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「……ならなぜこんなところに?」
ライの疑問ももっともだ。
「お父様とお母様に一生のお願いと言われたからよ。一度でいいから婚活パーティーに出てくれと。頼むのはこれっきりだから、って。そうでなければここには来ない」
親に土下座されて頼まれて断れる子供がどれ程いるだろうか。
「……なるほど、アリーナ嬢をこういった催しで見たことがないのは、結婚する気がないからですか」
「そうね」
「さて、着いた」
いつの間にかアリーナの目の前にドアがある。
「降ろします」
ようやく足が地についてアリーナはほっとした。たとえそれに高さの差があろうとも。
「帰りは馬で送っていきますから」
「そう。ありがとう。でもいいわ。辻馬車で帰るから」
「ダメです。その恰好で辻馬車など、襲ってくれと言っているようなものです。それに、アリーナ嬢、まだ話し合いは終わっていませんよ」
アリーナはライの言葉にため息をついて、Noの態度を示す。
「話すことはないわ。今日はあなたが私の名前を書いたせいでカップリングされただけじゃない」
「私のせいだけじゃない。アリーナ嬢が21番と書かなければ、カップリングは成立しません」
そう言いながら、アリーナの腰に手を回し、すんなりと部屋に引き込んでしまうところは、ライが女性に慣れているからに違いない。
「本気であの料理をあなたが作ったって言うの」
気が付いたら腰に手を回され部屋に引き入れられてしまったアリーナは、自分の思い通りにいかない状況に若干イライラとしながら、部屋を見回す。
ライの家は、コンパクトな作りでかつ清潔感にあふれた部屋だった。
「ああ。ここのキッチンで、あの料理を作って持って行きました」
「……信じられるわけがないじゃない」
視界に入ったキッチンは料理をやった後を感じさせぬほど整っている。そう、まるで料理を一度もしたことがないみたいな。
「……アリーナ嬢は、今日は何を持ってきてたんですか」
「グラタンよ」
「グラタン?」
ライの眉根が寄る。
今日並んだ料理の中にグラタンはアリーナとあの21番しかなかったことをアリーナは思い出した。だが、唯一ライが触ったあの料理は、きっとライにグラタンとは認識されていないだろう。
「もういいじゃない」
「何番ですか」
「もういいでしょ。もう21番はあなたが作ったってことでいいから」
「何番ですか? 主催者には恩を売ってるから、聞いてきてもいいんですが」
どうやらライは主催者に直接聞ける権利があると主張されて、アリーナは黙っていてもどうせしれてしまうのだろうとため息をついた。
「20番よ」
「20番?」
沈黙が流れる。どうやらライの記憶には20番の料理が残っていなかったらしい。あれだけけなしていたのにも関わらず。
「料理は何だって言いましたっけ?」
ライは料理名から再度検索することにしたようだ。
「グラタン」
「……あれは……グラタンですか」
ライの口から漏れ出た声に、アリーナはライが正しく記憶を引っ張り出したことを知る。
「そうよ。グラタンだった」
「色がおかしかったんですが」
「焦げすぎたらしいわ」
まるで他人事のようにアリーナは言い放つと、もうどうとでもなれという気分で近くにあったソファに体を預けた。
「味は焦げた味だけだったようですが」
「塩のひとつまみも入れてないから。素材の味がしたでしょ」
自嘲的な気分で、アリーナは口の端だけ上げて笑って見せる。
「素材のって……そもそもソースは焦げた味しかしなかったし、カボチャも肉も生煮えで素材の味を確かめられるほど食べられなかったんですけどね」
ライの口からもたらされる想像通りの料理の中身に、アリーナはため息をついた。
「味見しなくてよかったわ」
正直にほっとして。
「あれは初めて作ったんですか」
「そうね。だって婚活パーティーには凝った料理を持ち込まないといけないんでしょ」
「……そんな決まりはないはずですけど」
「どっちでもいいわ。カプレーゼを作れって言われたって、まともに作れる自信はないし」
「あれは…切って並べるだけですよ」
「らしいわね。私が作ると前衛作品みたいになるし、味も保証できない」
「あれはチーズとトマトとオリーブオイルだけだですよ」
「らしいわね」
なのに何でこんなことに……という呟きを聞いたのは、もう10年前のことだったかな、とアリーナは記憶を引っ張り出す。
味もみてはみたが、アリーナの記憶するカプレーゼとは違う味がした。
10年経ったからと言ってアリーナにはカプレーゼを作れる自信はない。何せ包丁を持ったのが10年ぶりだったくらいなのだから。