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「…流石、ね」
最後の暗殺云々は完全に言いがかりだろうとアリーナにも分かる。あの視線で射ぬかれたハリー本人はそれどころじゃなかっただろうが。
「私たちの会話を邪魔した罰ですよ」
肩をすくめるライに、アリーナはどっと力を抜く。
「アリーナ。よく頑張りましたね」
ライの言葉に、アリーナは体をライに向けると、頭をライの胸に預ける。ライはアリーナの頭を撫でた。
「あんな事を口にさせてしまって申し訳ありません。よくハリーにあれだけはっきりと言い返しましたね。まだ16の女の子だ。アリーナが訴えることができなかったのは当然です。…本当に腹立たしい。やはり今から訴える準備をしましょうか。」
「…ねぇ、ライ様。あの結婚は、本当にハリーにとって人生を後悔するようなものなの」
「ええ。さっきも十分に嫌がっていたではありませんか。同時期に同じ場所で働いていた人間からも確認しましたが、ハリーはローゼ嬢から逃げ回っていたようですよ」
ハリーから追いかけまわされた身としては、逃げ回るハリーの姿が想像はできなかったが、これこそ身から出た錆、と言っていいのかもしれない。
「きっとハリーに追いかけまわされた人間は、誰も二度とハリーと関わりたくないとしか思っていないと思うの。だから、きっと二度とハリーに会わずにいられるのならそれが一番だと思うわ」
アリーナの言葉に、ライは頷く。
「そうですね。被害に遭った女性たちは二度と会いたくないと思っているでしょうし、その女性たちを愛する人間は皆、視界に入れたくないでしょうね。社交界には二度と出てこれないようにしておきますよ。まあ、結婚してしまったハリーの身分は辺境伯預かりとは言えほぼ庶民と変わらないですからね、いくらでもどうにでもできます」
さらっと言われた内容は、さらっとどうにかできるような内容ではなさそうだが、ライならばやり遂げるに違いないとアリーナは思う。
「その中には勿論私が含まれますから。むしろ、ハリー・マルロッタの人生を終わらせてもいいと思っているんですけどね」
「さっきも言ったけれど、これ以上ライ様の手を煩わせたくないわ。…今回のハリーの結婚も、ライ様は色々と手を尽くしてくださったんでしょう?」
アリーナはライを見上げる。
「良いんですよ、アリーナ。それでアリーナの笑顔が手に入るなら、それ以上の喜びはありませんから」
ライに微笑まれて、アリーナは今更ながら何だか無性に恥ずかしくなる。
既にライを好きだと自覚してはいたものの、さっきまではハリーの存在とその会話の内容にその事を意識しては居なかった。だが、ハリーの話が終わって改めて二人きりになると、とたんに意識し始めてしまった。
「ねぇ、アリーナ。私のことは“ライ”と呼び捨ててはくれないんですか? あんなやつのことをずっと呼び捨てにしているのに、私のことはまだ他人行儀に呼ぶんですね」
「尊敬も何もできない相手だから、敬称をつけることができないだけよ。…ライ様のことは尊敬しているけど…まだ知り合ったばかりだし…。でも…。」
アリーナはそれに続く言葉を口にできずに、ふい、と目を逸らした。だが、ライはクスリと笑うだけで、それ以上の追及はされなかった。
「アリーナ、庭園に行きましょう」
ライはアリーナの返事を待たず庭園に繋がるドアを開ける。
「…わ」
庭園にはバラが咲き誇っていた。四季咲きのバラはいつでも咲いているが、パーティーや晩餐会の類いに出席しないアリーナが城の庭園の様子を覚えているはずもなかった。
「いつもきれいな花が咲いていますが、アリーナが隣にいて見る景色は格別に美しく見えますね。…まあ、アリーナの方が美しいですが」
ライの柔らかな視線を受けて、アリーナは自分の顔が赤くなるのが分かった。そのストレートな言葉が嬉しくはあるが同時に恥ずかしい。
そのアリーナの変化を見てライは満足そうに頷き、アリーナの手を引いて階段を降り始める。
その階段を見て、アリーナは一人で庭園に出ようとしなくて良かったとほっとした。
「この階段、今はいてるヒールだと踏み外してしまいそうだわ」
婚活パーティーぶりなので1週間ぶりではあるが、今日も滅多に履くことのない細いヒールの靴をアリーナは履いていた。
「それはいけませんね」
サッとライは動くと、簡単にアリーナを横抱きにする。
「や、ライ様!」
「私もこっちの方がいい。アリーナを近くに感じられますから」
いや確かに近いかもしれないが、ライを意識してしまっているアリーナにとっては、大変困る。恥ずかしくて仕方がない。
「ドレスが汚れても困りますから、このまま行きましょう」
「それってつまり下ろす気がないってことじゃないの」
慌てるアリーナに、間近でライが極上の笑みを出す。
「そう言うことになりますね」
その笑顔にやられてしまったアリーナは、くたっと力を抜いた。もう色んな意味でライに完敗である。
「こんなにアリーナに信頼されているのが幸せだとは、思いませんでしたね」
庭園を進みながら、ライが顔をほころばす。
「…横抱きされてるだけで、どこをどうやれば信頼されてるって話になるわけなの」
「ほら、先週横抱きした時には、アリーナは体が緊張していて、私に体を完全には預けてくれていませんでしたから」
先週、と言われてそう言えばあの婚活パーティーがまだ先週の出来事だったのだと思い出したアリーナは、この1週間が恐ろしく濃い1週間だったと言わざるを得ない。1ヶ月経ったと言われてもおかしくない内容の濃さだ。そしてその濃さの中でいつの間にかライのことを好きになっていたのだと思うと、本当にライの思い通りになってしまったことに驚きはあるが、それを否定するつもりはもうなかった。だが、それとライの言うことに言い返したくなる気持ちは別物だ。
「初対面の相手に完全に体を預けられる人間がどれくらいいるっていうの?」
「…初対面じゃなかったんですけどね」
ライのその言葉に、アリーナはさっきうやむやになった話を思い出した。




