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「…最後に、何かアリーナに言いたいことはありますか?」


 ライなりの温情かもしれないとアリーナは思う。ハリーは選ぶ言葉を間違えなければ、もしかしたら現状を打開できるのかもしれない。…結婚を覆すことは出来ないが。


「アリーナ、お前からどうにかするように頼んでくれ! 俺はお前の初恋の相手なんだから」


 駄目だ。

 アリーナはハリーの言葉に、完全にガッカリした。

 ハリーの器が小さいことは知っていた。だが、アリーナの初恋を踏みにじるだけ踏みにじって、それでもなおまだ踏みにじり続けるのかと思うと、同情する気も起きない。ハリーはライの意図を全く汲めていないどころか、むしろ神経を逆なでしたことになるだろう。もう思う存分ライに料理されてしまうがいいと、口にはしなかったがため息とともにその気持ちを吐き出した。


「…アリーナの初恋、ですか」


 ライの声は、冷たい。


「ああ。アリーナの初恋の相手は俺。なぁ、アリーナ。」


 なぜか息を吹き返したように意気揚々と言い張るハリーに、アリーナはめまいがする。ハリーは今の状況を正しく理解できていないらしい。よりにもよってアリーナが自分を好きだったとライに宣言しているのだ。喧嘩を売っているだけでしかない。


「…アリーナの初恋はいつなんですか」


 ライのアリーナを気遣うような声に、アリーナは涙が出そうになる。踏みにじられた初恋を救ってくれるような気にすらなる。


「8才の時よ」

「ロビン殿下の誕生日だった」


 アリーナを補足するように、ハリーが付け加える。

 そう、アリーナの初恋が淡く開いたのは、第二王子の誕生日だった。


「…アリーナはままごとをしていた」


 小さく囁かれた言葉に、え? とアリーナはライの顔を見る。

 ライは、ふ、とアリーナに微笑んで、ハリーの顔を射貫く。


「おかしいですね。その時の招待客の中にはあなたはいなかった。違いますか?」


 ライの指摘に、ハリーの目が泳ぐ。


「そんなわけがないだろう? ロビン殿下の誕生日パーティーなのに貴族の子息として来ないわけにはいかない」

「その日マルロッタ一家は、あなたが流行病にかかったために、参加は見合わせていた。そうでしたね」

「…何でそんなことが分かるんだ!?」

「私もその会場にいたんですよ」

「…何で庶民がここに来れるんだ!?」

「私の父は、騎士団団長代理をしていましたから、パーティーにも正式に招待されていましたよ? 勿論私は単なるおまけでしかありませんでしたが、騎士の学院に通い始めたと言うこともあって、この国の貴族関係を勉強するためと連れてこられていたんです。ですから、あなたがあの会場にいなかったことを知っています。…だとすると、アリーナの初恋の相手は、あなたではない」


 ライがきっぱりと言い切る。あの場にハリーがいなかったという事実に、アリーナは心の底からほっとする。あの淡い初恋の相手が、ハリーでなくて良かったと。


「…そんなことわからないだろう! 俺はあの日アリーナと遊んだんだ!」

「…アリーナは何をして遊んでいましたか」

「ままごとだ! な、アリーナそうだろう?」


 アリーナは頷くしかない。でも、その話はハリーにはしたことがあったため、知っているのは当然だ。


「アリーナは何を作りましたか」

「は? …何って…。そんなもの覚えているわけがない」

「そうですか。私は覚えていますけどね。ね、アリーナ。レバーパテを作ってくれたんでしたよね」


 ふいにアリーナの記憶がよみがえる。


「違うわ! レバーパテじゃないって言ったじゃない! あれはスープよ」


 ライがクスクスと笑う。確かに見た目はどろどろのとぐろを巻くような粘り気のあるものを差し出したが、アリーナはスープのつもりだった。…おままごとでさえまともな料理を作れないことにアリーナも愕然としたのだが。


「そうでしたね。私がパテだと言い張ったら、アリーナは泣いてしまいましたよね」


 ライの言葉は、アリーナの記憶を正しくくすぐる。確かにこれはパテだと言われて泣いた記憶がアリーナにもある。


「…ライ様だったの?」


 ライがアリーナの問いかけに微笑む。


「それだけでお前がアリーナと遊んだって証拠にはならないだろ!」


 ハリーの横槍に、ライが呆れたとでも言いたそうなため息をつく。


「それが私でなかったとしても、あなたがその日ここにいなかったことは、子爵が証明してくださいましたし、城の記録にもそう記してあります。それとも何ですか? 子爵家はこちらに来てない振りをして城に来なければならない何かがあったんですか」

「何かって何だよ」

「存在を隠してやることなど一つじゃありませんか。王族の暗殺ですよ? それを自白して下さるんでしょうか?」


 ライの口から冷たく暗殺、と出てきた言葉にハリーは目を見開いたあと頭を横にふる。 ライのハリーを見る視線は既に犯罪者を見るものになっている。


「俺は! …子爵家はそんなもの知らない! あの日は俺が病気になって家の人間は誰も城には来ていない」


 必死なハリーの声に、ライがふと表情を緩めて満足したように頷く。


「そうですか。あなたはあの日城には居なかった。間違いないですか」


 ブンブンと音がしそうな勢いで、ハリーが頷く。


「それならば、我々の会話の邪魔をしないでくれますか? ローゼ嬢がお待ちですよ。団長よろしくお願いします」


 ライの言葉に、この一連の会話を呆れたように見ていたシェスが動きだし、ハリーの背中を押しながら進んでいく。


「俺は! 子爵家はそんな大それたこと考えたりなどしない」


 必死でシェスにいい募るハリーの声が、遠ざかっていく。

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