うことも理由の一つだった。8歳の時には既にアリーナは眼鏡をかけていたが、声を聞けば親しい人間のことはわかったし、誰かに挨拶に行く場合には両親と一緒にいたため人間の顔が識別しにくいこと以外には不便もなかったために、アリーナは勉強の時以外は眼鏡を外して過ごしていた。だから、あの遊んだ時のライの顔についても、ぼんやりとしか見えていなくて、その当時美少年と呼ばれていたライの顔も、アリーナにとっては単なる人間の顔の一つでしかなかった。


「パレ侯爵は、割合早い段階で私がアリーナを連れて行った時のことを思い出したようでしたよ。まだ気付かれてないのか、と問われましたけど」

「…どうして言ってくれなかったの」

「…アリーナは忘れてしまっているかと思ったんですよ。それに、あの時の初恋の相手だから結婚しようって言われて、アリーナは結婚を決めましたか」

「…しないわね」


 確かに初恋の相手がライだと言うことには驚くし、相手があのハリーではなかったという事実が嬉しいと思うだろうが、だからと言って今のライと結婚しようと思えるかと言えば違うだろう。最初の時点では、アリーナにとっては結婚には大きな壁が立ちふさがっていたわけだからだ。


「でしょう? できたらアリーナから思い出してほしいと思っていたんですがね。…さっきの話を聞くまでは、まさか自分を騙られているとは思いも寄りませんでしたから。これならばさっさと話しておけばよかったです」


 ライが肩をすくめる。 


「…私の家族は、ライ様が私の初恋の相手だと気づいて結婚を許してたってこと?」


 それがアリーナとライの結婚をあっさりと許可した理由なのかと思う。


「いいえ。それだけだったらアリーナのご家族は私との結婚を認めてはくれませんでしたよ」

「どういうこと?」

「私が触れていてもアリーナが嫌がらないから、私なら大丈夫だと思ったみたいですね」


 ライが触れても、と言われて、初めてライと共にパレ家に戻ったとき、確かにアリーナは諦めて横抱きをさせていたのだと思い出す。


「あれは…ライ様が強引だから諦めただけよ」

「いえ。アリーナはたとえ兄弟だとしても、触れられるのをいやがるのだと聞きました」

「そんなこと…。」


 ないわ、と言いかけて、もうずっと兄弟とも触れるようなことはなかったのだと気付く。確かにアリーナが思い出せる範囲で、兄たちにエスコートされたことも、体に触れるような場面も思い出せない。それに、アリーナが夜会や晩餐会の類に出たくないと思った理由の一つは…エスコートという形とは言え男性に触れなければいけない可能性を避けたかったのがあった。ハリーのことがあって拒絶の気持ちが大きかったからだ。だが、徐々にそれは勉強するためだとか仕事のためだとかの理由に置き換わって、アリーナ自身もすっかり忘れてしまっていた。


「たぶん、アリーナは無意識に男性を拒絶していたんだと思いますよ? 理由は先ほどわかりましたけど、兄弟ですら拒絶しているアリーナに、パレ侯爵は結婚を無理矢理させることはできなかったと言っていました」


 アリーナはようやく、アリーナが結婚について両親にそっとしておいてもらえた理由を知る。


「…そうだったの。…じゃあ何で今回は簡単に結婚をしてもいいって…。」

「だから、私が難なくアリーナに触れていたからですよ。だから、ダニエル殿もエリック殿も私を認めてくれたんです」

「…無意識でライ様は大丈夫だったってこと?…どうして」


 アリーナには理由は分からない。この前の日曜日にライと会った時はライのことなど興味すらなかったわけで、好意的な感情などなかった。


「それは、私にも分かりませんが、アリーナは私のことを本能的に受け入れられた、と言うことだと思いますけどね」

「本能的…? よく分からないわ」

「まあ、私も正直どうでもいいんですけどね。アリーナに唯一触れられるのが私だってことだけで十分ですから」


 ニッコリと笑うライの表情に、アリーナはドキリとする。…こんな笑顔など何度も見たはずなのに、心持ちが変わっただけでこんなにも受ける感情が変わるのかとアリーナは驚く。


「…ライ様はそうでしょうね」


 恥ずかしい気持ちはふいと顔を逸らすことで紛らわせた。

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